自宅の前まで辿り着きポケットを探る。
しかし目当てのものは見つからず、はっと、そういえば鍵を持たずにでてきてしまったことを思い出して冷や汗をかく。
「どうしたの?」
「…いや」
今さら後悔しても仕方がない。俺は恐る恐るドアノブを捻るがやはり鍵がかかっている。
俺はそのまま扉の横に備え付けられたインターホンを押した。
現在時刻は十一時過ぎ、静まり返った真夜中に電子音が響き渡る。
しばらくするとドアが開き中から愛しの妹が顔を出した。
「もうお兄ちゃん遅って、その体どしたの!?」
キャスターとの戦いで俺の服はづたぼろにほつれ反っていて、当然小町がそれを咎めぬ筈がない。だが問題はそんなことではない。
「例の集団はなんかのデモ隊でな、ちょっと巻き込まれてたんだ」
「ふーん、それはいいとして、もう、お兄ちゃんもすみにおけないんだからー」
にやにやと視線を向けるのは俺の後ろに佇む雪ノ下だ。だから嫌だったんだよ。
「小町、言っとくがお前の思ってるような事はいっさい無いぞ」
「えー、小町何も言ってないけど、何を想像しったのっかなー?」
うぜぇ、あとうざい。
「親父とお袋は?」
「それが電車が止まっちゃてて今日は帰れないんだって」
「そうか」
恐らく葉山の洗脳の影響だろう。来る途中も洗脳が解けて道端に倒れこんだ人塊をよく見かけた。平塚先生達が対処しているらしいが、完全には誤魔化しきれないという。葉山の本気がうかがえる。
しかし連絡があったということは親父達は洗脳の被害にはあっていないようで、それは良かったというべきだろう。
「雪ノ下を案内してやってくれ、俺は風呂沸かしてくる」
「了解しました!」
小町はピンと張った手を額にあて敬礼する。
角度的に海軍だなとどうでもいいことを考えながら戸をくぐる。
「ささっ、どうぞどうぞ、汚い家ですが」
続いて小町に先導されて雪ノ下も玄関に上がってきた。
毎日毎日飽きるほど見てきた家の玄関だが、彼女がいるだけで違って見えるから人の感覚とは曖昧なものだ。
そのまま俺は風呂場へと直行する。流石にこのまま寝かせるのもあれだからな。
すると後ろ手に二人の会話が聞こえてきた。
「雪ノ下さんはお兄ちゃんと付き合ってるんですか?」
ぶー!?
「おい、だから違うっていってんだろ!」
しかし小町は驚き暮れる俺の眼前で人差し指をふる。
「ダメだなーお兄ちゃんは、違くても一応聞いておくのが妹キャラの定めなんだよ」
いや、確かにアニメとかだとそれでヒロインが恥ずかしがったりするのが定番だが、現実でやってもひかれるだけだろ。
当然雪ノ下も例に漏れずおもわず耳を塞ぎたくなるような罵詈雑言を浴びせてくることだろう。
「そうね、付き合っているといってもいいかも知れないわね」
「え、ええー!!本当ですか!?こんな兄ですよ!?僭越ながらもっといい物件があるかと…」
「お前、自分の兄になんて事いうんだ」
しかし俺もこれには驚かざるをえない。
え、まじで?ほんとに俺って雪ノ下と付き合ってたの?いつのまにかリア充になっていたのか?
よし、この現象をいつのまにかリア充と名付けよう。そのまんまだな。
雪ノ下は優しげに微笑みながら続く言葉を紡ぐ。
「主と召使いとしてね」
ですよねー。
まあ確かに俺はお前のサーヴァントだけども…。
「お兄ちゃん、性癖まで拗らせたら流石に小町も手に負えないよ…!?」
もう疲れたからさっさと寝よう。
その後風呂を沸かして服をきがえ自室のベッドでごろごろしていると、風呂から上がった雪ノ下が入ってきた。
そしてなぜか俺の服を纏っていた。
「お前、それ…」
「?、どうかしたの?」
雪ノ下はキョトンと首をかしげる。
おそらく犯人は小町である。なぜなら服を用意したのは小町だからだ。証明完了。
「俺の服なんだけど…」
「!?!…そ、そう」
衝撃の事実を知った雪ノ下は恥ずかしそうに両腕を自分の体に回し、裾を握り込む。
風呂上がりで血行が良くなった肌はうっすらと赤みが差して、適度に濡れた黒髪が妙に艶かしい。
もうなんだか色々とやばい。俺の鋼鉄の理性(メタルメンタル)と乱らな無邪気(セクシャルイノセンス)が激しくぶつかり合っている。
取り合えず一刻も早くここを脱出せねばならないだろう。
「俺はリビングのソファで寝るわ、お前はここ使っていいぞ」
そう言って俺は自分の部屋を明け渡し、リビングへと逃亡した。
そのままソファに横になる。
暗闇に溶けるように目を閉じた。
体力は限界まですり減り直ぐに眠れるかと思ったがなぜだか目がさえてしまって寝付けない。
それからどれだけの時間がたっただろう。
いったん喉を潤そうと腰を上げる。
暗がりを記憶と手探りで進んでいき冷蔵庫を開け、maxコーヒーを流し込む。
慣れ親しんだ味にどこか心が落ち着くのを感じる。
明日は大事な戦いが待っている。早く寝て体調を整えなければならない。
「比企谷君?」
すると後ろから声が聞こえてきた。
振り替えると、冷蔵庫の微かな明かりの仲に雪ノ下がたっていた。
驚いたのか心臓がドクンと跳ねる。
「どうしたんだ?」
「眠れないの…」
どうやら雪ノ下も同じような感じでやって来たらしい。
「お前も飲むか?maxコーヒー」
「それでは逆効果でしょう」
雪ノ下は口に手をあてクスッと微笑む。
また心臓が鼓動を速めた。
そこからはお互いに沈黙が続く。
しばらくすると雪ノ下が意を決したように口を開いた。
「そばに居てくれないかしら」
そういうと恥ずかしそうに目を伏せる。
まさか雪ノ下にそんな事を言われる日がこようとは。
「俺でいいのか?」
「貴方しか、いないもの」
まあ確かにな小町は既に寝てるだろうし、何より俺は雪ノ下のサーヴァントだ。
「わかった」
俺はマッカンを洗って捨てると雪ノ下と連れだって自室へと向かった。
俺はベッドを背もたれに床に座る。
暗い室内は俺にとって居心地がいい。周りに何もない孤独な空間は安らぎを与えてくれた。
しかし今はそんな暗闇の中に雪ノ下の存在を感じる。
その姿をしっかりと確認することはできないが、足の底が床をする音、わずかなきぬずれや息づかいが確かに感じられた。
後ろでもぞもぞと音がする。
雪ノ下がベッドに入ったんだろう。
「比企谷君?」
「なんだ?」
「そこだと居るかわからないわ」
なんだそれは。しかし他に場所もないだろう。
すると再びもぞもぞと音がする。
音は次第に近づいてきて、俺の隣まで来ると止んだ。
ドクン、ドクンと静寂に胸の鼓動が響く。
雪ノ下にこの音が聞こえていないことだけが救いだろう。
暗闇が距離感を狂わせるのか雪ノ下の存在がやけに近くに感じられた。
「私、明日になるのが怖いの」
すると雪ノ下がそんなことを言ってきた。彼女が弱音を吐くなんて珍しい。距離感が狂っているのは俺だけではないのかもしれない。
「眠るのが怖い、…おかしいわよね、それでも明日はやって来るのに…」
それが眠りにつけない理由か。
「そりゃ怖えだろ、負けたら死ぬかもしれねえし」
だがそれは俺も同じだった。せっかくてにいれた魔術もキャスターには敵わなかった。あの怪物を相手にいったいどうすれば勝つことができるのだろう。
「それもあるけれど、今は自分が信じられないの」
「どういうことだ?」
「私は家のことが嫌いだった。でも今日母さんが裏切った、…いいえ、元から利用されていたのかもしれないけれど、敵になるかもしれないと思ったときとても怖くなった。それでわかったの、私は、本当はあの人達を頼りにしてたんだって…」
今までの自分が揺らいでしまった。だからしんじることができない。
「姉さんに拘っていたのも、全部私の我が儘だったの…」
暗闇の中、少女の独白はつづく。それは果たして誰にあてたものだったのか。
あるいは、ただ何もないがらんどうに思いの丈をぶつけたかっただけなのかもしれない。
けれど暗闇に慣れた俺の目には涙を流す彼女の顔がしっかりと映り込んでいた。
「なら、このまま逃げちまうか」
「え?」
それが彼女の期待した言葉なのかはわからない。
しかし俺には他の言葉なんて見つからなかった。
全くもって情けないと思う。絵本の中の勇者ならもっとしゃれた台詞の一つや二ついってみせるのかもしれない。
瞳を濡らすお姫様をさらっと救ってしまうのかもしれない。
しかしそんな魔法の言葉なんて俺は知らない。
俺がなれるのはせいぜい哀れに観衆を沸かせるピエロくらいだろう。
ならそれに徹すればいい。
そうすればきっと何かになれると信じているから。
「怖いなら逃げちまうのも一つの手だろ、俺の魔術を使えばどこにだって行ける」
返事は少したってから返ってきた。
「貴方と、二人で…?」
その言葉を聞いたとたん体が震える。
「……ああ」
我ながらひどい提案である。下手をすれば永遠に二人きりで宇宙をさ迷うことになる。
そんな提案を彼女が受けるはずもない。
どうということはない。
つまりは俺が逃げ出したかったのだ。キャスターにいどむなんて無謀を俺は受け入れられなかった。
その逃避行に雪ノ下を巻き込みたかっただけ。
彼女の自己れんびんにつけこんだ卑怯な本音。
俺の正体はこんなにも愚かな化け物だったのだ。
「それも、いいかもしれないわね」
その時、ひときわ大きく心臓が跳ねた。
「…いいのか?」
「そうね、けれど一つだけ問題があるわ…」
雪ノ下の声はどこか心もとない。
問題とはなんだろう。
俺ははやる気持ちを押さえつけ続く言葉を待った。
「…もし貴方の魔力を私に通すならパスを繋げなければならないわ」
魔術のことはよくわからないが彼女がいうのならそうなのだろう。
「どうやるんだ?」
「粘膜の…接触…」
それを聞いたとたん体が熱くなるのを感じた。
粘膜の接触っていったのか?つまりそれは軽くても唇同士をくっつけるあれの事だ。
いや驚くべきはそれを知っている雪ノ下が悪くないと言ったことだ。
心臓の鼓動がやけに煩い。
まるで俺から正常な思考を奪っていくかのように。
横から物音が聞こえる。
それにつられて彼女の方を見た。
そして窓から注ぐ光を反射して煌めく艶っぽい唇が俺の目を奪った。
暗がりで雪ノ下の表情を確認することはできない。しかし俺にはもうそれしか見えていなかった。
誘われるようにそれに顔を近づけていく。
その度に誘惑が強くなる。
これでいいのだろうか?
このまま彼女の唇を塞いでしまっても。
しかしもう何も考えられない。
体はいうことをきかない。
それでいい、なにもしなければ手に入れられるのだ。
甘くて潤わしい果実を堪能できるのだから。
ふと手のこうに何かが落ちてきた。
それが俺の意識にかかった靄を少しだけ晴らした。
それで彼女が泣いているのが見えた。
そこで俺の行動は止まる。
いったい何をやっていたのだろうか。
理性が服を着てあるいているとまでいわれる(いわれない)俺が完全に自身を失っていた。
キャスターへの恐怖から逃げるあまりとんでもない間違いを犯すところだった。
それは恐らく雪ノ下も変わらないだろう。
ならばそれに甘えることなどあってはならない。
「なら、それはできないな」
そっと、雪ノ下のそばを離れる。
「…そうね」
雪ノ下も涙を拭うとフッと視線を逸らせた。
「もう寝ろよ、俺はここに居るから」
俺がそういうと雪ノ下は腰を上げベッドに入る。
俺は椅子を持ってきてそのそばに座った。
「これなら見えるだろ」
「目をつぶったらわからないわ」
我が儘なやつだな。じゃあどうしろってんだ?
すると雪ノ下が俺の手をつないできた。
「これで…」
まあ確かにこれなら俺がいるのもわかるだろうし、仕方ないか。
「貴方の臭いがするわ」
「そりゃそうだろ」
それを言われて俺はどうすりゃいいんだよ。ファブリーズでもかけろってか?
そんな会話を繰り返していつのまにか雪ノ下は眠りについた。
俺は起こさないようにそっと手を離すとそのまま部屋を後にした。