「小町、お前の学年に川崎って奴いるか?」
「いるよ、川崎大志君、それがどしたの?」
「いや、何でもない、ありがとな」
俺がそう言うと小町は不思議そうな顔をする。
「いいけど、そういえばセイバーさんは?今日見てないけど」
言葉に詰まる。彼女はもうこの世界にはいない。二度と会うことは無いだろう。
「実は、あいつ母国に帰ったんだ」
「ふーん」
小町の反応は想像していたよりずっとそっけないものだった。
「悲しくないのか?」
「うーん、悲しいけど、お兄ちゃんの方が悲しいでしょ?」
そんな一言が俺の心を優しく撫でてくれるようだった。まったく、できた妹だぜ。ポイントカンストまである。
しかし今はそれに甘えている場合ではない。
俺はケータイで時刻を確認する。
午前9時前。できるならなるべく早くにかたをつけたい。
するとそのケータイ、ではなく頭に直接メッセージが翔んできた。
そのメッセージにはこう記してあった。
「付き合ってください」
………………
というわけで俺はこの辺りで唯一の大型複合デパートの1階インフォメーション前に来ていた。
俺の到着から10分ほど遅れて雪ノ下も姿を見せる。
「どうやら、ちゃんと来たようね」
後から来たくせにこの態度である。
「いったい何の用なんだ」
「ただの買い物よ」
あのメッセージはそういうことらしい。
「何買うんだ?」
「特に決めてないわ」
なんだそりゃ、こいつ何の為に俺を呼び出したんだ?
とりあえず俺と雪ノ下はぶらぶらとデパート内を見て回る。
すると雪ノ下はとある店の前で足を止める。
そこはペットショップだった。ケースに入れられた犬、猫を中心に飼育用品も扱っている。
「ここに入るのか?」
「…そうね、動物は古くから魔術の媒体として使われているし少し見ていっても良いかしら」
魔術に使う道具を買いに来たんだろうか。
雪ノ下は店内に入ると脇目もふらず猫のスペースへ踏み入れた。
そしてガラスケースを穴が空くほどじっと見つめている。
どこが少しなんですかね、雪ノ下さん。
いったい何を見ているのか雪ノ下の視線は動かない。
「よかったら撫でられますか?」
女の店員さんが声をかけて来た。
「お願いします」
即答する雪ノ下。もう完全に猫を愛でたいだけだな。
雪ノ下はケースから出した猫を抱かせてもらっていた。
「にゃー、にゃー」
彼女が頭を撫でるとそんな可愛らしい鳴き声が聞こえてくる。
「にゃー」
するとそれを追いかけるようにまた別の声が聞こえてきた。
今のはまさか。
「にゃー」
「にゃー」
間違いない、それは雪ノ下が猫と会話している声だ。
「おい雪ノ下」
俺が声をかけると彼女は我に帰ったようで、はっとしたあと身を隠すように抱いている猫を自分に寄せた。
「可愛らしい彼女さんですね?」
そう店員が声をかけてくる。
「そうっすね」
いちいち訂正するのも面倒なので適当に返しておいた。
すると雪ノ下に睨まれる。なんだよ、なら自分で訂正しろ。
一通り愛でると満足したようで雪ノ下は店を出た。
「貴方と付き合っている覚えはないのだけれど」
「そうだな、今日付き合ってるのは俺の方だし」
続いて俺達は雑貨屋が軒を連ねるスペースを訪れる。
「これも魔術に使うのか?」
「使えない事はないけれど、神秘の特性からいってあまり適しているとは言えないわね」
花柄の小瓶を手に取りそう言う雪ノ下。
「そういえば、結局ろくに魔術を教えられなかったわね」
「しょうがないだろ、時間もなかったし」
それに俺は無とかいう雪ノ下ですらよく知らない属性だ。知らないもんは教えようがない。
「無とは有の対になるもの、どちらか一つでは存在できないらしいわ」
今ここで未練を晴らすかのようにレクチャーを始める雪ノ下。
何かが存在すればそれが無いという状態が生まれる。例えそこに無が無くても、概念は確かに存在しているのだ。
「けれどそれを覆したのが第一魔法、無の否定」
「魔法?魔術じゃなくてか?」
「前にも言ったけれど、神秘とはその真髄を知る人が少ないほど強くなる。余りにも一握りしか成し得ない術を称えて魔法と呼ぶの」
「お前にもできないのか?」
「いずれは使えるようになるわ」
いずれの部分がだいぶ強調されていた。
その瞳は遠く彼方を見つめている。しかし口ではそう言ってしまうのが彼女らしいと言えた。
「無の否定ね、でも無が無くなるなら否定できてなくないか?」
「貴方らしいひねくれた解釈ね、言葉の綾を理解できないなんて愚かな人」
「いや、俺、国語のテスト学年三位だから。読書は行間まで読むから」
「そう、ちなみに私は一位だったけれど」
お前かよ俺のチャンピオンの座を奪ったのは。そのしたり顔が可愛く見えて腹が立つ。
まあ魔法なんてものを言葉で表すのは難しいんだろう。存在を知られていないということは後世に伝えるのも一苦労だしな。
だが無の否定という言葉は格好いい。俺の眠れる黒い炎が目を醒ましそうだ。
もしそんな方法があれば、俺も教室で空気扱いされたり、話しかけても無視されたりしなくなるだろうか。あいつらみんな無属性なんじゃねえの?
「特異な属性は特に礼装などに頼らず、ただ純粋に魔力を行使するだけでいいと言うわ」
すると雪ノ下がキーホルダーを手にして俺にかざしてくる。
「なんだ?」
「これをプレゼントするから、魔力でも通して練習することね」
どうやら俺に買ってくれるらしい。
それは剣に竜が巻き付いてる男の子が好きそうな奴だった。
「んじゃ、俺はこいつをやるよ」
一方的に貰うというのも悪い。
手に取ったのはディスティニーランドの目付きの悪いパンダのマスコットの奴だ。
「そう、まあ貰えるのなら貰っておくわ」
そう言ってレジに向かう雪ノ下。俺もそれについていくと彼女は一緒に並ぶのを拒む。
「一緒だとどちらが買ったかわからなくなるでしょう」
細かいというか律儀というか。
俺達は別々に品物を買いそれを互いに渡す。
「ありがとう」
雪ノ下はそれを受けとると幸せそうに笑った。
そんな顔もするんだな。
始めてみる彼女の表情に俺は気恥ずかしさと、同時に不安のようなものを感じた。
それは彼女達の顔があまりにもかけ離れていたから。
彼女は俺が思っていたよりもっと禍々しいものを抱えているのかもしれない。
まったく情けない、俺としたことが完全に騙されていた。
であるならば、彼女は何を隠しているのか。
しかし既に脱落した俺には関係のない事だ。
俺達はその後昼食を食べ、デパートを後にする。
その途中、雪ノ下がこんな事を言ってきた。
「セイバーが消滅したのは、貴方の一人の責任では無いわ」
…。俺は沈黙で続きを促す。
「間借りなりにも、私達は協力関係にあったのだから、それに弟子の責任は師匠がとるべきでしょう?」
いったいいつから俺はお前の弟子になったんだ。まあ今までの事をふまえるとそう言えなくもないが。
しかしそれは強いて言えばの話だろう。
あの時狙われたのは俺だ。それはあの中で俺が一番殺りやすいと思ったからだろうし、そしてそれは正しい。
もし俺以外を狙っていたらあそこまでうまくはいかなかっただろう。
「だから、貴方がそれを背負う必要は無い」
彼女はそう言葉を締め括った。
つまりはそういうことだ。
彼女は俺を励ますために、これを俺に言いたいが為だけに今日ここに呼んだのだ。
なんて回りくどい。なんて手の込んだ励ましなのだろう。
その不器用さに思わず笑みが漏れる。
それは自分も同じなのかもしれないと思ったから。
不器用に遠い光に手を伸ばし続けることしかできない二人。
それゆえに下手に手を取り合うこともできずにいる。
だがそれでいい、今はお互いにやるべき事がある。
デパートから出ると昨日もいた黒塗りの車が出迎えた。
俺はそれが去っていくのを見送ると、自宅への帰路を歩き始めた。
………………
階段を上る人影に向かって銃口を構える。
狙いはアサシンのマスターである川崎沙希である。
手振れと獲物の移動で照準がずれる。だが今回は仕留めるのは彼女ではない。
とはいえ人に銃を向けるのは背筋が凍る思いだ。
そして俺は引き金を引いた。
今さら後戻りはできない、するつもりもない。
銃身から魔力の玉が飛び出す。
予想通り、それが彼女に当たる前にもうひとつ黒い影が現れ銃弾を弾いた。
アサシンだ。やはり奴は生きていた。
すぐさまその場を移動し横にあるゴミ箱に身を潜める。
蓋の間から元居た場所を覗き見ると、視界の端からアサシンがやって来た。
黒いマントで体型を隠し、顔はドクロの仮面で覆っているので性別はわからない。
俺が居た場所をじっと見つめている。
射線を追って来たのだろうが目当ての敵がいなくて驚いているのだろう。
だが見つかるのも時間の問題だ。
アサシンは周りを見回し、俺が隠れている方を見る。
その瞬間、俺はもう一度発砲した。
弾は一発で心臓に命中した。
よしっ!
その時俺の中で何かが目覚めた。
!?
沸き上がってくる興奮、歓喜。
それは決して目的を達成したから、ではない。
今まで自分の中に無かったものが押し寄せてくる。
それは人を殺したという悦び。
だがそれはすぐに治まった。
俺はゴミ箱から飛び出し、事の結末を確認した。
光の粒になって消えていくアサシン。
これでセイバーの敵はとったはずだ。
これでやっと聖杯戦争なんてものからはおさらばだ。
そのまま横を仰ぎ見る。視線の先には川崎がいて、彼女もフェンスから身を乗り出しこっちを観察していた。
そして彼女と目が合う。その唇は笑っていた。
直後強烈なパワーに押されコンクリートの床に叩きつけられた。
そのまま、何者かに押さえつけられている。
しまった、まだ仲間がいたのか。
俺は咄嗟に銃を向けるが腕ごと弾き飛ばされてしまう。痛みが俺の意識を奪う。
すると横転した視界に誰かに運ばれてくる川崎が写った。運んでいるのは黒マントにドクロマスクの影、アサシンだ。
「なっ!?」
まさか、アサシンとは複数で一体のサーヴァントなのか!?
完全に失敗した。
その可能性を失念していた。数時間前の俺を殴ってやりたい。
だがもう遅い。俺は体を押さえつけられ抵抗する手段もない。
「あんたセイバーのマスターでしょ?ああ、雪ノ下の下僕かなんかなんだ」
なんとか顔を見ようと体を傾けると、風に吹かれたスカートが持ち上がって中身が見えた。
だが今はそんな事を気にしている場合ではない。
「どうしますマスター、念の為、殺しておきますか?」
「待ってくれ、妹がいるんだ!もう何もしない、だから命だけは!」
「…別の方法は無いの?」
なんとか俺の命乞いが効いたらしい。俺は祈る思いでアサシンの返答を待つ。
「薬で数日間の記憶を奪うこともできますが」
「じゃあそれで」
アサシンは懐から紫色の小瓶を取り出した。
たった数日間の記憶と引き換えに俺は命を繋ぐことができるらしい。それは破格の取引だろう。断る理由がない。このままじっとしていれば、俺は何時もの退屈でそれがちょっと素敵な日常に戻ることができる。
彼女達のいない日常に。
俺は咄嗟にポケットにあった何かを掴み出す。
それに魔力を通し俺を踏みつけるアサシンの足を切り裂いた。
「なんだと!?」
驚きくれる周りの奴等を差し置いて、それを川崎の首筋につき当てる。それは雪ノ下に貰った剣のキーホルダーだった。
「全員、動くな!!」
マスターを人質にとられた暗殺者達は蛇に睨まれたように動きを止める。
これで立場は逆転した。
そのまま川崎に命令する。
「10数える。令呪でこいつらを自害させろ」
敵が複数居るのならちまちま倒していても無意味だ。
「10」
「9」
「8」
「7」
「6」
「5」
「4」
「3」
「2」
「1」
その瞬間体から全ての力が抜け、俺は膝から滑り落ちた。
キーホルダーも手からすり抜け転がっていってしまう。
な、ん、だ、何が、起きた、?
口が締まらず、よだれを垂れ流しにしながら俺は聞こえてくる声に耳を傾けるしかなかった。
「念の為、筋弛緩の毒を使っておいて正解でした」
そのまま視界は徐々に色を失っていく。
駄目だ、本当に終わった。口を動かせなきゃ命乞いもできない。
俺の意識は後悔に呑まれたまま暗い闇の底に消えていった。
………………
気づくと俺は何処かのビルの屋上に倒れていた。
「何でこんなとこにいるんだ?」