今宵は満月   作:生崎

3 / 14
レミリアちゃんと秘められた力

「レミリア、レミリアお嬢様。はい」

「れみりゃ」「れみりゃ」

「……貴方たちやる気あるのよね?」

 

 長椅子に座った影が三つ。階段状に伸びるレミリア、美鈴、満月の影。横から流れてくるレミリアの冷めた眼差しから目を背け、満月と美鈴は顔を見合わせて肩を竦める。西洋に行くのだからと、レミリアから西洋言葉を教えて貰うようになり満月も美鈴も大分経つが、未だに二人ともレミリアの名を上手く発音できないでいる。なぜできない? と顔を顰めるレミリアに、満月は煙管を咥え紫煙をふかして煙に巻く。

 

「どうにも、れみぃまではいけるんだが後半がなぁ、改名したらどうかなお嬢様」

「そうですね、れみぃというだけでも可愛らしくていいと思いますがお嬢様」

「なんで会話はできるのに私の名前は呼べないのよ! なぜなの⁉︎ しかも貴方たちが言えないからって改名? はぁぁぁぁッ⁉︎」

 

 なぜと言われても上手くできないものはどうしようもない。もうお手上げと両手を上げるレミリアを尻目に、「東とは舌の使い方が違うよのぉ」「ですねぇ」と呑気な会話をしている用心棒と従者の姿が更にレミリアの逆鱗を撫で付ける。

 

『気』と呼ばれる中国特有の考え方を理解し、その扱いに長けた妖怪である美鈴の学習能力は高く、すぐに満月と同じようにある程度会話できるまでにはなったが、結局主の名を呼べずじまい。折角手に入れた用心棒と従者が主の名を呼べない現状をなんとか改善しようとレミリアは頑張るが全く成果がない。

 

 怒ったような悲しいようなどっちとも見える吹っ切れた笑顔を黒い布の切れ間から覗かせ唸るレミリアを落ち着かせようと、美鈴はこれ見よがしに手を叩き話題を変えた。

 

「それよりお嬢様、私たちに言葉を教えて下さる代わりに頼みがあると言っていたではないですか」

「まあそうだけど……、未だに貴方の口調なれないわ。満月のせいね」

「人のせいとは恐れ入ったの」

 

 満月の訳していた美鈴の口調の違い、意味が合っていればいいというものではないとレミリアは口を尖らせるも、用心棒の相手をするのは取り止めてさっさと自分の頼みを告げる。

 

「頼みというのは簡単よ、貴方たちに闘い方を教えて欲しいの。貴方たちの技を」

 

 『抜ケン術』と『太極拳』、それを教えろと言うレミリアに冗談と満月は笑うが、輝くレミリアの紅い瞳を見て口角を下げた。

 

 冗談などではなく本気も本気。美鈴と出会ってからの数週間で、嫌という程自分に足りないものがあることをレミリアは知った。満月とレミリアが二人旅をしていた時でさえ「調整が必要である」と満月は武術の鍛錬をしていたが、美鈴が増えそれも変わった。早朝と夜に手合わせをする美鈴と満月の姿。その姿をレミリアは眺めるだけでほとんど参加しない。いや、できない。

 

 単純な膂力だけで言えばレミリアが頭一つ抜けている。満月も美鈴も片手一本で宙に放り、地面に埋め込むことができる。だが、その差を“技”と呼ばれる不可解なもので埋められてしまう。

 

 停止することなく常に流動的に動き続けている満月にはそもそも当たらず、川の中に手を突っ込んでいるかのように美鈴には力を流される。超えられないものを別のもので超える。その妙技を手中に収めれば、目的に一歩近づける。父親の顔をぶん殴る。それができればどんなにいいか。期待を胸の内に秘め、小さな笑みを浮かべるレミリアを前に、満月と美鈴は今一度顔を見合わせて黙りこくった。

 

 てっきり二つ返事でいいよ! と返ってくると思っていたレミリアは、満月はまだしも美鈴まで同じ様相を呈していることに首を捻り、困ったように微笑む美鈴の代わりに満月は佇まいを正すと、椅子に浅く座り直し前屈みになって頬杖をつく。なんと言おうか数瞬考え、百歳に遠慮しても仕方なしと遠回りに促すのを止めた。

 

「お嬢様が闘い方を学びたい理由は分からなくもない。が、俺や美鈴殿のようにとなると難しい」

「なんでよ!」

「見たままぞ」

 

 そう言い手を広げる満月と、姿勢正しく椅子に座る美鈴を見比べて、レミリアは眉を顰める。険しい目つきのレミリアを前にしても態度を変えない満月と美鈴に痺れを切らし、「言ってる意味が分からないわ」とレミリアは白旗の代わりに身にまとわりつく黒布を振るった。その動きを目で追って、満月は煙管を再び噛む。

 

「体格の違いだ、見れば分かるだろう?」

 

 六尺近い身長を持つ満月と美鈴。それより随分と低い自分の体にレミリアは目を落とす。体格だけで言えば大人と子供。十七世紀。この時代の人々の身長は決して高くはなかった。十七世紀のヨーロッパで有名な人間であるマリー=アントワネットが、身長一五〇もなかったと言う。それより百年も前に生まれたレミリアの身長も高くはなく、なにより子供のままおよそ成長しないレミリアの身長が伸びるのはどれだけ先か分かったものではない。

 

「それに俺や美鈴殿が使う”武術“というのは対人用なのだ。ある程度似通った体格の『人間』に最も効果を発揮する。体格が違えば効果は半減、妖怪が相手となれば勝手も異なる」

「でも満月は人狼に勝ったじゃないの!」

「それは頭は狼で爪が長かろうと体は人間と同様だったからだ。急所や骨格の形が同じならある程度効果を発揮する。もし相手が蛸みたいな全く形の異なるものだと、やり方がそもそも変わる」

「そうですね、私も人喰い虎や大蛇と闘った時は苦戦しました」

 

 美鈴の援護射撃が飛ぶが、虎とやったの? と人知れず満月は内心引く。少し肩の下がったレミリアに、満月は一度咳払いをすると言葉を続けた。

 

「とは言え対人用以外の技も存在する。が、対鬼だの対天狗だのと妖怪相手に特化したような武術はあまり見たことがないから参考にはならないだろうがの」

「ダメじゃない……」

 

 天狗や鬼がどういったものかレミリアには分からないが、使えないと満月が言っているいうことは分かる。落ち込むレミリアに肩を竦める満月の肩を美鈴は小突き、「まあ」と満月は次の言葉を放った。須らく無駄だと断じるつもりは満月にもない。

 

「対人の武術を対人以外に用いようと思うなら時間が掛かるから難しいが、武術はまだしも闘い方を教えないとは言っていない」

「え?」

「体の動かし方、呼吸の仕方や歩法なら俺も美鈴殿も教えられる。なによりお嬢様は人間の俺や美鈴殿とも違う吸血鬼なのだろう。吸血鬼としてのお嬢様の闘い方を模索した方がいい」

 

 そう言って満月はレミリアの持つ要素を並べてゆく。

 

 背の小ささ、飛行能力、膂力、鋭い爪、強い妖力、速度などなど。どれひとつ取っても人にとっては厄介だ。ただ、「背の小ささ?」と一つだけある悪口っぽいものにレミリアは僅かに眉を吊り上げるも、大真面目に満月は答えた。

 

「背が小さければそれだけ懐に潜りやすい。なによりお嬢様の膂力があれば近付ければ勝負が決まると思っていいぞ。まあ、同じ吸血鬼だとあまり意味はないかもしれんがね」

「ですがどれも強みであることには違いありません。なにより技よりもお嬢様に必要なものは戦闘経験かと。技しかり、積み重ねた経験がなによりも糧になります」

「ああ、それにもう一つ」

 

 そう言って満月は人差し指を一本立てる。なにか分からず訝しむレミリアの顔に満月は笑い掛けた。

 

「お嬢様の妹君は大層な能力があるのだよな? お嬢様にもなにかあるのではないのか?」

「それは私も聞いて思いました。姉妹なのですから、お嬢様にもなにか特別な力が?」

 

『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』、レミリアの妹、フランドールの望外な嘘のような力を旅の最中に聞いて、レミリアにもそんな力があるのではと二人は思わずにはいられない。レミリアの口からいったいなにが飛び出すのか、宝くじの結果を待つように期待を抱く満月と美鈴だったが、レミリアは暗い感情を背負い項垂れて、ゆっくりと首を横に振った。

 

「……なにも」

「なにも?」

「ないのよ……私には特別なものなんて……、この百年自分にもなにか特別なものはないか色々と試してみたけれどなにもなかった。妹のようにあらゆるものを握りつぶしたりはできない。そもそも特別ななにかがあれば父に負けたりしていない……。私には……」

 

 もしなにかがあれば違ったのかと思わずにはいられない。なにもないから父にも誰にも目を向けられず、まるで空気のように扱われるだけ。レミリアの手に納まっているものはどうしようもない無力感。ただ虚無を握り締める己の両手がなによりもレミリアは嫌いだ。広げた手のひらは小さく、それに目を落とすレミリアに、一度目を閉じて美鈴は柔らかく微笑んだ。

 

「お嬢様はちゃんと特別なものを持っていますよ。妹様を想う気持ちはお嬢様だけのもののはず。その“純真”に私はついて行こうと決めたのですから」

「美鈴……」

 

 柔らかな従者の微笑みに、ついついレミリアはぎゅっと手を握り締めた。口に出されるとなんとも気恥ずかしいものであるが、それは間違いではない。間違っていては欲しくない。遠くルーマニアにいる妹を想えばこそ、握り締めた手は間違いでないと信じたい。美鈴の微笑みにレミリアも口角を僅かに上げて、満月も深く椅子に座り直すと小さく笑う。

 

「まあ俺も妹君のネックレスで雇われているのだ。お嬢様の妹君を想う心は特別だろうさ」

 

 そして、レミリアの口角が下がった。

 

「……満月さん」

「貴方本当にそういうところが残念よね、ほんと」

 

 もっと他に言うことあるんじゃないか、と気の利かない用心棒に呆れ果てたレミリアと苦笑する美鈴の視線から逃れるように満月は大きく一度咳払いをして強く膝を叩く。誤魔化しきれず、吸血鬼の絶対零度の視線を背負いながら満月は体の向きを変え、いずれ灼熱の太陽が沈むだろう先を望んだ。

 

「そんなことよりもだ、しばらく人の営みの世からはおさらばなのだ。贅沢するなら今のうちぞ」

 

 そう零す満月に冷たい目を突き刺しながら、レミリアも美鈴も満月の目の先へと顔を向ける。

 

 サラサラと吹き抜ける風に容易に攫われてゆく生物を拒む絶対境界線。緑と大地の色に挟まれて刻まれるその曖昧ながらも強烈な境界線の姿にレミリアは目を細めた。太陽の熱が全てを吸い取ったかのように、乾き切った大地が地平の彼方まで続いている。灼熱の太陽の陽光を反射して輝く砂の海。

 

 ゴビ砂漠。

 

 中国から西洋へ。最も早く渡るには、生を吸い取る死の海を渡るしかない。東西の長さ約1600kmに登る世界で四番目に大きな砂漠。かつて十三世紀に絹の道(シルクロード)を辿りローマからモンゴル帝国を訪れたマルコ=ポーロ*1も渡った道程。それだけ広大な砂溜まりを渡ることは不可能ではないが、楽な道のりでも勿論ない。そして、レミリア、満月、美鈴の三人だけで渡るのも妖怪であろうとリスクが大きい。故に、満月と美鈴の腕を活かし考えた手は、行商人たちの用心棒を買って出ること。その行商人群を待って三人椅子に座し待っている。

 

 思わせぶりなことを言う満月であるが、全く行商人が通り掛からず既に数日。ゴビ砂漠の手前で何日潰せばいいんだとレミリアは長椅子を強く叩いた。

 

「はあ〜ぁ、いつまでここで待ちぼうけしてればいいのよ。暇つぶしも兼ねて武術でも教えてもらおうと思ったのにそれもあまり意味ないって言うし、もう遠回りでも先に進みましょうよ」

「お嬢様が逸早くるーまにあに帰りたいという気持ちも分かるが、これが最短の道なのだとさ。何日か無駄にするぐらいならさして問題ないっての、そう急ぐなお嬢様。急がば回れって、まあ最短の道を行くのに急がば回れはおかしいかの」

「だいたい最短の道って誰に聞いたのよ?」

「そこの売り子」

 

 背後を指差す満月の指を追ってレミリアが振り向けば、ゴビ砂漠の玄関口にある茶屋で店番している子供が手を振ってくれる。子供から情報を得る満月らしさにレミリアは口を痙攣らせながらも、手を振ってくれる子供へとレミリアも小さく手を振り返した。

 

「満月って本当に子供には甘いわよね。なんで?」

「……別に、そんなことはないだろう」

「いやあるでしょ、甘々よ。前に誰かに仕えてたって言ってたわよね? そのせいなわけ? 誰に仕えてたのよ」

「言って分かるものでもないだろうに。……益田四郎(ますだしろう)って人だよ……」

 

 砂漠を見つめながら満月が零した名に、レミリアも美鈴も当然聞き覚えなどない。

 

 益田四郎、又は天草四郎時貞(あまくさしろうときさだ)

 

 1637年から1638年にかけて巻き起こった日本史上最大規模の一揆、かの有名な島原の乱。伴天連、切支丹と呼ばれたキリスト教の信者たちと、徳川幕府との間に巻き起こった内戦。その結果は言わずもがな徳川幕府の勝利に終わり、この一件が鎖国の原因にもなった。天草四郎時貞は、そのキリスト教側の総大将。海面を歩く、予知をするといった多くの奇跡を見せつけたことによって祭り上げられていた当時齢十六歳だった少年が総大将と相成った。そんな少年の名を口遊みながら、満月はなにもない荒野を静かに見つめる。

 

 なんとも寂しそうな満月の背中に、「その人は?」とレミリアは問い掛けるが、すぐに返ってくるのは「死んだよ」という乾いた言葉。

 

「島原という地で戦いがあっての、そこで命を落とした」

「満月は……」

「参加したよ、なかなか多勢に無勢だった。敵は装備が整ってるわ、高名な武将に、なんか透ける奴がいたり俊敏な伝令役がいたり、忍者に侍、人材も豊富でこちらの勝ちの目がそもそもなかったのだ。まあ負けるべくして負けたというやつだな」

「その四郎って人は大事な人だったの?」

「…………いや、そう、ただ家同士の繋がりでの。その昔っ────て、俺のことはいいだろう。用心棒の軌跡なんてそう根掘り葉掘り聞くものではないの」

 

 手を振って降りかかる吸血鬼の好奇心を散らす満月を見て、美鈴はレミリアの肩に手を置いて口を閉じさせる。不満気な表情を浮かべるレミリアに美鈴は顔を寄せ、小声でレミリアの耳へと言葉を投げた。

 

「お嬢様、なんにせよ負け戦に参加して生き残ったのですから彼は弱くはありませんよ。これまで通り頼って差し上げればよろしいかと」

「……言われなくても分かってるわ。私が雇ったんだもの。死ぬほど頼るわよ」

 

 そっぽを向いて唇を尖らせるレミリアに美鈴は苦笑する。満月がどんな人生をこれまで歩んで来たかは関係ない。お節介焼きの子供好き。それだけ今分かっていればレミリアには十分だ。もうルーマニアまで雇ったのだ。満月は裏切らないと誓った。これまでの自分を曲げてもう一度頼ってみようと決めたのはレミリア自身。ならばレミリアも裏切らない。それだけは絶対にしないとレミリアも今一度自分に誓う。服のうちに隠されたフランからの贈り物を握り締めて。

 

 そうして一時目を瞑っていたレミリアであったが、振動を体に感じ慌てて目を開けた。美鈴の影から立ち上がった満月の姿を見て、先程の会話が満月の気に障ったのかとレミリアは少し焦ったが、満月の顔の向いた先を見てレミリアも思わず立ち上がる。

 

 小さな山を背負ったような四足歩行の動物が列を成して歩いてくる。見たこともない動物に満月もレミリアも目を丸くし、「馬?」と零した二つの言葉に、「駱駝(ルゥオトゥオ)*2と言うのです」と美鈴が得意気に答えた。

 

「るおとおねぇ、あんな生き物もいるのね。で? 満月どうするの?」

「まあ見ているといい……。やあやあそこの商人様よ! 旅のお供に腕の立つ用心棒はいかがかな?」

「なんだてめえ、邪魔だからどけ」

「ダメじゃないの……」

 

 意気揚々と出て行った満月を小太りの男が手で追い払う。お呼びじゃないという反応に、しかし満月は負けじと小太りの男の肩にするりと腕を回した。

 

「そう言わずに大将。俺と彼女、そんじゃそこらの腕自慢よりも腕が立つと保証致しましょうとも。なんなら試して頂いても構いません」

「用心棒なら間に合ってんだよ。鬱陶しいから離せ、離せって……なんで離れねえんだ?」

 

 緩く置かれているようにしか見えない満月の手を払おうと商人の男は動くが、吸い付いているかのように満月は剥がれない。しかたなく商人の男は満月が手で促す先へと目を向けて目を瞬いた。

 

 緑色のチャイナドレスのような戦闘服の切れ間から覗くしなやかな長い脚線美。砂漠に沈む夕日よりも鮮やかな赤い長髪を靡かせた美女の姿に、商人の男は固まった。美鈴の足の近くにいる黒い布に塗れた小人になど目もくれない。「試すねえ?」と顎に手を当て考え込む商人の男の視線に美鈴は困ったように笑い、男の視線が全く自分に向かないことにレミリアは鼻を鳴らし腕を組む。

 

「大将の用心棒と腕比べをされてみませぬか? もし俺たちが勝ったら、用心棒として雇うことを考えていただきたい」

「もし負けたら?」

「その時は煮るなり焼くなりお好きなように」

 

 その言葉を待っていたと商人の男は怪しく笑うと手を叩く。その音を合図に駱駝の列から出てくる屈強な男たち。十人二十人と出てくる男たちを目にしながら、商人の男の肩から腕を放し満月は美鈴の隣へと歩き並んだ。

 

「もう満月さん、私を景品にするなんて、非道い仲間ですね」

「負けなければよい。簡単なことだろう?」

「……それで? 何人がいいですか?」

「半分くらいでいいんじゃないかと。全部はちょっと可哀想よな」

「なにくっちゃべってんだ、さあ腕を見せてもらうぜ!」

 

 にやけた男たちと向かい合う一組の男女。美鈴と満月が目配せし頷き合ってから僅か数分後、砂漠から吹いてくる風には呻き声が混じるようになり、大地の色に肌色が混じった。腕や足の向きが向いてはいけない方向にひん曲がった男たちを見下ろして商人の男は口をあんぐりと開けたまま固まった。

 

「申し訳ありません、まさかここまで脆いとは。強そうな方たちだったのでつい力が入ってしまいました」

「これは半分ほど医者の元へやった方がよろしいかと商人殿。ただでさえ百姓が反乱中の治安が悪い今日に用心棒の数がこれでは心許ないのではないですかな?」

「ああ……そうね……頼むわ」

 

 がっくりと頷いた商人を見て笑い振り返る用心棒と従者の姿。頼もしくはあるとレミリアは両手を上げて肩を竦める。砂の海への切符は掴んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「寒い寒い寒い寒い」

「お嬢様、ちょっと静かにしてくれるか? 余計に寒い」

 

 夜。いつもなら夜が来たと黒い布を振り払い月に両手を差し伸ばし高笑いを浮かべる程元気に振る舞うレミリアであるが、今は黒い布の上に幾枚も毛布を重ね、座る駱駝に身を寄せて震えている。

 

 砂漠の昼間は灼熱地獄。それは骨折れた用心棒たちが医者の元へ行く間に過ぎ去ったおかげで揚々と砂の海に足を落とせたのだが、すぐに訪れたもう一つの地獄にレミリアの元気は封じ込められる。

 

 なにもないが故に昼間は暑く、なにもないが故に熱がすぐに空へと抜けて砂漠の夜は氷結地獄。一月や二月の冬となると、摂取マイナス四十度になることもしばしば。そうでなくとも十分に寒い。暑い毛皮と脂肪に包まれた駱駝が湯たんぽ代わり。それに加えて目の前で燃え盛る焚き火の熱を逃がさぬようにレミリアはぎゅっと縮こまる。

 

「満月と美鈴は寒くないの⁉︎ こんな中じゃあ寝られないわよ!」

「寒いは寒いが初日だぞ? 少なくともこれが短くとも一ヶ月以上続くらしいのだ。慣れるしかない」

「一ヶ月〜⁉︎ 死ぬわよこんなの毎日なんて!」

「本当ならオアシスなどを縫って行くそうですよ? ただ今日は、まあ、用心棒さんたちを医者に見せるのに時間が余分にかかったのと、国のごたごたのせいで納期が遅れていて行くしかないからこうなったのだそうで、きっと明日からはもう少しマシですよ」

「貴方たちがやり過ぎたせいじゃないの!」

 

 そんなこと言われてもと満月は駱駝の身に深く寄り掛かり、美鈴はすいませんと笑い誤魔化した。そんな二人に牙を向こうとレミリアは身を起こすが、駱駝から離れると寒いので急いで取りやめ強く駱駝に寄りかかる。

 

「寒い寒い寒い寒い」

「心頭滅却すれば火もまた涼しという言葉が俺の国にはあるのだが、限度はあると思うな。ただお嬢様、寒いは禁句にしようじゃないか」

「寒いものは寒いんだからしょうがないでしょ! だいたい美鈴は? 一番毛布少ないのに寒くないの?」

 

 駱駝を背に座禅を組むように座り一枚毛布を纏う美鈴は、一言も寒いと嘆かない。そんな姿に寒さを耐えるコツでもあれば教えてもらおうとレミリアは一泡の期待を込めて問い掛ければ、レミリアの凍りついた顔とは違う柔らかな笑みを浮かべて美鈴は首を小さく傾げた。

 

「気を循環させて体温を上げているのですよ。なので私は全く寒くないですね」

「なによそれズルイじゃない! 美鈴もこの寒さを分かち合いなさい!」

「いやそれは……」

 

 美鈴の困り顔に牙を剥き、ならば力づくとレミリアは美鈴に突っ込んだ。冷え切った体を美鈴に押し付け、一瞬ほくそ笑んだレミリアだったが、すぐに身を包む美鈴の暖かさに目を瞬き、美鈴の毛布の中へとより強く身を寄せる。

 

「ちょ、ちょっと満月ッ! 美鈴がヤバいわッ!」

「そうかい、お嬢様の言語の方がやばそうだが」

「いや冗談じゃなくて、駱駝よりあったかい。満月もこっち来なさいよ、寒いんでしょ?」

「そりゃあ……」

 

 無論満月も寒くはある。が、見た目麗しい中華美人に寒いからとくっつくのはいかがなものか。レミリア程の純真さを持ち合わせていない満月には少々厳しいものがあるのだが、微笑を浮かべる美鈴に手招きされ、しばらく悩んだ挙句渋々美鈴の元に身を寄せて美鈴の肩にピタリと肩をつける。

 

「……凄いな、美鈴殿がいれば砂丘の夜も安心じゃないか。これだけで銭が稼げそうじゃ」

「満月……、貴方ほんとにそういうとこよ」

「悪かったな貧乏性で、どうせ心が貧しいよ」

「ふふっ、でもこれで寒さは分かち合えずとも暖かさは分かち合えましたね」

 

 恥ずかしげもなく笑い言う美鈴に、逆にレミリアと満月の方が気恥ずかしくなりそっぽを向きながらも美鈴からは離れない。レミリアと満月に挟まれて、熱とは違う別の暖かさを感じながら美鈴はパチリッ、と弾ける焚き火を見つめた。

 

「……何十年もひとりでしたから、こうして誰かと時を共有するのも懐かしい。お嬢様について来て良かったです。ひとりよりふたり、ふたりより三人ですね」

「……守るものが増えて大変だな」

「それが嬉しいのですよ満月さん。少なくとも、ないよりはあった方が────」

 

 ほっと吐いた吐息は白み、焚き火の日に煽られて高く空へと上ってゆく。それを目で追い空を見上げた美鈴の口から笑みが消え、「うわぁ」と感嘆のため息を零す。それに釣られて顔を上げる二つの顔。六つの瞳に写り込むのは、澄んだ空気を突き破る幾千の瞬き。黒いキャンバスの上に散らばった宝石たちを眺めて三つの白い吐息が天に昇る。

 

「──いや、日ノ本では見たことないなぁ……」

「私も初めてです……山でもここまでの夜空は」

「ルーマニアでも見ないわよ……素敵……、月はどこから見ても丸いのに、あの星々はどこに隠れていたのかしら?」

 

 隠れてはおらずただ目に映らなかっただけ。そんな事実は無粋であると、ただ夜の名画を静かに見つめる。夜風に震える砂の歌声だけが流れる中に動物の遠吠えが薄く混じり、砂を踏む蟲の足音まで聞こえるようであった。「狼ですかね?」とぽつりと呟いた美鈴の言葉に、なんでもない相槌を打とうとしてレミリアは目を見開くと包まっていた毛布をばさりと地に残し立ち上がる。見つめる先は砂の海の水平線。『寒い』とは零さず、惜しみなく殺気を振り撒く主に、まず駱駝が顔を上げ、同じく立ち上がった満月と美鈴は主の見つめる先へと意識を割いた。

 

「……これは、妖怪?」

「お嬢様、まさか」

「……そのまさかよ」

 

 レミリアの言葉に合わせて人に叫び声が上がる。少し離れたところに座していた行商人たちの塊が宙に舞う。駱駝の悲鳴と人の悲鳴。

 

「嘘だろ?」

 

 その悲鳴を貪る獣の唸り声が一つ二つ三つ。幾つもの遠吠えが夜の世界を蹂躙し、飛び散った血液をこれ幸いと砂の海は嬉々として飲み干した。月と星の明かりに照らされた獣の毛並みは血に塗れ、十にも上る狼の眼光が三つの影を射抜いた。低い唸り声は死の宣告。本能に生きる駱駝たちは死を悟ってか逃げることなく蹲り、逃げるよりはいいかと人狼の群れから守るように三つの影が前に出る。群れのうちから一匹の人狼が一歩足を差し出して、青い髪を揺らす小さな少女を睨みつけた。

 

「レミリア=スカーレット! 見つけたぞ! こんな場所にいやがったか! おかげで何日も走るハメになったぞ!」

「……それはご苦労様。よく分かったわねアイツの犬風情が!」

「生憎鼻が効くんでな! それにしても強気だな。その横の二人のおかげか? 新しい奴隷でも見つけたか!」

 

 卑しく笑う人狼に満月と美鈴の顔が顰められる。逃がさぬというように周りを取り囲む四体の人狼を横目に見ながら、用心棒と従者は主の近くへと身を寄せた。レミリアは目の前の一体から目は離さず、ようやく見つけた獲物の姿を楽しんでいる人狼に眉を寄せる。

 

「で? お前たちはなぜここにいるの? 私に用なのかしら?」

「アンタが極東で人狼を殺ったからなぁ。俺たちが代わりに呼ばれたんだ。あの野郎人と弱った吸血鬼一匹殺せねえとは、所詮雑魚だな」

「……なんで出島でのことを知っているのだ」

「遠隔透視魔法でも使ったんでしょ」

 

 魔法となんでもないようにレミリアは言うが満月にも美鈴にもなんのことかさっぱりだ。「腐れ覗き魔」と毒を吐くレミリアの姿に肩を竦めながら、満月はふと感じた疑問を口に出した。

 

「それで貴殿らは、れみぃお嬢様を討ちに来たのか? お嬢様の父君に頼まれて?」

「ああ、面倒なことだな。お前らも、ここにいることを恨めよ、弱い小娘と一緒にいることをな!」

「弱い? ああそぅ、まあ、ルーマニアじゃあアイツが絶対だしそう思うわよね」

 

 大きくため息を吐き出して、レミリアは手を伸ばすと満月の着物の袖を引っ張った。今にも飛び掛かって来そうな人狼を前にいったいなんだと満月がレミリアに身を寄せれば、スッと瞳を横にズラしたレミリアに見つめられ、「血を頂戴」と告げられる。

 

「なに? 血? 今か?」

「貴方たち闘い方は教えてくれるって言ったでしょ? そのために今の私の全力を見せるわ。それには人の血がいる。だから」

「だからって……」

「腕を出して満月。それでいいから、お願い」

 

 紅い瞳に見つめられ、迷っている時間もなければ、お願いされれば仕方なしと着物の袖をたくし上げてレミリアの前に満月は腕を出す。腕を出せばいいってなんだという満月の疑問にはすぐに答えがやって来た。腕に走る鋭い痛み、がぶりと遠慮なく噛み付いて来たレミリアの牙が満月の腕に突き刺さる。ぷつりと切れた血管の音を噛み締めて、命の雫をレミリアは吸い取る。痛みよりも驚きに満月は目を見開いて、腕を強く振るいレミリアを引き剥がす。

 

「なにするんだッ⁉︎ 痛ててッ!」

「言っておいたでしょ! 私は吸血鬼! 血を啜る妖怪なの!」

「噛み付かれるなんて聞いていないぞ! あぁ、これ跡になったりしないだろうな?」

「さあ? なによりこれで万全よ! 久々に!」

「は! 血を吸ったぐらいで勝てるのか落ちこぼれが!」

「私一人じゃあ厳しいけど、今は……」

 

 背に感じる二つに熱。レミリアの背後を守る義の門番と刀を握る用心棒。一人ではないという事実が、なによりレミリアの力になる。口に残った満月の血をキャンディーを舐め取るように舌の上で転がして、それが身に溶けるのを感じながら強く普段隠している黒い翼をはためかす。

 

「満月、美鈴。私が口だけじゃないって、貴方たちの主は弱くはないと見せてあげる。だからよく見てて、残りは任すわ」

「背中はお任せをお嬢様」

「期待しよう」

 

 微笑む美鈴と満月に一度目を向けて、背を丸め両手を地につける人狼に向かいレミリアは砂を強く踏みしめる。ギュッと押し込まれた砂の音を後に残しレミリアは一発の弾丸と化す。身構えた人狼は身構えたまま、瞬き一つせずに突っ込んでくる吸血鬼を睨んでいたが、人の生き血を吸い込んだ吸血鬼のスピードに目が追いつかない。砂の上を踊る二つの紅い閃光はレミリアの瞳。紅い残光を追い人狼の視界の中で弾けた時、人狼の体は真っ二つに千切れ飛ぶ。

 

「……美鈴殿、見えたか?」

「軌跡は、ですが。全ては……、満月さんは?」

「同じく。アレで弱いとは誰が言っているのだ? アレでは最早視覚で対応するのではなく勘で対応するしかないぞ」

 

 生命の雫を得た夜の吸血鬼。舞う姿は飛矢より速く、風より速く地を駆ける。振られる腕は鉄槌であり、伸びた爪は刀剣の刃。数多くの弱点が吸血鬼にあったとしても、その全身が凶器であることに変わりはない。空を走る紅閃に満月と美鈴は乾いた笑い声を上げながら、群れとなり突っ込んで来る四体の人狼へと己の武器を引き絞る。

 

 静と動ならぬ動と動。一度動き出せば止まらない二つの紅い流れが交じり合い陰陽を描く。突っ込んで来る人狼の爪先の鋭さに指を沿わせるように美鈴が僅かにその軌道を変える。僅かなズレは進む毎に角度を開いていき、小さな隙へ。その隙へ寸分の違いなく用心棒の拳が滑り込む。

 

「お嬢様よう」

 

 膂力の差故に吹き飛ばすことは叶わず、だが、たたらを踏んだ人狼はそのまま壁となり背後の人狼の動きを止める。小さな隙から大きな隙へ。停滞した獲物を見逃すことなどあるはずなく、夜風を切り裂き獲物の下へと吸血鬼が飛来した。

 

 

 ────ドッ‼︎

 

 

 っと、世界がズレたかのような音は吸血鬼が砂の海を割った音。四散した二体の人狼と砂を宙に巻き上げて、穴が空いたように凹んだ大地に止め処なく砂が流れ込む。その中央に居座る紅い輝きから逃れようと残りの人狼は砂へと手足を突き刺すが、流れ続ける大地に手足を取られてひと握りひと蹴りの砂を掻き毟るばかり。

 

 ボトボトと降ってくる肉塊と赤い雨の中揺れ動く血で染めたような赤い髪を振る二つの影。穴の淵で地獄に落ちぬように足掻く畜生に、冥土の土産とばかりに二つに笑みが贈られる。

 

「テメエらなんなんだ⁉︎ 異国の妖怪と人間がなぜアイツに力を貸している⁉︎ レミリア=スカーレットの首には懸賞金が掛けられている! 一度負けた小娘に与するよりもこちらに手を貸せ! 褒美は思うがままだぞ!」

 

 人狼の咆哮を受けて満月と美鈴は目配せすらすることなくただただ呆れる。最初の威勢は何処へやら。これが本当の負け犬の遠吠えと一人満月は考えながら、姿勢だけは考え込むフリをする。

 

「まあ確かに、俺は銭を貰い力を貸すのが仕事故、値打ちの分からぬ首飾り(ネックレス)より確実に銭が貰えるならばその方がいい」

「ならば!」

「しかしなぁ、裏切ったら地の果てまで追いかけられて首チョンパなのだそうだ。それは御免被るし、なにより貴殿らは顔が怖い。我らの主の方が愛嬌があるし、俺はどちらかと言われれば子供の味方だ」

 

 突き刺さる鋭い吸血鬼の瞳に笑みを返す満月に笑いながら、美鈴は一度口を引き結ぶと吸血鬼の瞳に視線を返す。

 

「私は守るためにここにいる。私の守るべきものは目の前に、差し出してくれた手を握り潰す手は生憎持ち合わせてはいない。口を開く相手を間違えましたね、不愉快です」

「ああ、義と礼を重んじる山門の妖に嫌われてしまったな可哀想に。落ちても地獄、上っても地獄。どうする? 蜘蛛の糸は垂れてはおらんぞ?」

 

 言い澱み人狼からは言葉が出ずに漏れるのは諦めへと向かう唸り声。それが命乞いに到達するよりも一歩速く、砂の底から地獄が翼を広げ自ずから迫った。乾いた音と噴き出す水滴の音。ごろりと下へと転がってゆく満月と美鈴の視界に翼を広げた夜の王が下からせり上がり姿を見せた。

 

 静かに揺れ月光吸い込むような青い髪、星の瞬きよりも激しく輝く二つの紅瞳。夜を背負ったような黒い翼を伸ばした姿こそ夜を支配する吸血鬼の本来の姿。昼間黒布に全身をすっぽり隠しているレミリアの姿からは想像もできない怪物の姿に、満月と美鈴の口からは乾いた笑いが小さく溢れる。

 

 ゆっくりと翼を燻らせて砂の海に足の先を付けたレミリアは、見たか! とばかりに腰に手を当て、大きく慎ましい胸を張る。

 

「どうよ! 見たわね私の勇姿を! これが私の本来の力よ! 守られてばかりの臆病者ではないわ!」

「お見事ですお嬢様、吸血鬼という種としての力、お嬢様の力確かに見させて頂きました。謝謝、ついていくと決めた私の目に狂いはなかったようです」

「ま、まあね! 本当は人狼五体相手はちょっと厳しいんだけど二人が居てくれたおかげね、貴方たちを選んだ私の選択にも間違いはなかったわ!」

「三人寄ればなんとやらですね」

 

 ルーマニアに居た頃とは違う背中を任せられるだけの妖怪と人間。ちょっぴり不安だったレミリアの心を吹き飛ばし、レミリアは従者たちに笑顔を向ける。だが、柔らかく微笑んでくれる美鈴とは違い、満月は散らばった人狼たちに目を向けなにやらもの思いに耽っている様子。「そういうとこよ!」とレミリアは満月に指を突き付けるが、満月は頭を掻いて唸るだけだ。

 

「どうしたのよ?」

「いや、なんでこの人狼殿たちは来たのかなと」

「それは言ってたじゃない。ルーマニアにいるあのくそったれが送ってきたって」

 

 それは自分だって聞いたと満月は肩を竦めながら、怪訝な顔を浮かべたレミリアと美鈴に向き直る。満月の頭に浮かび上がる予測。予測は予測でもそう間違いはないと確信しながら。島原の聖人の姿を思い出しながら満月は頭の中の予測を言葉にする。

 

「それがちょっとおかしいと思うてな」

「なにがおかしいの?」

「どうにも今の状況と出島と今、人狼殿たちが口にしたことが結びつかぬ」

 

 負け犬、落ちこぼれ、レミリアをこき下ろす言葉を口に吐きながらも遠い地よりレミリアを狙い、しかも賞金首にまでされているレミリア。それがどうにも大きな違和感となって満月には気にかかる。

 

「れみぃお嬢様を放っておいても問題なしの弱者と見るのなら、手など出さず放っておけばよい。なのに送られてくる刺客に人相書き。どうしてもれみぃお嬢様を消しておきたいように俺には思えてならん」

「確かに、そう言われるとおかしいですね。下手に突っつくよりも手を出さぬ方がいいはず、刺客を送り、魔法とやらでこちらの位置を探っているのだとしたら力を入れ過ぎている」

「ちょっと、つまりなにが言いたいの?」

 

 なんか怖くなってきたと不安がるレミリアに、満月はレミリアの予想とは違う答えを差し出した。

 

「つまり、れみぃお嬢様の父君はれみぃお嬢様を恐れているということだ。是が非にもお嬢様にはるーまにあに戻って来て欲しくないのであろうよ」

「……アイツが?」

 

 醜悪に見下し笑う父の姿を思い出しながら、満月の言葉をなんとか飲み込もうとレミリアはするが喉につっかえ飲み込めない。父が自分を恐れている。その姿がレミリアには想像できないから。

 

「なぜ私を恐れるの? 片手間に私を追い出したようなアイツが」

「お嬢様の父君を知らないから俺にはなんとも言えないが、れみぃお嬢様がなにか父君を恐れさせるものを持っているのだろう。それがなにかは分からないが……」

「あ! もしかするとやはりお嬢様はなにか特別な力を持っているのではないですか? 妹様が破壊の力を持っているように、れみぃお嬢様もなにかを」

「私が……?」

 

 手のひらに目を落としレミリアは弱々しく握り締める。毎日夢見て思い描いていたなにかが自分の中に存在する。そう満月と美鈴は言うが、レミリアには全く信じられない。百年なにかを成そうとしてなににもならなかったのに、今あると言われたところでなにかがあるとは思えない。

 

 でも、ようやくできた信じられそうな従者が二人。レミリアがようやく持てた仲間の言葉が間違いであるとは言いたくない。もしそんな力が本当にあるのならば、自分の中に特別ななにかがあるのなら、逃げてくれるなよとレミリアは強く拳を握り締める。

 

「信じられないけど……二人が言うのなら……見つかるかな?」

「ええお嬢様! 見つかるまでこの美鈴、微力を尽くします!」

「吸血鬼がどれだけの化物か知れたからな。るーまにあでのことを思えばお嬢様にも強くなって頂かなくては。嬉しいことに時間はある」

 

 どれだけ妹の下に駆けつけたくても、そこへと続く道が短くなるわけではない。長い旅路は長いまま目の前に広がり続けている。ルーマニアに辿り着いた時、これまでと同じか、強い自分になっているか、どちらを選ぶのかなどそんなの当然後者だとレミリアは強い笑みを浮かべる。

 

「なら見つかるまで頼むわよ満月! 美鈴! これからも頼るから!」

「お任せをお嬢様!」

「まあ仕事だからの。散った駱駝を集めようぞ。幸運にも行商人たちがいなくなったおかげで好きに動ける。それに彼らの持つ関所の通行手形も手に入れば旅も楽になるというものぞ。あの人狼殿たちも役に立つよの」

「満月貴方ね……」

 

「そういうとこよ!」とさっさと手慣れたように死体漁りをしだす満月にレミリアは指を突き付けはにかんだ。夜に砂漠の月の下で、突き出していた指を丸めて今一度レミリアは手を握り込む。自分の中の何かを掴むように。決して手放してしまわぬように。

 

 そうして一つ大きなくしゃみをすると、「寒い!」と禁句を大声で叫びレミリアは美鈴の下へと飛んで行った。

*1
ヴェネツィア共和国の商人、東方見聞録を口述した冒険家。

*2
ラクダという意味

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。