ガーリー・エアフォース 影の航跡   作:青ねぎ

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思っていた以上に添削が難しい…


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               2016年 2月26日 1901 

 

 

 

 

 霞と泥が混ざったような感覚から引き戻される。

 虚ろげに瞼を開くと白い空間が広がった。朦朧とした意識がやがてつながっていき、どこかの部屋だと脳が識別した。あまり広くないが個室のようだ。ベッドに寝かしつけられている。

 身体を起こそうとして激痛が駆け巡る。低い呻き声が自然と出ていた。胴体の圧迫感はコルセットで固定されているのか、思うように動かない。足も力が入らなかった。よく見ると服装は対Gスーツではなく前開きの病衣、鼻に酸素供給チューブが差し込まれ、左腕には2種類の点滴の管が通され手首にはなにかのコードが伸びていた。電子音が規則的に聞こえるのは心電図だろうか。病院?

 やがて一人の看護師が扉を開けて入室してくる。

「起きられましたか、宮鍋一等空尉」

 ネームプレートに木島(きじま)と書かれた女性から日本語で呼びかけられる。ここは日本で間違いはないと思った。

「――頭が重い。そのくせあちこちが痛む。ここは…?」

「那覇自衛隊病院です」

「那覇?」

 ありきたりに言えば奇跡的に一命を取り留めて帰ってきたことになる。ザイの偵察、交戦、1機撃墜したが自らも撃墜され、機体は海の藻屑と消えた。そして(あずま)は、あの状態では。

「もう一人運び込まれていないだろうか?」

「ええ、相方様も運ばれてます。しかし残念ながら…」

「…」

 やはりあの時、すでに(あずま)は事切れていた。目を瞑り、彼に哀悼の意を表す。

「目を醒ましたら堀内様に連絡を入れるよう承っています。それと、『お疲れ様でした、改めて伺います』と」

 ブリーフィングの時にいたあの技本の奴か、と宮鍋は思った。白衣を着た肥満漢、八代通(やしろどおり)と一緒にいた堀内冶郎(ほりうちじろう)といったか、小柄でなかなか陰気くさかった奴だ。研究に没頭する皆が皆そうではないだろうと思いたかったが、ザ・研究員といった趣だった。

「そうですか。ところで、今の日時は?」

「2月26日、19時をまわったところです」

 偵察に向かったのが23日。3日も意識がなかったことになる。

「もうそんなに経っていたのか…」

「随分うなされていました。あんな怪我と低体温症で生きてるほうが不思議ですよ」

「…」

「まだ胃が動かないでしょうから食事はもう少し先になります。自衛隊の方なら回復は早そうですけどね」

「あなたは医官ではないんですか?」

「私は他の病院から出向しています」

 万年人手不足の自衛隊病院にとっては有難いことだった。

「それでは失礼します」

 といって部屋を出て行った。再び静けさが戻り宮鍋は一息つく。

 あの中国での偵察任務は失敗だったのだろうかと思う。F-15の損失、東の死、そして自分はパイロットとして復帰は絶望的な状況ではないだろうか。

 俺は技本にはめられたのではないかと憤りを感じる。全ては奴らに問い質してみるしかないだろう。

 心なしか鈍痛が増した気がした。

 

 

 

 

 

             2月27日 0537 那覇自衛隊病院 病室

 

 

 

 

 翌日、自衛官の癖か午前5時台には目が覚める。勝手に起床ラッパが再生されてしまうのは今でも変わらない。入院生活の起床にはいささか早すぎる時間帯である。まだ外は太陽が昇らない。点滴のパックは片方の中身がほとんど残っておらず、片方は4分の1残っているかどうか。本格的に病院が動き出すまで暇を持て余す。

 基地ではそろそろ皆が起きだす頃だろう。入院の経験が無い分こんな時にどうしたら良いものか判らなかった。あまり長居したくはない。

 虚空を見つめ、あの戦闘を思い出すと無意識に左手はスロットルレバーを、右手は操縦桿を握ってしまっていた。

 2種類の点滴は補水液と栄養剤であった。7時過ぎに交換にやってきた看護師に中身を尋ねたが、栄養剤は強力なタイプが処方されているという。鼻の酸素吸入チューブは外してもらった。

 午前9時をまわった所で病室の扉が開けられ、二人の男が面会にやってきた。

 堀内治郎、この任務に宮鍋と東を選抜した技本の人間である。

 もう一人は本田英一(ほんだえいいち)空将補、任務の提起と関係各所に手を回した人物であった。50歳を越えたが、身体は引き締まっていた。

 リモコンでベッドを起こし、宮鍋は寝ながらも敬礼をする。

「このような形で失礼いたします、本田空将補」

「構わん、無理をさせたのはこちら側だからな、楽にしてくれ」

 本田は答礼する。

「任務ご苦労だった。君達の働きはこの上ないものだった」

「しかしF-15DJは東シナ海に没し、(あずま)は亡くなりました。貴重なものを失っております」

「それについては我々も残念に思っている。特に人的損失は他に変えられないものだ」

「なぜ我々を向かわせたのですか」

「彼から話してもらおう」

 本田は堀内に視線を向ける。宮鍋の表情は少し硬くなった。

「3つほど。まず1つ目に、ザイについてもう少しデータが欲しかったのですよ。それも実際に戦闘が行われているという状況で」

 嘘だろうな、と宮鍋は思う。各国の交戦記録は増えつつある。そちらの方がよほど生々しい戦績だったろうに。

「ところで宮鍋一尉、あなたはザイに対してどのような感想をもちましたか?」

「…少なくとも人間が乗っているとは到底思えなかった。見たことも無い機影、ガラスのような輝きだった。警告も無しにいきなり米軍機が落とされた。それにあの機動性は通常ではあり得ない。物理法則さえ無視しているかのようだった」

「フムン」

「逃げているときも、なんだか感覚がおかしくなった気がした。対象がぼやけるというか、霞むというか。1機目をオーバーシュートさせた時が一番ひどかったかもしれない」

「それで撃墜したのは大したものです」

「無我夢中だった。ああしなければもっと早く撃墜されていた。俺も死んでいたかもしれない」

「おおむね他国の報告と一致しています、空将補」

 ちらりと本田を見、本田が頷いた。堀内は続ける。

「2つ目。この任務で二人が生き残った場合、これを糧として今後のザイとの戦闘にむけて戦技研究をし、教導群の、ひいては空自の錬度向上とすることです。あなた達は空自初の対ザイ戦を行いました。先鞭を切りその経験を活かして欲しい」

 これも何だか疑わしい。現にF-15ですら手玉に取られたのだ。

「死んでいた場合まで想定されているのか?」

 宮鍋は怪訝な顔をする。

「当然です。あらゆる可能性を想定しておかなければこれからの我々の計画に支障が出る恐れがありますからね。そして3つ目、これが本命ですが――本田空将補」

 堀内は本田を見やる。本田は宮鍋を見ながら言った。

「宮鍋一等空尉、君は守りたい者のために自らを断つつもりはあるか?」

「申し訳ありませんが、意図が判りかねます」

「君は任務中とはいえF-15を墜落させた。しかも他国で。パイロット資格の剥奪と教導群除名は免れん」

 やはりはめられていたのだと宮鍋は思った。理不尽が過ぎる。

「どうにかして君を失わずに済む方法は無いものかと我々も策を練った。もちろんこの作戦を立てた段階でな。結論から言えば、新型機のパイロットとして日本の防空にあたるならば、それが可能だ。3つ目は、対ザイ戦へむけての新型機のパイロットとして君を迎えるためだ」

「新型機があるというのですか!? しかし、何故自分が?」

 通常は岐阜の飛行開発実験団行きの案件で、まして戦闘機を墜落させたパイロットに回ってくる話ではない。

 (あずま)がまさしくそういう立場(テストパイロット)になるはずだったろうに。

「ある理由でな…。新型機は正確には開発中だ。この件は堀内技官が開発担当をしている」

 宮鍋は堀内を見る。そんな話は聞いたことが無かった。

「君が体感したとおり、従来機をいくら作っても大して有効ではないと我々は思っている。他の幕僚連中はそう思っておらんようだがな。その新型機を造るにあたって常識外の手法を用いることとした。成功すれば戦闘機の、パイロットの在り方が変わるかもしれん。だがそれには果てしなく大きな代償が生じる。鬼だ悪魔だと罵られても我々も仕方ないと思っている。従来の操縦系統が根本的に見直され、全ての制御ロジックが変わる。そしてザイの高機動に対抗するため、機体にも人体にも双方に対策を施す」

「え…?」

 宮鍋は思わず気の抜けた声を上げる。

「この人体への対策が鬼門なのだ。骨格、内臓、心肺の強化に加えて血管や筋肉の収縮、拡張補助、そして機体と一体化を図るために、脳に信号を送受信するレシーバーを埋め込む。改造されるんだよ、身体を」

「冗談、ですよね…」

 インプラントなんて生易しいものではなさそうだ。

 改造される? 何を言ってるんだ、この人たちは。

「いいえ、冗談ではありません」

 堀内が代わる。

「本田空将補の仰るとおり、従来の機体では対抗できないと踏んでいます。新型機であれど機体をいくら高性能にしたところで有人ではブラックアウト、レッドアウトの壁がありますからね。経験おありでしょう。こうすることでおおよそですが、+14~15G、-5~6Gほどまで持続旋回を行えると試算されています。機体の反応もよりリニアになるでしょう」

「…」

「肝心の制御コンピューターの一部にはザイのコアを用い、機体の構成部材の大半、及び身体強化素材にはザイの部品を使います」

「!!」

 一気に宮鍋の顔がこわばる。堀内は表情も変えずに淡々と話していた。

「ザイを人類側に作り直すようなものです。撃墜し鹵獲したコアの研究は各国、日本も行っています。これでも日本はこの分野で先進国なんですよ」

 展開に頭が着いていけなくなりそうだった。研究の先進国だって?

「ただし、そのまま積んでもまともに使えません。コアは技本で基礎教育を施し、人類に敵対しないようプログラムします。人間はこういうものだと教え込む必要がありますからね。セーフガードも組み込まれますが性能低下を防ぐため多くはかけません。最後の教育はパイロットである宮鍋一尉が行うんです。有り得ないものを有り得るようにしようとしているだけです。ですが、ザイに対抗できる手段は多いほうが良い」

「それ、頭の中どころか全てを覗かれるというのか? ザイを作り直すだって? 人を何だと思って――」

「ではこのままザイに飲み込まれますか? ザイには兵士だろうが非戦闘員だろうが関係ない。あるのは破壊だけです。実際に中国の半分はもうザイの勢力下にあります。人間が残っているかも怪しい。あとどのくらい中国軍が持ちこたえるかはわかりません。台湾軍なり韓国軍なりがまともに戦えるとは思っていません。そして東シナ海を抜けてくれば、次は日本です。その時に抵抗できず終わるのは避けたい」

「一つ聞きたいんだが、俺がその改造を断る、もしくは死亡していた場合は?」

「もう一つの対抗手段に一本化されるだけです」

「もう一つ?」

 宮鍋が疑問に思うが、本田が割って入る。

「現段階では機密事項だ。順次開示されるだろうが、今の状況に限ってはこの件の承諾と引き換えになる」

「仮に承諾した場合はどうなるんですか、本田空将補」

「君には先に開示することを約束しよう。そして、君は新型機のパイロットとなり死亡したことになる」

「それは一体!?」

「この世ならざる敵性技術を導入するにあたっての措置なのだよ。生ある人間に対して公にそれを行えば世の反発は必死。開発は凍結、我々の計画自体破棄されるだろう。だが、存在しないものにそれは意味を成さない。だから君の死亡が前提なのだ。公式に記録も残せなくなるのと、君自身の行動を大きく制限してしまうのが申し訳ないところだ」

「具体的にはどのような?」

「基地外への移動の禁止、外部との連絡や接触はご法度といったところだ。死亡したはずの人間ができるはずがないからな。家族の方にも死亡通知が届く手配になる。自らを断つ、とはそういう意味だ」

「無人機にするなり、他に適任者はいなかったのですか!?」

 自然と語気が荒くなる。何故俺なんだ、と憤る暇なく堀内が割って入る。

「無人機では意味がありませんし、他に最適な者もいません。情報保全隊の資料を漁りましたが最適であるのはあなただけです。我々が卑怯だというのは認めます。ですが、あなたが生還したからこそ実行に移せる計画なんです。教導群でトップレベルの腕前であり錬度は申し分ない、ましてあの任務を経験し生還を果たした者であるなんて貴重以外の何者でもない。それに、今この計画を逃せば防衛力拡充の一手を潰すことにもなります。現代の世論に流されるままでは次の機会は日本が陥落してから、という事態もあり得るわけです」

「文字通り君の人生を左右する重大な選択だが、こちらの調整の問題で明日の1030を返答期限とする。このタイミングでなければならんのだ。それまでに答えを用意しておいて欲しい。それでは失礼するよ」

 本田が敬礼をし、堀内は頭を下げる。宮鍋は呆然としていた。二人が退室すると深呼吸をした。全身から力が抜ける。しばらく視線が天井から動かなかった。このままザイに上陸を許す事態になったとして、自分はどうしているだろうか。

 選ばなければならない。このまま後方に下げられるのか、それとももう一度パイロットとして日本の空を守るのか、そうしたら愛する妻と子供には二度と触れられなくなる、しかしザイは彼女らを見逃してくれるだろうか? いっそ自衛隊を辞め家族揃ってどこか安全なところへと避難するか。しかし安全なところとはそのときあるのだろうか? 何も出来ずただただ狩りつくされるだけではないのだろうか? では――。

 思考が堂々巡りする。気づけば窓の外は暗くなっていた。二人は午前中に来ていたはずだが、いつの間にこんなに経っていたのだろう。時間の感覚がおかしくなっていた。

 今自分にできることはなんなのだろうか。日付が変わってからも眠ることは出来なかった。

 

 

 

 

 

             2月28日 1030 那覇自衛隊病院 病室

 

 

 

 

 約束の時間ぴったりに再び訪れた本田と堀内が一人用の病室へと入る。宮鍋がベッドを起こし敬礼、答礼のやりとりが交わされる。堀内はブリーフケースを手から下げていた。

「約束の時間だ。一晩という短い時間ではあるが、答えを聞こう」

 重い空気が流れる。今後の一生が決まってしまう選択肢に最後まで悩んでいるのは明白だった

「…」

 目を伏せ深呼吸を2、3回し、意を決する。

「自分は、この時までずっと、大切な仲間や上官、愛する者たちのことを考えていました。考えれば考えるほど結論が出せなくなりました」

 本田と堀内はその告白を固唾を呑んで聞いていた。

「しかし自分は実際にザイを見、そして戦闘を行いました。中国を手中に収めつつあるザイの脅威がどのようなものであるか身をもって知りました。その脅威が目前に迫りつつあるこの時に、自ら戦う手段があるというのなら…」

 強く拳を握っていた。胸が張り裂け自分自身がぐちゃぐちゃになりそうだった。

「自分は…それを受け入れます」

 断腸の思いで決意を吐き出す。

 しばし沈黙が続いた。諸手を挙げて祝福すると言った雰囲気は無かった。本田が口を開く。

「…引き返せなくなるぞ。それでもいいのかね?」

 本田の重苦しい口調は、しかし事の重大さを表している。

「この瞬間なら拒否することも出来る。そしてそれを咎めることは我々にはできない。本当に良いかね?」

 宮鍋が息を呑むが、答えは変わらなかった。

「自分は、受け入れます。これが自分が出した答えです」

 本田も一度深呼吸をした。

「わかった。では堀内技官、現時刻を持って宮鍋一等空尉は死亡した。進行の手配を任せたぞ」

「はい。本田空将補、計画を始動いたします。宮鍋一等空尉、改めまして堀内治郎は機体開発とともにあなたのサポートに徹します。技本のスタッフも数名が担当します」

 この堀内も淡々とした口調だが軽い雰囲気はなかった。逆にそういう感情を持ち合わせているのか疑わしいくらいだった。

「さっそく質問だ。昨日言っていた、もう一つの対抗手段とは?」

「ザイに対抗するために既存機を改修しHiMAT化、対EPCM性能の付与、新型の自動操縦機構であるアニマを搭載し専用にチューニング、ザイを殲滅する。これがそのもう一つの対抗手段というわけです。既存機のドーター化、戦闘機が自律して動き敵を落とす。良い時代になったものです。すでにロシアが成功を収め、日本も間もなく配備されます」

 なにやら聞き慣れない単語が出てきた。

 HiMATとは高機動航空技術の略称、EPCMは電子・感覚対抗手段のことを言う。任務中、ザイと交戦したときに感じた現象の正体はこれだった。電子機器はあてにならない、ミサイルも当たらず、ガンの射程内まで近づいても感覚を狂わされてしまう。これでは撃墜も覚束ないのも頷けた。

「実のところ我々の計画の方が『裏』にあたり後発なのです。我々はこの自動操縦機構の部分を有人で行うわけですよ」

 堀内の計画はあらかじめHiMATを前提とした新型機にザイのコアをAI型サポートコンピューター組み込んで超高機動化と対EPCMを施し、人体改造を行い肉体の対G性能を引き上げる。機体制御や火気管制、身体管理はコンピューターが受け持ち、人間が判断を下し最終決定を行うというものだった。

 堀内は人間が必要だと考えていた。

「虎の子のドーターですが量産に難があります。対してこちらは一度手法を確立してしまえば量産も夢ではないです。行く行くは特戦群のような立ち位置になるかと」

「特戦群。夢にも思わなかったな」

 よくもまあここまで持って行ったな、と思う宮鍋であった。

「ちなみにそれまで宮鍋一尉は防衛省の装備品という扱いになります。開発試験終了後はどこかの基地に配備になるでしょう」

「装備品、か。死人に口無しにならないことを願う」

「今までの立場を考えるに、あまりぞんざいな扱いにはならないと思いますが。他にご質問は?」

「仮に俺と東が無傷で生還していた時は?」

「展開に変わりはありません。宮鍋一尉に打診し、承諾されれば良し、されなければ次点の東一尉が候補でした」

「やはりな…」

 もし違う結果になっていれば、東がこの計画に関わることになっていた、というわけだ。

 しかしこの狂気じみた計画に巻き込まれる方はろくでもない結末になるかもしれないと思った。できれば犠牲は自分だけに留まってくれればそれで良い。

「他にご質問が無ければ、これから改造手術にあたって中央(自衛隊病院)へと移動になります。那覇基地と新田原基地に私物はありますか?」

「新田原の自室に写真立てがある。それと携帯だけだ」

 巡回教導が多いためあまり私物は持っていなかった。しかし写真は妻と娘と自分をつなぐ唯一のものになる。これは何があっても譲れない。

「写真は問題ありませんが、携帯電話は処分対象です。外部連絡用以外のデータは複製可能ですが、どうしますか?」

「ああ、複製をして欲しい」

「わかりました。それでは手配しますのでお先に失礼します」

 堀内が出て行き本田と二人になる。堀内の後ろ姿を見送り二人の間に静寂が流れる。

「また空に戻ることを決めた、か。君は生粋の戦闘機乗りだな」

 沈黙を破ったのは本田だった。

「正直、この選択が正しいのか自分でもわかりかねます。しかし、ザイの脅威に対することができるならば、隊の仲間と共に戦えるなら、それが最終的に妻と娘を守れるとしたら、自分はその力を使います。妻に見送られる時に必ず帰ると約束しました。例え死んででも、帰るつもりです」

 澄んだ良い眼をしている、本田はそう思った。パイロット、とりわけ戦闘機乗りはみな瞳がきれいだった。そして本田も元戦闘機パイロットだった。

「君を帰すにはまずザイを退けなければ話にならない。それは肝に銘じておいてくれ」

「はい、承知しております」

 本田は窓辺へ移り、外を見ながら言う。

「私は新型機の開発推進派でな。F-1以来の完全国産の戦闘機が自由に飛ぶところを見たかったのだ。だが平時という状況と政治的な問題で、いつもあと一歩というところで実現されなかった。それがザイが現れたことによって国産の戦闘機(対抗策)が生まれようとしている。皮肉なものだ。しかしパイロットまで改造されなければならないと判った時に心苦しさを感じたのは事実だ。だから私はせめて、立場が許す限りの最大限の責任は全うしようと考えている。君は地上のことは気にせず思い切り飛びたまえ」

 首が飛ぼうが腹を切ろうが安いものだ、と宮鍋に向き直る。眦が緩み口元も少し上がっていた。

 本田も自らの業を背負い込む覚悟でいた。

 全てが動き出した。自らが選び紡いで行く未来への歯車はもう止められない。

「全力を尽くします」

 敬礼。

 宮鍋の瞳は本田をまっすぐ見据えていた。

 

 

 

 


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