病院で共闘した女性の後を追って屋根づたいを飛ぶように走り抜ける。
とはいっても俺は雪ノ下にしがみついているだけだが、サーヴァントになるなどと言っておいてこれではなんとも恥ずかしい。
しかし魔術の才能が無い俺では二人についていけないのでここは受け入れる他無い。
三人には特に会話もなくただ目的地を目指して物凄い速さで移動するだけだ。
女性の仲間が何者かに攻撃を受けていて今は一刻の猶予もない。
しかし背負われているだけの俺には考える余裕があった。
アーチャー陣営に攻撃を仕掛けているのは誰なのか。
現在残っているのはランサー、バーサーカー、そしてキャスターだ。
前二人の可能性は低いと思われる。つまり…。
すると突然二人の動きが止まった。
いったいどうしたのか、二人の視線の先を追ってみる。
そして目に飛び込んできたのは、女性に担がれている戸塚の姿だった。
「戸塚!?」
俺は慌てて雪ノ下の背中から降りる。
もう一度よく見てみるが、やはり麗しい戸塚は可愛い戸塚のままだ。
「姉さん…」
そしてその戸塚ともう一人女の子を抱えて宙に浮いているのはキャスターだった。
「ふーん、そっかそっか、比企谷君と仲直りしたんだね」
その口調は以前と変わらず朗らかだが身の毛もよだつような張り付いた笑顔がなりを潜めている。
冷たく睨み付けるような視線が俺たちを刺す。
「状況はよく判りませんが、先手必勝!!」
すると俺達を先導していた女性が勢いよく飛び出した。
「アンサラー!」
『
女性が何かを叫ぶと同時にキャスターも呟いた。
直後女性の周囲を浮遊していた光の球が炎を撒き散らして爆発した。
それに押されてバランスを崩した女性が道路に叩きつけられる。そのままうずくまって動かなくなった。
「未熟な宝具ね…」
あのランサーと渡り合った人を軽々と無力化してしまった。
その能力はやはりずば抜けている。
「あんた、いったい何がしたいんだ?」
なぜキャスターが戸塚を抱えているのか。バーサーカーが追ってこないのは間違いなく既にこの世にいないから。
首筋を冷や汗が伝う。
「さぁ、私にもよくわからないわ」
「戸塚をどうするつもりだ…?」
「殺したりはしないわ、彼の中にあるホムンクルスを少し借りるだけ」
キャスターの答えは的を得ないものばかりだ。
俺とまともに会話する気は無いらしい。
「おい、お前からも何か言え」
だが実の妹であり元マスターである雪ノ下なら彼女の気を引けるかもしれない。
しかし俺が促してもいっこうに返事がない。
「雪ノ下…?」
彼女の方を見るとただきつく上空を睨み付けていた。
「雪乃ちゃん、言いたいことがあるならちゃんと言わなくちゃ。まだ分かってもらえるなんて可愛いこと言うつもりなの?」
キャスターの言葉にその口がつの字型に曲がる。
その手は微妙に震えているように見えた。
「言っても伝わらないことの方が多いけどな」
「比企谷君?」
雪ノ下が怪訝そうな顔で俺の方を向く。
「いつだって、誰だってそうだ。相手の気持ちが見えない以上、自分で勝手に判断するしかない。お互いの矢印はお互いを指さないんだ」
「今は雪乃ちゃんと話してるの、部外者は黙っててくれるかな?」
「もう部外者じゃないんで。俺は雪ノ下のサーヴァントになったんだ」
俺がそう言うとキャスターの瞳はよりっそうの険しさで俺を穿つ。
正直に言うとめっちゃ怖い。今すぐ帰って、布団に潜り込みたい。
「はぁー」
すると隣から溜め息が聞こえてきた。
「相変わらず貴方はひねくれているのね。貴方の場合は矢印を向けてさえいないでしょう」
は?何で俺が貶されてんの?一応フォローしたつもりなんですけど。
何か言い返してやろうと隣を見る。すると雪ノ下と目があった。
「それに貴方の気持ちはちゃんと伝わったもの」
その瞳があまりにも綺麗だったから俺はただじっと見つめてしまった。
そうしていると不意に雪ノ下が視線をそらす。
「何も言わないのは貴方も同じでしょう。ライダーを殺して、私の元を去って、いったい何がしたいの?」
その横顔には微妙に朱が差しているように見えた。
雪ノ下が問いかけるとキャスターは虫けらを見るような目でこっちを見下ろす。
「ふーん、そういうことか…」
そして何かを呟くと右手を前に差し出した。
「これが答えよ」
瞬く間にその腕の先に、直径30メートルはありそうな溶岩の球が出現した。
そしてそれは当然のように俺達に向かって射出された。
飲み込まれれば間違いなく俺達の体を骨ごと溶かしてしまうだろう赤い壁がじりじりと迫ってくる。
あまりの大きさに距離感が狂っているのだ。
「雪ノ下!!」
まさかキャスターがここまで実力行使で来るとは思わなかった。
俺では対処できない。
しかしとうの雪ノ下は驚きと恐怖に目を見開いて微動だにしない。
「雪ノ下!雪ノ下!」
いくら呼ぼうとその耳に俺の声は届かない。
その間も刻一刻と死のリミットは近づいてきている。
実の姉から与えられたそれが雪ノ下の精神を蝕んでいる。
ならばどうするか、決まっている。彼女のサーヴァントである俺が彼女を守るしかない。
セイバーが命をかけて俺を守ったように。
「退いてろ」
俺は雪ノ下の手をとって後ろに下がらせた。
「比企谷君…?」
溶岩が熱線を吐き周囲は灼熱に染められ黄色く、歪んでいる
それは人が生きていられるような環境ではない。
そこに躊躇なく飛び込んだ。
「比企谷君!?」
右腕を前に突きだす。
一足先に煮えたぎるマグマへと潜り込んだ。
勝負は一瞬だ。
人体なんて一瞬の内に気化してしまう。そうなればもう俺の体ではなくなり魔力は遅れなくなる。
暑さで気が狂う前に俺はめいいっぱいの魔力をマグマの固まりに注ぎ込む。
俺の魔術は物体と世界との間に隔たりを作る。
俺の魔力を通したライダーの銃が消えたように、このマグマだまりだって数瞬で消してしまえるはずだ。
死を与える灼熱が俺の身を焦がす。
もう数瞬はたったはずだ。
しかしいっこうにマグマは消えて無くならない。
失敗した。そう思う間もなく俺の体は溶岩の中に引きずり込まれた。
世界は真っ赤に染まり体から魂が抜け落ちていく。
それはまるで窮屈な世界から解き放たれるような浮遊感に襲われる。
そうして俺の魔術はそういうものなんだと気づいた。
今それを自分に使えば俺は助かるだろう。
だがそれはできない。
俺の後ろにはこんな地獄を味あわせるには、儚すぎる彼女がいるのだ。
ふと背中に奇妙な涼しさを感じる。
ここは灼熱が支配する真っ赤な世界だ。
そんなものは荒唐無稽だと言えよう。
だが俺にはそれが彼女の支援だとすぐにわかった。
再び握り拳を作るのに充分すぎる理由だった。
涼しさは一瞬の内に体じゅうに広がり、マグマを押し戻していく。
そして俺は今一度その身に魔力を通した。
そうして赤く染まっていた世界は再び夜の暗い町並みへと姿を戻した。
「~~~~!?」
耳が潰れていて声は聞こえないが雪ノ下が抱き止めてくれたのがわかる。
俺は再び魔術を今度は自分の体に使い世界と物体を解離させる。
そして元に戻ると体の傷は治っていた。
「無と有を融合させた…それが君の魔術なのね…」
有ると思えば有るし、無いと思えば無い。
そんな魂や幽霊、夢や理想といったものに物体を変化させる。
それが俺の魔術だ。
当然、物質でなくなれば傷つくことはない。もしかすると寿命すらなくなっているかもしれない。
無と有の共存、名付けるならばそう――――――――『
「雪ノ下、俺をキャスターのところまで飛ばせるか?」
「え、ええ」
「じゃあ、合図したら頼む」
そう言い残して俺は再び魔術を行使する。
世界から俺は弾き出されるが、雪ノ下には俺の姿が見えているはずだ。
体が妙に重い。おそらく体の魔力が尽きかけているのだ。
当然だろう、既に何度も使ってしまっている。チャンスは一度きりしかない。
ぽっけから黒剣を取りだし構える。
「今だ!」
合図と共に体が宙に浮き始める。
直後砲弾のように射出された。
俺の魔術はビームとかが撃てる訳じゃない。相手を殺すなら直接手をかけなければならない。
だがキャスターに俺の姿は見えていない筈だ。
一直線に突き進みキャスターの首を切り落とすイメージで剣を水平に振る。
生物に死を与える白銀色の凶器がその透き通るような柔肌を切り裂く寸前、刀身は見えない壁に阻まれた。
「な!?」
衝撃に耐えきれず剣が手から滑り落ちる。そして俺はキャスターに首根っこを掴まれ宙に吊り下げられた。
「が、ああっ、っ」
「比企谷君!?」
「第三魔法とは逆に物質界から幽星界への干渉を可能にする術式かー、君にもう少し才能があれば根源さえ行けたかもねー」
キャスターが何を言っているのかわからないが、とにかく誉められているのはわかる。
「まあでも、一度見ちゃったから、もう効かないけどね」
キャスターの強化された細指がナイフのように首にめり込んでくる。
「ヒュー、ヒュー」
うまく呼吸ができず徐々に意識が遠退いていく悪寒に襲われる。
「あ、…ああ…」
「姉さん、比企谷君を放して!」
「えー、そっちは命まで狙ってきたのにそれって不公平じゃない?」
「っ…、姉さんは、もう死んでるじゃない」
「……私は死んでなんかいないわ…」
グサッ。
「ギャっ、~っっ~~っ」
腹に何かがめり込む。だが声をあげることすらできない。
「!?、…お願い、お願いします…。何でも、何でもしますから…」
「…ふーん、そういうこというんだ?なーんかもう飽きちゃったなー」
そう言うとキャスターはどこからか炎の剣を出現させる。
「姉さん!!」
「そんなに大切なら戦って守りなさい、比企谷君は雪乃ちゃんの為に戦ってくれたんでしょう?」
「っ~」
キャスターの言葉に感化され雪ノ下も炎の剣を手の内に握り混む。
そのまま空中を走り出した。
しかし直ぐ様閃光が行く手を阻む。
雪ノ下もなんとかそれをかわしていくが、次の瞬間、キャスターのマジックジャマーが雪ノ下の足場を崩し閃光がそこに群がった。
そのまま煙を出しながら落ちていき、道路に叩きつけられると動かなくなった。
「雪、…ノ、下…」
「こんなに弱かったけ?まぁいいや」
もう一度こっちに向き直るキャスター。
「さて、邪魔者は居なくなったことだし、君もさくっと死んじゃおうか?」
そう言って炎の剣を振り上げる。
「~~雪ノ、下~」
「何?聞こえない」
「雪ノ下だけは、助けて…」
すると何故かキャスターは剣をおろした。
「そんなに雪乃ちゃんが大事?」
俺は一縷の望みをかけて必死に返事をする。
「あ、あ…」
「それなら死んだら意味無いよ。残された雪乃ちゃんが悲しいだけだもん」
そうして再び剣を振り上げた。
「二人仲良く殺してあげる」
説得は失敗だ。一縷の望みも潰えてしまった。
しかしキャスターが放った言葉が何故か俺はきになってしょうがなかった。
正直、それは自惚れだと思う。あの雪ノ下が俺がいなくなった程度で再起不能になるだろうか。
あの強情な雪ノ下なら、例え、百歩譲って悲しんだとしてもそこからまた奮起するに違いない。
確かに彼女は時おり雪のように消えて無くなってしまうの出はないかと思えるような儚さを見せることもある。
だが当然それだけではない。
弱さも強さも彼女なのだ。
俺はまだ彼女の全てを知っている訳じゃない。だから当然答えなど出ない。
それでもだ、それでも、そんな彼女と過ごす日々を俺は無くしたくないと不相応にも思ってしまったから。
だからこそ今ここで諦めるわけにはいかないのだと思う。
俺は再び残り少なくなった魔力を指先に集中させる。
もはや全身に行き渡らせるだけの量は残されていない。せいぜいキーホルダー一つ分くらいだろう。だがそれでいい。
俺の魔術は物体を有でもあり無でもあるものに変える。
つまり雪ノ下が俺を見失わないように、信じればそれを掴むことができる筈だ。
俺は強くイメージする。
形、重さ。
大事なのは思い込みだ。
そこにあると思い込めば確かにそこに現れる筈だ。
そうして握り混んだそれを俺はキャスターの腕に突き込んだ。
「なっ!?」
僅かに血飛沫が飛ぶ。当然それでサーヴァントを倒せはしないがキャスターは驚いて俺の首から手を離す。
そのまま重力に従って落ちていく。
しかしここであることに気づいた。
既に魔力も体力も使い果たしている。このままでは地面に激突してしまうのではないか。
しかしそう心配したつかの間誰かが俺を横から抱き抱えてそのままコンクリートに着地した。
見ると最初にキャスターに返り討ちにされたスーツの女性だった。
「大丈夫ですか?」
「ああ…雪ノ下は?」
「彼女も治療して向こうに運んであります」
その言葉に安堵し上を見上げる。
既にキャスターの姿はそこにはなかった。
「おーいバゼットー!」
するとどこからか声がきこえてきた。