「それではこの前言っていた情報の開示を要求します」
その後フードコートに入ってそれぞれが昼食を用意した後、雪ノ下がそう切り出してきた。
まあもう俺はマスターではないので話しても構わないが。
「こんなところで話して大丈夫なのか?、それにセイバーにきけよ」
「こんなところで貴方みたいに人の話を盗み聞きする人はいないわ。もし聞こえても映画か何かの話だと思うでしょう」
うるさいな、ボッチにとって情報収集は生命線なんだよ。まったく、何で係の奴は俺にだけ教室移動になったの伝えないの?
「それにセイバーは聞いても話してくれないのよ」
あー、確かにセイバーなら言わないかもな。
仕方がないので俺がバーサーカーと戦った時の事を要約して話した。
セイバーはケッとたまに悪態をつきながら、雪ノ下は難しそうな顔で聞いていた。
「そう、よくわかったわ」
「それでどうだ?感想は」
はたして俺の行動は専門家にとってどう写るのか、答え合わせがしたかった。雪ノ下なら忌憚ない意見を聞かせてくれるだろう。
「率直にいって、貴方にしてはよくやったのではないかしら」
マジか、正直メッタメタにこき下ろされるものだと思っていた。
「雪ノ下にしては手緩いな」
「心外ね。私は暴言も失言も吐くけれど、虚言だけは言わないつもりよ」
そう雪ノ下は言ってのける。なんて清々しいまでの開き直りっぷり。ていうか自覚あったのかよ。
そのいさぎの良さは逆に称賛したいくらいだ。
しかし。
「今の状況だと不利じゃないのか?」
戦いのほとんどは情報戦だ。時には敵を欺くことも必要になってくる。
しかし雪ノ下は自らその利点を捨てている。
それは諸刃の剣、いやもはや逆刃刀だ。
真の強者とは戦う前から勝っているのでござる。
「それくらいのハンデは必要でしょう?それに隠し事くらいはするわ」
そう雪ノ下は澄ましていう。
「それとも小細工を弄して貴方がバーサーカーに勝てるのかしら?」
ああ、それは無理だ。いくら情報戦が大事といっても覆せない戦力差は存在する。
「じゃあ、お前はどうすんだよ?」
「決まっているでしょう、正面から叩き潰すのよ」
マジかこいつ。あの生きる災害みたいな怪物を小バエかなんかと一緒だというのか。
俺の話を聞いて、俺なんかよりよっぽどその恐ろしさを理解しているだろうに。
こいつの強情さにはあきれるばかりだ。だが聖杯戦争から脱落した俺にはそれを諌めることも助けることもできない。俺にはもう関係のない話なのだ。
「それじゃあ、用事は終わったしもう帰って良いよな?」
「いいえ、あなたについては調べたいことがあるから、この後家まで来てもらうわ」
そんなこと聞いてないんですけど。ていうか何を調べるというのか。女の子からの自宅への誘いだというのに、俺の心は舞い上がるどころか今にも寝込みそうなほど凍えている。
心臓はドキドキではなくバクバクと動悸がしていた。
それぞれの食器を返し席を後にする。
そのまま出口へと歩き出す。さっそく雪ノ下の家に向かうようだ。
しかしその途中、覚えのない声に呼び止められた。
「あれー、もしかして雪乃ちゃん?」
雪ノ下が。
「姉さん…」
雪ノ下はうっとおしそうに返答する。
雪ノ下には姉がいたのか。
まさか姉貴分というわけではあるまい。
確かにこの女性は何処か雪ノ下に似ている気がする。
しかし似ているからこそ俺は雪ノ下とは違う部分が気になった。胸の事ではない。
「珍しいね、雪乃ちゃんがこんなとこに居るなんて」
「何処にいようと私の自由でしょう、姉さんには関係ないわ」
「あー、そんなこと言っちゃうんだ、ふーん」
「っ……」
雪ノ下が黙ったひょうしに俺の方をちらと見る。
「わかった、デートだ。もー、雪乃ちゃんも隅に置けないなー」
「!誰が…」
「この子も彼氏にもらったのかな?」
すると女性は雪ノ下が抱き締めていたパンさんの縫いぐるみに手を伸ばす。
それを雪ノ下は身を引いてかわした。
二人の視線が交錯し、その間には沈黙が流れる。
これは雪ノ下の家の問題で俺なんかが首を突っ込むものじゃないんだろう。
だがこの後用事がある俺としてはさっさとこの場を離れたい。
「あの、俺達用事があるんで…」
「えー、ていうか君、誰?」
「っ…比企谷です」
その表情は突然無機質なものに変わり、その声は俺に有無を謂わさぬ迫力があった。
「なーんて、冗談に決まってんじゃーん」
しかしそれも直ぐ元の張り付けたような笑顔に戻り、俺に身を寄せてくる。なんというかうすら寒い笑顔だ。雪ノ下と造脂は似かよっているのに、笑顔ひとつでここまで違うものになるのか。
そのコロコロ変わる表情の居心地の悪さに俺はつい避けてしまう。
「あれ、嫌われちゃったかな?」
「あ、いえ、耳が弱いんで近くで話されるとちょっと…」
するとそれを聞いた女性は思わずといった風に笑い始める。
「あはははは、面白い子だね」
「はあ、比企谷君、初対面の女性に性癖を晒すのはどうかと思うわ」
「うるさいな、しょうがないだろ」
「あはは、あはははは、あは」
あんたはいつまで笑ってんだ。
「あー笑った笑った。それで、君は何て言うのかな?」
すると今度は後ろにいたセイバーに声をかける。
「人に名前を聞くときは自分から名乗るもんだ」
「ありゃ、言ってなかったか。私は雪ノ下陽乃、雪乃ちゃんのお姉さんです、よろしくね?」
「…セイバーだ」
「ふーん、かっこいい名前だね?」
そう言った後雪ノ下陽乃は踵を返した。
「それじゃ、あんまりはめを外しちゃ駄目だぞー」
最後まで笑顔を張り付かせたまま女性は去っていった。その足取りはまるでモデルのようで彼女が通りすぎると誰もが目で追ってしまう。俺もその姿が見えなくなるまで目を離すことができなかった。
「なんというか嵐みたいな人だったな」
「そうね、今のだけでだいぶ疲れたわ」
「どっかで休んでいくか?」
「大丈夫よ、家に戻ればお茶くらい出してあげるわ」
そうか、そういえばそんな話だったな。
「それにしてもお前の姉ちゃん強化外骨格みたいな顔だな」
俺はデパートの出口に向かって歩き始める。しかし雪ノ下はその場に立ち止まっていた。
「どうした?」
「いえ、初対面で姉さんの演技を見破った人、あまりいないから」
成る程、そういうことか。確かに俺も危うく騙されるところだった。
「ほとんどの人はあの笑顔を見てコロッと騙されるわ。強化外骨格、言い得て妙ね」
「まあ、俺もお前の笑顔を見てなかったら騙されてたかもな」
飾ることのない本当の笑顔。先にそれを見ていたからこそ俺は気づくことができた。
「何を馬鹿なことを」
雪ノ下はそう言ってため息をつく。
「あ、やっぱ俺maxコーヒー買ってくるわ」
「しょうがないわね、私は先に行ってるわ」
そこで俺と雪ノ下は一度別れる。
振り替えると彼女の後ろ姿が見えた。
俺はそれが見えなくなるまでずっと視線を離さずにいた。