「何処だ、何処へ行った比企谷!?」
荒ぶり叫ぶ葉山を俺はただじっと見つめる。
「結衣、あいつを探せ!」
しかし彼女は首をふるだけでそばにいる俺に反応しない。
さしもの由比ヶ浜も今の俺を見つけることはできないようだ。
とはいえ俺も自分の体に起こった変化を完全に理解しているわけではない。
体に魔力を集めた結果、葉山が俺を見失ったのだ。
いつの間にか体の痛みも無くなっている。
とりあえず俺はその辺の石ころを拾ってみる。
問題なく持ち上げることができる。
今度はそれを葉山にぶつけてみた。
ゴンッ。
「な、何だ!?」
これも特に変わったことはない。ただ俺が見えなくなっただけのようだ。
「くそっ、いったいどうなってるんだ!」
つまり、このまま一方的に攻撃することも可能という訳だ。
しかしこのままではこの能力の全貌がつかめない。
あわてふためく葉山も面白いし、もう少し試してみることにしよう。
「おい葉山」
「!?」
すると葉山が振り向き様に裏拳を撃ってくる。
ビックリした。
しかし葉山の腕は俺の体をすり抜け肉体へのダメージは与えられない。
「くっ、何処だ、何処にいる比企谷!卑怯だと思わないのか!?」
「町じゅうの奴を操ってるお前が言えたことか?」
「くそっ、いったいどこから喋ってるんだ!?」
「ここだよ、ここ」
俺は葉山の額にデコピンする。
驚いた葉山が尻餅をついた。
「これが最後のチャンスだ、洗脳をとけ」
「…わかった」
葉山が右手の指を鳴らす。
「あれ、痛!」
すると隣にいた由比ヶ浜が声をあげた。
「これで良いんだろ…」
「隼人君?なんで?ていうか手血まみれ!?」
「ちょっ、結衣どしたのよその手」
「え?何これ、どここれ、マジやばくね?」
葉山の取り巻き達も続々と意識を取り戻した。
戻った…のか?俺はその時、思わず気を抜いてしまった。
慣れない魔術はそれで簡単にとけてしまった。
直後、葉山の拳が飛んでくる。
「比企谷あああ!!」
解放はフェイクだったのだ。限界まで緊張の糸をはりつめさせた俺はそんなことにも頭がまわらなかった。
終わったと思う暇もない。
堅く握られた拳はもう目前まで迫っている。魔力で強化された拳だ。当たれば俺の頭は簡単に消し飛ぶだろう。
その瞬間、誰かが俺を強く押した。
俺は横に弾き飛ばされ、運よく死の一撃から逃れることができた。
いや、運等ではない。誰かが俺を助けたのだ。
「由比ヶ浜!?」
俺がいたその場所には由比ヶ浜結衣が手を前に出して立っていた。
直後、葉山の拳が彼女を吹き飛ばした。
何が起きたのか理解できなかった。
俺を助けた彼女が空き缶のように転がっていく。
その後に血が真っ赤な道を描いた。
「違っ、俺は、違っ」
心臓は燃えるように胸を打つ。しかし頭は凍るように冷たい。
俺は立ち上がり銃を握った。
「終わりだ、葉山」
「違っ、俺はただお前を…」
「安心しろよ、俺もお前も同罪だ」
俺が躊躇したせいで彼女はこんな目に逢うことになった。
俺は葉山に銃を向ける。
「ま、待ってくれ、今度こそ洗脳は解く、だから…」
ドゥンッ。
今度は迷わず引き金を引いた。
銃身に籠められた弾丸は違えることなく葉山の頭部を吹き飛ばした。
その瞬間、周りにいた連中は気を失って倒れる。
これで洗脳は解けたのだろう。
直後、俺の頭の中に声が響いてきた。
殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ。
「ああああああああああ!!?」
頭を抑えてうずくまる。
今までに感じたことのない衝動が俺の脳を体を揺さぶってくる。
お、前は、誰だ!?
俺はアンリマユ。
アンリ…。
全ての感情をそいつに乗っ取られていく。
俺は直ぐにその場を走り出した。
いつまでもそこにいたら周りの連中を殺してしまいそうだ。
そのまま瓦礫につまずいてたおれこんだ。
このままでは俺は俺で無くなってしまう。
俺は銃を握り頭に当てる。
由比ヶ浜の仇はうった。責任はもう果たした筈だ。
そうして指をかけた銃の引き金を引いた。
しかし弾は出ない。
既に6発撃ち終わっていたからだ。
ならばとポケットをまさぐる。しかし黒剣も全て投げてしまったようだ。
だが人間が死ぬのに凶器はいらない。
俺は窓から身を投げようと壁に近づいた。
その時だった。
「比企谷…君」
見知った声が俺を引き留めた。
殺人衝動に侵されていく意識をそっちに向ける。
思った通りそこには心配そうにこっちを見つめる雪ノ下雪乃がいた。
「はあ、はあ、はあ」
「大丈夫?苦しいのかしら?」
「近寄るな!!」
「え?」
彼女の困惑した顔が胸を締め付ける。しかし今はそんな場合ではない。
「俺は、もう、駄目だ。だから…!?」
急に頭の声が大きくなる。
全身の力が抜け、その場に座り込む。
「比企谷君!?」
雪ノ下が俺のところまで走り寄る。
そして横に座ると手を握った。
「いったい何があったの!?」
「雪ノ下…」
もうおかしくなりそうだ。けれどもう間に合わない。
このままでは彼女を殺してしまう。
絶対にそれだけは阻止しなくては。
「俺を、…殺してくれ」
「え?」
もはや自分では死にきれない。
最悪の事態を回避するにはこれしか方法がなかった。
「そんなの無理よ!」
「頼、む」
既に俺の意識は殺戮兵器に乗っ取られようとしている。
もう一刻の猶予もない。
だというのにやはり彼女は俺の手をその両手で握りしめるだけだ。
彼女に人は殺せない。
それはわかっていた、わかっていたが、握られた手が温かかったから、その温もりを失いたくなかった。
そうして俺は完全に殺人衝動に支配された。
例の魔術を使う。
誰にも触ることはできない、俺だけの世界への扉を開く魔術だ。
そうして雪ノ下の手から逃れると、傍らに落ちていたガラスの破片を握りしめる。
やめてくれとどんなに叫んでも、俺の体は言う事を聞きやしない。
このまま俺は人を殺し続けるのだろう。誰にも気づかれずに、たった一人で誰にも止めてもらえずに。
その一人目が彼女というのはいわばけじめなのかもしれない。
届くはずの無いものに手を伸ばした、愚か者の末路。
後悔はしていない。俺は精一杯、自分にできることをやった。
やり直しは効かない、意味はない。
ただ胸に一抹の寂しさが残るだけだ。
そうして俺は手に持つガラス片を振り切った。
そして彼女はそんな俺を優しく抱き締めた。
「なん…で…?」
「貴方の事を私が見失う筈ないでしょう?」
彼女が言うのならそれはきっと正しいのだろう。
手からガラス片が滑り落ちる。
俺がやっとこさ習得した魔術はいとも簡単に破られてしまった。
「それじゃあ戻りましょうか」
「ああ…」
しばらく歩くと先程まで生死をかけた争いが繰り広げられた古戦場にたどり着く。
そこには洗脳から解放され気絶した一般生徒達と頭が消失した葉山の遺体が血黙りに鎮座していた。これはどうやって処理しよう、俺の頭に浮かぶのはそんな渇いた感情だけだった。
「…貴方は私のサーヴァントよ。貴方のしたことには私の責任もあるわ」
その光景を目にした雪ノ下がそんな事を言ってくる。
「そりゃどうも…」
そんな気遣いがなぜだかひどく潤わしく感じられた。
俺はそれを越えて倒れている由比ヶ浜に近づく。
雪ノ下持ついてきて彼女のそばにしゃがみこむと何やら作業し始めた。
「治りそうか?」
「ええ、私を誰だと思っているのかしら?」
「そうか…」
そんな風に強がる態度が今は心強い。
「おーい」
すると正面からスーツを着た女性が走ってくる。
俺の代わりにランサーと戦ってくれていた女性だ。
服はボロボロでその死闘っぷりがうかがえる。
「どうやら無事ミッションは達成したようですね」
女性は奥で倒れている葉山を見て満足そうに頷く。
「そっちはどうだったんだ?」
「洗脳がとけたと判明したら手を引きました。それほど乗り気ではなかったようですね」
そう言い終わると女性の目付きは急に剣呑としたものに変わった。
「貴方、雪ノ下の関係者だったのですか?」
そういうことか、確か雪ノ下とこの人のいる集団は埠頭で戦っていた。
俺は雪ノ下のサーヴァントなのだし、ばりばりの関係者だと言えよう。
「そうだ、が、特に戦う気はない。もうサーヴァントもいないしな」
「そうですか」
女性はぶつぶつと何か考え事をしてからこう問いかけた。
「では、私の仲間と会っていただけませんか?貴方達と話したいことがあるんです」
「話したいこと?」
「ええ、こんなところで長話もあれですし。なんならそちらが場所を指定して構いません」
「どうする、雪ノ下?」
由比ヶ浜の治療を終え、横で話を聞いていた雪ノ下に賛否を仰ぐ。
雪ノ下は顎に手をあて数秒沈黙した後に回答を口にした。
「わかりました。」
「そうですか、では仲間に連絡させてください」
そう言うと女性は懐から黒い石を取り出すとそれに向かって話し始めた。
妙な光景だが、どこかのエセ科学者とは違いあれは魔術的な通信機器で本当に誰かと通話しているのだろう。
「!?、本当ですか?!!」
すると突然女性が驚声をあげた。
「どうしたんですか?」
「どうやら攻撃を受けているようです」
女性は手にした石を内ポケットにしまい話を続ける。
「一度本拠地まで戻りたいのですが…」
俺は雪ノ下と目配せし判断を任せる旨を伝える。
「わかりました、私達も連れていってください」
「感謝します、それではついてきてください」
すると女性はその場から勢いよく飛び出した。
「おい待て、あんなに速く走れないぞ、俺」
「はあ、仕方ないわね」
そして俺は雪ノ下に担がれるというなんともかっこつかない形でその後を追った。
interlude 8-1
その驚異は突如として現れた。
一つの戦い、一つの奇跡を目にした俺達は心地よい脱力感に浸っていた。
世界は優しさに満ちている。きっとこのままいいことが続くのだとそう思って疑わなかった。
けれど忘れていたのだ。
今は聖杯戦争の途中。
奇跡の前には絶望が眠っているのだと。
突然現れたキャスターは戸塚彩加の首筋に触れるとその意識を一瞬で刈り取ってしまう。
「■■■■■■■!!!」
それを認識するのと同時にバーサーカーが雄叫びをあげ、目にも留まらぬ速さでその豪腕を突き込んだ。
周囲に瓦礫が弾丸のように飛び散る。
しかしその中にキャスターの肉片は混じっていない。
「士郎!!」
とっ、突然俺の視界は不可解に横転する。
いや俺の方が飛んだのだ。俺は物凄い衝撃に押され、バーサーカーもかくやというスピードで吹っ飛んだ。
遠坂のおかげでなんとか強化は間に合ったがそれでも痛みが電撃となって体を駆け巡る。
そのままビルに突っ込んだ。
霞む視界をなんとか気合いで治し、痛みを噛み殺しながら立ち上がると、戸塚彩加とイリヤを担ぐキャスターが見えた。
そこに再びバーサーカーが襲いかかる。
しかし録画のようにまたしてもキャスターはその場から転移し、死神の一撃をかわす。
「大丈夫、士郎?」
心配した遠坂がそばにきて肩を貸してくれる。
そのままビルの外に出て周囲を確認するがキャスターの姿を見つけることができない。
「上よ」
遠坂の言葉に天を仰ぐと二人を両脇に抱えたキャスターがこっちを見下ろしていた。
それは以前戦った時のような、戦闘中にあるまじき微笑みではなく、冷たい無表情だった。
彼女の中で何かが変わってしまったような、そんな予感がよぎるが、彼女のマスターでもない俺には知るよしもない事だ。
「いったい、二人をどうするつもりだ!!?」
俺の問いかけにキャスターは少し沈黙した後に回答を口にした。
「聖杯の器にするのよ」
二人の体にはアインツベルンの技術によって現界した英霊達の魂が消滅後収納されるようになっている。
つまりは小聖杯、本来の用途である。
「そんなことしても無駄だ!聖杯はアンリマユによって汚されている!お前の願いはかなわない!!」
それを聞いたキャスターが笑ったように見えた。
「■■■■■■■■■■!!!」
再びバーサーカーの耳をつんざく雄叫びが響き渡る。
そして凶戦士は主を救おうと再び空中に佇む魔王に向かっていった。
周囲のビルの側壁を駆け上がると、キャスターに向かって勢いよくジャンプする。
『
キャスターが何かを呟いた。その瞬間バーサーカーの体が周囲の空気を揺らすように爆裂した。
「何!?」
間違いない、あれは
いったいなぜ、決まっている。キャスターだ、キャスターの宝具は他者の幻想を壊してしまうのだ。
しかし自らの体が爆発しても理性を宿した怪物は止まらない。主の危機を排除しようと爆炎を纏いながら突貫していく。
例え体を焼かれようと鋼の意思までは侵せない。
再びバーサーカーの体が爆発する。残された命は3つ。
かの英雄のおみ足ならば充分に届く。
そして、三度目、四度目の爆裂。
その距離は既にあと数メートル先のところまで達していた。
この距離では不用意に爆発させることもできない。
バーサーカーは今一度、目の前のかんぶつを討たんと拳を握り混む。
その鉄拳が突き込まれる前にキャスターは手に抱えたものを差し出した。
ただしそれは返却ではない。
バーサーカーに対する一番の脅し。
マスターである戸塚彩加を盾にしたのだ。
しかしバーサーカーにはどうすることもできない。空中に体を投げ出した彼にはもう自らを止める手段など無いのだ。
このままいけばその巨体でマスターの体を押し潰してしまう。
そうなる前にバーサーカーは仇敵に撃ち込むはずだった握り拳を自らの体に打ち付けた。
その衝撃でジャンプの起動はそれなんとか主人殺しという悲惨な結末を回避することができた。
だが、直後バーサーカーの体が壊れた幻想となって四散する。
そうして飛び散った肉片は光の粒となって消えてしまった。
「っ…、キャスター!お前の目的は何なんだ!!?」
やはり少し沈黙した後、キャスターは返答する。
「この醜い世界を、壊すこと」
そう言ってキャスターは一瞬にしてその場から姿を消した。
interlude out