気づくと何故か俺は縛られていた。
身動きはとれず、声を発することもできない。
最初に右目を潰された。次に喉を、次に左手を、体の一部を一つ一つ丁寧に、入念に。
俺は悲鳴をあげることもできず体は次々にその形を変化させていく。
そのまま真っ暗な部屋に閉じ込められ、長い、長い年月が流れた。
ただそれでも俺に恨みはなく、ただ疑問と、日の光への憧れだけがあった。
…………………
翌朝6時に叩き起こされ、ラジオ体操をしたと思ったら、家庭科室で料理家達が腕を奮った朝食を食べた。それはとてもうまかった。
そのまま作戦会議が始まったが誰も何も言うことなくただ時間だけが過ぎていく。
「ルールブレイカーは、使えないかな?」
最初に口を開いたのは衛宮だった。
「なんだ、ルールブレイカーって?」
「刺すと魔術を無効化できる短剣だ」
何それチートや、チーターや!
「それをアーサーか聖杯自体に刺せれば勝負ありだけど…、雪乃、大聖杯はあの船にあるのよね?」
「おそらく…」
雪ノ下の事を名前で呼ぶ遠坂さん。昨日の夜パジャマトークでもしたのだろうか。
「ならたぶん聖杯もあそこに現れるでしょうから、結局アーサーをどうにかしなきゃいけないわけか…」
毎回そこで議論はストップしてしまう。
7人分の枠を使って呼ばれた最優の騎士王アーサー。そのステータスは災害じみていたバーサーカーを悠に越える。
しかしなんとか活路を見いだせないかと遠坂さんは会議を進め続ける。
「大聖杯を見つけるまで最短でも10分、どう、アーチャー?」
「無謀だな、相手次第だが本気でこられれば1分ともつまい」
「例のパクリ世界に閉じ込めてなんとかできないのか?」
するとセイバーが口を挟む。
「無理だ、エクスカリバーといった高ランクの宝具は投影できない」
「使えねー」
アーチャーがセイバーを睨む。
何故かこの二人仲が悪いらしい。
「では、船ごと破壊してしまってはどうだろう!」
平塚先生が無謀にも果敢に意見を出す。
だがこの場にいる全員が微妙な視線を向けた。
「う、うー」
「先生、学校を貸してくださってるだけで充分ですから」
遠坂さんがそこに追い討ちをかける。
俺達は会議の前に敵のスペックについて粗方説明を受けていた。
そのステータスに特大のビームを放つ聖剣。それすら防いでしまうという鞘。未確認の宝具すら備えているらしい。こりゃ無理だな。
「私達、居る意味あるんですかね?」
「ないだろ」
一色が小声で聞いてくる。裾を引っ張るな、裾を。延びるだろうが。
するとアーチャーがよくわからないことを言い出した。
「小僧、セイバーの宝具の威力が聞いていたものと違っていたが、どういうことだ?」
「別に嘘じゃないぞ、俺も見てたけど驚いたんだ」
「そうなのか、セイバー?」
「よくわからねぇけど、お前を斬ろうとすると落ち着くんだ」
「は?」
何?こいつ、どSなの?性癖で宝具撃たれるなんてたまったもんじゃない。いやあの時は俺が撃たせたんだった、てへっ。
みんなセイバーの発言にどん引いていた。
「ええっと…、セイバーの宝具は気持ちで威力が変わるのか?」
確かにアーサー王相手なら最大限の力を発揮できるかもしれない。いや既にセイバーはアーサーへの恨みは無くなったのではなかったか。
「いんや」
しかしセイバーはこれを否定する。
「?、じゃあ何で…」
「ハチマンの中にアンリマユが居るからじゃない?」
すると夜が明けて合流したイリヤがそんな事を言い出した。
「アンリマユってゾロアスター教の最悪神のか?」
俺はイリヤにたずねる。
「この世全ての悪っていう概念よ。聖杯が汚れた原因でもある」
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
すると遠坂さんが声を荒げる。
「どういうことよイリヤ?」
「別にどうもこうも無いわ。正確にはアンリマユに似た何かだけど」
「だ、か、ら、何で彼の中にそんなのが居るのよ!」
「そんなの知らないわよ、私やサクラの中にも居るじゃない」
「じゃあ比企谷君も聖杯に繋がってるってこと?」
「いいえ、それは違うわ」
「ああっもう、訳わからない!」
遠坂さんが荒ぶる。
わからないのは俺も同じだ。
「なあ衛宮、どういうことなんだ?」
「えっと、イリヤ、危険は無いんだよな?」
「そうね、力は弱いわ。たぶんたまたま持って生まれちゃったんじゃないかしら?」
「おい、雪ノ下」
「つまり貴方は生まれつきの、人類の敵って事よ、アンリ谷君」
「いやいや、イリヤや間桐さんも一緒なんだろ?」
俺はちらっとイリヤと一緒に来た間桐さんを見る。
その胸にはむしろ希望が溢れていた。
「どうしました?比企谷君」
「ああ、いえ、どの辺が一緒なのかなーって」
「汚らわしい」
雪ノ下は悪は死ねとでもいうような目で俺を睨み付ける。
ちょいちょい。
すると一色が俺の服の裾を引っ張る。だから延びるだろ。
「私にも聞いてくださいよ」
「いや、お前はわからないだろ」
「えー、仲間はずれにしないでください」
「…何か知ってるか?」
「知りません!」
うわー、殴りたい。
「お前はこっち側だよ、一色」
「なっ、なんですか、私と一括りになりたいんですか?10年早いです!」
お前今仲間はずれにするなって言ったばっかだろ。
「話を戻そう、それが宝具の威力とどう関係しているのだ、イリヤ?」
「んー、わかんない」
わからないのかよ!
大山鳴動して鼠一匹とはこの事か。
「もう一度宝具を撃ってみれば良いんじゃないかしら」
「おいイリヤ、物騒なこというな」
たく、たまにこの少女はとんでもないことを言い出すな。
「…そういえば、あの時セイバーの剣が…」
すると衛宮が何かを呟く。
「剣がどうかしたの?」
「いや、なんかこう、光ったというか、なんというか」
「そりゃ宝具使えば光るんじゃないか?」
「そうじゃなくて、変わった?というか…」
衛宮の言っていることは相変わらず要領を得ない。
「斬るふりでも効果があるのだろう?試してみろセイバー」
するとセイバーが立ち上がる。
「いやちょっと待て、確か威力は落ちるんだろ?だったら…」
次の瞬間セイバーの剣が俺に振り降ろされる。
もちろんそれで斬れる事はなく、10センチ程手前で止まっていた。
「これは…」
「な?だから言っただろ?」
アーチャーと衛宮が何か通じあっている。
「確かに、セイバーの剣の質が上がった」
「わかった、雪乃?」
「いいえ…」
しかし女魔術師二人には理解できていないようだ。
「そうか、そういうことかも…」
するとまたもや衛宮が何かを思い出す。
「昨日聞いた話だと、セイバーのクラレントはちゃんと譲り受けたものじゃなくて武器庫から奪った物なんだよな?」
「ああ」
「ってことはセイバーはまだ剣に選ばれてないんだよ」
剣が使用者を選ぶ、神話や童話にはよくある話だ。
ちょっと待て、セイバーの剣の質が上がったということは…。
「比企谷君という悪を退治することで真の力に目覚めるということ?」
「たぶんハチマンの中のアンリ谷に反応してるんじゃないかしら」
その呼び名は確定なんですね。
マジかよ、ラスボス前の主人公覚醒の犠牲になるキャラじゃん。俺の悪のカリスマっぷりやばくね?
そんなどうしようもないことを考えて現実逃避していたが、事態はあまりよくない方向に傾いていた。
「おそらく向こうの方が勝率は高いわよ、比企谷君」
「俺を寝返らせようとするな、雪ノ下。向こうが勝ったら人類滅亡だろ」
「その通りだ比企谷八幡、私達は必ず勝たねばならない」
アーチャーのドスのきいた声が家庭科室に響く。
「アーチャー!」
「どうした、衛宮士郎、何か間違ったことを言ったか?」
「ああ、比企谷を犠牲にして守れる世界なんてあるもんか!」
なんということだ、俺はセカイ系のヒロインでもあったのか。八幡恐ろしい子。何てやってる場合じゃない。
「遠坂も、何か言ってくれ」
しかし遠坂凛は唇を噛み締めて何も言わない。
「比企谷!比企谷だってそんなの嫌だろ?」
「まあ、死ぬのは嫌だなぁ~」
「その男が拒むのなら、無理にでもやらせるだけだ」
その言葉を聞いた衛宮がアーチャーの胸ぐらを掴む。
「モードレッド、まさか貴様が怖じ気づきはしないだろうな?」
衛宮を無視してアーチャーはセイバーを問い詰める。全員の視線がセイバーに集まった。
セイバーは少しの沈黙の後その力強い瞳でアーチャーを睨み付けた。
「断る」
アーチャーの瞳が驚愕に見開かれる。
「何だと…!?」
対して衛宮は安堵した表情。
「セイバー…」
「貴様、今さら情にほだされたとでもいうのか!」
「オレを喚んだのはそいつだ、今のオレがいるのはそいつが居たからだ」
セイバーの意志は堅いようだ。
「ちっ…、付き合ってられん」
アーチャーは何処かへ消えていってしまう。
「セイバー、俺を斬ってみないか?」
瞬間、家庭科室は凍りつく。
最初に言葉を発したのは衛宮だった。
「何を…言ってるんだ、比企谷!」
「先輩、雪ノ下先輩になじられ過ぎてMに目覚めちゃったんですか?」
「比企谷君…」
いや、目覚めてないから。
「別に殺してくれってことじゃない、ちょこっとだちょこっと」
俺は腕を捲ってセイバーに差し出す。
セイバーは俺に目配せするとほんのちょっと俺の皮膚を切り取った。
「どうだ、衛宮?」
「確かにちょっと質も持続時間も上がったけど、またすぐに戻ったぞ」
「セイバー、もう少し深くだ」
「比企谷?!」
セイバーは少し眉を潜めながらさっきより数センチ深く剣を差し込んだ。
「っ…」
次は多少肉を持ってかれる。頭にノイズが走る。
「比企谷君!?」
雪ノ下がその傷を癒してくれた。
「どうだ…?」
「無理だ比企谷!このペースじゃしんじまう!」
「今みたいに回復し続けたらどうだ?」
「は?」
衛宮は一瞬、意味を理解できないでいたが少しするとまた口を開いた。
「本気なのか、比企谷…?」
「頼めるか、雪ノ下?」
雪ノ下は唇を噛み締めるが意を決した様に口を開いた。
「傷を癒すことはできる、けど心の方は無理よ…」
「比企谷君?痛覚を含めた神経系を操作するのは大変なの。身体不随になる可能性だってあるのよ?」
「要りませんよ、回復だけで充分ですから」
これは俺が言い出した事だ、他のやつに下手に傷を残すわけにはいかない。
すると正面にいたセイバーと目が合う。
その目は潤んでいるように俺には見えた。だが緊張しているのかぼやけているのは俺の視界の方なのでたぶん見間違いだろう。
「やれるか?セイバー」
「断ると言ったら?お前は俺に好きにしろと言った筈だぜ」
「…雪ノ下、令呪残ってるよな?」
「てめぇ!」
セイバーは俺の胸ぐらを掴む。
「頼むセイバー」
「…どうしてお前がそこまでする必要がある?」
俺は考える、いや考える必要もなかった。
「お前のかっこいいとこが見たいんだよ」
セイバーの手が緩まる。
「この嘘つきが…」
そのまま俺の服を離した。
「あのぉ、私じゃ駄目なんでしょうか?」
すると間桐さんが弱々しくそう口にする。
「そうそう、私もいるわよ」
イリヤもだ。
「さ、桜もイリヤも…」
セイバーはそっちに歩いて行くと二人を斬るふりをした。
「駄目だ、かわらない」
「そう、どうやらハチマンだけみたいね」
まあ仕方ないだろう、元々一人でやる予定だったのだ。
俺達は別の部屋に移動する。
「いい、セイバー、脳と心臓は斬っちゃダメよ」
俺の横に雪ノ下と遠坂さん。そして正面にセイバーがたっている。
セイバーは鎧を纏っていてその顔は見えない。
直後、セイバーの剣が俺の右脇腹を貫いた。
「あ、ああ、あああ」
必死に歯をくいしばり痛みに耐える。俺の腕と足を掴む心許ない高速具がガチャガチャと音をたてる。
そして直ぐに剣が引き抜かれる。グチャグチャと音がなり金属の刃に俺の肉がそぎおとされる。
そこから血と一緒に力が抜けていくようだ。痛みで頭は気が狂いそうな程熱いのに、体はひどく冷たい。そこに回復魔術がかけられる。少しずつ傷が癒されていく。
しかしそれが治りきらない内に今度は左足を切り落とされた。
「あ、ああ!」
口の中に血が溢れ、叫ぶこともできない。
「ごほっ、ごほっ」
「比企谷君!?」
それどころか息をすることも。
しらなかった。
殺されるほどの傷がこんなに苦しい何て。
何故断らなかったのか、何故誰も止めてくれなかったのか。
次々と俺の体に金属の塊が捩じ込まれていく。その不快感が頭にくる。
頭と心臓だけ残して体はその形を変えていく。
まるで自分の体ではないかのように。
いいや俺の体だ。目の前にいるこいつが俺の体をグチャグチャにしてるんだ。
それでも剣が止まることはない。無慈悲に無感情に体から肉を血を命を削ぎ落としていく。そしてそれを回復魔術が広い集めてくる。もう一度削り飛ばすために。
治っていく心地よさは次第に次の斬撃への恐怖に変わった。そしてそれらはたがえることなく痛みへと変わっていく。
それでも死ぬことすらできない。目の前の騎士は悪魔なのか。
もう殺してくれ。痛いのは嫌だ。苦しいのは嫌だ。
どうして、どうして俺はこんな事をしてるんだ?
気づくと俺は真っ暗な暗闇の中にいた。
何も感じず何も聞こえない。
俺は死んだのだろうか?ここが死後の世界ってやつなのか?
まあいいかあの地獄に比べればここは天国だろう。
ここには何もない変わりに平穏があった。
周囲の悪意に怯える事もない、痛みに耐える必要もない。
すると頬に何かが落ちて来た。触れてみると暖かい。
ポツッ、ポツッと続けて落ちてくる。
落ちて来たところにだけ感覚が蘇る。
俺は直感的にそれが何なのか理解した。
理解したとたん、世界は再び色を取り戻した。
目の前ではセイバーが泣いていた。
いつのまにか兜は消え、その美しい顔が露になっている。
それを見て俺が何故こんな事をしているのか、その理由を思い出した。
その理由に奮い立った。
セイバーを王にしてやるのだ。そのためなら俺は…。
intelude 14-1
「先輩、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫さ、優秀な魔術師が二人もついてるんだから」
だがそれは気休めでしかない、問題は体の傷ではないのだから。
死ぬほどの体の傷というものをこの場で唯一理解しているといってもいい衛宮士郎は恩人の恩人のマスターに励ます様に声をかける。
4人が部屋にこもってから、既に3時間程経過している。
その間も他にも勝機がないかと思案したが、特にこれといったものは出なかった。
後はただ待ち続けるしかない。
チッ、チッ、チッ。
静まりかえった教室に壁にかけられた時計の音だけが響く。
ガラァ。
その時引き戸の開く音が聞こえてきた。
直ぐ様教室を飛び出す。
「来るな、一色!」
それを見たとたん直ぐに彼女を呼び止めた。
そこに立っていたのは一人の英雄だった。
その白銀に輝く鎧と剣は凄まじい程の威圧感を与えてくる。
衛宮士郎は思わず息を飲む。
これが英雄の姿なのだと直感的に理解した。
その鎧と剣は余すところなく真っ赤な血に濡れていた。
それは当然彼女自身のものではない。
斬り刻んだ際に飛び散った、彼の、比企谷の返り血だ。
しかしそんなおぞましい姿から目を背けることができない。
その剣は今も心の内に居る彼女に勝るとも劣らない本物の輝きを放っていた。
「シャワー浴びてくる」
セイバーのその一言にはっと我に返る。
サーヴァントに入浴といったものは要らないが、今はそういう気分なのだろうと理解した。
その後俺はその教室へと足を踏み入れた。
踏み入れた瞬間猛烈な血の臭いが襲ってくる。
教室は壁一面が真っ赤に染まっている。
その中に三人の姿があった。
「遠坂!」
「大丈夫、生きてるわ」
続いて雪ノ下さんに膝枕されている比企谷と目が合う。
その瞳はいつもより3割増し程濁っているが確かに光はある。
「後始末は私がしておこう、シャワーでも浴びてくるといい」
「ありがと、アーチャー。士郎は比企谷君をおねがいできる?」
比企谷をおぶって教室を後にする。
「大丈夫か?」
「ああ、なんとかな…」
やはり精神的なダメージが大きいのか比企谷の声は小さい。
けれど確かに俺の質問に応答した。
intelude out