暫く先生の後をついて歩いた。どうやら目的地は特別棟に有るらしい。
あそこには使われていない教室もあり内緒ばなしをするにはうってつけだ。そのどれかを使うのだろうか。
そして先生はとある教室の前で足を止めた。表札を見るが何も書かれていない。やはり空き教室か。
しかしそんな表向きに反して平塚先生は中に声をかけた。
「入るぞ、雪ノ下」
てっきり二人で話すと思っていたがどうやら先客がいるようだ…。
俺も先生の後に続いて入室する。
背中越しに中の様子を探ると、そこでは長い黒髪の少女が一人窓から入る斜陽の中で本を読んでいた。
思わず息を飲む。
その光景はまるで絵画じみていて、世界が滅んだ後でもここで同じように本を読んでいるのではないか、そんな風に思えるほどその空間は儚さに満ちていた。
生徒の有象無象が着ている学校指定の制服も彼女が着ると何処か違って見える。
「先生、部屋に入るときはノックをしてくださいとお願いした筈ですが?」
「しかし君はそれで返事をしたためしが無いじゃないか」
「答える間も無く先生が入ってくるんですよ」
先生の言葉に彼女は不満げな視線を送る。
「それで、そのぬぼーっとした人が?」
「ああ、昨日話した比企谷だ」
なんか紹介されたので前に出る。ていうかぬぼーって何だよ。
「2年F組の比企谷です」
「現状を説明してあげるから席についてもらえるかしら?」
このいやに高圧的な女生徒が説明にてくれるらしい。それは願ってもない事なのですぐさま席に着こうとするが、着くべき席が何処にも無かったら。
座れっつっといて椅子がねえってどういうことだよ。何かのトンチか?下民は床がお似合いよ的な?それとも遠回しに帰れって言ってんのか、高度すぎんだろ。俺でなきゃ見逃しちゃうね!
しかしそんなことではめげない俺は、後ろに積んであった内の一つを持ってきてそれに座った。
「それじゃあ始めるわ」
特に言及は無しですかそーですか。
「厳密に言うと少し語弊が在るけれど、貴方は魔術師の争いに巻き込まれたのよ」
俺は彼女の事を以前から知っていた。
2年J組、雪ノ下雪乃。
もちろん話したことがあると言うわけではなく、単に名前と顔を知っていると言うことだが。
この千葉市立総武高等学校には9つの普通科の他に2、3偏差値の高い国際教養科というクラスある。
そういった事情から何かと注目を集めるそのクラスにおいて、なお異彩を放つのがこの雪ノ下雪乃という少女なのである。定期テストや学力テストでは常に学年一位に鎮座し、またその類い希なる優れた容姿で衆目を集めている。
正直先生の口から彼女の名前が出たときは心底驚いた。が、しかし今はそれどころではない。
俺は彼女の言葉に疑問の形で返答した。
「何の為にそんなことしてるんだ?」
しかし目の前の彼女は俺の問いかけを聞くなり固まってしまった。
暫くするとわざとらしく咳払いして会話を再開する。
「んん、貴方がそこまで早く受け入れるとは思わなかったわ」
「ああ、まあ色々あったからな」
「貴方の質問だけれど、聖杯を手に入れる為」
「聖杯?ってキリストの血を受けたとかいうあれのことか?」
「以外と物知りね今日から浅知恵がや君と呼んであげるわ」
「おい待て、それ思いっきり馬鹿にしてるだろ」
「あら、教えをこう立場の貴方にぴったりでしょう?」
くそ、そう言われると反論しづらい。雪ノ下はしてやったりといった風に微笑を浮かべていた。
なまじ顔が整っているもんだからそれが似合うのがまたムカつく。
「それとは別物、魔術で作り出した擬似的な聖杯、願えば何でも叶うのだそうよ」
「まるでお伽噺だな」
「そうね、けど貴方は既にそれを目にしているわ」
「どうゆうことだよ」
「聖杯に選ばれた7人のマスターはそれぞれがサーヴァントという強力な使い魔を召喚する。そしてサーヴァントは神秘の性質上広く知られた者達から選ばれるの。偉人もしくは伝説上の存在といったね」
「まじか、じゃあドラえもんとか孫悟空とかも呼べるのかよ」
「ドラえもん…っ、は神秘の関係でそのものになるかわからないけれど、西遊記の孫悟空なら可能なのではないかしら」
ドラゴンボールの方だったのだが、というかドラえもんは知ってるんだな…。SF(すこしふしぎ)
「さっきから言ってるその神秘って何だ?」
そういえば青い槍兵もそんなことを言っていた。
「神秘というのは未知が生み出すエネルギーのことよ。知っている人が少ないほどその力は強大になり、多いほど確固たるものになる」
「??ちょっと待て、結局どっちが良いんだ?」
「程度の違いよ、貴方も魔術や魔術師という言葉は知っていたでしょう?けれどどういったものか知らなかった」
なんるほどな。ん?待てよ、けど槍兵は秘匿する気は無いと言っていた。まあ、一人二人増えたところで大した違いはないのかもしれないが。
「神秘は普段の生活にも深く根付いている。なんだかわかるかしら?広く知られているけれど実態はほとんどの人が知らない物」
「…宗教か」
「正解、教科書に載っているようなものはそのまま魔術界の勢力図に当てはめて問題ないわ、後は占いや風水といったものもそうね」
つまりは筋書きに乗っ取った結論ではなく。信頼に基づいた推論、強い信仰を受けてその力は増大し、そしてそれを裏切って始めて形になる。
「ずいぶんと勝手な話だな」
「そうね魔術師というのは何処か歪んでいるのかもしれないわ…」
雪ノ下の視線に何処か影がさす。なぜだか俺はそれを見ていられなくなってつい冗談を口走ってしまう。
「なら愛とか理想も神秘なのかもな」
すると雪ノ下はその艶やかな唇に微笑を浮かべる。
「そうね、実態を知っている人が居ればそうなのかもね」
雪ノ下の言う通りだ。ただ信じているだけでは、それらは手の届かないものなのだろう。
「一度休憩にしましょう」
そう言って雪ノ下は席から立ち上がる。
俺の横を通りすぎ、教室を出て左へ歩いていく。
雪ノ下の姿が見えなくなった後、俺も立ち上がり教室を出た。