紫さんと藍さんのカップリングSSです!
久方ぶりに、八雲藍は水鏡に映った自分の顔を気にした。
僅かにゆらりとした、煌めきに浮かんだ白い面には、婀娜一つもない。
見られることを考えもしない、無垢な少女の形がまじまじと、己を見つめ返している。
「ぷっ」
そんな事実に、九尾の狐は吹き出した。波紋の中で、同じく少女も破顔する。
国堕としの変化。己の美で数多の愛を絡め取った、名高き悪妖。
それがまさか、愛するものに変わってしまうとは。藍は己の数奇を思わざるを得なかった。
「若かった……いいや、あれだけ罪深かった私も、今はただ一人の式、かあ」
淡い桃色の唇が柔らかに動いて、言葉を紡ぐ。独り言は、彼女のそのふさりと真っ直ぐ起き上がった耳以外に入らず消えた。
しかし、己の言の葉に恋を思い出した藍は、絹の肌を紅潮させる。そして、周囲を見渡し獣そのものの耳を動かし、誰も側に居ないことを確認してから、空に向けて呟くのだった。
「紫様、大好きです……」
それは、告白。しかし、八雲どころか一欠片の白すらない青空に向けた独白でもある。勇気のなさ故に表すことの出来ない想いは、虚空に解けた。
八雲紫。それは、藍の主の名前。敬愛すべき、境界の妖怪。貴き幻想の、華そのもの。
昔々の藍が美しきものであったのであれば、紫こそ綺麗そのものであった。
世界に引かれた、ただ一線。ボーダーラインの幾何学的綺麗は語るまでもない。世界を真っ二つにする、どちらでもない。
そんな曖昧を形にした大妖怪の下にあるという幸福。
それを、藍は恋と採った。
そして、八雲紫は彼女の言葉を愛と受け取る。
唐突にも、青空に走る一閃。藍が驚きに瞬いた間に無聊な一筋はリボンで両端綺麗に結ばれる。そうして、ぱかりと、スキマが開いた。
暗い、不明瞭から現れるは、綺麗の結晶。儚い少女の形。しかして誰よりも強かな、そんな彼女が顔を出す。
薄い唇にこりと歪ませ、八雲紫は言った。
「藍、私も貴女が大好きよー!」
そして、言の勢いのままに、彼女はもふもふに飛び込んだ。抱擁を受けて、紅を顔全体に覆わせながら、あわあわと藍は声を上げる。
素直な天の邪鬼。親しさの前で素顔を見せる、そんな紫の前にて、九尾の狐はかたなしだった。
「わわっ! ゆ、紫様、見ていらしたのですか!」
「別に見てはいなかったわよー。おゆはん何かな、って思って。ちょっと藍に出来れば今日はお魚の気分よ、って伝えておこうと思ってスキマを開けてみたら、可愛い独り言が聞こえたのよねえ……」
「うう、何というタイミングで無精を働くのですか、紫様……」
「ごめんねー」
謝罪の声は、後ろにまで動いていって金毛に埋もれて殆ど聞こえない。ただ、尻尾越しに紫の熱を覚えて、少女は照れる。やがてそれも過ぎて、恥に入った。
「うう、穴があったら入りたい気分です……」
「あら。私なら天上天下、よりどりみどりに繋がる孔を作ってあげられるけれど?」
「どうせ紫様は創ったスキマから、そのまま私の様子を覗き見るおつもりでしょう? 私は、紫様の目が届かない場所に少しの間隠れていたいだけなんです!」
恥ずかしがる自分の顔すら、恥ずかしい。そんなの己の美を誇っていた、大昔には考えられないこと。恋が人を狂わせるなら、果たして妖怪は。最低でも、今の藍は平常ではなかった。
「駄目よ」
「え?」
反して至極冷静に、紫はぬるりとスキマから全身現し、藍の正面へと動いてから、彼女のすっかり紅くなった頬をつつく。
そして、そのまま指を滑らせ顎に手を当て、小さな顔を持ち上げた。潤む藍を、金色の瞳が真っ直ぐ見て取る。
「貴女は一生、私のもの、だからね」
紫はいたずらっぽく笑い。一つ、本心を口にした。
偶には、こういうのもいかがでしょう?