海上を猛スピードで駆ける影が一つ。影は水面を風のように走る。サーヴァントに物理法則は適用されない。
そのまま一直線に海を横断すると前を行く船に向かって大きく飛びすさぶ。そしてその船上にて佇むバーサーカーに向かって出会い頭に、挨拶代わりの一発を心臓にぶち込んだ。
『
「■■■」
目にも留まらぬ速さで突き出される深紅の槍を、バーサーカーは流石の反応で迎撃する。
だがランサーの一撃必殺の槍はその拳ごと狂戦士の心臓を貫いた。
ランサーはその勢いのまま槍を引き抜くとその場を離脱して船に着地する。
バーサーカーはそれを追うことはできない。当然だ、その胸は背中まで穿たれている。
しかし直ぐに穴は傷口から盛り上がるように埋まり、無味な砲口を撒き散らした。
「■■■■■■■■■!!」
「これで1、いや6か」
その直後バーサーカーの左半身が激しく燃え上がり焼失した。
人の形さえ失ったバーサーカーは大きな音をたててその場に崩れ落ちる。
それはランサーによるルーン文字を使った術式。
槍に細工を施し先の一撃でルーンを型どった棘をバーサーカーの体内に埋め込んだのだ。その数、実に5つ。
「たく、一度じゃ死なねえ奴が多くてやんなるぜ」
元々はキャスター用に考案したものだがこうして役に立った。
そうしている間にも傷を再生させたバーサーカーが立ち上がる。
「幾つ残ってるのかわからねぇが、まあ12回だと思っときゃあいいだろ」
そしてランサーは再び目の前の怪物の体内にある、自らの魔力を通した棘を起動させる。
その直前、バーサーカーが自らの腕をその体に捩じ込んだ。
「な!?」
そのまま自らの胸を引き裂くと再び膝をついた。
こいつ命一つ分で残りの4つを掻き出しやがった。
その姿はまさに狂戦士、知性と野性の間で揺れるヘラクレスの矜持が選ぶ最善の選択。
そしてまた傷を修復したバーサーカーが耳を引き裂くような雄叫びを上げた。
「■■■■■■■■■■■!!」
ランサーの額には冷や汗が流れる。だがその顔には笑みが張り付いていた。
「ようやくおもしれぇ戦いができそうだぜ。見せてやるよ、このクーフーリンって英雄の全力をな!」
その砲口は死闘を告げる金の音だった。
直後ランサーに向かって弾け飛ぶバーサーカー。
それに応じてランサーも前に出る。直後ドラム缶のような拳と深紅の槍が交差する。船は大きく軋みながら傾く。吹っ飛ばされたのはランサーの方だ。水面を飛沫を上げながら転がっていく。
対してバーサーカーの拳には傷一つついていない。もはやただの攻撃ではその鎧の体を傷つける事はできないのだ。
それでもランサーは水をつかんで止まると再び前進する。そして垂直にジャンプすると全身を反り返らせた。
『
赤く輝く槍を全身のしなりを効かせて投合する。
ランサーの二つの宝具の内、こちらは魔力の消費量が多く素人マスターの彼女に負担がかかるので今までは使用を控えていた。
しかし今回はランサーもそんな余裕はない。
超速で飛来する槍をバーサーカーはすんでのところでかわす。しかし槍は急速にその向きを変えバーサーカーの心臓を貫く。それは折り込み済みだ。
直後船ごと周囲を吹き飛ばす爆発が起こった。
「3」
水飛沫がランサーの体を叩く。
高く上がった水柱をランサーは憮然と眺める。
バーサーカーの体は一度食らった攻撃には耐性がつく。
これでランサーの宝具は全て撃ち終わってしまった。
ランサーはスッと空中に文字を描く。
爆煙が収まる前に、砲弾と化したバーサーカーが水面を走り突っ込んできた。
ランサーも一緒になって走りながら刃をかわす。
その鋼の拳がランサーの肉を削ぎ落とす。しかし、やはりバーサーカーを傷つける事はできない。
『
再び宝具を放つランサー。
「!!」
だが今度は鋼の肉体に阻まれて皮膚の前で止まってしまっている。
「■■■■■■■■!!」
そのままバーサーカーは突きだしたランサーの腕に食らいつく。上体を暴れさせ力のかぎりそれを引きちぎった。
「が、ああっ!」
両の切断面から血があふれでる。普通の人間とは違うもののそれが生命を危ぶめているのは同じだ。
しかしそれを見たランサーは獣のような笑顔を張り付かせる。
「腕の一本や二本、くれてやるよ!」
直後バーサーカーがくわえたランサーの腕が輝き出す。
そしてそこから生えたら光の剣がバーサーカーを串刺しにした。
「4」
続いて今度は腕が液状の毒となってバーサーカーの体内を焼いた。
「■■■■■■■!」
「5」
しかしその全てを修復し、バーサーカーは海面から飛び上がる。
「ちぃ、まだくたばらねぇか」
「大丈夫なの、ランサー!?」
すると頭の中にマスターの声が響いてきた。サーヴァント契約をした時に通したパスを経由するので、素人の彼女にも念話が使えるのだ。
おそらく魔力の要求が増えているのを感じたんだろう。
「ああ、ちとやべえ、かもな」
バーサーカーの攻撃を何とか凌ぐランサー。喋りながらではより困難になるが今は仕方ない。
「ど、どうするの!?」
「令呪を使え」
「な、何に!?」
「決まってんだろ、バーサーカーを貫け、だ。3つじゃねえ一つずつだぞ!」
「~っ~」
するとランサーの体が充足感に満たされる。
もう一度宝具を発動する。
『
今度こそランサーの槍がバーサーカーを貫いた。
「がああ!!」
「ランサー!?ランサー!!」
だが二度に渡ってその槍の軌道を経験したバーサーカーは槍に反応するのを諦めランサーの頭部を殴り飛ばした。
そして生き返ると同時に最初と同じように体内に埋められた棘を自らの命といっしょに掻き出した。
「はあ、6、7…、大丈夫だ…」
「ランサー…」
「もう一度だ!」
「…」
そしてまたランサーの体に力がみなぎる。
『
先程と全く同じ光景が繰り返される。
「あああああ!」
「■■■■■■■■!!」
同じではないのはランサーの体がもはや見る影も無いほど傷ついていること。
右腕は根本からちぎれ、顔は半分が潰れ、脇腹も抉れている。その他にも傷ついていない場所など無いほど大小様々な激闘の爪痕がランサーを蝕んでいた。
だが目に見えずともそれはバーサーカーも同じ。
「8、そんで9だぜ、デカブツ…」
ランサーはそんな状態でも笑みを絶さない。それは死闘の高揚感が痛みなど忘れさせてくれるから。
そして令呪はまだ残っている。それを使えば、10、11はいける。それだけ倒せば充分だろう。
「■■■■■■■■■!」
バーサーカーが傷を癒し何度目かの雄叫びを上げる。
ランサーも片腕で槍を構える。
次衝突すれば体がどうなるかわからない。だがバーサーカーは倒せる。あとは自分がその時立っているのかどうかだ。
絶対に立つ。ランサーは歯を軋ませて笑う。その瀬戸際の勝負にこそ命をかける価値がある。
「令呪だ!」
ランサーは叫ぶ。目の前の激闘。それ以外は全て無視して。
しかしその責で彼は忘れていた。あまりにも戦いが楽しくて。
自分の後ろを守る少女が戦いなど知らない素人であることを。
時に女性はその無意味な闘争を理解できない事を。
次の瞬間、ランサーの体は充足感に満たされる。しかしそれは今までのものとはちがう。
失われた腕は生え、顔は元の均整がとれたものに戻り、抉れた腹も復活した。全ての傷がまるで戦いなど無かったかのように修復していく。
「な!?」
ランサーのマスター一色いろはは最後の令呪を攻撃ではなくランサーの回復に使ったのだ。
だがそれは無意味である。例え傷を癒やそうと既にバーサーカーに通常の攻撃ではダメージが入らない。
しかし彼女は堪えられなかった。自らのサーヴァントが傷ついていくのを。その彼を再び死地に送り出すのを。
そんなことお構いなしにバーサーカーはランサーめがけて突っ込んでくる。
ランサーもそれに応戦する。
体力が戻ったランサーはバーサーカー相手にも遅れを取ることはない。
だがそれでもいずれは力つきる。ランサーにはバーサーカーを倒す手段がない。
既にこの勝負の結末は決まっていた。一度は全回した体力が再び底めがけて失われていく。
それでもランサーが槍を握る手を緩めることはない。
それは倒せないとされてきた怪物を倒してきた英雄の矜持。
そして自分の体をおもんばかった彼女の思いに応える為。
マスター、一色いろはは確かに戦いのたの字も知らない素人でこれまでの戦いでは怯えて閉じ籠っているだけだった。
だが今初めて自ら行動を起こし、そして臆病な彼女は決して無謀ではない。
これは信じているのだ。俺の力を。俺がこの怪物を倒し生還するのを。
ならば応えない訳にはいかない。
自らを信じる女の祈りをこの男が無視できるはずもない。
「そうだな、これは俺一人の戦いじゃなかった」
ランサーは深く息を吐き出し、戦いが始まってから一瞬たりとも絶やさなかった笑みを消し、真剣な眼差しで目の前で荒ぶる怪物を見る。
「今から俺は名も無き戦士だ。お前を倒すには俺を越えなきゃならねぇ。そして、お前を倒して再び英雄になる!」
「■■■■■■■■■!!」
バーサーカーの拳をかわし槍を突き出す。しかしどこに当たろうと全て弾かれ一ミリたりとも刺さることはない。
一度後ろにとんで距離を取る。直ぐにバーサーカーも追ってきて再び決死の間合いで対峙する。
槍と拳が撃ちあうたびに周囲には大波が生まれる。
その一撃に肉を断たせながら、ランサーは必死に探す。
あるともしれない活路を。
海上を縦横無尽に走りながら綱渡りのような攻防を続ける。
ルーンで四方を囲った罠に誘い込み、重力を操ってバーサーカーの動きを止めた。
そこに真空の刃が飛ぶ。
だが直ぐに重さの檻から脱したバーサーカーはそれを水平に薙いだ腕で吹き飛ばした。
やはりルーンに対する抵抗も上がっている。
再び二人は至近距離で殺し合う。
いや、既にそれは一方的な蹂躙でしか無かったが、それでもランサーは先程生え揃えた両の腕で槍を振るう。
その表情は危機迫るようで、まるでここで聖杯戦争が終わるまで戦い続けると覚悟を決めたようだった。
だが、ギリシア神話一の英雄であり、怪物と化したヘラクレスを前にそんな覚悟は何の意味もなかった。
直後、バーサーカーの極太の腕がランサーを正面から殴り付ける。
「が、あ、あ、あ、あああ!」
それでバランスを崩したランサーをさらにハリケーンのごとき連打が襲った。
吹っ飛ぶランサーの背後に回り込むと腕をムチのようにしならせ、ランサーの背中に痛烈な一撃をみまわす。そのまま滑り落ちたランサーをバーサーカーはさらに追撃する。
『
槍が赤い輝きを放つ。だがバーサーカーの前では無意味だ。
しかしその反動を利用してランサーはバーサーカーの間合いから抜け出した。衝撃で槍は手から離れてしまったが。青い海面に沈んでいく深紅の槍。いや、もはやランサーの血で染まりそこは大きな血だまりになっていた。
それでも彼は立ち上がる。
彼女が治した体で倒れる伏すことなどあってはならない。
もはやその思いだけでランサーの体は動いていた。
「■■■■■■■■!」
バーサーカーが叫ぶ。
ランサーの手中にもう得物はない。
次の一撃が最後になるとバーサーカーは感じ取ったのだ。
「うをおおおおおおお!」
それはランサーも同じ、男は気合いの雄叫びを上げる。
直後、二人の獣は駆け出した。
鏡写しのように間合いに入った瞬間右腕を後ろに振り上げる両者。
そしてその拳を打ち合わせた。
ランサーの拳がバーサーカーの拳に抉られていく。
しかしルーンで限界まで強化された腕はそこで踏みとどまる。
「おおおおおおおおお!」
再びの砲口。
同時にランサーはその体でバーサーカーの拳を追撃した。
跳ね返るバーサーカーの拳。その延長線上にあったのは、彼自身の心臓だった。
直後大岩のような拳が鋼の体を撃ち抜いた。
そこで静止する両者。バーサーカーは息絶え、ランサーは力尽きている。
そのままランサーは祈るように時が過ぎるのを待つ。
これで10回目の絶命。これで起き上がってこられたらもう勝利は叶わないだろう。
そして永遠のような数秒の後、静寂をとある声がかきけした。
「見事だ、ランサー」
それはバーサーカーの声。
バーサーカーは消滅間際になると、その身にかけられた凶化が解け素の人格が露になる。
つまりそれはランサーの勝利を告げる鐘の音だった。
「よくぞこのような攻撃を思いついた物だ、できれば思いのかぎり貴公と技を競いたかった」
ランサーがこれを思いついたのは宝具でバーサーカーの攻撃から逃れた時、しかしヒントはあった。
バーサーカーはその腕で何度も自らを引き裂いていたのだから。
「あんたもな、令呪がなかったらわからなかったぜ」
死闘を終えた二人の戦士の会話はとても穏やかだ。
「マスターか、あの少年と少女達にも救いがあれば良いのだがな…っ!?」
しかし突然バーサーカーの顔が凶化時のような獰猛さを取り戻す。
慌ててランサーは構えようとするが体に力が入らない。
「あの女狐め、戦士の死闘を愚弄する気かっ!!」
バーサーカーが何事かを叫ぶ。
「逃げろ、ラン―――」
「!?」
直後、バーサーカーの体が爆発した。