interlude 8-1
「やっと会えたね」
ベッドで横になる銀髪の美しい少女に、これまた銀髪の可愛らしい少年が話しかける。
しかしその紅く光る瞳には渦巻く殺意が漏れ出ていた。
「はぁ、はぁ」
ベッドの少女は息荒く胸を揺らす。
彼女の体はホムンクルスとしての活動限界と英霊達の魂に圧迫されて既に人としての機能が失われようとしていた。
「そういうこと、…私を殺しに来たの?」
しかし、それでも彼女は淑女としての振る舞いを絶やさない。おそらくその命がつきるまで。
それを受け少年は懐にしまった刃渡り10㎝強のナイフを取り出す。
それを少女の胸元に突き立てるために。
「良い、わ、貴方達には…私を糾弾する、権利がある」
自らの命を絶つであろう凶器を見せつけられても少女の瞳は涼やかに少年を見つめる。
逆にいっそうはらだだしさを募らせるのは少年の方だ。
しかし見栄を張るように少年は直ぐには行動に出ない。
「なら聞かせてもらおう、何故聖杯を諦めた?」
「…そんな物より大切な物を見つけたから、かしら?」
当然、その行為が自らの首を絞めるとも知らずに。
「ふざけるな!我々は聖杯を手に入れる為に作られた筈だ!」
それも仕方のない事だ。
何故なら彼女達はまともな人間ではないのだから。
「違うわ、私はお父様とお母様から産まれただけ」
当然、少女の言い分を理解できる筈もない。
「っ…あくまでしらをきり通すというわけか」
それで問答は終わり。
沸点を越えた少年の脳が命令する。
その手に持つナイフが少女の胸に突き立たせられる。
「イリヤー!」
駆け付けた遠坂凛が二人を発見してガンドを放った。
呪いの弾丸が迸る。
けれど僅かに間に合わない。
ナイフを持った手が勢いよく降り下ろされた。
銀色に輝くナイフが少女の胸を引き裂き、鮮血に紅く染められようとするその寸前。
少年の中に残った僅かな自我がそれをすんでのところで引き留めた。
直後少年をガンドが襲う。
少年の髪から生まれた使い魔がそれを代わりに受けた止めた。
「ダメ…だ、そんなこと、しちゃ…」
戸塚彩加は少女を刺し殺そうとする自らの腕をなんとか引き留める。
「何?どうなってるわけ?」
遠坂凛は事態が飲み込めず瞳を右往左往させていた。
「邪魔…する、なああ!」
突如少年が叫びだし、再びナイフを振りかぶる。
「っ!?取り合えず拘束するわよ!」
遠坂凛は少年につかみかかる。
「っバアーサァーカァー!」
すると体の一部が赤く輝きだす。
直後全身を鋼の鎧で覆った怪物と化したヘラクレスが現れた。
その巨体は部屋に入りきらず壁を破壊して周囲に煙と破片が飛び交う。
「今すぐこいつらを殺せ!」
遠坂凛は死を覚悟した。
既にとっとおきの宝石は使ってしまった。
もはやその豪腕が体を引き裂くのを待つしかない。
「やめろ!」
しかし今度は静止命令を出す少年。
バーサーカーもどうすれば良いか判らず困っている様子だ。
ぎこちない手で仕方なく少年を守ろうと掬い上げる。
「邪魔…するなぁ…!邪魔するよ…こんな事、しちゃ駄目だ」
戸塚彩加の脳内に身を引き裂く程の憎悪が流れ込んでくる。
けれどそれを必死に耐える。
「二重人格なの…?」
「体の、一部が…、アインツベルンのホムンクルス、なのよ…」
「どういうことよ、あんたら聖杯は諦めたんじゃなかったの?」
「知らない、けど、それが意識に介入、してる。彼女達は、私を、憎んでるの」
その道の権威であるアインツベルンのホムンクルスを義体として用いれば副作用があるのは当然だ。
しかしこの少年が何故そんな物を身につけているのか見当もつかない。
「遠坂!」
すると衛宮士郎が追いかけてきた。
その場の様子を見て呆気に取られる。
「どういう事なんだ?これ」
「そんなこと私が知りたいわよ」
「ゴホッ、ゴホッ」
「イリヤ!」
衛宮は咳き込むイリヤの背中をさする。
「あんまり無理するな」
「イリヤスフィールウウ、何故、何故聖杯を諦めたー!!」
彼女達はアインツベルンが小聖杯を作る際に生まれた失敗作の成れの果てである。
本来作者の命令に背かないそれらが戸塚彩加という人格を与えられた事で、聖杯を諦めたイリヤに対する形にならない疑問の念が、怒りという形で表れているのだ。
「聖杯が君達にとって大切なように、あの子にも大切な物があるんだよ!」
しかしそれらを戸塚彩加は押し返す。
殺人は犯罪だ。
何より自分の中にいる彼女達にそんなことをして欲しくないから。
するとイリヤがベッドから立ち上がる。
しかし直ぐに膝から崩れ落ちた。
「イリヤ!?」
それを衛宮士郎が支えた。
それでも少女は毅然と少年を見上げた。
「ご覧の、通り…、私はもうすぐ死ぬ、わ…。貴方が手を出さなくてもね…」
それがどうしようもない事実であることを、少女の震える声が示していた。
「だから、殺されてあげても良いわ」
「イリヤ!」
衛宮士郎は叱るつもりで叫ぶが、少女の堅い意思を宿した瞳がそれに待ったをかける。
それから先はただ沈黙がその場を支配していた。
「下ろして、バーサーカー」
しかしその静けさよりもさらに涼やかな声が重苦しい沈黙を破った。
その声にさっきまでマスターの乱心に戸惑っていたバーサーカーも直ぐに従い少年を下に下ろした。
少年はそのまま、衛宮士郎に支えられるイリヤの正面まで歩いてくる。
いったい何をするつもりなのか。
この場で緊張をはらんでいないのは中心にいる二人のアインツベルンだけだ。
そしてまたも少年の声が沈黙を破った。
「久しぶりね、イリヤ」
続いて発せられた声に衛宮士郎は驚く。それは今までの口調と違い女性的な響きを纏っていた。
まさか三つ目の人格なのか。
「お、母、様?」
「え?」
少女の言葉に耳を疑った。イリヤは今、なんと言ったのか。
「ええ、また貴女に会える何て、夢みたい」
「ほんとに、お母様、なの?」
イリヤはまるで天を仰ぐかのようにその両腕を延ばす。
少年もさも当然のようにイリヤをその腕で抱き締めた。
その様子をただただ呆然と見つめる三人。
「お母、様」
「ごめんなさい、寂しい思いをさせて、私は母親失格だわ」
確かイリヤの母親は前々回の聖杯戦争で亡くなった筈だ。
何が起きているのかまるで理解できなかったがイリヤが嬉しそうなのでどうでも良いかと衛宮士郎。
二人の目には涙が溢れている。
その光景は紛れもなく母と娘の愛があふれているのだから。
戸塚彩加の義体に使われた個体は第4次聖杯戦争の際に作られたものだ。
ホムンクルス達の人格はある一点で繋がっている。
当然、アイリスフィールの人格も備わっていたが、それは数ある失敗作達に紛れたほんの一部でしかない。
しかし愛すべき娘を前にして彼女が表に出てこない筈もなかった。
その真心はその他のホムンクルス達の憤りさえも上書きしてしまった。
まさに点と点が繋がりあった瞬間だった。
しかし幸福な時間はそう長くは続かないものだ。
「ゴホッ、ゴホッ」
「イリヤッ」
少女の体には既に生気はなく、後は小聖杯としての役目をまっとうするだけだった。
せっかく母親と再開できたというのに、残された時間はあまりにも短い。
けれどそんな娘の悲劇を母親である彼女が許す筈もなかった。
「戸塚君、相談があるのだけれど…、はい、何ですか?」
一つの体で二つの人格が会話する。
「私達の体をイリヤに別けてあげたいの」
それはつまり戸塚彩加の体を別けるということだった。
「それで彼女は助かりますか?…、ええ…、わかりました」
彼の判断は迅速だった。それが何を意味しているのかよくはわかっていなかったが、それでも目の前の少女が救われるなら構わないと少年は迷いなく決断した。
「その、…本当に良いの?…、はい、僕はもう充分助けていただきましたから」
最後にちょっぴり申し訳なさそうにするアイリ、しかし戸塚の心は変わらない。いつも通りの笑顔で少女の母親を勇気づける。
「私も手伝わせてもらって良いですか?」
声をかけてきたのは今まで神妙に二人を見ていた遠坂だ。
「貴女は、確か遠坂のお嬢さんだったかしら。切嗣の資料に載ってたわ。大きくなったのね」
「あ…」
少年の口から紡がれた名前に衛宮士郎は反応せざるをえない。
「貴方は…ごめんなさい、誰だったかしら?」
「あ…、いえ…」
帰ってきた言葉に衛宮士郎は落胆を隠せない。
けれど残された時間はそう多くない。そこまで関わりのない自分がでしゃばるのはやめた方がいいだろう。
すると少年は聖母のように手を延ばす。そして衛宮士郎の頭を優しく撫でた。
「貴方はずっとイリヤの事を気にかけてくれていたわね、ありがとう、これから先もこの子をお願いね」
「…はい」
その手からはかつての爺さんとはまた違った温もりを感じられた。
衛宮士郎にはそれだけで充分だった。
「そろそろ時間よ、士郎」
「ああ」
すごすごとその場を離れる衛宮。大した魔術も使えない自分は足手まといになるだけだ。
そうして儀式はった。
戸塚彩加の命を支える体をイリヤスフィールに付け替える。
その義体には数十体分のホムンクルスが使われている。
その全てをイリヤに移植させれば、寿命を延ばすことができる筈だ。
「イリヤ、私はいつまでも貴女の中に居る、そして切嗣も…」
「わかってる、わ。もう悲しんだりしない、士郎が教えてくれた、から」
「私が生きられなかった分まで、貴方は生きてね」
こうして無事儀式は完了した。
「戸塚君、だったかしら?体の調子はどう?」
「ちょっと動きづらいですけど、大丈夫です」
「困った事があったら何でも言ってくれ」
衛宮は改めてベッドで眠る少女を見つめる。
「これで、大丈夫なんだよな?」
「ええ」
その言葉をすんなりと受け入れた。
傍らで眠る少女の顔があまりにも穏やかだったからだ。
………………
かつてアインツベルンの森に迷いこんだ少年がいた。
少年は森にすんでいた狼達にその身を噛み砕かれ命の火を絶やそうとしていた。
同じ頃、アインツベルンでは次の聖杯戦争に備えて、新たな小聖杯となるホムンクルスの製作に取り組んでいた。
その最終試験は森に無防備なまま放り出されるというもの。
アインツベルンの森には様々な悪霊や猛獣が住み着いており中々それをクリアするものは現れなかった。
当然、試験をクリアできず見放されたホムンクルス達は森をばっこする獣に食い尽くされるのみである。
しかし、さ迷い歩く末に一体のホムンクルスが自らと運命を同じくし、既に命を散らすしかない少年と出会った。
そして死の間際に立たされたホムンクルスは少年と自らを重ね本来であればあり得ない行動を起こした。
せめて少年は助かって欲しいと、自らの体を使い少年の足りない部分をうめだしたのだ。
それらは後に続くホムンクルスの失敗作達にも引き継がれ、それぞれの成功した部分と少年の体で一つの肉体を作り上げた。
そうして少年はなんとか命を繋ぎ止めましたとさ。
interlude out