ガーリー・エアフォース 影の航跡   作:青ねぎ

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 本日のアラート待機は5分側に小峰と門屋、30分側に宮鍋と串谷が入っていた。小峰はテレビを見ており、門屋は雑誌を読みながら時折ちらっとテレビに視線を向けている。串谷は眼を閉じながらも寝ておらずに聞き入り、宮鍋はリラックスしながらも溜まりがちになるデスクワークを片付けている。

 独飛と飛行隊間での共有するべき情報がある場合、元々正規隊員だった宮鍋に作成作業が廻ってくるようになった。

「失礼します」

 堀内が小忙しく入ってくる。いつにない気配を察した宮鍋は手を止めた。

「全隊員に通達です。海鳥島にザイが侵入しました」

 手に持っていた書類型の端末を開き動画を起動する。各々立ち上がり画面に注目する。

「これは…」

 ガラス質の物体が徐々に面積を広げていく。まさに侵食という表現がふさわしい。

FOB(前線基地)という見方が強いです。輸送型ザイが突入しコンテナを展開、およそ基地に必要な施設を構築しています。おそらくは第一列島線を押さえる気かと思われます」

「ザイの奴ら面倒を増やしてくれるな。ここを押さえられようものなら上海方面からと海鳥島方面からの同時侵攻を相手にしなきゃならなくなる。防衛線は近く破綻し迎撃もままならなくなる。侵攻を押さえきれなくなるぞ」

 横から見ていた串谷が言う。

 ただでさえ小松と那覇が前線となっているのに、こんなところにまで戦線を拡大されたらひとたまりも無い。兵站の混乱と戦力の疲弊を招き日本は壊滅するだろう。

「そんな…。少しでも叩くべきなのでは? 早く先手を打たないと」

 と門屋。

「作戦は立てられています。残存第7艦隊と石垣島に配備されている陸自から巡航ミサイルの飽和攻撃を行い総炸薬量50トンを集中させます。今からBABIE隊が出撃、グリペンとイーグルで制空権を確保しファントムが巡航ミサイルの誘導を行います」

 アウトレンジからの狙撃、戦法としては理想的だ。迎撃を受けない、という条件付で。

「俺も出撃したほうが良いんじゃないか? 制空機が多いに越したことはないだろう」

「一尉はこのまま待機との命令です。ザイがこちらにも来ないとは限りませんし」

 しかし戦力を分散するのは得策ではないと思い苦い表情になる宮鍋であるが、指揮権は八代通にあるため従うしかない。

「この作戦にはグリペンの覚醒時間の都合上鳴谷君も参加します」

「あの坊主まで行かせるとか、正気かよ」

 そう言う小峰だが、事情が事情だけにやむを得ない。不確実だったグリペンの覚醒、それが鳴谷慧と一緒にいることで安定し大幅に延長される。何故そうなるかは未だに不明のままである。

 待機所の窓の向こう、滑走路から今まさに飛び立たんとする3機のドーターが宮鍋の眼に映った。

 いつか自分の娘を見送ることがあるならば、その時も胸がざわつき、心配になるのだろう。自分が親という立場であるが故に余計にそう思った宮鍋。

 必ず帰ってきてくれ――。宮鍋は敬礼した。

 

 

 

 

 

「あの子達は無事なんだな!?」

 アラート待機を解かれた宮鍋は技本棟室長室に出向き八代通に詰め寄る。

「那覇基地に退避している。ザイめ、新型の地対空クラスターミサイルで直掩機もろとも攻撃してきやがった。おかげで俺の娘たちが傷物にされてしまった」

 腕を組み憤慨している八代通。口元にはいつもの通り煙草が咥えられている。

「間違ってはいないが誤解を受けそうな表現だな。被害状況は?」

「グリペンとイーグルが被弾、ファントムは離れていたため無傷だ。これから修理に舟戸を向かわせる。突貫で仕上げさせて明朝に再出撃だ。今度はあんたにも出てもらうぞ」

「了解した。俺もあの子達と合流するか? それとも別作戦でも?」

「残存の第7艦隊の巡航ミサイルと陸自のロケットによるアウトレンジ攻撃を加えることに変わりない。今回は那覇基地の選抜隊と米軍に加えて台湾軍もあわせて30機あまりを作戦に参加させるよう要請したが、分隊の一部を引き付けるのが精々だろう。殲滅に関しては期待できん。あんたは第7艦隊の直掩に回ってもらう。それと、鳴谷君が面白いことをしようとしてるぞ」

「?」

 こんな時にどういうことだろうか。

「実はな、ファントムが誘導位置に付かないとかで一悶着あったみたいなんだが、白黒はっきりさせるそうだ。決闘だよ、鳴谷君から手袋を投げつけたそうだ。実機は使えないからシミュレーターでやるといってるが作戦がなかなか博打でな。ファントムのクラッキングでグリペンの操縦不能を装い油断したところを鳴谷君の操縦で撃墜するという。偽装用に遅延プログラムを仕込むという罠付きだ」

「ファントムがそう易々と油断するかは疑問だが、付け入る隙はソコだというのには同意できる。電子戦型としての戦い方を逆手に取り、自身は複座の利点を最大限に活かすというのか。考えたものだ」

「鳴谷君なりの仕返しだな。知ってるか? あんたが着任した日にあいつらでDACTをやったんだが、ファントムはアニマ用データリンクから偽装信号を流してイーグルとグリペンを撹乱して撃墜したんだ。慣れてるあんたは何とも思わないだろうが、当事者達はまだ経験が足りんから怒っていた」

「まあ、初めてやられたらたまったもんじゃないからな」

 その手の訓練は幾度と無く経験している宮鍋からするとなんら特別なものではない。もっとひどい状況も経験している。

「で、八代通室長としてはどちらの勝利がご所望だ?」

「俺としては鳴谷君だ。ファントムに合理的だとして簡単に日本(ここ)を放棄されても困るんでな。うまくいけばあのじゃじゃ馬娘を制することになる。更生できるなら多少手荒でも構わんと言っといたよ」

「一人の父親としてはこの一件は頭の片隅に入れておこう。しかし明日の作戦の成否と独飛の今後は鳴谷君にかかっているわけか」

 禁煙の文字を尻目に煙草に火をつける八代通。灰皿には吸殻が溢れている。

「まあファントムがいようといまいと作戦は決行だ。どのみち放っておいても良いことなんぞ一つも無い。もしファントムが素直に出れば本来の任務に回帰するわけだ」

「うまくやってくれると信じている。しかし鳴谷君はなかなか発想に柔軟性があるじゃないか。こういった人間はふとしたことで突破口を開いたりする。空自に置いておきたい人材だろう」

「小松防衛戦の時といいグリペンのこともあるしさっさと入ってしまえと言っているのだが、なかなか首を縦に振らん。まあ彼は彼なりに守るべき日常があるからやむなしではある」

「学校や御家族のことか?」

「ああ。特に宋 明華(ソン ミンホア)という中国から一緒に脱出してきた同い年の女の子がいる。家族とは離れ離れになってしまったから彼女は独りで鳴谷家に世話になっている。高校は一緒だしクラスも同じではあるが、今は鳴谷君だけが頼りというわけさ」

「それは俺が口を挟んでいい問題じゃないな。あまり軽率に誘うことはしないでおこう」

「万が一出くわしたら口裏を合わせてやってくれ。売店のバイトということになっている」

 随分肩の荷が重いバイトだ。特別手当が支給されてもいいくらいだ。

「さて、残りの課題を片付けねばならんからここらで切り上げさせてもらう。向こうの作戦開始は明朝0620。あんたは小松(こっち)から飛んでいってもらうから早起きしてもらうぞ。作戦完了後の帰投は戦力保持の関係で小松とする。長時間の作戦だがあんたなら不可能ではないだろう?」

「了解」

 鐙を閉め敬礼する。

 

 

 

 

「フムン…」

 今のうちに各部のチェックをしておこうと一格に向かった宮鍋。駐機されているN-0を見ていた堀内がため息をついた。

「どうした?」

「予定していた装備が間に合わなかったな、と。コストも予想を上回ってしまってしまいました。間に合っていれば今回の作戦にこそ使いたかったのにと思っていたところです」

「気が早いな。勇み足が過ぎると足元を掬われるぞ?」

「形態2型として設計の段階ですでに盛り込み済みです。3型も企画し同時進行してますがこちらはもう少し時間がかかります。国産機ですので予算と状況が許せばいつでもアップデート可能ですよ。それに現代機は単一任務だけでは済まされませんからね」

 堀内は手に持っていた書類型端末を開き画面を起動させる。

「現在製作中のものがこれです。対ザイ用ターゲティングポッド、J/AAQ-Zと仮称しましょうか。これはザイのEPCM下においてレーダー波の変位相を修正し理論上のEPCMを無効化した空間を作り出し空対空、地対空ミサイルが元通り機能するものと考えられます」

「通常機でも当てられるようになるのか」

「まだ確定はしていませんが。それとあまり効果範囲は広くないと考えられますし、N-0がザイの近距離にいる必要があります。周囲20マイルに効果が及べば御の字でしょうか」

「無いよりも俄然状況は良くなるだろうな」

「もう一つ対になるポッド、J/ALQ-ER(仮)です。こちらは機載のECMを強化しより強力な欺瞞効果を発揮させるポッドで、J/AAQ-Z作動中ザイからのミサイルを逸らすお守りとしています。記憶媒体も積んであるのでECM非作動状態でも偵察ポッドとしても機能します。これらの要素技術は一尉がかつてF-15DJで偵察任務に赴いた際に積んでいたものなんですよ」

「あの時の。だから実験団の東が選抜されていたのか。しかし結果的にF-15DJもろとも海に沈めてしまった。それで良かったのか?」

「戻ってこなかったのは残念ですが必要なデータは受け取れましたし、改良すべき点も多々見受けられました。要素技術のフィードバックは電子戦比率の高いファントムに受け継がれ、N-0には追加装備という形で繋がりました。僕達技本にとってはこれも貴重な技術の蓄積です」

 本当にこいつらはやってくれるなと思う宮鍋。ついしかめっ面になってしまう。

「合わせてこちらの追加武装ポッドも開発中です」

 先ほどのポッドが翼下に付き、それを上から挟み込むように合体する。

「ステルス性は考慮しないので単なる入れ物に過ぎませんが、かえって形状の自由とコスト低減に貢献しました。AAM-4BまたはAAM-5Bいずれかを2発ずつと余りのスペースに燃料が入ります。電子ポッドが必要なければこれを対にすることもできるようにしました」

 上下から挟み込むポッドのを見て、どんどん既存の概念から離れていくと感じる宮鍋。

 同時に既視感がやってくる。

「…これは元のデザイナーから怒られるんじゃないか?」

「僕は喜んでくれると思っていますけど?」

 誇らしげにする堀内だがいつもの表情で言われてもいまいち納得できない。

 なまじ無ければ造ってしまう技術を持っているだけに閉口してしまう宮鍋であった。そしてその開発費と組み立て工程がどこから出されているかはあえて聞かないでおく。

「次世代への投資であり実験と知見の積み重ねですので全く無駄になりません。無いものは仕方ないので主翼下ステーションにランチャーを介してNo.1と6に1発ずつ、No.2と4に2発ずつの計6発の機外搭載としておきます。3と4には増槽を。胴体内(ウェポンベイ)はどうしますか?」

「ファントムが誘導位置に付くまでの持久戦を見越してAAM-5Bを積めるだけ積む」

 平時のアラートと違い、非常時の兵装選択は作戦に応じて行う。

「わかりました。フライトプランの作成は一尉に任せますが、空中給油機の手配はこちらで行います。おおむね那覇近辺での給油になるでしょう」

「今回の作戦、台湾軍と米軍は囮のようになってしまうな…」

 台湾軍は旧式や軽戦闘機の構成のため、特に対ザイ戦に関してはそれ以上の意味にはならないと宮鍋は思った。加えてアニマ不在となると兵装の命中率にも不安がある。そうしなければならないとはいえ心苦しい。

「ここを踏ん張らなければどのみち破滅です。現時点で取れる行動ではこれより他にありません。他の選択肢が有ればもう少し内容に検討の余地ができるのですがね」

 感情にこそ出さないものの堀内とて上からの命令は遂行せねばならない苦渋の決断であるのは宮鍋も判っていた。できるものなら誰かが犠牲になる要請や作戦など享受したくないのだ。

「全力であたる。それが務めだ」

 と返す宮鍋。

 入隊した時からいざという時の覚悟はしていた。もし他国と武力衝突に発展したらこの身を挺すつもりだが、しかし結婚し子を授かり父親となった身としてはなんとしても生きて帰らなければならない。相反する信念を背負いながらもあの日を迎えた。最前線に忍び込み撃墜された、ザイの脅威を間近で感じ取った日。ザイの出現により各国の軍も自衛隊も対人類から対ザイへと目標が変わった。中国の惨状から垣間見る人類の存亡の危機。今出来ることを最大限やる。自分たちが突破されれば日本になす術は無くなるのだから。

 

 

 

 

 

 漆黒の空がわずかずつ薄明かりに変わる夜明けの頃、エンジンの唸りが辺りにに響く。いつも通りの発進手順を踏みエプロンからタキシングし、滑走路から飛び出て行くN-0。

 邀撃と違い増槽を積みミサイルを満載した状態では離陸決定速度に達するまでの距離が長くなりるが、余剰推力が大きく極端に延びなかったのは幸いだった。それでも主翼下の懸架物は少なくない抵抗を感じさせた。この状態では高空においても空気抵抗の増大でスーパークルーズは不可となる。

 ギアアップ。高度を取りやがて水平に戻すと、エンジンと風を切る音だけが宮鍋を包んだ。那覇周辺の給油ポイントまでは、作戦行動中につき各管制との無線のやりとりは最小限となっている。絶えず計器のチェックと周囲の警戒に傾注し静かな旅になった。

 給油を終え作戦空域へと近づく。レーダーは作動させず、無線周波数を同期させ受動型センサーを全て起動させておく。

 那覇から無事に3機が飛び立ったことを聞いて、ファントムとの決着は鳴谷慧に軍配が上がったのだと思うもすぐにEPCMが濃くなるのを感じる。カメラは最大望遠モードにし、交戦中と思われる友軍機とザイを水平線ギリギリに確認。時折火球が散る。4、8、16…まだいる。24。翻弄されているのか相手になっていない様子だ。空自機も苦戦している。やはり簡単には攻撃させてはくれないようだ。

 エンゲージ、増槽投棄。レーダー作動、マスターアームオン。瞬時にレーダー波の反射パターンから友軍機とザイを識別し主翼下のミサイルに目標を割り振る。

 基本に忠実に、先制の一撃を加える。FOX1、6発同時にリリース。推進剤が激しく燃焼し勢いよく飛翔していく。攻撃に気付いたザイは慌てて回避行動を取るが、すでに直近まで迫ったミサイルを避けるには至らなかった。ほぼ同時に6機が餌食になり残滓を撒きながら墜ちていく。

 こちらのミサイルは残り12発。使い切っても全滅させることはできない。残りは機関砲になるが囲まれないよう各個撃破するよう立ち回れば勝機はある。

 酸素レギュレーターからの乾燥した空気で喉が乾くのも忘れ、意を決して息を吸ったその時突如として耳に入ってくる通信があった。

『ザイ発見! どんどん落とすよ~!』

 聞き間違えの無い明るいトーンの声とカメラに捉えた山吹色に光るF-15。紛れも無くイーグルだった。

「おい、なんでこっちに来てるんだ、お前はBABIE03の直掩だろう!?」

『お父様がイーグルは一番頼れるからどんどん落としてこいって! もう最初から言ってくれればいいのに』

 嘘付け。どう思い返しても八代通は作戦を変更していない。離陸後、アニマ同士で何らかのやりとりがあったとして。グリペンは他人を騙すようなタイプじゃないから、さてはファントムが唆したか。

 宮鍋は頭を抱えた。

「…こうなってしまっては仕方が無い、手早く片付けて援護に向かうぞ」

『あ、それならたぶん大丈夫。助っ人が来てくれるから』

「助っ人?」

 まさか築城からではあるまい。おそらくは那覇基地からだ。そこからだとすればもしや――。

「…そういうことか」

 BABIE04、バイパーゼロ。そういえばイーグルが小松に移る前は一緒に配備されていたのだった。

 会ったことは当然無い。どんなアニマなのだろう。この戦争が長期に及べばいつか直接会うことはあるだろうか。

「しかしあまり時間を掛けては被害も出る。BABIE02、突っ込んでいいから思いっきり暴れろ」

『言われなくても! いっくよー!』

 山吹色のF-15Jのノズルが一気に開きアフターバーナー全開、同時にミサイルを放ち距離を縮める。

 イーグルが友軍機に割って入り爆散するザイを尻目に格闘戦に移ると今度は機関砲でなぎ倒していく。瞬く間に数が減っていくが同時に囲まれそうになる。逆に宮鍋はイーグルに狙いを移そうとするザイの目の前を通過しチャフを放出しフレアを焚いてやる。友軍機が霞むくらいわざと目立ってもう一度注意をN-0に向けさせ、イーグルが捌ききれなかったザイに胴体内のAAM-5Bを割り振る。

 遠心力に抗い鋭角に機首を回頭させシーカーアンケージ、MAX-RANGE内に収めている敵機の情報を叩き込みロックオンを確実にする。FOX2、投下された弾体から勢いよく炎が上がり追尾していく。燃焼剤が尽きるまで急旋回で追従し難なく撃墜する。直後、巴戦へと機関砲を撃ちながら踏み込んでくるザイに対してわずかに機体を滑らしながら返す刀で機関砲を撃ち込む。ザイの砲弾は虚空へと吸い込まれ、N-0の砲弾はザイの予測進路上に撒かれた。逃げ場を失い穴だらけになったザイは間もなく砕け散った。

 この間にもイーグルはどんどん切り込んでいってしまうが、宮鍋は一連の流れにおいても絶えずイーグルのカバーに入れるよう速度の損失を最小限に抑えていた。加えてタービン入口温度が上昇した新型エンジンの推力は速度回復が早く歩調を合わせるのはたやすい。データリンクと目視でイーグルがどの目標に対し照準を合わせているか素早く見極め、ロックオンの重複を避け互い違いに死角を埋めつつ撃墜していく。

『これでラスト、もらい!』

 最後の1機をイーグルのミサイルが捉え、爆ぜた。宮鍋は空域を走査(スイープ)しクリアになったことを確認、護衛は成功した。

『むふー、後でお父様にハグして貰うんだ!』

 上機嫌なのは結構だが当初の目的を忘れているのではないだろうな?

「わかったから、今度はあっちの援護に向かうぞ。――始まったか」

 残存の艦隊と石垣島から放たれた巡航ミサイルとロケット弾は、おびただしい数の噴煙を海面に敷いていく。これだけの火力が集中すれば海鳥島は地図上からは消えてしまうだろうと宮鍋は思った。

 

 

 

 

 

「BABIE01、03、状況は!?」

 イーグルと編隊を組み合流する。ザイの撤退はデータリンクで確認済み

『BABIE01からSHADOW01へ、みんな生きている。作戦成功』

『03、健在です』

『宮…じゃなかったSHADOW01、上手く表現できないですけど、俺達勝ったんですよね。まだ震えが止まらないです』

「こちらからもしっかり君達を捉えている、やったな、大金星だ」

 死地を掻い潜った反動か、慧が少し興奮気味でも仕方なしかと宮鍋は思う。年相応の反応が返ってきてむしろほっとした気分だ。

「もう1機参加したと聞いた。姿が見えないが…?」

『BABIE04ならすでに離脱しています』

 ファントムから応答。

『シースキミングからの対地爆撃支援、邪魔なクラスターミサイルを潰してくれたおかげで誘導に集中できました。見事なものでしたよ。ところで、私の直掩にあたっていたBABIE01の操縦桿は誰が握っていると思いますか?』

「それはどういう…おいおいまさか」

『そのまさか、です。この作戦において慧さんは自らの操縦で生き残りました。今後グリペンは慧さんの操縦で運用するようお父様に進言しておきます』

『実はファントムからの提案だったんです。俺が乗る限り9G制限が掛かるからいっそのこと操縦は俺、グリペンはサポートにって役割を分けたんです。そしたらこいつの索敵範囲とミサイル誘導能力が飛躍的に上がったんですよ』

 なるほど、短所を受け入れることでむしろ長所に転じたということか。

『今の私ならSHADOW01が相手でも優位に戦える』

『お前、あんまり調子に乗ってるとシミュレーターの二の舞になるぞ』

 自信満々のグリペンをたしなめる慧。

『面白そうだから後でイーグルと勝負ね!』

 横から口を挟んでくるイーグル。

 無事な姿を見、無邪気な掛け合いを聞いていると安堵が溢れてくる。しかしいつまでもこうしているわけにはいかない。

「賑やかで結構じゃないか。俺はこのまま小松へ帰投するが、そっちは那覇基地に降りるんだろう? 少し羽を伸ばしていくといい。八代通技官(ボス)も文句は言うまい」

 またすぐにでもザイがやってくるかもしれない。束の間の休息を大事にして欲しいと願う宮鍋。

『え? でも俺たちも小松へ帰ったほうが…』

「どのみち燃料補給しなければ帰れないだろう? 小松は俺がいれば対応できるし、もう一度空中給油を受ければ燃料も持つ。こっちは任せておいてくれ」

 実際イーグルの乱入で思いのほか早くザイを殲滅できた。向かい風を受けながらの帰投でも燃料消費を抑えられる高高度を亜音速で巡航すれば小松上空でしばらく待機できるくらいだ。

『慧、私もだけど皆も燃料と武装の補充も必要。気持ちは受け取るべき』

『慧さん、休むのも仕事のうちですよ?』

『じゃあ…お言葉に甘えさせてもらいます』

『遊んでって良いの? おじさんありがとー!』

 これだけ元気なら心配ないだろう。

「また後でな」

 それぞれの返事を聞き終えると宮鍋は機体をバンクさせた後、緩く上昇させながら再び給油機のポイントへと進路を取った。

 

 

 

 

「お疲れ様です。宮鍋一尉、あの少年は作戦を遂行したというのは本当ですか!?」

 少し先に訓練から帰投した門屋が降機点検を終えた宮鍋に問い詰めるように聞いた。もう基地の中に噂が広まっているようだ。

「本当だ。彼はよくやったよ。俺もうかうかしていられないな」

 門屋に視線を向ける宮鍋。声が少ししゃがれている。

「もしこの機体の配備が始まって機種転換が行われれば、私達も一尉やあの少年、アニマと一緒に今回のような作戦には参加できたのでしょうね」

「…」

 しかしその表情は曇る。

「公言はしていないが、実は俺はN-0の量産には反対の立場なんだ」

「何故です!? これほどまでに有力な装備など他にありません! 私だけでなくそういう意見は多く聞きます」

「確かに有効だと言えるだろう。だがその代償が大きすぎる。もう一般社会への復帰も、家族の元へと帰ることもできない。選択が正しかったかどうか、今でも悩むことがある。出来る限りこうなって欲しくないんだ」

「ではこのまま指を咥えていろと?」

「そうじゃない。ザイだって無敵ではないしF-15でだって撃墜できる。堀内や技本も対策を練っている。今は耐えろ。それに門屋はまだF-15でやるべきことがたくさんある。N-0はまだ早い」

 門屋の気持ちも分かる。しかし元の身体に戻る術が無いのに、おいそれと自分のようになって欲しくない。

「…承知しました。しかし諦めるつもりはありません。いずれ一尉と肩を並べられるまでは」

「なら今以上にきっちり訓練をこなして己を磨け。ザイは一切容赦してくれないからな。それと、これは俺個人からの要望なんだが」

 少しだけ雰囲気が穏やかになる。

「アニマ達を怖がらないでやってくれ。空の上では比類なき戦力だが地上では人と変わらない。三者三様だが皆の役に立ちたいという気持ちに偽りは無いんだ。少しでいいから距離を縮めてみて――」

「怖がる? そんなまさか」

「…へ?」

 予想だにしていなかった返答に妙な声が出てしまう。

「一目見たときから人形みたいでかわいいなと思ってました。言うなれば芸術品。近づいてはならないかと遠慮していましたが、宮鍋一尉がそう仰るのであらば私門屋は喜んで受け入れいたします!」

 鼻息荒く敬礼する門屋。

「…ふふふふふ」

 予想の斜め上の返答に絶句し思考が止まってしまう宮鍋に対し門屋は足取り軽く歩いていってしまう。

 嬉々とする後ろ姿に天を仰ぐ。開いてはいけない扉を開けてしまった、そう思わずにいられない宮鍋だった。

 

 

 

 

 

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