俺は名簿から名前を消して二人と共に席につく。二人が向かい同士に別れて座ったので、俺は彩ちゃんと呼ばれた女子の隣に座った。
「ちょっと!隣だと話聞けないじゃん!」
「別に聞けないことはないだろ…」
もう一人が煩いので仕方がなく逆側に座り直した。
新しい客が来たのを察知してか店員さんが水とおしぼりを持ってきてくれる。
最初からいても俺の分だけ無いこともあるのに、できた店員だな。
だがその姿に俺は驚愕した。
青みがかった黒髪を後ろに纏めた女子。アサシンのマスター、川崎沙希だ。
あの映像通りなら、俺は記憶を失っていると思われてるんだろうか。だが彼女とは命を狙いあった仲だ。やはり近くにいると落ち着かない。
「比企谷君、大丈夫かな?」
「あ、ああ、俺の事は八幡と呼んでくれ」
「「え?」」
しまった、緊張感からとんでもないことをくちばしってしまった。
親しき仲にも礼儀あり、いずれ寝食を共にする仲でも順序があるだろうに。
「うん、八幡!」
しかし目の前の天使は三段飛ばしで階段をかけ上がって来てくれた。
もうこのままプロポーズしてもいいんじゃないだろうか?
名前を呼ぼうとしてそういえばまだ彼女の名前を聞いてなかった事を思い出した。名字は比企谷だから良いとしてもやはり名前を知らないのは不便だ。
「良いなぁ、彩ちゃん…」
隣の女子がなんぞ呟いている。
彩ちゃんか、しかし俺をヒッキーと呼ぶこいつのセンスは信用できない。
「悪い、名前何て言うんだ?」
「えー、同じクラスなのに信じらんない!」
そういうもんなの?俺、覚えられた事ないからわかんなかったわ、むしろ俺だけ覚えてて気持ち悪がられるまである。
「戸塚だよ、戸塚彩加」
「そうか、結婚しよう、戸塚」
「いきなり何言ってんだし!?」
「ごめんね八幡、僕、男の子だから」
なん…だと…。
それは史上では男とされてるのに実は女の子でしたー並みの驚きだった。わりとよくあるな。
いや、むしろこんなに可愛かったらもう男でいいんじゃないだろうか。
それに目の前にいるのは天使だ。天使に性別なんて無いじゃないか!(迫真)
「じゃあ、聞いてね、八幡」
そうこうしている内に話が始まってしまう。仕方ない、今はこっちに集中するとしよう。
「実は最近、毎日同じ夢を見るんだ」
悩みとは以外にもスピリチュアルな案件のようだ。果たして俺が力になれるだろうか、心配になってきた。
「ベッドから這い出して夜の町を、誰かを探して歩き回ってるんだ」
「誰かって、知ってるやつか?」
「ううん、知らない人」
ふむ、確かにそれは奇妙だ。夢とは無意識に見るものだからそういうこともあるかも知れないが毎日となるとさすがに不可解である。
「それで、何で探してるかっていうとね…」
戸塚はその先を言い淀む。
藁でも掴む思いで俺なんかに相談するほどの事だ。口にするのも憚られるのだろう。
俺はテーブルに置かれたサービスの水を一飲みする。
「言いづらかったら無理しなくていいぞ」
「ううん、あのね、殺すためなの」
可愛らしい彼に似つかわしくない物騒な言葉に俺は何か既知感を覚えた。
誰かを殺す?頭の端に何かが引っ掛かる。なんだ?前にもどっかで聞いた覚えが。
「どうヒッキー?何かわかる」
隣の由比ヶ浜に話しかけられて俺はそれを思い出した。
そうだ以前彼女に話しかけられた時に頭の中に雪ノ下を殺せという声が響いてきたのだ。
もしあの命令にしたがっていたら、今でも身が震え上がる。
きっと俺はぼこぼこにされて目もあてられない姿に変えられていただろう。
ということはこの不可解な現象も聖杯戦争がらみなのかもしれない。
戸塚をそんな目に遭わせる訳にはいかない。
「なあ、雪ノ下ってやつ知ってるか?」
「雪ノ下さん?国際教養科の人だよね。綺麗で頭がよくて、憧れちゃうよね」
どうやら俺がかかった呪いとは関係ないらしい。
しかしあんな冷たい氷の女王は目指すべきでないと言える。
「そのままでも充分可愛いぞ」
「もう、八幡、恥ずかしいよー」
目の前の彼女はもじもじと体を揺らして目を伏せる。
この光景を目にしたらたぶん世界から戦争はなくなるんじゃないか、そう思わせるほど目の前の笑顔は神秘的だった。
「ヒッキー、私は?」
隣の奴がなんか聞いてきた。指を頬に当て可愛い子ぶっている。
「今すぐその顔を止めろ、ぶっとばしたくなる」
「な、むー、体罰、いけないんだよ!」
「残念でしたー、純粋な暴力ですー」
「よけい駄目じゃん!?」
こいつ間違いなく自分が可愛いと思ってるな。
俺の趣味は自分で可愛いと思っている奴に、NOと断ってやることだ。
たく、こういう奴は直ぐ聞き齧ったこと訳知り顔で言ってくる。少しは雪ノ下を見習え。
しかし何故だろうこいつと話していると妙に頭がモヤモヤする。
何かを忘れているような、いったいなんだ?
「そういえばお前は昨日何の夢見た?」
「ふえ?」
ふえってなんだふえって、鉄か?
俺の呪いはこいつを通してかかったものだ。
雪ノ下が言うにはこいつは呪いの発信元では無いらしいが、確認するに越したことはない。
しかし彼女はうつむき執拗に足をもじもじさせて解答しない。だからあざといんだよ。
「言わなきゃ、だめ?」
「なんだよ、エロい夢か?」
「は、はあ!?ヒッキー最低!デレカシー無さすぎ!!」
「デリカシー、な。どっちでもいいけど」
由比ヶ浜はまだウー、ウーと唸っている。
「べ、別にヒッキーの夢なんて…見てないから」
「?、当たり前だろ」
彼女は顔を赤らめながらそっぽを向いてそんな事を言う。
しかしこれは怪しい、まるでやましいことがあってそれを隠しているみたいだ。
「お前、何か隠してないか?」
「~っ~!?」
そう言うと何故か俺を睨んでくる由比ヶ浜。しまった、少し深追いしすぎただろうか。
呪いの発信元でなくても彼女が敵である可能性は残っているのだ。いや、俺はもう脱落しているが。
「好きな人の、夢…」
またそっぽを向いて再解答する由比ヶ浜。
そういうことか。確かにそれなら言い淀むのもわかる。
「それならさっさとそう言えばいいだろう」
「言えるわけ無いじゃん!」
彼女は恥ずかしそうに向こうを向いてしまう。ちょっとやり過ぎたかもしれない。
「八幡、女の子をからかっちゃダメだよ」
天使から天啓が聞こえる。これ以上の追及は戸塚教の教義に反するようだ。
「話を戻そう、その夢はいつ頃から見るようになったんだ?」
「えーと、八日前、位かな?」
人差し指を顎にあて記憶を探る戸塚。可愛い。
俺がセイバーを召喚したのが四日ほど前だ。その前から雪ノ下は活動していたのでそれくらいでもおかしくはないだろう。
本当に聖杯戦争と関わりがあるのなら雪ノ下に相談するべきなんだろうが、しかし向こうにもやることがあるだろうし俺は既に彼女と協力関係ではない。無理に押し掛けることはできないだろう。
それに彼女に頼ったとして俺には返せるものが何もない。
「八幡…?」
目の前の彼女は不安そうに俺を見つめてくる。
どうにかしてやりたいが、正直俺に大した事はできそうにない。
「他になんか気になることはないか?」
戸塚はまた頭の中を探り、何かに思い至って手を叩いた。可愛い。
「実は、同じ位から変な痣ができてて…」
ガシャン!
突然、店内に大きな音が響く。
つられて音がした方を見ると川崎が皿を落としていた。
「すみません、お怪我はありませんか?」
直ぐに割れた皿を片付け始める川崎。
「珍しいねー、川崎さんがこんなミスするなんて」
他の店員がそんな事を言っている。彼女も戦いの疲れがあるのかも知れない。
しかし痣か、聖杯戦争で痣といえばそれは…。
「その痣、見せてくれないか」
それはマスターに与えられる令呪だ。もしそうなら戸塚はマスターだということになってしまうが。
「…ちょっと、恥ずかしい、よ…」
しかし戸塚は服の裾をつかんで目を反らす。
その姿はどことなくエロスを感じる。こっちまで恥ずかしくなってきてしまう。
だが、戸塚は男だ。
ん?男なら合法なんじゃないか?どうなんだ、偉い人!?
どうやら痣は見せられないところにあるらしい。
すると彼は席から立ち上がる。
「別の場所なら…」
そう言って俺の手を引いてくる。
今この時だけ聖杯戦争に心から感謝せざるをえない。
ありがとう、天使に会えたよ~、可愛い天使に~。
そしてそのまま俺達は店を後にして近くの路地裏へとやって来た。
戸塚は突き当たりまで来るとおもむろに服をはだけさせた。
さらさらとした布地のしたからしっとりとした肌が露になる。それは透き通るように白く、じんわりとまとわりつく汗が僅かに割れた腹筋からズボンに吸い込まれていく骨盤のラインを強調するように滴っていく。息を荒げながら徐々にその白い柔肌の面積は増え続け、そして背徳感を圧し殺して捲られていく服のしたから赤い痣が出現した。
しかしそれは俺の知っているものとは違い三つなどではなくいくつもの蛇がのたくったような痕が彼女の白い肌を汚していた。
これは、令呪じゃないのか?
それは朗報なのだろうか?だがマスターではないのかも知れないが、原因は謎のままだ。
「八幡、もういい…?」
息を荒げながら戸塚は俺に事の終了を懇願してくる。なんだかこのまま新しい扉を開いてしまいそうだ。今なら人体錬成もできるかもしれない。
「あ、ああ。もういいぞ」
俺の声と共に美しいスクリーンに幕が下ろされてしまう。
それは名画を見た後のような幸福感と切なさを俺に感じさせた。
「どう?八幡」
しかしあれだけの痣があったら彼としては辛いだろう。
けれどやはり俺にはどうすることもできないようだ。
聖杯戦争がらみであることはもう間違いない。であればそう遠くない内に収束へと向かうはずではある。
だが夜に歩き回っているという夢が夢でなかったら。
戦いに巻き込まれてしまうかもしれない。
俺が戸塚の家に張り付いて様子を見るか?
いや、俺なんかでは到底太刀打ちできない。
げんにアサシンに負けて記憶を…。
アサシン?
その瞬間、脳裏にあやふやでしかし確かな確信をもって、とある推測が組上がった。
サイゼリヤに入ったとき妙な視線を感じた。
そして川崎は戸塚が痣の事を口にした瞬間珍しく皿を割った。
これらが偶然でないとしたら?
あの場にアサシンが隠れていたとしたら。
戸塚の話を聞かれている。
そして川崎は痣の話を聞いて皿を落とした。
つまり彼女は戸塚がマスターの一人だと思ったのではないか?
「八幡?」
戸塚が心配そうに顔を覗いてくる。今の俺はそんなにもおかしく見えるのだろうか。
気がつけば俺の顔は汗でびっしょりだった。
俺はそれを拭い戸塚の言葉に応える。
「大丈夫だ、戸塚、この問題俺に任せてくれないか?ちょっと心当たりがあるんだ」
俺の推測は間違っているだろうか?いや、おそらくあっている。
例え間違っていたとしてもそれを確認しなければいけない。
これは俺のミスだ。俺の不注意な行動が彼を窮地に追いやった。ならば俺が何とかしなければいけない。
「本当に?ありがとう、八幡」
戸塚はそう言って小柄な顔に満面の笑みを浮かべる。
守りたい、この笑顔。いや、守らなくてはいけない。
そのまま俺は直ぐに家路へとついた。
早足で人混みを掻き分けていく。時間がない。非力な俺は精一杯準備しなければ戦えない。
「ヒッキー、大丈夫?」
そんな俺を彼女は心配そうに追いかけてきた。
「なにがだ?」
「だって、なんだか怖い顔してるし」
「いつも通りだろ」
「違うよ、いつも目付きは悪いけど今はなんか、怖いもん」
なんだそれは。
けれどそれも間違いではないのかもしれない。再び俺はあの戦場に戻ろうとしているのだから。
彼女はクラスカーストの最上位に位置する生徒だ。
つまり空気を読むことに関しては職人と言ってもいい。
「彩ちゃんのやつ、そんなに危ない事なの?」
聖杯戦争など知らない筈の彼女はそんな事を口にする。
「そんな事、あるわけないだろ」
「そっか、そうだよね。ははは、何言ってんだろ私」
けれどそんな事思い付く筈もない。だから彼女は容易に俺の言葉を受け入れた。
しかしまだ何かひっかかるのか、なかなか自分の家路につこうとしない由比ヶ浜。
「なんだか最近変な事が多い気がする。爆発事件?が多いって由美子が言ってたし、彩ちゃんの事とか、隼人君も学校休んでるし」
「葉山?」
その言葉に俺はとある違和感を思い出した。
そうだ、あれは葉山が学校に来ていないせいだったのだ。
「なあ、お前ら葉山がいなくて話しづらかったりしないのか?」
「え?なんで?」
葉山は2年F組のトップに君臨する男だ。その人の和を巧みにコントロールする様に俺は最大限、嘲笑の意を込めて人間潤滑油と呼んでいる。
当然それがなくなれば錆び付く、もとい人間関係が多少円滑にいかなくなると思ったが、平日末のクラスにまったくそういった変化はなかった。
だがまあ違うというならそういうものなんだろう。
今はそれを気にかけている場合ではない。
「それじゃあな」
「あ…」
彼女は空気を読むことに長けている。
だから俺の言葉の意味も直ぐに理解した。
これ以上俺を追いかけてくることはない。
「ヒッキーなら、大丈夫だよ!」
回りをうろつく喧騒の合間を縫ってそんな声が耳をうった。
聖杯戦争のせの字も知らない彼女がなぜそんな事が言えたのか。
大丈夫、か。何の根拠もない、俺の嫌いな、ただ優しいだけの言葉だ。
夢とか理想とかいって他者を蔑ろにする連中をこれまでよくも見てきた。
だが彼女が伝えたかったのはそんな事ではないのだろう。
誰かを嘲る為ではなく、自分を大きく見せるのでもなく、ただ俺の身を案じただけの優しい嘘。
何もできない代わりに俺を励まそうとした。
それは何時かの誰かに似ている気がした。
いなくなってしまった彼女の為に、敵う筈のない強敵に立ち向かった愚かな誰かに。
俺は速足をもっと速め、その場から走り出した。
………………
家に戻ると直ぐ様自分の部屋に入る。
時間がない。アサシンがいつ戸塚を襲うかわからないいじょう、できるだけ早く行動に出なければならない。
まずは川崎の狙いを別に移す。
そしてアサシンを倒せれば良いのだが…。
アサシン自体の戦闘力はそれほど驚異でもない。だがあいつは複数で一体のサーヴァントだ。何体倒せば終わるのか見当もつかないし、それどころか永遠にポップし続ける可能性だってある。
なので手っ取り早いのはマスターである川崎本人を狙うことだ。
俺は人、特にサーヴァントには気配を読まれづらいという体質を持っている。だから初撃を当てるのはわりと容易だ。
だから、川崎を殺してしまえばいい。
これは聖杯戦争だ。彼女だって覚悟はしているはずだ。
だが待てよ、戸塚や俺みたいにただ巻き込まれただけだったら?
それに彼女は俺の命までは取らなかった。
しかし殺らなければ戸塚に危険が及ぶ。
…どうする?
俺は迷う手で引き出しを開けた。そこにはライダーから借りた拳銃が入っている。
だがどこを見回してもそれは見あたらなかった。
おかしいな、間違えたか?
俺は全ての引き出しを開け、その辺もひっくり返したが目当てのもは見つからなかった。
見つからないまま残りの探す範囲が狭くなるたびに、嫌な予感が俺の頭に去来する。もしかしたら昨日の夜の戦いでライダーは消滅して銃も一緒に消えたのかもしれない。
となると武器になるものが何もない。
この前はキーホルダーでも攻撃できたので魔力を通せばダメージをあたえることはできるだろう。
だがそれでは射程距離や殺傷力が心もとない。
そういえばそのキーホルダーも見当たらない。銃よりはだいぶ小さい物だし、どこかの隙間にでも入ってしまったのだろうか?
俺はベッドに倒れ込んだ。
まだ始まってもいないのに体は鉛でもつけたかのように重い。
しかし俺のせいで愛しの戸塚の命が危ないのだ。
作戦は決まった。
もとより俺なんかにできることはたかが知れているのだ。
その中から組み上げればいいのだからそう難しい事ではい。
面倒な事はさっさと終わらせるに限る。
俺は立ち上がり部屋をあとにした。