interlude 12-1
セイバーが遠坂凛の首を切り落とす寸前、アーチャーが迫る剣を弾き飛ばした。
「すまない凛、大丈夫か?」
「ありがと、アーチャー、私は平気、そっちは?」
アーチャーはセイバーを見る。体はボロボロで瞳には先程までの射ぬくようだった眼光が消えている。
「問題ない、いずれ勝負はつくだろう」
セイバーのマスター、雪ノ下雪乃は既に体力を失い、スタジアムの壁にもたれかかっている。
おそらくピンチのため令呪でセイバーを呼んだのだろう。
「貴方がスタジアムの機械を弄ってくれていて助かったわ」
遠坂凛の丁度死角になる位置に、暴発して内側から破裂した銃器が一つ落ちていた。
雪ノ下雪乃は切り札として魔術ではなく科学の力に頼った。
彼女が体力に不安が在るのを遠坂凛が知っていたように、彼女もまた魔術師達の弱点をつこうとしたのである。
もし遠坂凛一人だったら、いやそのサーヴァントが現代科学、こと兵器に関して詳しいアーチャーでなかったら、状況は変わっていたかもしれない。
「魔術礼装は壊されれば判るが、銃器はメンテナンスしなければならないからな」
傭兵経験のあるアーチャーの一日のいや、永年の長だった。
「そろそろ敗けを認めたらどうかしら?」
「まだ…敗けてない、わ」
しかしセイバーのマスターは自らの敗北を認めない。
いささか強情いや、もはやわがままの域だがこの状況では厄介だ。
どうやらセイバーを消滅させるか、右腕を切り落とさねばならないらしい。
「いいわ、アーチャー、向こうが令呪を使いきるまで固有結界を開きなさい!」
「承知した」
主の命を受けてアーチャーが前に出る。
そのとたん、またしてもセイバーの姿が消えた。
雪ノ下雪乃の右手が赤く輝きを放っている、令呪を使ったのだ。
アーチャーはとっさに後ろを向く。しかしセイバーの姿は無い。
感覚を研ぎ澄ましサーヴァントの気配を探る。
「上か!!」
それはスタジアムのはるか上空、千里眼を持つアーチャーの視界が赤黒い雷を放つセイバーの姿をとらえた。
『
「ちい!」
アーチャーも腕を伸ばし宝具を展開する。
『
『
暗い稲妻の奔流を七つの花弁が塞き止める。
これは、どういう事だ…っっ!?
一枚、また一枚と、花弁はその輝きを失っていく。
そしてスタジアムを光が満たした。
………………
最初にバーサーカーに敗けた。神話一の怪物を前に手も足もでなかった。あろうことかあの偽物を振りかざす男と共闘までして、我が反逆の象徴である宝具まで使って、なお、そのどちらも倒すことは叶わなかった。
次にアサシンに敗けた。研きあげた剣技は全て受けられ、最後は奴の奥義に切り裂かれる寸前だった。
そして最後にアーチャーに敗けた。オレを偽物だと罵った糞野郎に、そいつが築いた剣技に。
ならいったいオレは何の為に戦っていたのか、何の為に存在するのか。
「彼女の栄光にすがるだけの紛い物が」
違う!オレがその栄光を終わらせてやったのだ。
「彼女が…滅び行く様を憂いたからだ」
五月蝿い、滅ばしたのはこのオレなんだ。
「貴様一人では何もできはしない」
五月蝿い、黙れ、五月蝿い。
「セイバー、遥か高くまで跳びなさい」
気づくと空の彼方にいた。
下方には小さくなったスタジアム。
これが最後だあの野郎を殺す最後のチャンス。
そこに渾身の宝具を炸裂させた。
暫くして宝具同士の衝突でボロボロになったスタジアムに着地する。
「アーチャー、目を覚ましなさい!」
目の前を赤い輝きが満たす。令呪だ。
「すまない凛、助かった」
「お互い様でしょ!」
アーチャーは砂ぼこりを払うと颯爽と立ち上がった。
セイバーは立ち尽くす。
その右手からは今にも剣が滑り落ちそうだった。
…………………
アーチャーは状況を俯瞰する。グラウンドは焼け落ち、スタンドは一部が崩壊している。
セイバーは落ちてきた後動こうとしない。
諦めたか?まあいい。既に敵は満身創痍だ、決着は着いた。
その時だ。佇むアーチャーの胸を黄金の輝きが貫いた。
「アーチャー?アーチャー!」
その胸には拳大の穴が開いていた。
アーチャーを抱く腕が再び赤い輝きを纏う。
「心配するな…、致命傷は、避けた…」
遠坂凛は自らのパートナーの無事を確認すると周囲を見回す。
今の光はセイバーではない、じゃあ、いったい何処から?
「上だ、凛…」
「!?」
アーチャーの声につられて天空を見上げる。
そこには空を覆う巨大な船が浮いていた。
船は悠々と空中散歩を続けると、スタジアムの電光掲示板の上に停止した。
するとその巨大な船から一つ人影が降りてくる。
「はぁい、皆元気してるー?」
「キャスター…」
「やっぱりあんたが黒幕だったて訳?」
雪ノ下陽乃と遠坂凛、二人の女魔術師の視線が交錯する。
しかしキャスターはまぶたを閉じふふんと微笑む。
「んー、それでも良いんだけど、今回は残念ながら違うのよねー」
キャスターが船を仰ぎ見る。
気づくと甲板には年老いた女性が車椅子に座って佇んでいた。
「母さん!?」
叫んだのは雪ノ下雪乃だ。
「貴方がキャスターのマスター?」
遠坂凛が問いかけると、魔術によるものかか細い声が聞こえてきた。
「それは勘違いよ、遠坂のマスター。今のその子にマスターはいない」
「そう、それで?何が目的な訳?言っとくけど、聖杯は汚されてるわよ」
「え?」
雪ノ下雪乃が驚きに声を漏らす。
「本当よ、雪乃ちゃん」
キャスターがそんな少女に真実を告げる。
「そんな…」
「ふふふ、ふふふ」
そんな中雪ノ下家当主の笑い声が響く。
「何が可笑しいのよ!」
「ふふふ、ごめんなさい、あまりに愚かな質問だったから」
「なんですって!」
「知っているわそんなこと、聖杯が汚れているのも、それが現れれば人類が滅ぶということも」
「ふざけないで!何の為にそんな事を!?」
しかし女性は答えない。
「母さん、いったいどういうことなの!?」
実の娘の問いかけにもその口は固く結ばれたままだ。
「ふん、まあいいわ。行ける?アーチャー!」
アーチャーの胸に開いた穴は既に埋まっている。
しかし今度はその足元を光が貫いた。
「そこを動くな、アーチャー」
突然響いた声はあまりにも聞き覚えのある、そしてここに居る筈の無い人物の声だった。
「嘘、何で!?」
その輝きを見違う筈がない、甲板に現れたのは黄金の剣を携えた騎士王その人だった。
確かにサーヴァントの枠はライダーが明らかになっていない。しかし確か彼女はセイバーの適性しかないと言っていた。
そして驚くべきはそのステータスだ。その全てが今まで見たどのサーヴァントよりも高い、それどころか全くそこが知れない。
「何よそれ!!いったいどんな、いかさま使った訳?!!」
「いかさま等ではないわ。ルールに乗っ取ったサーヴァントよ」
「ふざけんなー!そいつアーサーでしょう?こっちは前回召喚して知ってんのよ!」
「やれやれ、遠坂も没落したものね。聖杯戦争には一つの陣営にマスターが集まってしまった時に、もう七人追加でマスターを選ぶ機能があるのよ」
「な?!」
確かに自分は父から満足に聖杯戦争の話を聞けたわけではない。だがそれは魔術師として根元を目指した結果だと納得している。しているが故に反論できない。
「もう一人セイバーが居る理由はわかったわ、けどそのステータスはなんなのよ!」
記憶にある彼女のそれとは違っている。それを差し引いてもあり得ないほど規格外の数値だ。
「7人分の枠で一人を召喚したからよ。それならマスターを7人集める必要もない」
それに答えたのはキャスターの方だった。
遠坂凛の頭は既に許容範囲を越えていたが、それでも留まることがないのは彼女の矜持か。
「そこまでして私達を蹂躙したかった訳?人類を滅ぼしてまで?はっ、いかれてるわ!」
その言葉に初めて甲板の女性が表情らしい表情を見せた。それは汚物を見る侮蔑の顔。
「そうよ、全て貴方達の責。貴方達御三家が四家目である雪ノ下を陥れたから!!」
「!?」
これにはさしもの遠坂凛も黙りこんだ。
「誰だ!」
すると突然アーサーが閃光を放つ。
それは向かいの地面から壁を切り裂いた。
「姿を見せろ!次はその体を貫く!」
すると崩れた瓦礫の影から人が出てきた。
「士郎!?」
衛宮士郎は両手を上げて歩いてくる。そして遠坂凛に並ぶと声を張り上げた。
「セイバー、自分が何をしてるのかわかってるのか!!」
「ちょっと、士郎!?」
その横顔を光が駆け抜ける。
しかし構わず続ける。
「聖杯は呪われている!このままだと大変なことになる!」
「だからなんだ?」
「なっ!?」
「私はサーヴァントだ、主の命に従うのみ。次に喋れば横の女を殺す」
「…!」
衛宮士郎は歯をきしませながらも黙る。
「貴方は御三家とは関係ない、けれど邪魔をするなら殺すわよ」
ふざけるな、どうせ人類を滅ぼす気の癖に。
しかし遠坂凛を人質にとられては今は何も言えない。
「それじゃあ、今宵のメインイベントといきましょう」
甲板の女性が指を鳴らすと電光掲示板が光り始めた。
そこに映っていたのは、船の上に佇むバーサーカーだった。
「今からバーサーカーを忌々しい冬木の地で暴れさせるわ」
「なんだと!?!」
一歩踏み出すと閃光が通り抜けた。
上空を睨み付ける。船上のアーサーと目が合った。
衛宮士郎は彼女を睨み付ける。
あれは前回のセイバーとは違うものだ。どうしてそうなのかはどうでも良い。心の内に居る彼女とは別人だ。
上等だ。やってやる。このまま冬木に居る大切な人達があの怪物に殺されていくのを見てるくらいなら、今ここで…。
瞬間、遠坂凛に光が走る。
が、間一髪のところでアーチャーがそれを遮った。
「言った筈だぞ、次は無いと」
「衛宮士郎!軽率な行動は控えろ!」
くそ、動けば遠坂が、動かなければ藤ねえや町の皆が。
どうすれば良い、どうすれば良いんだ!?
それは何時もの板挟みだ。そんなことにならないよう鍛練を続けてきたというのに。
青年は届かぬ星に手を伸ばす。
その手を取るのは神か悪魔か。
世界がその渇望に目をつけたとき。
青年の視界にとある少年が飛び込んできた。
それはスタンドの下にあるスペース。船からは丁度死角になる位置に一緒に来た比企谷八幡が身振りで何かを伝えようとしていた。
大袈裟に口を開け、口パクで何かを言っている。
ら
ん
さ
あ
お
い
か
せ
た
ランサーを行かせた!
すると電光掲示板にも人影が現れる。青い装束に紅い槍、ランサーだ。
その後掲示板はプツリと消えてしまう。
「何があったの!?」
「どうやら邪魔が入ったようです、どうしますか?マスター」
「…まあいいでしょう、バーサーカーを倒せるも者等そうはいないわ」
確かにランサーは強い、だがバーサーカーはもっと強い。それに今回のランサーは弱体化してたはずだ。
「遠坂のマスター、今日が聖杯戦争が始まって何日目だかわかる?」
「どうせ私達の認識とはずれてるんでしょ、まだ泥が吹き出してないところを見ると、11日目ってとこかしら」
「ご名答、あと二日もすれば泥が溢れ出すわ。その前にチャンスをあげる。明日の深夜12時にディスティニーランドのシャンデリア城の上空を通過する。アーサーに挑む勇気があるなら乗り込んできなさい」
そう言うと雪ノ下の頭目は船内に消えていった。
「あ…」
雪ノ下雪乃の声が切なくこだまする。
「ごめんね雪乃ちゃん、私も母さんには逆らえないから」
キャスターも船内に戻っていった。
甲板にはアーサー王だけが取り残される。
そのまま消えるかと思ったが、こちらを覗きこみ声をかけてきた。
「今日は随分と静かなのだな、モードレッド卿?」
「!?、父上…」
国を滅ぼした騎士と、滅ばされた王、二人の英雄が時代を越えて再び見つめあう。だがその二人は既に別人と言っても良いほど以前とはかけ離れていた。
「どうだ?貴公が望むなら今一度傘下に加えても構わんぞ?」
「え?」
「な!?」
「セイバー、あそこに居るのはアーサーじゃない!あいつはこんなことしない!お前もわかってるだろう!」
しかしその声は彼女には届いていない。
その手はゆっくりとしかし確実に船上に立つ欺瞞の王へと伸びていた。