そんなこんなで町を歩く俺八幡。
現在夜の6時過ぎ、空も段々と闇が濃くなってきた。
そんな夕暮れ時を俺はスーパー目指して歩いていた。
一色の家を出る言い訳に使っちまったもんだから、俺は渋々小町からの言いつけであるお買い物を果たしにいくのである。
ウィーン。
自動ドアを経て店内へとはいる。ここのはたまに俺を認識しないおんぼろだが今回はちゃんと開いてくれた。
小町に頼まれたのはたしか卵だったか。俺は記憶をたどって特に迷う事なく卵のスペースへたどり着き、八個入りのパックを籠に入れた。
これがはじめてのおつかいだったらお蔵入り間違いなしのハイペースで目的を終えたわけだが、まあせっかくきたのだしもうちょっと物色していくか。もしかすると掘り出し物が見つかるかもしれない。
そういうわけで店内をうろついてみる。
「あれ、お前…」
すると突然声をかけられた。誰だろうもし昔のクラスメイトとかだったら全力で他人のふりをしようと心に決め振り替えると、そこにいたのはバーサーカー(セイバー)と共に戦ったあの青年だった。
「お前も買い物か?…え~と」
そういえばお互いに名前を知らないのだと思い出す。
「比企谷だ」
「そっか、俺は衛宮、衛宮士郎。よろしくな」
そういって青年は握手を求めてくる。
特に拒む理由もないのでそれに応じる。
「あ、そうだ、セイバーは…、こんなとこで暴れられたら困るぞ」
「いねぇよ、俺はもう敗退したからな」
「そっか、じゃあもうセイバーは消滅したんだな…」
「残念そうだな」
自分を狙う敵がいなくなったというのにその顔はどこか未練がありそうだ。
「ああ、俺は前回の聖杯戦争でアーサー王を召喚したんだ」
成る程、じゃあセイバーはその国を滅ばした張本人というわけだ。
「自分の手で倒したかったってことか?」
弔い合戦が目的ならその表情も理解できる。
「いや、ちょっと話してみたくて」
「?、話してどうするんだ?」
「解らない、どうしてセイバーに、じゃないアーサーに反逆したのか聞いてみたいけど、簡単には教えてくれないだろうし」
どうやらアーサー王はセイバークラスとして召喚されたらしい、ややこしいな。
そしてこの男はサーヴァントの人と成りを気にするタイプのようだ。
そしてそれでうまくいったからこそ、前回の戦いを勝ち抜きこうして今生きているんだろう。
俺はその手の話をセイバーがしてこなかった。セイバーの情動を俺なんかが理解できる筈もないと考えたからだ。あるいはセイバーのマスターがこの人であったらそれも変わったのだろうか。
「そういえば聖杯戦争ってけっこうあるんだな」
それともこの男が見かけによらずお爺ちゃんなのだろうか。
「そうだよ、それを聞かなきゃいけなかったんだ」
すると衛宮は急に声をあらげる。
「でもここで話すのもな、比企谷、この後って空いてるか?」
「ああ」
「じゃあ、家に晩飯食いに来ないか?ご馳走するからさ」
確かにこの後、いやもっと後になっても特に用事は無いが、急にお呼ばれして良いのだろうか。
「俺が行ったら迷惑じゃないか?」
「大丈夫だって。桜もイリヤもそんな事思う奴じゃないし」
「遠坂って奴はいないのか?」
「今日は外で食べるってさ。最近戦果が無くて焦ってるみたいだ」
戦果がないっ、か…。今戦況はどうなっているのだろう。この町で聖杯戦争が行われている筈だが、意外にもその余波は全く届いてこない。あれだけ激しい戦いが毎夜行われているというのにだ。
「桜はおっぱい大きいし、イリヤはかわいいぞ」
「そうか、しょうがないな」
女の子目当てでいくのではない話を聞きにいくだけだ。ハチマンウソツカナイ。
俺は一度家に帰ってから衛宮の家に向かった。
その途中、雑談がてら魔術教会の事とかを聞いた。
「ついたぞ」
そこはどこにでもあるような一軒家だった。
「お兄ちゃん、お帰りなさい!」
「ただいま、イリヤ」
中に入ると銀色の髪をたなびかせる可憐な少女が出迎えてくれた。
この子がイリヤか、確かにこの世のものとは思えないいかわいさだ。小町がいなかったら危うく犯罪者になっていたところだ。
しかし俺の存在を確認した少女はその綺麗な瞳に剣呑な色をにじませる。平たくいうとにらんできた。
「誰?こいつ」
そしてこの言いぐさである。
「比企谷だよ、前話した少年A、スーパーで会ったんだ」
なんだ少年Aって。俺の存在感の無さを揶揄ってんのか。
「私の結界に反応がなかったんだけど」
「そうなのか?」
そんなもの張ってあったのか、ていうかこの子も魔術師だったのか。
「なんかそういう体質らしいぞ」
俺は家に上がるとリビングに通された。
そこには淡く紫がかった黒髪の女性がいた。確かに服の上からでもわかる豊かな膨らみが目を奪う。
こんな人達と一つ屋根の下で暮らしているとか、衛宮は爆発しろと思いましたマル。
「先輩のお客様ですか?すみませんお出迎えできなくて…」
「いえ、お構い無く」
こんな俺にまで丁寧に接してくれるとかこの人は天使か。いかんいかん、俺には戸塚がいるんだ。
手のひらに戸塚を描いて10回飲み込む。なんとか平常を保つことができた。
「桜、晩飯作るから手伝ってくれ」
「あ、はい」
女性は勢いよく立ち上がる。女性の胸についたボールも弾む。
俺の心もいっしょに弾んだ。すまない戸塚、万乳引力には逆らえない!
二人が台所に消え、俺は銀髪の少女――イリヤと二人きりになってしまう。
その少女は何やら一生懸命、折り紙を折っていた。
その姿はノスタルジックを刺激されなんとも癒される。
特にすることもないのでそれを眺めている事にする。
すると手本が載った本を見ながらもくもくと折り進めていた手が止まってしまう。
本を唸りながら凝視し、再び紙に向かうものの手が進むことはない。
そういうことか。
「貸してみろ」
俺が手を伸ばすと本と中途半端に折られた紙をこっちに渡してくる。
ふむ、これならなんとかなりそうだ。
俺は変なシワが依らないよう細心の注意を払って紙を折っていく。
イリヤはそれを黙って見ていた。
工程を一つ進めると少女にそれを返す。
少女はそれを最後まで折りきった。
手元を見るとイルカができていた。
「何でそんなもん折ってたんだ?」
「暇だったから」
あー、あるよな、てきとうに始めたらいつの間にか熱中してるやつ。
「これあげるわ」
「良いのか?」
「ええ、魔術師の基本は等価交換だもの」
まあ、少女からの贈り物だ、断る理由もない。
するとイリヤは立ち上がって俺の頭をぺたぺたさわり始める。
「な、なんだ?」
「ほんとに魔術は素人なのね。しょうがないから洗脳するのはやめてあげるわ」
洗脳!?そんな事考えてたのかよ。
可憐な少女から突如飛び出した物騒な言葉に俺は面食らってしまう。
「素人とかわかるものなのか?」
「ええ、魔術に対して免疫がないから。よくこれで今まで生き残って――」
するとイリヤの声は途切れてしまう。その顔は頭の上なのでよくわからないが、ハゲでもあったのだろうか…。
「私やサクラと同じ…ううん、ちょっと違う…」
「イリヤ、比企谷をいじめちゃダメだぞ」
衛宮が台所から姿を現す。どうやら晩餐の支度が整ったようだ。
「むー、いじめてないもん!シロウが遊んでくれないからじゃない!」
「しょうがないだろ、聖杯戦争中なんだから」
衛宮の言葉を聞いてそっぽを向くイリヤ。それを見て苦笑いする衛宮。
少女の扱いに苦戦しているようである。
「晩御飯ができましたよー」
続いて間桐さんもエプロン姿で登場する。うんこれはいいですね。八万点をあげたい!
「えへへ、今日はお客さんがいるので頑張っちゃいました!」
守りたい、この笑顔。危うく告白して失恋するところだった。とても気まずくなっていただろう。己の自制心を誉めてあげたい。
その後テーブルに今日のご馳走が並べられる。
メニューはなんと自家製のお好み焼きだった。
しばしその味を堪能する。
箸で切っても断面が潰れないその弾力。柔らかい噛みごたえながらも、お焦げや中に散りばめられた具材がアクセントを加える。
野菜の甘味とソースの辛味が混ざりあい、時おり見つかる豚肉の旨味は食卓を至高の一時へと押し上げた。
要するにとてもうまかった。
「そろそろ話をはじめてもいいか?」
食事が一段落したところで衛宮がそうきり出してきた。
「ああ」
そうだった、今日ここに来た目的はこっちだった。
「まず、比企谷は聖杯戦争についてどこまで知ってるんだ?」
「基本的なルールだけだな、仕組みとかその辺は知らない」
説明されても解らないだろうが。
「それはあの雪ノ下って子に聞いたのか?」
「ああ」
「そうか…」
すると衛宮は黙りこくってしまう。その間俺は食後のお茶をすする。
「比企谷、実は今回の聖杯戦争はいつもとはだいぶ違うんだ」
視線で先を促す。
「前回から二年しか経っていない、最短でも10年は必要なのにだ。それに場所も、元々は冬木ってとこで行われていた」
成る程、確かにそれは違うな。だが。
「それのどこが問題なんだ?」
「え?」
そもそもが聖杯戦争なんてものが開かれていること自体が俺にとっては異常なのだ。それくらいの違いが何を意味するのか、魔術に疎い俺にはよく解らない。
「あれ?何が問題なんだっけ?」
すると衛宮がそんな事を言い出す。おいおい、大丈夫か?
「それ自体は問題じゃないわ、聖杯が汚染されて大量殺戮兵器に成ってるのが問題なのよ」
そんな衛宮をみかねてイリヤが助け船を出してくれる。
それを聞いたとたん俺の体にいいえぬ不安のようなものが押し寄せてきた。
別に聖杯なんてものを信じていたわけではない。しかしその姿が見えないからこそ、俺は心の何処かで、有るのかもしれないと思っていたんだろう。それをこの時実感した。
俺の脳裏に映っていたのは、人が多量に殺されるかもしれないことではなく、今もその汚れた聖杯を求めて戦っているであろう二人の姿だった。
「ありがとう、イリヤ。ここからが本題なんだが、俺達はその犯人が雪ノ下なんじゃないかと思ってるんだ」
「雪ノ下が?」
「ああ、妹さんの事じゃなくて家族がって意味だけど」
「どうしてだ?」
「ここ千葉に古くから居る力を持った魔術師で、後、他のマスターに比べるとってとこだけど…」
セイバーの俺、アーチャーの衛宮の仲間、ランサーの一色は除外していいだろう。残るはアサシンの雪ノ下、バーサーカー、ライダー、キャスターのマスターはわからないが、内一つは葉山でキャスターは雪ノ下陽乃を名乗っている…。
確定とは言えないが、怪しむには充分すぎる手札だろう。
「確かに怪しいな」
「ああ、それで妹さんに何か気になるところとかなかったか?」
言われてこれまでの戦いの記憶を遡る。
「少なくとも雪ノ下はその件には関わっていない。もしそうなら俺にルールを教えたりするのは非効率だ」
決闘を受け入れたり、買い物に行ったり、俺の体質を解明したり矛盾する事がありすぎる。
俺は内心ほっとしている自分に驚いた。
「そうか、妹さんには知らされていないのか?」
「もしかしたら、聖杯が汚染されていること自体知らないって可能性もあるわ」
だとすれば素直に話せば解決するのかもしれない。しかしデパートで会った姉の雪ノ下陽乃さんの事を思い出す。あの人がその事を知らないとはどうも思えない。だが人類の滅亡を願っているとも思えない。いったいこの事件の犯人は何を企んでいるのか。
「汚染を除く方法が発見されたっていう可能性は無いのか?」
「無いとは言えないけれど難しいんじゃないかしら?今も聖杯は汚染されたままだし、残された時間であのレベルの呪いを解くのはそれこそ聖杯位の礼装が必要よ」
成る程、聖杯を使って聖杯を手にいれたのでは本末転倒だ。
「なあ、比企谷…妹さんとも話せないかな?」
「雪ノ下と…?」
「何にせよ強い味方になってくれるんじゃないか?」
強い味方か、確かに雪ノ下の能力は桁外れではあるが…。
「実は今日遠坂が妹さんと決着をつけるって言ってたから場所もわかるかもしれない」
連絡手段も用意されてるわけか。
「一つ問題がある」
「なんだ?」
「俺から奪ったセイバーを雪ノ下は使ってるんだ」
「え」
衛宮の額からはダラダラと汗が吹き出していた。
「ま、まあ、なんとかなるさ」
ほんとかよ。
「わかった」
「よし、それじゃあさっそく遠坂に電話してみる」
衛宮はケータイを取り出すとバーサーカーと戦った時のように電話をかけ始めた。
プルルルルル、プルルルルル。
「あの、先輩?」
「悪い桜、遠坂に電話してるから後にしてくれ」
プルルルルル、プルルルルル。
「それが…、ですね…」
間桐さんがポケットからおもむろに何かを取り出す。
「部屋を掃除してたら…」
その手には誰かからの着信を告げるケータイがあった。
プルルルルル、プルルルルル、ガチャ。
《もしもし、先輩?》
「と、遠坂~~~!」
その後、俺達は町をかけずり回った。