手を振りながらこっちに来たのは赤い髪の青年だった。
「降ろしますよ」
俺を助けてくれた女性は一声かけて腕を傾ける。
横抱きにされていた俺はその足で地面を踏みしめた。
その瞬間足の力が抜け女性にもたれ掛かってしまう。
「大丈夫ですか?」
「ああ、…いや、大丈夫じゃないな」
俺の体は体力も魔力も使い果たして満身創痍だ。
立っているのもなかなかしんどい。
俺は近くに落ちていた鉄パイプを杖にしてなんとか自力でバランスを取る。
「バゼット、その人は?」
「例の洗脳騒動やキャスター相手に共闘していただいた人です」
その赤髪の男はじっと俺の様子を観察する。
こいつもたしか以前埠頭で雪ノ下達と戦っていた筈だ。
「どうも、俺は衛宮士郎。え~と、今は仲間ってことでいいんだよな?」
果たして俺とこいつらは仲間といえるのだろうか。バゼットと呼ばれた女性とは成り行きで一緒にいただけだ。
だがひどく消耗している今、敵対するのだけは避けたい。
「…あくまで目的が一緒だっただけだ」
「目的か、…俺達はキャスターをどうにかしたいんだけど、それじゃ駄目か?」
「どうにか、できるのか?」
俺の質問にそれまでつらつらと応対していた青年も押し黙る。
こいつらもあの魔王の恐ろしさを充分理解しているということだ。
「…バゼッ…ト、っていったか、雪ノ下の居場所を教えてくれ」
「そこのビルの影に座らせています」
「え?雪ノ下ってどういうことだ?」
驚声をあげる青年を尻目に俺は杖を鳴らしながら言われた場所まで移動する。
「どうやら彼らとキャスターは既に決裂しているようです」
傷む体に鞭をうってなんとかビルの角までたどり着いた。そして向こう側を覗き込む。
そこには崩れた壁の瓦礫に囲まれてすやすやと眠る少女の姿があった。
服はボロボロで白い肌にも血が滲んでいる。艶やかな黒髪も所々が跳び跳ねていた。
けれどそんな彼女の姿が目に入ったとたん俺の体を蝕んでいた痛みはどこかへと消え去ってしまった。
俺は再び杖をつき彼女の正面までやって来た。
そのままじっと安らかに眠る顔を見つめる。
するとすらりと伸びた長いまつげがピクピクと動く。
そして透き通るような瞳が俺をとらえた。
「だいぶ遅いっ…」
俺が軽口を叩く前に雪ノ下は両腕を俺の首に回し抱きついてきた。
さすがに衝撃に耐えられず杖を方って倒れ込んでしまう。
「雪ノ下…?」
俺が声をかけるとぱっと体を持ち上げ砂をはたいていづまいをただす。
「無事で良かったわね、別に心配などしていなかったけれど、貴方の往生際の悪さには感心するわ。…でも貴方は私のサーヴァントなのだし、貴方に死なれたら私の不手際が追求される可能性もあるわけだからまあ良かったと言えなくも無いわね…」
よくもまあそんな長い台詞をつらつらと言えるもんだ。
「そんだけ喋れるなら大丈夫みたいだな」
「別に貴方に心配されるいわれはないのだけれど…」
雪ノ下は反対側を向いていてその表情を読み取ることはできない。
「おーい」
すると向こうから例の連中がやって来た。
「作戦会議がしたいんだけど、今良いかな」
「どうする、雪ノ下?」
俺は雪ノ下の判断をあおぐ。
「話を聞くだけなら良いんじゃないかしら」
「だとさ」
「そうか」
俺がそう言うとさっきの二人の他にもう一人増えた三人は近くまでよってきた。
「え~と、じゃあ改めて自己紹介、俺は衛宮士郎、こっちの遠坂の弟子で時計塔の魔術師だ」
時計塔とはイギリスはロンドンにあるあれのことだろうか?
「ご紹介に預かりました、同じく時計塔の魔術師で聖杯戦争の始まりの御三家の一つ、遠坂家当主、遠坂凛です」
新たに加わったメンバーである赤いコートの女性は優雅にそういい終える。
「私はバゼット・フラガ・マクレミッツ。
最後にここまで一緒に来たスーツの女性がそう自己紹介した。
最後に至ってはもはや何を言っているのかまるでわからない。
なんだゴッツホルダーって、でもちょっとかっこいい。
そして雪ノ下がそれに続く。
「雪ノ下雪乃…肩書きは…特に無いわ」
「あら、てっきり今回の主犯だと思ってたんだけど」
「遠坂!?」
赤い女性がいきなり物騒なことを言い出す。
「何の話だ?」
「え~~と、それは…」
「冬木から大聖杯を奪ったのが雪ノ下家じゃないかってことよ」
狼狽える衛宮をよそに話を続ける遠坂、どうやらこの人は物怖じを知らないらしい。
「元々御三家は雪ノ下を入れて四家だったと聞いているわ、そちらの情報伝達が誤っているのではないかしら?」
「なっ!?……確かにお父様とは満足に話せなかったけど…!?」
「成る程、確かに代々子孫に知識を伝えていくのは大変な事。私としたことがその可能性を失念していたようです」
三人の魔術師は何やら話し勝手に納得していたがずぶの素人である俺にはちんぷんかんぷんさっぱりわからなかった。
ていうか俺の自己紹介がとばされてるんですけど。別にいいけどさ。
「まあそれはいいわ、じゃあどうして汚れている聖杯を召喚しようとしたのかしら?」
「…何の事?」
このとき遠坂凛の視線が急に鋭くなったのが俺には妙に感じられた。
「聖杯はアンリマユの呪いに汚されているのよ。そのまま使ってもただ文明を焼く汚泥を撒き散らすだけだわ」
「そんなっ…!?」
「大聖杯をこんなところまで持ってきておいて知らなかったの?」
「それは、母が全てやったから…」
雪ノ下の声は細く弱々しい。
質問に押されるように視線は暗く落ちていく。
「キャスターはその事を知っていた。その上で聖杯を起動しようとしていた。キャスターを操っているのは君のお母さんなのか?」
遠坂凛の威勢につられて衛宮士郎も疑問を口にする。
「…わかりません」
よくわからないがこいつらは狙って雪ノ下を追い詰めているように俺には見えた。
「なあ、そんな事関係あるのか?俺はキャスターを倒す算段をつけると思ってここに居るんだが?」
俺が口を挟むと遠坂の冷たい視線が俺を差した。
「関係なくはないわよ。敵ははっきりさせとかないと困るでしょ?」
それもあるがこいつらは雪ノ下を追いつめることで精神的に優位に立とうとしてる。
それは交渉事の基本だ。
だがそれは裏を返せばそうする価値があるってことだ。
向こうもそれなりの賭けに出てるってこと。それだけ得難い何かがあるって事だ。
「どうなの雪ノ下さん?貴方のお母さんとキャスターは手を組んで世界をめちゃくちゃにしようとしているのかしら?」
「…っ…」
身内に造反者がいるとなれば雪ノ下の肩身は狭くなる一方だ。
「もういい、行こうぜ雪ノ下」
俺は手をとってこの場を後にしようとする。
こちらが手を引く素振りを見せれば向こうも対応を軟化せざるをえない筈だ。
しかし体力を使いきった俺はとっさに反応できなかった雪ノ下に引っ張られて転倒してしまった。
「痛っ!」
「比企谷君!?」
慌てた雪ノ下が俺を抱き起こす。
「大丈夫ですか?」
バゼットも心配してか声をかけてくる。
「凛、貴方の思惑もわかりますがここは素直に聞いてみては?」
「~~、…分かったわよ」
遠坂はため息をついてこれを受け入れる。よし、作戦通りだ!
「単刀直入に聞くわ。雪ノ下家の魔術特性を教えて欲しいの」
態度は若干緩くなったもののその瞳にはまだ力強さがのこっている。
それだけこの質問には重要な意味が込められているということだろう。
「キャスターはとてつもない能力を持っている。けど現代の魔術師がそこまでの力を手に入れられるとは思えない。その秘密の鍵は貴方達が使っている魔術にあると思うの。それは部外者に言えるようなものではない事はわかってるけど、どうか教えて欲しい」
それが雪ノ下に強く当たっていた理由らしい。
「確かに姉さん、キャスターの強さの一端はそこにあるわ…」
それを聞いた雪ノ下がゆっくりとその重い口を開いて家計に伝わる秘術を露にしていく。
「雪ノ下の魔術は周囲のマナの流れに合わせて魔力を行使することで自然界のエネルギーを操る術式。そしてその強さは特別な礼装によって引き出されるの」
紡がれる言葉の一つ一つを俺達はただ黙って聞いている。
「その礼装を使って私達は周囲のマナの流れを知ることができる。範囲が広いほど術の規模も大きくなる」
「それがキャスターの強さの秘密って訳ね。どれぐらいの広さなの?」
「今は日本列島を覆うくらいかしら…」
「はあ!?」
遠坂の驚声が響く。
「ちょっと待って、そんな範囲に礼装がまかれてるならさすがに誰か気づく筈よ。ていうか領域侵犯そのものじゃない!?」
正直何を話しているのか全くわからない。魔術の話になるどうしてもおれのでるまくはなくなってしまう。いつでもないとか言わない。
「なあ、そんなに驚くことなのか?」
俺はそれとなくバゼットに聞いてみた。
「当然でしょう、魔術師には専用の土地を構えているものが多い。一般的な住宅のようなものです」
「雪ノ下が根源を目指した方法はとにかく巨大な術式を展開させる事なの。その為に開発されたのが誰にも発見できない特別な魔術礼装なのよ」
「誰にもって…、そんなの一つ作るだけでも莫大な素材が必要じゃない」
「素材は先代の遺体を使うの。雪ノ下家の当主は代々短命だから、それが次期当主の最初の仕事になるわ」
正直これには絶句してしまった。
遺体がどうのというのもそうだが代々の当主は短命だという部分が…。
しかしそんな重苦しさなど皆無であるかのように遠坂は話を続ける。
「雪ノ下の魔術についてはよくわかったわ。けどそれなら同じ雪ノ下の魔術師である貴女も同じように魔術を行使できるん筈でしょ」
それを聞いた雪ノ下のてが震える。
さっき転んだ拍子にずっと手を繋いでいる俺に、それはよく伝わってきた。
「姉さんは…歴代の当主の誰よりも魔術師としての才能があった。ただ一人だけ、マナの流れに乗って漂うだけの礼装を周囲のマナごと自由に操る事ができた」
「つまり…貴方は勝てないってこと?」
「…はい」
例えば、陸上選手が競泳選手と競う場合、自分の得意とするフィールドに誘い込めばいい。
しかし同じ競技間では同じだからこそ絶対の上下が生まれてしまう。
同じ魔術を使う雪ノ下とキャスターでも同じことが起きる。
その絶対の差は覆すことができない。
「そう…、じゃあ礼装を破壊する方法は?」
「分からないわ…、礼装は殆ど周囲のマナと一体化しているから、例えば大規模を氷結させたとしても効果はないでしょうし…」
「はぁ、参ったなぁ…」
その言葉を聞き終えると遠坂は腕を組みうろうろとうろつき始めた。
どうやら宛が外れてしまったらしい。
他の面子も皆一様に視線を落としてキャスターへの対抗策を思案するがどれだけ知識をほじくり返そうと、最初から無いものを見つけこことはできない。
雪ノ下陽乃はまさに人の上に立つべくして産まれた絶対的な強者だ。
「なあ、タイムリミットはどれくらいあるんだ?」
「…殆どないでしょうね。既に向こうは小聖杯を手に入れたわけだから、最悪今すぐににでも儀式を始められるわ」
もしかしたら既にゲームは俺達の負けで終わっているのかも知れない。
あとはもうキャスターが世界を滅ぼすのをただ待っているだけ。
それにしてもなぜキャスターはそんなことをしようとしているのか。
本当に雪ノ下の母親が黒幕だったとしてもあの人がそう易々と従うとは思えない。
それに戦闘中に気になることを言っていた。
私はまだ死んでいない、英霊達はその名の通り死した人物から選ばれる筈だ。なのにまだ死んでないとはどういうことだ。
国語のテストで学年三位に入るほどの俺の語学力が無駄に重箱の隅をつつきたがる。
まだ、ということはこれから死ぬということだろうか。確かに人間は生きてりゃ何時かは死ぬ。
だが英霊達にそれは当てはまらない筈だろう。
「仕方ないっか、こうなったら玉砕覚悟で乗り込むしかないわね。ダメだったら皆仲良く死にましょう」
結局、会議はそういう結論に至った。
「雪ノ下さん、大聖杯の場所はわかる?」
「ディスティニーランドの上空100メートル位かしら…」
「OK。じゃ、明日の夜8時に門前に集合ってことで」
「私はランサーに協力をあおいでみます」
「そうね、お願いできる?」
そのまま作戦会議はその場で解散となった。
俺達はアーチャー陣営と別れ再び二人きりになる。
「んじゃ、俺達もそろそろ返るか」
「そうね……あっ…」
「どうした?」
「私の家、燃えてしまったから…」
確かにそうだ、雪ノ下が住んでいたマンションは葉山に洗脳された人々によって火をつけられて燃焼してしまった。
火が治まったかはわからないが住める環境ではなくなっているだろう。
「………」
まさか公園で野宿というわけにもいくまい。
しかしもう夜も遅い。今さら止まる場所を探すのも一苦労だろう。
「………俺ん家来るか?」
「え?」
「いや、嫌ならいいんだが…」
「…そうね、貴方は私のサーヴァントなのだから、住居位用意するべきよね」
まじかよ、サーヴァントって大変だなー。
というわけで俺達は夜の町をお互い何も話さずに黙々と俺の自宅に向けて歩いた。