「最近、暑くなってきたわねぇ」
「そうですね」
6月の昼下がり。ちょっと古めの日本家屋、その縁側に夕雲と提督が座ってくつろいでいる。
「そろそろ海の時期ねぇ」
「折角ですし、水着も新調しましょう」
「いいわね。みんなも誘いましょう」
夏を前にしても、まだ夕方は涼しく、海から吹く風が心地よく肌を撫でる。多少我慢して居た縁側も、かなり快適になっている。
「海風なので髪がベタついて大変ですけどね。夕雲さんは髪長いですし苦労してそうですが」
「あら、艦娘は海風なんてへっちゃらよ? そんなふうに出来てるの」
「それは少し羨ましいですね」
取り留めのない会話が風と共に吹き抜ける。
「こうやって、提督とのんびり過ごすの、夕雲は好きよ」
「そうですね。僕もです。あ、もちろん外にお出かけするのも好きですよ。たまには、こうやってのんびりするのもいいかなって」
「そうね」
すぐ近くの海から波の音がする。夏になれば砂浜ではしゃぐ駆逐艦や海防艦達の声で賑やかしくなることを思えば、割と貴重な時間でもある。
「ねぇ、提督?」
「なんでしょうか」
緊張感のない、ゆるりとした動作で提督に向く夕雲。その手には、耳かき棒が携えられていた。
「折角ですし、耳かきしてあげましょうか?」
「え、あ、う、うえ?」
「嫌、でしたか?」
「あ、いやそうではなく」
少ししょんぼりした夕雲を見て狼狽える提督も慌てて取り繕う。
「まあその、お願いします」
「はい♪」
ぽんぽん、と膝を叩く夕雲。提督は緊張しながらも、「失礼します」と礼儀正しくそこに横たわる。
「夕雲のお膝、具合はどう?」
「えっ、答えなきゃ駄目ですか!?」
「だーめ」
「なんというかその、不思議な感覚です。昔母親にやってもらったのを思い出すと言いますか」
「……」
「照れるなら聞かないで下さいよ!」
照れ隠しに頭を抑えられた提督。力こそ弱いとはいえ、太ももへと圧迫が強まり「ふぎゅう」などと情けない声が盛れる。
「じゃあ、やりますからあんまり動いちゃダメよ?」
「あ、はい」
かり、かり、かり。
竹の軽い音が提督の耳の中に響く。今は浅いところの壁を掃除しているのだろうか。
ごそ、かさ、かさ。
「痛くないですか?」
「ええ、気持ちいいですよ。眠ってしまいそうです」
かり、こり、ごそ。
「寝たら刺しますよ?」
「あはは、これは厳しい」
耳かきの音に混じって聞こえる風、波の音。下を向いて垂れ下がった髪をかきあげる音、そして夕雲の吐息。
近いという感覚を、これでもかと詰め込んだような。
こしょ、かしゃ、こしょ。
今度は奥の方を丁寧に。いつも妹達にやっているのか、手つきは非常に慣れており、痛みを全く感じない。
「……幸せですね」
「夕雲も、今おなじこと思ってたわ」
「ほら、僕達って軍人だから、一般人とは生活がかけ離れてて。やってる事も物凄く特殊で、命がかかってる。でも普通の人みたいに、好きな人と同じ時間を共有できるって、なんというかいいですよね」
「そうね。こんなありふれた日常でも思い出になるなら、夕雲は艦娘として生まれて良かったと思うわ」
夕雲が「はい」と言うのに合わせて提督は耳を反対側に向ける。
かり、かり、かり。
「ちょっと重くなっちゃいましたね。お話」
「じゃあ、もっと適当に話しましょう。今日の夕飯はどうします?」
「うーん、作るの面倒だし、お蕎麦とりましょ?」
「いいですね。たまには」
「ええ。たまには」
ごそ、こしょ、ごそ。
仕上げなのか、梵天が耳の穴に差し込まれる。ぼわぼわという耳の反響と毛が皮膚を撫でる絶妙な感覚に提督のつま先が伸びる。
「夏バテ防止のために、生野菜も食べましょうね」
「僕はシーザードレッシングが苦手です」
「夕雲は胡麻が苦手」
「じゃあ青じそとか和風はどうですか?」
「和風ドレッシングなら自作できるわよ。自信あるんだから」
「なら今年はそれにしましょうか。期待してますよ」
のんびりとした空気のまま、2人の休暇は過ぎていく。