川崎沙希はブラコンとシスコンを併せ持った罪深い女だ。
だからきっと複数体いるアサシンを家族の護衛にあてているに違いない。
俺は長男の川崎大志に向かって、魔力を込めた石ころを投げつけた。
それを弾く影が一つ。影は直ぐ様こっちに走りよってきた。
俺は物陰に隠れそれをやり過ごす。
獲物を見つけられずうろたえるアサシンの首を横から飛び出してかっさばいた。
もはや消え行くしかないアサシンの一体はせめて道づれにしようと俺に飛びかかってくる。
俺は横向きにナイフを投げアサシンの首を完全に切り落とした。
そのままコンクリートに崩れ落ちるアサシン。黒い影はまるで地面の染みのようだ。
「必ずや聖杯を、…我の真の人格を…」
そう言い残してアサシンは光の粒になって消えた。真の人格?それがアサシンの願いなのか?いったいどういう意味だろうか。
interlude 4-1
川崎沙希はサイゼリアでの仕事を終え自宅への帰り道を歩いていた。
その足取りは重い、今日の仕事の途中新たなマスターが見つかったからだ。
戸塚彩加、同じクラスの可愛らしい容姿をした男子だ。
アサシンは彼を始末しにいくだろう。
自分はただ普段通りの生活を続けるだけだ。
だが何もしない、できないということが彼女の心労を増やしていた。
しかしそのおかげで今がある。
そのおかげで今日もこうしてわが家へと帰ってくることができた。
彼女は所々が錆び付いたアパートの階段を上がる。
それを登りきった時、不可思議な光景が視界に入ってきた。
自分達の部屋の扉の前に鞄が落ちている。あれは確か大志が使っていた物だ。
嫌な予感がして直ぐ様それに駆け寄る。
その上に一枚の紙が乗っていた。それにはこう書かれている。
《弟をあずかった。返してほしくば全てのアサシンを自害させろ》
思わず令呪を使いそうになる。
「待て」
しかし背後に現れた影の冷たい声がそれを思い止まらせた。
「大志は!?護衛はどうしたんだ!」
「何者かにやられたようだ。今行方を探している」
嫌な予感が的中した。聖杯戦争なんかを続けていればいつかはこうなると思っていたのに。
川崎沙希は暗い表情のまま部屋に入る。
鞄を置き、床に倒れこんだ。
すると妹の茜が走りよってきた。
その頭をそっと撫でる。
今の彼女にとって妹の無垢な笑顔が何よりの支えだった。
「お姉ちゃん、お電話ー」
その妹は家電の子機を抱えている。
それを受けとると耳に当てる。
「もしもし…」
《メッセージは見たか?》
彼女の背筋に冷たいものがはしる。受話器の向こうにいるのは大志をさらった犯人だ。
《まだアサシンを自害させていないな?》
呼吸が定まらない。返答次第で弟がいなくなってしまうかもしれない。
「待ってく、ださい…、もう少し、もう少しだけ…」
《…どうしてだ?》
相手を納得させる理由なんてない。しかしそれを正直に話せる筈もない。
「あ、はあ……、はあ」
《……川崎?》
もうだめだ。彼女の精神は限界だった。
その心は今にも溶けてしまいそうで。
口からは悲鳴がこぼれ落ちた。
「お願いします、私はアサシンに脅されてるだけなんです。だから、だから大志には何もしないで…」
《…》
interlude out
受話器からは彼女の嗚咽が聞こえる。それは本人の声に似せただけの人工音声らしいが、向こうにいるであろう彼女の鬼気迫るような顔は俺にも容易に想像できた。
こんな時でも疑ってかかってしまう自分が嫌になる。
いわく人は善人でも悪人でもない。それはどちらにもなりうるということだ。
そして人の本性は窮地にこそ現れる。
そこに立った時、いったい俺はどんな顔をしているだろう。
受話器の向こう側にいる彼女が今おそらくその時を迎えている。
家族の身を案じているのか、それともその先の孤独に恐れているのか、それはわからない。
だがもし彼女を無感情に殺してしまうとしたら、そいつはきっと悪人なのだろう。
再び俺は彼女との交渉を開始する。
「yesかnoで答えろ、お前が反乱の意思を見せたらアサシンが家族を攻撃する、そうだな?」
《yes…》
川崎のか細い声が聞こえる。
弟に張り付いていたアサシンは護衛であり、いざというときの刺客でもあったのだ。
「もし俺がお前の家族を全員誘拐したら、お前は令呪を使うか?」
《?、…yes》
「わかった、後は俺に任せろ」
《!?、…yes》
それからもいくつか質問して俺は電話を切った。
そしてリビングへと向かう。
そこでは小町と川崎の弟である大志が一緒に遊んでいた。
「比企谷さんのお兄さんってなんか変じゃない?」
今すぐぶっ殺すぞてめぇ!!!!!!
「んー、まあでもそこが可愛くもあるというか」
さすがだ、小町には後でマッカン一年分を贈呈しよう。
「そういう川崎君はどうなの?」
「え?俺?まあ、普通…だけど、最近休日も家にいないしちょっと心配、かな」
「おい大志、両親の連絡先知ってるか?」
「え?はい、しってるっすよ、お兄さん」
「次俺をお兄さんとよんだら殺す」
俺は大志から連絡先をきき、それぞれにメールを送った。
interlude 4-2
電話の主の言う通り自宅アパートの向かいにあるビルの屋上に妹と一緒に待機している川崎沙希は、冷たい夜の風に吹かれながら祈るように過ぎ行く時の中にたたずんでいた。
すると一つだけあるドアが開いて人影が顔を覗かせる。
「大志!」
それは誘拐された筈の川崎大志その人だった。
直ぐ様駆け寄ると彼女はその腕の中に実の妹を抱き締める。
「うわっ、姉ちゃん!?」
それから暫くして父と母も現れる。二人とも大志が誘拐されたという報せを受け取り、急いで帰ってきたのだ。
大志の顔を見た二人はほっと安堵の表情を浮かべていた。
《ピー、ガチャガチャ》
すると近くにあるスピーカーがおかしな音を発し始めた。
続いて電話で聞いた男の声が聞こえてくる。
《あー、聞こえてるか?聞こえてるってことで進めるぞ》
男の声はどこか飄々としていて、今の差し迫った状況だと異質に聞こえる。
《まずは自己紹介からだな、俺の名前は比企谷八幡だ》
「え?お兄さん?」
比企谷!?そんなバカな。あいつはアサシンの薬で記憶を消された筈だ。
《記憶を消した筈だとお前らは思ってるだろうが、残念ながらお前らのお粗末な薬じゃこの結果だ》
いったいどうやって記憶を取り戻したのか。まさか本当にアサシンの薬が効かなかったのだろうか。
周囲の闇からゆらゆらと憎悪が流れ込んでくる。
周囲に待機しているアサシン達は気配を遮断しているが、契約と同時にパスを通した彼女にはその様子がある程度わかる。
自らの秘術をこけにされた事に腹をたてているのだ。
声は続く。
《ほんとお前らって半端なくせに数だけは多いよな、いや半端だから数に頼ってんのか?一人でやってる俺の方がよっぽど英霊に相応しいっての》
その一言、一言がアサシン達の神経を逆撫でしていく。
今にも飛び出していきそうだが、相手の居場所がわからないのかその場にとどまったまま憤りだけが募っていく。
いったい何が狙いなんだ。
《きっとお前らの真の人格ってやつも俺よりたいしたことないだろうな》
それがついに彼らの逆鱗に触れた。
聖杯にかける願いそのものを否定されたのだ。
もう嫌だ。やめてくれ。
周囲に蔓延る数十のアサシン達の怨念が体を押し潰してくる。鬱憤を晴らすために今にも妹や弟に切りかかりそうだ。
次の瞬間夜の闇を照らすために街灯が点灯した。
その上に比企谷八幡は立っていた。
「よう」
彼は不敵に笑い両手を広げて自らをアピールする。
刹那、周囲の影が巨大な旋風となって彼に雪崩れ込んだ。
一瞬の内に比企谷は黒い壁に包まれてしまう。
しかし彼はそれを見ていない。
その姿が影に覆われる寸前、彼の瞳と目があった。
そして彼の考えていることが漸く理解できた。
ありがとう、比企谷。
直ぐ様肺を空気で満たし、その作戦の結末を伝える。
「全員、自決しろ!!!」
次の瞬間、令呪が赤く輝き出す。
その場にいたアサシンは全員比企谷に群がっている。
家族の首を落とそうとする者は一人もいなかった。
interlude out
夜の闇をまた別の影が多い尽くす。
だがまた一つ、また一つとその包囲網に穴が開いていく。
その真っ暗なスクリーンはアサシンが重なりあってできた物だ。
そのアサシンが自らの胸をかっさばいて落ちていっているのだ。
川崎が令呪を使ったらしい。作戦は成功だ。
だが事はそううまくは進まないようだ。
アサシン達は胸を切り裂いたナイフをこっちに向かって投げつけてきた。
一つ目は弾いただがそれで限界だ。
周囲を覆っていた影が今度は黒光りするナイフの檻になって迫ってきた。
逃げ場はない。
終わった。
しんだ。
心臓が高鳴る。
黒いアギトが俺を切り刻む刹那、俺の頭に去来したのは…とある少女の見覚えのない笑顔だった。
直後、凶器の檻をこれまた巨大な凶器の腕が突き破って俺をつかみだした。
「おおおおおおおお!?」
急激なGが俺の体を襲う。
そして唐突なジェットコースターは、また唐突に終わりを迎えた。
巨大な何かに叩きつけられる。
痛む顔面を押さえながら回りを確認すると驚きにくれる川崎の顔があった。
俺は何かに掴まれている。すると上から声がかかった。
「大丈夫?八幡」
忘れるはずがない。その声はわが天使、戸塚のものだった。いやちょっと待てどうして戸塚の声が?まさか俺は本当に昇天してしまったのだろうか。
続いて巨人が俺を下ろしてくれる。その動作は巨体に似合わぬ丁寧なものだった。
そしてその巨人の肩から戸塚が飛び降りてきた。
着地の瞬間バランスを崩し俺の胸に飛び込んでくる。
俺の手のひらが戸塚の胸に触れている。こ、これは、ついに俺にもハレンチ症候群がやってきたのか!?
「わ、悪い戸塚、わざとじゃないんだ」
「ううん、助かったよ?」
「何やってんのあんたら…」
川崎がこっちに話かけてくる。
そういやそうだった。俺はアサシンを倒しに来たんだった。
「もう大丈夫なのか?」
「ああ」
川崎は右手の甲を見せてくる。そこには令呪の跡が薄く残るだけだ。
すると彼女はその瞳に涙を滲ませる。
「ありがとう、比企谷」
「いや、…俺は別に」
俺は戸塚を助けるためにやっただけだ。
礼を言われるなら戸塚がいいが、俺はその戸塚に助けられてしまった。
「そうだ、戸塚お前…」
今一度そそりたつ巨人を見上げる。
おそらくこいつはバーサーカーだろう。
ということはやっぱり戸塚はマスターだったのか。
「なんだか八幡の声が聞こえて、気づいたらここに居たんだ」
戸塚は状況をよくわかっていないようで首をかしげながら笑う。可愛い。
「お前のおかげで死なずにすんだ、ありがとな」
「ううん、これってたぶん僕のためにやってくれたんだよね、こっちこそありがとう、八幡」
目当てのものは受け取った。
こうして五日目の夜は過ぎていくのであった。