interlude 6-1
「大丈夫か?イリヤ」
しかし本人からの返事はない。
俺は少女の額に張り付く滴を濡れたタオルでぬぐいとっていく。
「はあ、はあ」
イリヤの息は荒く意識は朦朧としている。
消滅したサーヴァントの膨大な魔力が彼女の人格を圧迫しているのだ。
苦しそうに身をよじるイリヤ、しかし俺には何もしてやれない。
その無力感に腹が立つ。
結局イリヤを助ける方法は見つからなかった。
彼女はホムンクルスと人の混血という世界でもまれに見るケースの存在だ。魔術師として半人前以下の俺にどうこうできる事じゃなかったのかもしれない。
そっと彼女の手に触れる。
するとその手をぎゅっと握りしめてきた。
彼女はまだ生きている。必死に苦しみに耐えている。なのに俺が諦めてどうするんだ。
ウー、ウー、ウー。
突然、遠坂が仕掛けた敵を感知する礼装が唸った。
侵入者だ。
今この家には俺しかいない。遠坂とバゼットは外回り、アーチャーはキャスターとの戦いで深手を負い満足に動けない。
戦うか、それとも逃げるか。
直ぐに逃走を決断した。
こんなところで戦えばイリヤがただでは済まない。
俺はイリヤを背中に背負って、2階の窓から魔力いっぱい飛び出した。
屋根づたいに飛んでは走って距離をとる。イリヤが傷つかないよう最新の注意を払わなければならない。
ふと後ろを振り向いた。
外をたむろしていた連中がとうとう家の中にまで入ってきている。
おそらく警報はあいつらのせいだろう。
俺は一度立ち止まって様子を見る。
あいつらは数も多く、それに一般人だ。迂闊に手が出せなくて遠坂達もてこずっていたが一人一人は大した事はない。
今は二人が原因を探している筈だ。俺はそれが片付くまで待つとしよう。
あの二人は優秀な魔術師だ。どちらもちょっとおっちょこちょいなところがあるが魔術戦に関しては時計塔の折り紙つきである。
今はあの二人に任せよう。
「イリヤスフィール発見!イリヤスフィール発見!」
下の連中が何か騒いでいる。
奴等は雪ノ下を探していた筈だが、何か別の名前を叫んでいたような?
嫌な予感がする。
「イリヤスフィール発見!」
間違いなくイリヤを指して叫んでいる。
どういうことだ、まさかイリヤもターゲットに含まれていたのか?
だとすると下にいる連中が群がってくるかもしれない。
しかし様子を見ると、連中はいっこうに上がってこようとはしない。ただじっとこちらを見ているだけだ。
まるで大勢の目に監視されているような不快感を覚える。
いったい何がどうなってるんだ。
「お兄…、ちゃん」
」
「イリヤ!」
背中からか細い声がする。
「あんまり無理するな」
「う…え…」
上?
イリヤは必死に何かを伝えようとしているみたいだった。
その声にしたがって俺は夜の暗い空を見上げる。
そして暗闇からこちらを覗くギラギラとした二つの光点と目があった。
interlude out
俺は雪ノ下を探して徘徊する人混みの間をぬって病院を目指す。
こいつらは目につくものを手当たり次第攻撃するが俺はこういったものに無視される体質らしく軽々と駆け抜けていく。
やがて目当ての建物へとたどり着いた。
正面入り口から中に入る。
まずは葉山の病室を探さなくてはいけない。
院内は暗く、ここにも操られた人々が歩いているのでちょっとしたホラーゲームのようだが、現在雪ノ下のアサシンとして動いている俺には好都合だ。
事務室の扉を開け、患者のデータを調べる。
ここは弁護士をやっているという葉山家が懇意にしている病院とのことで大きめの部屋に当たりをつける。
思った通り、葉山のいるであろう部屋は簡単に見つかった。
今度はそこを目指して慎重に歩いていく。
いくら見つかりにくいとはいえ何が仕掛けてあるかわからない。
直ぐに抜けるよう懐の武器に手をかける。
そういった魔術でもかけてあるのかポケットの銃をさわるとざわつく心が落ち着く気がした。
歩きながら考える。
葉山にあったところでいったいどうするのか。
やめろといってやめる筈もない。
じゃあどうする。
剣を突きつけて脅しをかける?
だが声をかければさすがに場所がばれるだろう。
それは利点を自ら投げ捨てるようなものだ。
それとも、葉山を殺せば止まるのだろうか。
俺はアサシンだ。誰にも気づかれずに対象を殺すのが俺の役目だろう。
ポケットの銃を握る。雪ノ下は敵を殺せない。なら彼女のサーヴァントである俺は彼女にできない事をやるべきじゃないのか…?
がさっ。
!?
正面で物音がした。
思わず銃を向ける。
暗闇が敵の姿を隠している。
やがて月明かりがその正体を暴き出した。
それは見知った少女の形をしていた。
「由比ヶ浜…!?」
由比ヶ浜結衣。2年F組のクラスメイト。
町中の人が操られているのだ、なにより彼女を経由して呪いをかけられたんだ。ここにいても不思議じゃない。
俺は銃をしまい再び歩き出す。
とはいえ彼女にも俺の姿は見えない筈だ。
葉山の部屋はその奥だ。
そのまま彼女の横を通りすぎようとする。
その時俺の側頭部にその拳が迸った。
身を屈めて間一髪でそれをかわした。
「くそっ!」
俺は転がってその場を離脱する。
由比ヶ浜はそのまま窓をかち割って辺りには破片が飛び散る。
拳には血が滲んでいた。
彼女の目には生気がない。だが確かに俺をとらえていた。
どうしてあいつには俺の姿が見えてるんだ。
今はそれを追究している余裕はない。
どうする、彼女を連れたまま葉山のところには行けない。
ならばまくか、排除しなくてはならない。
そうしている間にも彼女は再び俺に走りよってくる。
勢いのまま今度は腕を振り回した。
その動きは単純で避けるのは容易い。
ごきゅっ。
嫌な音がした。
俺の体ではない。
彼女の腕が壁に激突し血しぶきをあげたのだ。
こんな狭い廊下で暴れればそうなって当然である。
おそらくこのまま続ければ彼女の体は取り返しのつかないことになるだろう。
なら止めるしかない。
動けないように体をがんじがらめにすればいい。
そうして俺が走り出そうとしたときだった。
「なんだ、誰かと思えばいつぞやの坊主じゃねぇか」
暗闇から青い装束を纏った男が現れた。手には深紅の槍を携えている。
ランサーだ。
「見張りの一人が妙な動きしてると思ったら、そういやお前は妙な体してたな」
その言葉でこの男が敵であることを確信する。
最悪だ。よりにもよってサーヴァントに見つかるとは。
葉山にはサーヴァントはいないと思って油断していた。あいつには仲間がいたのだ。
「退いてろ」
ランサーが指を伸ばす。
とっさに体を捩るがそれは俺に向けられたものではなかった。
後ろを見ると由比ヶ浜の姿が消えていた。
背筋に悪寒が走る。
「お前、由比ヶ浜に何したんだ?」
「あん?知り合いだったのか?安心しろよ、別の場所に動かしただけだ」
そういうとランサーは槍を構える。
「お前には借りがあるからな。見たとこセイバーはいねぇみたいだが、仕方ねぇやな」
その言葉が終わる前に俺は銃を抜き発砲した。
「飛び道具か」
ランサーはものすごい速さで槍を操り銃弾を弾こうとする。
槍と弾が衝突した瞬間、そこを中心にして魔力の衝撃波が生まれた。
「何!?」
ランサーは驚き目を奪われる。
とんでもない力だ。銃弾に込められた雪ノ下の魔力がランサーの前で爆発した。
俺は横にあった部屋に逃げ込む。
とにかく身を隠すんだ。
一度見失ってしまえばランサーが俺を見つけることはできない。
ドアのすぐ横に身を隠す。
かくれんぼのコツは意表をつくことだ。
分かりやすい場所の方がむしろ見つかりにくかったりする。
ここなら入ってきたときに奇襲もかけられる。
だが直後吹き荒れた突風が部屋の壁ごと俺を吹き飛ばした。ベッドやなんかの計測器と一緒に空を舞う。そのまま瓦礫の山に叩きつけられた。
「どうした?かくれんぼはもう終わりか?」
なんて規模の違いだ。りょ力が違い過ぎる。
英霊という連中の規格外さをすっかり忘れていた。
サーヴァントになるなどと言った自分が恥ずかしい。
再び発砲する。しかし今度はあっさりとかわされてしまった。闇雲に撃っただけではやはり意味がない。
「どうやら万策尽きたみてぇだな」
そしてランサーが槍を構える。
だめだ、あいつの言う通り既に俺の手札は使いきった。
これ以上は何をやっても無駄だ。
「まだ立つか、なかなか根性すわってんな」
だが俺は雪ノ下雪乃のサーヴァントだ。
例え俺が諦めても彼女が諦めない限りサレンダーは許されない。
「負けだ、俺の負け。潔く降参だ」
「あん?」
「やっぱただの一般人がサーヴァントに敵う訳なかったんだ」
「ならてめぇは何しにきたんだ?」
「決まってんだろ、外の奴等が邪魔だからだよ」
話しながら活路を探る。だがやはり光明は見えない。
「なぁ、俺を仲間にしねぇか?」
「お前を?」
「ああ、けっこう使い物になると思うぜ」
「そうだな、お前の体質は敵にすると面倒だ」
もし相手の懐に潜り込めたなら隙も見つかるかもしれない。
「だが無理だ、お前寝首を掻こうって気がプンプンするぜ」
ダメか。歴戦の勇士さまには俺の演技なんてお見通しらしい。
「あばよ」
そしてランサーは槍を構え突っ込んできた。
やっぱりな、アサシンの時と同じだ。
どうやら俺は死に際になると彼女の顔が浮かぶらしい。
俺は再び銃を構える。
全ての技が使えなくなったらどうするか。
そう、悪足掻きだ。
床に銃口を向け発砲、直後足元で魔力の爆発がおき足場が音と共に崩れ落ちる。
当然俺の体も一緒にその場から床に消える。
「逃がすか!」
そしてランサーは追ってくるだろう。
俺の開けた穴から。
もう一度、今度は天井に向かって発砲。そこには俺の開けた穴がある。
弾がそこを通り抜ける寸前、穴の中央にランサーが現れた。
その表情は驚きに染まっている。
いくらサーヴァントが速かろうとあらかじめ動きを予測できるなら当てられる。
通り道を用意したら、そこに銃弾を置いておくだけ。
後は向こうから当たりに来てくれる。
タイミングは完璧だった。
じき銃弾がランサーの頭を吹き飛ばすだろう。
そういえば落ちたときの事を考えていなかった。
頭を打ったら大変だ。
そんなどうでもいいことを考えていた俺の視界に驚くべき現象が飛び込んできた。
ランサーに直撃するはずだった弾丸が直前でその軌道を変えたのだ。
銃弾はランサーの頬を掠めるにとどまる。そこから弾に籠められた魔力がランサーを蝕むがその命にまでは届かない。
ランサーはにっこりと口の端を反らせて笑う。
「誇っていいぜ小僧、このクーフーリンに傷をつけたんだからな!」
何が起きたのかわからない。だが今問題なのはランサーを倒しきれなかったということだけだ。
「あの世で自慢しな!」
それじゃあ意味ねぇだろ。
何かないのか、奴を倒す手だては。
だが今さら考える時間などない。
俊足のランサーは空中を駆け抜けて俺に深紅の死を突きこんだ。
そしてそれを横から来た影が撃ち抜いた。
そのまま横に吹っ飛ぶランサー。
影は今度は俺に向かって飛んでくる。
あまりの異常事態に反応できない。
だが影は俺の横を通りすぎると、さっき俺が崩した何倍もの規模で、病院の床を殴り飛ばした。
そのまま俺は影に服を引っ張られ奈落のそこに落ちていった。
どれくらい落ちただろうか。
気づくと落下は止まっていて、俺はコンクリートに持たれながら座っていた。
めまいがひどい。
上も下もわからず高速移動したせいで三半規管がいかれてしまったのだろうか。
「目を開けなさい、気絶はしていない筈です」
視界は真っ暗だが声が聞こえてくる。
さっきの影の正体だろうか。以外にも声は女性のものだ。
「早くしなさい、それとも少し痛い目をみたいですか」
慌てて目を開ける。そこには紫がかった髪を短く切り揃えたスーツの女性が俺の首にナイフを押し付けていた。
「ようやく起きましたね。さっそくですが時間がありません。貴方の所属と目的を教えなさい」
これは下手に抵抗しない方がよさそうだ。
「仲間は、特にいない。外の連中を止めにきたんだ」
「ここに術者が潜んでいるのですか?」
「ああ、10階、200号室の葉山って奴だと思う」
「そうですか、目的は同じという訳ですね」
すると女性はナイフをしまってくれる。わりとものわかりのいい人らしい。
「ランサーの相手は私がします。貴方はその男を始末しなさい」
「始末って、殺すってことか?」
「ええ、あのタイプはそれで止まる筈です」
「…他に方法はないのか?」
「本人に解かせることですがそれは難しいでしょう」
そう言うと女性は俺に背を向けて歩き出す。
「あんた、ランサーに勝てるのか?」
「難しいでしょうね、あまり時間をかけないでいただけると助かります」
すると再び女性はこっちに振り向く。
「貴方、どこかであった事がありませんか?」
この人は確かアーチャーのマスターと一緒にいた人だ。
だが俺が一方的に覗き見ていただけなので直接は会っていない。
「いいや」
「そうですか、すみませんこちらの勘違いのようです」
なんというか律儀な人だ。明らかにあっちの方が年上なのに敬語を使う辺りが特に。
「行きなさい、あまり時間はありません」
頷くと俺は立ち上がって走り出す。
女性と別れて葉山のいる10階を目指す。
しかし俺は直ぐに立ち往生してしまった。
さっきの崩落のせいで階段もエレベーターも使い物にならなくなっていたからだ。
あの女性はもしかすると残念な人なのかもしれない。
仕方がないので積み重なった瓦礫をなんとかよじ登っていく。
目当ての階につく頃には砂だらけになっていた。
そして辿り着いた俺を待っていたのは由比ヶ浜だった。
既に疲れきっている体がさらに重くなる。
そんな俺の様子などどこ吹く風で操り人形と化した彼女は暴牛のように突進してくる。
体は乳牛だけどな、なんていってる場合じゃない。
俺は上着を脱ぐと闘牛士のように体の横でヒラヒラとなびかせる。
由比ヶ浜の分かりやすいストレートを軽々と避ける。
ランサーに比べれば蚊が止まっているようだ。
そして避け様に上着を彼女の顔に巻き付けた。
直ぐに後ろを結びとれないようにする。
すると由比ヶ浜の動きは止まった。
やはり単調な動きが示す通り、そこまで細かい設定で動いている訳ではないようだ。
敵が見えなくなればこいつらは途端に追うのをやめる。逃走中より杜撰な設定だ。
ならばその視界を何かで覆ってしまえばいい。
彼女が顔の上着を取ろうとしないのを確認して俺はその場を走り去る。
やがて廊下に立っていた一人の男と相対した。
「やあ、まさか君が見舞いに来るとは思わなかったよ、ヒキタニ君」
「そのわりには元気そうだな、ずる休みか?葉山」
普通、ここで名前間違える?
こんなところでも俺の影が薄い弊害があるとは。
入院している筈の葉山はしかし学校にいるときと同じように涼やかに話しかけてきた。