しかし、そこに寺生まれのTSさんという人が駆けつけて......
寺生まれのTさんを元にTS要素も入れてみました
初投稿
人生って何だろう?
資産家の両親の元に生まれ何不自由なく生きていた僕もこれだけは分からない。
そして大学を卒業した後も、特に何かをしたいとは思えず、日がな一日、部屋でゴロゴロする。
そんな僕に呆れた両親は、家から出て一人暮らしをしてこいと、僕に厳命してきた。
とりあえず一人暮らしの為に、両親が所有している一軒家とマンションの一つを譲り受けた僕。
これで自分の人生は変わるはず。
......と、そう簡単に変わるはずもなく、結局は実家の時と生活は変わってない。
一軒家で自堕落に過ごし、マンションの家賃収入で生活には困らずに生きている。
そんな僕の唯一の趣味が釣りだった。
ネットの掲示板に書かれている釣りスポットに車で出かけては釣りをする。
僕にとっては、それが心からの楽しみだった。
そして今日もまた、とある釣りスポットに出掛けている最中だ。
その場所は、どうやら穴場の釣りスポットらしい。
掲示板の書き込み数自体は少なかったけれど、詳細に情報が書かれていたので、場所はすぐに検索が出来たのは幸いだった。
ただ、書き込みの中で1つ気になることがあった。
それは、その場所についての忠告だった。
=そこで釣りをするなら寒気がしたら釣りを止めろ=
☆
「おー、なかなか良い釣りスポットだ!」
車で三時間掛けて着いた場所は、隣県の山奥にある小さな池。
周囲を見渡しても人の姿は見えず、まさに穴場という場所だ。
さっそく僕は釣りを楽しむことにした。
「......なんだろ?」
釣りを始めてから暫くした後、急に全身から寒気がした。
なんだか嫌な気が......そうは思ったけど、釣りを楽しみたい僕はそのまま釣りを続けることにした。
あの掲示板にあった忠告を忘れて......。
「おいっ!」
急に後ろから声が聞こえて、驚いて振り向いてしまう。
茂みからは人影が音もなく近付いてきた。
いつの間にそんな場所に居たのか、あまりのことで僕は声が出せない。
男の髪は短い金髪で、表情までは伺えない。
着ている服はボロボロで、まるで何かの事件か事故でもあったかの様な異様な姿だった。
そしてその男が着ている服は、とにかく独特だったので、嫌でもそれが何か分かってしまう。
何故ならそれが、暴走族が着ている様な赤い特攻服だったからだ。
赤い特攻服の男が、僕と少し離れた距離に立っている。
いや立っているというのは違う。正確には男には足が無い......。
男は人間ではなく、この世の人ならざる者。
幽霊......。
男はこちらに向かって手を上下に動かしている。
最初は分からなかったが、それが僕に対して手招きしている仕草だと分かった。
既に僕の顔からは血の気が引き、足が震えて動けない。
そんな僕の姿を楽しんでいるのか、霊はニタニタと笑いながら口を開いた。
「オマエモ......コッチへ......」
「ひいっ!?」
僕はあまりの恐怖で悲鳴をあげてしまう。
だけど、その時だった。
「待てーい!」
茂みから誰かが飛び出し僕の前へと立つ。
その体はあまりに大柄だった。
「あ、あなたは!?」
「私か? 私はしがない寺生まれのTSという者だ。気軽にTSと呼んでくれたまえ!」
「TSさん......?」
こちらに背を向けてTSと名乗った大柄の人は、僧侶が着ている法衣を身に纏っている。
こんな所にお坊さん!?
突然のことで頭が混乱してしまう。
だけど、目の前のTSと名乗る人を見ているだけで段々と恐怖が和らいできた。
「ふむっ、今回も活きの良い――いや、ようやく見付けたぞ、赤い特攻服の霊よ!」
「TSさん、あの霊を知っているんですか!?」
「ん? ああ、そうだとも、青年! この近辺では十年前バイク事故での死者があったというのは知っているかね?」
「い、いえ......。じゃ、じゃあ、もしかして目の前の幽霊がそのバイク事故の!?」
「ああ、間違いない。その時の死者は赤い特攻服を着ていたらしいからな。さて、目の前の得物――いや、死した者が生者を襲おとうしているのは僧侶として見過ごせん」
「ソウダ、オレはシンダ.......オオオ......ナンで、オレガ死ななきゃ......」
TSさんの言葉に反応したのか、特攻服の霊の体がどす黒いモヤで覆われる。
「むっ!? いかん! 青年、君は後ろに下がっていなさい!」
「は、はい!」
霊の体は先程とは違い体全体が黒ずんでいる。
今ではあの赤い特攻服さえも黒くて見えなくなっていた。
「オオオぉぉぉ......オレがああぁぁ......!」
全身が黒ずんだ霊は叫びながら僕たちに襲いかかってきた。
それに対して、僕の前にいるTSさんは念仏のようなものを唱えている。
「てぃ、TSさん!」
「破アァーーー!」
「グアォォアア!?」
幽霊がTSさんの目の前に来る直前、TSさんが手をかざして叫ぶと、霊は眩い光に包まれた。
その光は余りにも眩しくて、思わず目を閉じてしまう。
「ふむ、上手くいったようだな」
「え?」
TSさんがそう呟くのを聞いた僕は目を開ける。
視線の先には、先程の霊の姿は見えず、周囲には爆発でもあったかの様な煙が広がっていた。
その煙の中からは、誰かが「ゴホッゴホッ」と咳き込む声だけが聞こえる。
「TSさん、あの霊はどうしたんですか!?」
「うむっ、安心したまえ青年。もう全ては終わったよ」
TSさんは僕に向かって、にこやかに笑うと、煙の方を指差した。
僕も煙の方に慌てて視線を戻すと、煙の中から人のシルエットらしきものが見えてきた。
「ゲホッゴホッ......なんだってんだよ......。って、え? あれ? 俺は......どうして? う、嘘だろう? 生きている? 俺、生きてる!?」
煙が完全に晴れ上がると同時に、僕は唖然とする。
そこにいたのは顔立ちが整ったロングの金髪。
年齢は僕より少し下くらいだろうか。
そして特徴的なのは、暴走族が着ている赤い特攻服――を着た美少女がそこには居た。
彼女はしきりに自分の手や腕を触りながら、混乱している様子だった。
「俺、生きてる! 触れる! ハハハ、生きて、生き――あ? 何か俺の声......高くね? それに腕も細くなったような......? ん? なんで俺の胸こんな膨らんでんだ? え? は? は? ハァぁあァァー!?」
金髪ロングの美少女は、自分の胸を触ったかと思うと、急に叫び始めた。
「おわー!? なななな、なんだよこりゃ!? 俺の体がおかしくなっちまった!?」
特攻服の美少女は、自分の体を触ったり、飛び跳ねたりして叫び続けている。
そんな様子を見ている僕は、ある一点を凝視してしまい、視線が離れない。
それはどこかというと、彼女の胸。
彼女が飛び跳ねると特攻服越しに彼女の大きな胸が、今にも音を立てるかのように上下へと動いているからだ。
「ふむ、あの光景は素晴らしいな」
TSさんは、彼女の方を見ながら1人でウンウンと頷いている。
そんなTSさんを見た僕は同じように頷いてしまう。
TSさん、全く同じ意見です!
気付いた時には、二人の男が、美少女の胸が揺れる様を見ながら頷き合う。
そんな不思議な構図が出来ていた。
☆
「おいコラ! そこの坊主! テメエ! 俺の体に何をしやがった!?」
あれから暫く経ってようやく落ち着いてきた赤い特攻服の美少女は、今はTSさんに激しく食って掛かっている。
大柄なTSさんと普通位の身長の美少女では、背丈の差があまりにありすぎて、美少女が常にTSさんを見上げているのは可愛らしく思えてしまう。
「ナニを......と言われても、まぁ簡単に言うと君を生き返らせる為に、君の体を女体化させてもらっただけだ」
「はぁっ!? な、なんでそんなことしやがった!?」
彼女からの詰問に対してTSさんは、ふっと鼻で笑う。
「女体化させたのは私の趣味――あ、いや、ゴホンッ、女体というのは生命を育む神聖なる者。即ち、死者から生者として蘇生させ、魂の穢れを払う為にも、女体化は必要な処置であったのだ」
TSさんがそう説明すると特攻服の美少女は顔を赤くして震えている。
「ふっ、ふざけんな! 俺は男だぞ!? 元に戻しやがれ!」
「それは出来ん! なぜなら私は霊を女体化することは出来ても、女体から男に戻す方法など知らないのだからな」
そう言うとTSさんはハハハッと高らかに笑う。
一方、特攻服を着た彼――いや彼女はしきりに自分は男だとTSさんに主張している。
ただ、彼女の豊かな胸を見ていると、今はもう完全に女の子としか見えない。
と、思っていたら彼女は、今度は僕の方を睨んできた。
「おまっ、お前! そう、そこのお前もだ! さっきからなに人の胸ばかりジロジロ見てやがる!?」
僕を睨みつける彼女は自身の胸を両手で覆う仕草をする。
「え? いや、あの、つい、すみません......」
特攻服の美少女に怒られた僕は視線を逸らしてしまう。
ただ、特攻服越しとはいえ彼女の大きな胸は、今にもその服が破けるのでは?というほどに盛り上がっている。
「はっはっはっ! 青年! 女性の胸をジロジロと見るのはマナー違反だよ? 今度からは気を付けたまえ?」
「は、はい!」
「はあ!? だから、俺は男だ! って、テメェら聞いてんのか!?」
☆
色々とひと悶着があったけど何とか落ち着いた僕たち。
そんな中、赤い特攻服の美少女は軽い溜息を吐いていた。
「ハー......生き返ったかと思ったら、何で女なんだよ......」
「人を襲おうとした罰みたいなものだな」
TSさんは腕を組みながら彼女に対して、そう言い放つ。
彼女の方は、TSさんを見て納得してない様子だった。
「あ!? いや、別に人なんて襲ったことねぇよ......」
「え? でも、僕のことなんかしようって......」
「ちがっ...! いや、その、死んでからここで一人だったから、その、寂しくて......だから、久々に生きてる奴が来た時は脅かしてやろって思って......」
最後は小声になっていたが赤い特攻服の美少女は、頬をかいて少し恥ずかしそうに言う。
「寂しい?」
僕は疑問に思ったことを口に出してしまった。
「ああ、バイクでミスって死んでからここにいたからな......」
彼女は怒り出すかなと思ったが、彼女は気にしてない素振りで僕の疑問に答えてくれた。
「うむ、寂しくなるのは仕方ない。君が死んでから十年も経っているのだから」
TSさんがそう言うと、彼女は非常に驚いた顔をする。
「まじかよ......俺が死んでから十年も経ってんの......?」
彼女は信じられないという目で僕達を交互に見てくる。
僕とTSさんは、本当であると頷くと、特攻服の彼女はガックシと肩を落としていた。
「落ち込むのは仕方ない、霊となれば時間の感覚さえも分からないだろうからな。ところで美しい少女よ、君はご家族は居るのかね?」
不意にTSさんが尋ねる。
TSさんの顔は真剣だった。
「あ? いねーよ、家族なんて.....。そんなの俺が中学の時に死んじまった」
TSさんから家族のことを尋ねられた彼女は少し表情を暗くして答える。
「ふむ、そうか。それは悪いことを聞いてしまった、すまない。だが、そうか、うーむ......」
TSさんは顎に手をやると何かを考えている素振りをする。
暫くするとTSさんは僕の方へと顔を向けてきた。
「青年、つかぬことを聞くが......君の方は、ご家族と住んでいるのかね? あと君は学生だろうか?」
「え? いえ、あの、両親とは離れて暮らしています。えーと、大学を卒業してから、今は働いてないんですが、親がくれた一軒家に住みながら、マンションの家賃収入で食べています」
「ほう、今後の進路は考えているかね?」
「いえ、それもまだ分からなくて......」
自分の今の現状を他人に話すのは正直に言うと恥ずかしい。
でも、TSさんには不思議と話せてしまう。
「ふーむ......、話は少し変わるが、ちなみに部屋は空いているかね?」
「え? あっ、はい、家には1人で住んでいますから」
「そうか、なら話は早いな。ここで知り合ったのも何かの縁。青年、どうかこの行く宛の無い少女を家に泊まらせてはくれないだろうか?」
「ええ!?」
「はあ!? 何で俺がこんなやつの世話になんねえといけねえんだよ!?」
TSさんの提案に僕は驚き。特攻服の美少女は僕を指差し抗議する。
だけどTSさんは、笑顔で僕たちに向き合い話し続ける。
「簡単な話だよ。青年、君は一人暮らしで部屋が空いている。それなら君は少女を泊まらせる。少女になった少年よ、君は行く宛も無い。ならばこの優しき青年の家に泊まらせてもらい今後を考える。青年、君はどうだろう?」
「え、えーと、まあ困っている人は放ってはおけませんし......彼女が良ければ......」
「ちょっと待て!」
TSさんに尋ねられた僕は彼女の様子を伺いながら返事をする。
ただ、その時、彼女の方から怒りの声が聞こえた。
「な、なにお前らだけで決めてんだ! こうなったのも坊主! テメエのせいならお前の家でも泊まらせろ!」
彼女からの抗議に、TSさんは静かに首を左右に振る。
「残念ながら私の寺は女人禁制なのだよ。君を泊まらせることは出来ん」
「じゃ、じゃあ俺はどうすれば良いんだよ!?」
「とりあえず今は行く宛も頼る相手も居ないのだろう? もし男に戻りたいなら、ひとまず寝泊り出来る場所があると良い。それなら今は黙って彼の好意を受けた方が良いのではないかね?」
「うぐっ......分かった......」
反論できなくなった彼女はTSさんの提案を渋々と受け入れた。
そして次に鋭い目でキッと僕を睨みつけてきた。
「良いか!? お前の世話にはなってやる、ただし俺が男に戻るまでの間だけだ! 分かったな!?」
叫ぶ彼女のあまりの迫力に僕は何も言えなくなり、僕は彼女に何度も頷くしかなかった。
僕はTSさんに視線を向けると、彼は僕らを見ながら微笑み頷いていた。
「うむ、これで全ては丸く収まったな。ああ、青年、最後に一つだけ言わせてくれ」
「? 何でしょうか?」
「青年、君にも守りたい者が出来た時、君の中で何かが変わるだろう。これだけは覚えといてくれたまえ」
「えっ? それはどういう意味ですか?」
「ふっ、今は分からないだろう。だが、いつかは実感できるはずだよ」
そう言うとTSさんは僕の肩を叩くと意味深そうに笑顔になる。
「おっと時間だ。私はこれからも霊を女体化――あっいや、迷える魂たちを救う為に私は行かねばならぬ。それでは二人共、いつかまた会おう!」
そう言うとTSさんは走り出し、茂みの奥深くへと消えていってしまった。
その姿を呆然と見届けた僕だったが、隣りで舌打ちする女の子に気付きようやく我に戻った。
「おいっ!」
「は、はいぃ!?」
隣りの彼女から急に怒鳴り声が聞こえ僕は肩を震わせてしまう。
「いや、そんなびびんなよ......、お前、名前は何て言うんだ?」
「え? あっ、僕の名前は山岸正人です......」
若干ビビリながら自分の名前を告げる僕。
「ふーん、山岸正人か。さっきは怒鳴って悪かったな? 俺は田辺純。純って呼んでくれ」
赤い特攻服を着た女の子は腰に手を当てて自己紹介をしてくれた。
「純さんですね? それなら僕は正人って呼んで下さい」
「分かった。んじゃ、正人。改めて宜しくな?」
お互いに自己紹介をした僕たちは握手をする。
「うっし、じゃあ自己紹介も済んだことだし、お前ん家に早く行こうぜ」
「..........」
「ん? どした?」
「いや、女性の手ってこんなに柔らかいんだなーと思って......」
大学ではボッチだった僕は女子との接点なんかある訳なく、それは大学を卒業してからも同様だった。
だから、こうして年下の女の子と手を握るなんて初めての経験で、あまりにも貴重だった。
「........おい」
先程の手の感触を思い出していると、不意に彼女から声が掛かる。
視線を純さんに向けると、彼女は顔を下に向け、身体はぷるぷると震えていた。
「あっ、あの、純......さん?」
僕が恐る恐る声を掛けると、純さんは顔を上げると同時に口を開いた。
「だーかーらー、俺は男だっつってんだろうがぁぁ!」
既に辺りは暗くなった山奥に純さんの怒声が響き渡る。
彼女の叫びを聞きながら、今後は出来るだけ彼女を女性扱いしないように気を付けよう......僕はそう心に誓うのだった。
☆
「......人? ――正人!?」
誰かが僕を呼ぶ声が聞こえる。
そう僕が知っているこの声は、僕にとって大切な人で。
その人の名前は――。
「え? あっ、純......?」
「正人! どうした!? 何だかボーとしてたみたいだけど大丈夫か?」
心配そうに僕の顔を覗き込む純。
その顔は本当に綺麗だった。
「ああっ、えっと、ごめん。ちょっと昔のことを思い出してさ」
「昔?」
「ほら、僕たちが出会った四年前の時の」
「あっ、そっか。あれからもう四年なんだよな。なんだか懐かしいな」
純の方も思い出したのか懐かしそうな顔をする。
純と出会い、家に住んでからは色々とあった。
現代の知識や常識に慣れるまでの純の苦労する姿が懐かしく感じてしまう。
結局、純は女性の体のままだ。
当の本人も最初の内は元に戻れずに荒れていたけど、一年を過ぎると段々と女性の体に慣れてきたらしい。
それからも僕たちは一緒に過ごすことになっていた。
最初こそ怖い人と思い気まずい関係だった僕たちも、純の気さくな性格のお陰もあり、段々と僕の方も楽しく過ごせていた。
そんな暮らしの中で一つだけ問題があった。
問題を抱えていたのは僕の方だけど。
僕は、粗暴だが根は優しい純のことを女性として強く意識してしまっていたのだった。
無論、この想いは許されない。
何故なら本当の純は男性だから。
今は女性としては暮らしてはいるが、彼女はいつかは男性に戻りたがっている。
それを止める権利は僕には無い。
そう考えて僕は自分の想いを隠すしかなかった。
そんな理由で、派遣のバイトを始めたりして彼女と居る時間を減らしたこともあった。
後後、楽しくなって派遣のバイトを続けたのは自分でも予想外ではあったけど。
だけど、彼女への想いは日に日に強くなる。
男である自分に好意を向けられても嬉しくはないだろう......。
そう思うと胸が締め付けられるようだった......。
☆
純と暮らし始めて二年位が経った時、彼女の様子がおかしかった。
それは家の中で僕が近くに座ると顔を真っ赤にして怒ったり、普段より視線を感じることが多くなった気がした。
以前なら着なかったり、買わなかった女性物の服や小物類が増えていた。
純に尋ねると彼女曰く「女性として違和感持たれたら困るだろう?」とは言っていたけど、あれほど女性的なことを拒絶していた純が、こうもすんなり女性物を取り入れたのは意外だった。
そんな違和感を感じていたある日、事件は起こった。
その出来事は僕の記憶からは一生消えないほどの事件だった。
とある日、派遣のバイトから帰ってくると、純の様子がいつもよりおかしかった。
妙にソワソワしているというか、話しかけてはこないけど、妙に隣にいることの時間が長い気がした。
夜になって先に風呂に入ったはずの純に僕は驚いてしまった。
なんと彼女はバスタオル姿一枚で風呂場から出てきたのだ。
最初に家に来た頃は裸なんて当たり前だったけど、最近では不可抗力でも裸を見ると怒り出す様になったのに今日は何故か目の前にバスタオル姿でいる。
彼女のバスタオル越しに盛り上がる胸に僕の視線は釘付けになってしまう。
純も怒るどころか、逆に僕に見せ付ける様にしてくるので、平静を保つのが大変だったのを覚えている。
そんな純は珍しく僕に酒を勧めてきた。
正直、僕は酒は苦手な方だから最初は断った。
でも、しつこく誘う彼女に根負けした僕は、久々に酒を飲むことにした。
そのあと、まさかあんなことがあるなんて......。
「正人! お前、俺に言うことがあるだろう! 今日のあの女は誰なんだよ!?」
お互いに酒が良い感じで回って来た頃、正座した僕はバスタオル姿の女性から延々と問い詰められていた。
両親や知人がこの姿を見たらどう思われるだろう? 一部の人からはご褒美?
......イヤイヤ、それはないか。
さて、どうして僕が純から問い詰められているかというと、どうやら昼間、純の見知らぬ女性と僕が一緒にいるのを見たらしい。
酔いのせいか顔を赤くして涙目で怒る彼女に、僕は女性が道を訪ねてきた赤の他人であると説明するのに骨が折れた。
時間は掛かったが何とかなだめて誤解を解くのにかなり苦労してしまった。
だけど、その後だった。
事情を説明して部屋に戻ろうとする僕の腕を彼女は掴むと、なんとそのまま押し倒されてしまったのだ。
そしてその日の夜、僕と純はお互いの初めてを失ってしまった。
内容は、その、割愛するけど......手短に言うと......すごかったです......。
朝、酔いが覚めた後の純はベッドの隣りに僕が居るのに気付くと、顔をりんごの様に真っ赤にしながら部屋から飛び出して、そのまま自室に閉じこもってしまった。
僕も正直、昨日の件が衝撃的すぎて彼女に何て言葉を掛ければ良いか分からず、とりあえずキッチンでコーヒーを飲むしかなかった。
正午になって、ようやく自室から出てきた純はYシャツ一枚の格好で、恥ずかしそうに僕の方を見ていた。
それを見た僕は、つい昨日のことを思い出してしまい、今度は僕が彼女を押し倒してしまった。
抵抗する彼女に降らせるキスの嵐。そしてそのまままベッドへIN。
受身な自分がまさかここまで積極的になるとは思わなかったほどで......。
いつもは勝気な彼女がベッドの上で見せた表情に、僕はもう興奮が収まらず、その日は朝から晩までベッドから離れることは出来なかった。
二回目も割愛するけど、すごかったです......。
二度目のベッドを共にした後、お互いの裸でいた僕たち。
そこで僕は、なんと純から僕のことが好きだと想いを告げられた。
女性としての生を受け入れた自分と、未だに残る男性としての自分。
その板挟みで悩みながら日々、僕への思いが募っていく。
ただ、拒絶されるのが怖かった......。そう泣きながら打ち明けられた僕は、黙って彼女を抱き締めるしかなかった。
それから後の僕の行動は早かった。
僕はもう付き合うという過程などすっとばして彼女にプロポーズをした。
何かあった時の為に派遣でコツコツと働いた給料1年分の婚約指輪を持参してのプロポーズ。
断られるのが怖くても、一緒に居たい気持ちを純に伝えたいと思った僕は勇気を絞り出して大声で彼女へと、自分の想いを告白した。
結果は承諾。
指輪を見せた時の彼女の嬉し泣きは一生忘れることが出来ない。
ただ、正式に結婚する前にやるべきことはあった。
それは僕の両親への挨拶。
親は僕が結婚することに驚いていたけど喜んでくれたのは嬉しかった。
今では早く孫を見せろと催促してくるのは、ちょっと面倒だけど。
そしてもう1つは、色々な伝手でようやく見付けた純の両親のお墓参り。
両親の墓前で泣きながら親孝行が出来なかったことを謝罪する純。そんな純の手を取ると僕たちは純の両親に結婚の挨拶をした。
二つの両家への挨拶を終えた僕と純は、去年の春、囁かな結婚式を挙げ、正式に夫婦となった。
☆
「あっ、また動いた」
彼女は愛しげに自身の膨らんだお腹をさする。
半年前、彼女の妊娠が判明してからは僕は派遣を辞めて、地元の企業へと就職することにした。
実際の所、家賃収入でも食べてはいける。でも、それでは駄目だ。
それは僕の傍にいる愛する妻に相応しい夫として、そして近い将来、生まれてくる子供にとっても誇れる父親になるために、これからは頑張りたいと思えたからだ。
「青年、君にも守りたい者が出来た時、君の中で何かが変わるだろう」
四年前のあの時、TSさんが僕に言っていたことが今では実感できる。
あの人は多分、こうなることを知っていたのだろうか?
「そんなに暴れなくても、私達は待ってるからな?」
自身のお腹に居る大切な存在に優しく語りかける純。
その顔は1人の女性としての喜びに満ちていた。
「きっとお母さんに似てやんちゃな子なんだろうね」
「もうっ......バーカ」
「痛っ! じょ、冗談だよー」
「私だって、ちゃんと正人の妻として頑張ってるんだからな?」
僕を軽く小突いた純は、頬を膨らませて僕にそう抗議をする。
「知ってる。僕の大好きな奥さんは世界一のお嫁さんだって」
僕がそう言うと純は顔を真っ赤にして小さく頷く。
そうだ。大切な妻である純が僕のために日々、努力しているのは誰よりも僕が知っている。
だからこそ自信を持って言えるんだ。
「純、好きだよ。お腹の子も純のことも絶対に幸せにするからね」
「んっ、私も大好きだよ、正人。信じてるから、だから......これからも宜しくな? パパ?」
お互いの気持ちを再確認した僕たちは幾千回目のキスをする。
こうして僕たちが出会い、結ばれたのも全てはTSさんのお陰だ。
寺生まれって本当にすごい、改めてそう思えるのだった。