今宵は満月   作:生崎

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レミリアちゃんと死亡之虫

 照り付ける灼熱の太陽に熱せられ、砂の海は焼けた鉄板のようにその表面の空気を歪めている。遠く果てしない砂の大地を見つめながら、大岩を背に、その岩陰の中満月と美鈴は大変呆れたように砂の上を転がるレミリアを見つめた。

 

()()ウッッッッ⁉︎」

 

 なにを思ったのか影の中からすたすたとレミリアは陽の下に歩み出た。一息の間の後、覚悟を決めたかのように黒布を取り払ったレミリアは、一時は腕を組み不敵な顔で立っていたが、あっという間に青い髪から煙が上った。その後はご覧の有様である。棉に火を放ったかのようにメラメラと翼や頭から火を上げて砂の上をのたうち回り、息も絶え絶えに岩陰へと這いずって来た主に用心棒は口に咥えていた煙管を離し、紫煙と共に出迎えた。

 

「お嬢様よぅ、この暑さで遂に頭が……」

「お可哀想に……」

 

 僅かに涙目の満月と美鈴。美鈴はまだしも、満月まで思っていたより主想いじゃないかと微笑もうとしたレミリアに、「目に砂が……」と二色の声が叩き付けられ一気にレミリアの口端が下がった。二人の涙は主を哀れんでのことではなく、レミリアがのたうち回ったせいで砂の海の欠片が目に入っただけである。

 

「違ぁう‼︎ パッパラパーなんかになっちゃいないわ! って言うかなんで見てるだけで助けてくれないのよ! 貴方用心棒でしょ! 美鈴まで!」

「いくら俺でも太陽は斬れんな」

「私はてっきりお嬢様の新しい芸かなにかかと……」

「んなわけないでしょッ‼︎」

 

 太陽の陽で自滅など芸にするわけないと喚くレミリアからは未だ薄っすらと白煙が上っており、牙を剥かれても滑稽過ぎて全く怖くない。水を掛けて消火しようと水筒に手を伸ばす主の手の先から用心棒は水筒を取り上げ、「飲み水なのだから勿体ない」と制する。突き刺さる吸血鬼の視線から欠伸交じりにそっぽを向く満月にレミリアは歯軋りを送り、美鈴は蝋燭の火を摘み消すように主から立ち上る白煙の下を摘み消した。

 

「それでいったいどうしたのですかお嬢様、急に陽の下などに飛び出して」

 

 芸でもなんでもないならなぜわざわざ急にそんなことをしだしたのか。当然湧いてくる美鈴の疑問を受けて、恥ずかしそうにレミリアは鼻を鳴らす。

 

「その、私の秘められた力がなにか試そうと思って……」

「それで選んだのが日光浴なのか? なんともしょうもない」

「アイツが恐れてるようなものなんでしょ⁉︎ 吸血鬼誰もが恐れると言ったら太陽以外ないでしょうが!」

 

 ないでしょうが! と言われてもそうなんだとしか満月は思えない。満月も美鈴もレミリアから日光に弱いとは聞いていたものの、即座に消滅するようなものではなく、炎上するのみ。生きたまま焼かれることほど痛いこともないが、わざわざ体感してみたい感覚であるはずもなし。進んでそれを試そうと思うレミリアがおかしい。

 

 だが、試してみてもいいかもしれないとレミリアが思うだけ吸血鬼は太陽を恐れている。日焼け止めクリームを塗ればもう安心と言うようなものでは勿論ない。肉体というより魂に刻み込まれたような弱点。どんな手段を用いようと陽の下に吸血鬼が素肌を晒せばたちまち出火する。

 

 吸血鬼にとって太陽を克服するというのは、吸血鬼にとっての最大の夢のひとつではあるのだ。

 

 満月と美鈴は吸血鬼がの夢を聞いて納得はするものの、試すこともなくそれはないだろうと結論付ける。

 

「なあお嬢様、妹君然り、思うにお嬢様が持っているかもしれない力というのは肉体的なものではないと思うのだが」

「なんでそう思うのよ?」

 

 レミリアの問いに満月は肩を竦め、代わりに美鈴が口を開いた。

 

「百年、お嬢様は陽の光に一度も当たったことはないのですか?」

「一度もってことはないけど……堂々とはないわね」

「だからですよ。一日の半分は太陽の世界。それを克服出来るような力ならすぐに分かるはずです。それに肉体寄りの力ならば目に見えて分かりやすいはず。満月さんが肉体的な力ではないと言うのはそのためでしょう?」

「まあそうだ。れみぃお嬢様の妹君と父君の力はなんなのだ? そこに答えがあるのではないかな?」

 

 血の繋がりというものは馬鹿にできない。どれだけ嫌う相手であっても、親と子の間には切っては切れぬ繋がりがあり、子は親の要素を継いでいる。それは見た目であったり、持っている潜在能力であったり、それが蛙の子は蛙と言う由縁である。だが、鳶が鷹を産むと言うように、突然変異のように優秀なものが生まれ出る場合もあるが、鳶が蛙の子を生むようなことはない。優秀だろうが平凡だろうが、細かろうと繋がりはある。

 

 暗中模索はしたくない。なにかしら手掛かりが欲しいという用心棒の問いの先は主の妹と父の持つ力。レミリアは苦い顔をしながらも、たどたどしくその力の形を言葉に変えた。

 

「フランは、そうね……破壊の『目』を掴めるの」

「目?」

「破壊の核とでも言うのかしらね? 壊したい者や物の核を『目』として手のひらに引っ張って来れるという感じ。それを拒む方法があるのかも分からない」

 

 なんとも理解し難い能力の説明に満月の頭から湯気が出る。腕を組んだまま意味不明であると顔を浮かべる満月の横で、少し目を険しくさせて美鈴が佇まいを正した。

 

「……『気』にも色々な種類が存在します。気配、それに味や質、形の違いがあるとでも言いましょうか。お嬢様の妹様の力は殺気を直接叩き込むような技でしょうか。それとも相手の気を握り潰すようなものなのか……、どちらにせよ途轍もない力です。私たち拳法家は数十年の歳月を掛けてその端を掴む。それを一足飛びで掴めると言うのは……」

「笑えるな」

「ええ全く」

 

 目に見えぬものを掴み操る。満月と美鈴は使う技の種類は違くとも同じ武術家。その行き着く先は同じ。長い年月を掛けて肉体を超えて精神を研ぎ澄まし人の身では不可能な領域へと踏み込むため。それを嘲笑うかのような力を聞いて、嫉妬や羨望よりもただ笑えてしょうがない。刀を握らず、拳を握らず、座禅を組み精神の底へ潜ることもなく、生まれながらにそれを掴む。空っぽな笑い声を上げる満月と美鈴の姿にレミリアは少しの間固まった。

 

「やっぱり凄いわよね……」

 

 レミリアとは違い強大な力を見せつけるように産声を上げた妹。生まれてから常に存在しないかのように扱われていたレミリアと違い誰にも気にされていた破壊の使徒。「凄い」と迷いなく返す満月と美鈴にレミリアの肩はみるみる落ちるが、「だが」とすぐさま続いた満月の言葉にレミリアの肩が小さく跳ねた。

 

「過程を飛び越え結果を掴む、理想のひとつではある。が、大事なのは過程だ。どういう道を辿りそこに至ったのか。それが抜け落ちては意味がないとは言わんが薄れる」

「拳ひとつ打ち込むのも同じです。なぜ拳を握り放つのか? なにを握る? 足を踏み出し踏み込むのはなぜ? なぜ放つ? それを放つための構えはなぜその形? それを自分なりに咀嚼し飲み込み初めて技は形となる。同じ結果を拾えたとして、過程が大事というのはそこなのです。全てを理解し結果を拾うか、ただ結果を拾うのか」

 

 それが基礎が大事だと言う由縁。武術に限らずあらゆる芸事、物事に対し、根元なくして成長する物事は存在しない。根元が広く深ければ、それだけ上に積み重なるものは大きく高くなる。上澄みだけを掬っていれば、積み上がるものはなく、いつまで経っても先には至らず。結果より過程を重んじる。言ってしまえば考え方の違いであるが、ルーマニアにいた者たちとは考え方の異なる二人にレミリアは目を丸くした。

 

「……なんて言うか……貴方たち変ね、変よ……目に見えて分かる強大な力に縋ろうとか怖いとか思わないの?」

「便利ではある。怖いとも思う。が、それで終わりにしたくないの。力だけを見ることほど滑稽なことはない、絶対にだ」

「力のみを追い求める無益さを私は身を以て知っています。本当に大事で必要なものはそれではないと……」

 

 力を追い求めた結果知らぬところで師は死に寺は焼け落ちた。少年を祀り上げ総大将に、強大な幕府に負け戦を挑んだ島原の乱。どちらも力に縋った結果。力で全てどうにかなるのであれば、美鈴も満月も今ゴビ砂漠の大岩の影などで座っていない。目を引き絞り顔は空へ。なにかを睨み射抜こうと座る美鈴と満月の姿は未だ過程の真っ只中。なにか手に入れたい結果を追い求める姿。地に根を巡らしどう伸びるか、そんな二人にレミリアの小さな拳は握られて、二人の間にレミリアも勢いよく腰を下ろした。宙を泳ぎ遅れて来たレミリアの黒い羽に腕を撫でつけられ、狭間に座った青い髪を二色の青い瞳が見下ろす。

 

「貴方たちがなにを見ているのか知らないけど……私も……」

 

 フランを追う理由は力のためにあらず。愛には愛を。向けられた笑顔を取り戻すため。そのために必要なものは第一に力ではある。脅威を打ち破る力。障壁を撃ち砕く力。だがしかし、その力の源は? なにが力を動かしなにが力の矛先を決める? 恨み、怒り、嫉妬、羨望。

 

 一度目は歯牙にも掛けられなかった。片手間に手で払われ命からがら逃げるだけ。二度目はない。この旅路の果てに二度目はない。ならば二度目に必要なものは? 手を握り口を一文字に引き結んだレミリアに、「父君の力は?」と遠慮のない言葉が落とされた。「そういうとこよ」とレミリアは返さず俯けていた顔を上げる。

 

「……私の父親、アイツは未来を覗くのよ」

 

『未来を見る程度の能力』。

 

 まだ描かれていないはずの先を誰より早く掴む力。形なき過程を掴み、結果を思い描く力。両端から溢れるため息をレミリアは聞き流す。

 

「なんだ、れみぃお嬢様の家族はびっくり吸血鬼の集まりなのか?」

「まるで仙人みたいですよね」

「なああの首飾り(ネックレス)、仕事の報酬に見合うよな?」

「言うことがそれって⁉︎ どういう頭してるのよ⁉︎」

 

 やりたくなーい、と投げるよりマシではあるが、気にすることは銭ばかり。苦笑する美鈴と言い、どうにも満月も美鈴もレミリアの埒外の外側の住民であるらしい。「怖くないの?」と恐る恐る問うレミリアに、満月は盛大に鼻を鳴らし答える。

 

「未来を見て勝てれば苦労しない。島原でもそうであったし……」

「島原? 貴方が参加した戦いだったかしら? なんで今それが出るのよ」

「……うちの総大将も未来を見れた。だが負けたのだ。……あのクソ野郎、本当に……勝手なやつだくそっ

 

 未来を見れば勝てるなら苦労しない。それで誰が死ぬことになろうとも勝てるなら。『武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり』、1659年に生まれた山本常朝*1が口述したものを纏めた『葉隠』*2の有名な一節。大望のために命を捨てることなど、始める前から決めていた。それが武士として……。

 

 なのに……。

 

 それなのに……。

 

 勝利が目の前にあったかもしれないのに……。

 

 未来さえ見えねば目の前で天草四郎が死ぬこともなかったであろうに……。

 

 見上げてくる紅い瞳に気付き満月は強く頭を掻く。どうにもレミリアの前では古い記憶を思い出して仕方ないと自己嫌悪しながらも、「あっ」っと満月は一言を挟み手を叩いた。

 

「お嬢様の父君がお嬢様を恐れているのはそこか? れみぃがるーまにあに戻れば己が負けると見たからか……?」

「は、はぁ⁉︎ 私が……? い、いや私こう言っちゃアレだけど全くアイツに勝てるビジョンが未だに見えないんだけど?」

「それは知らんしお嬢様の父君がどれだけ強いか、どれだけ未来を見られるのかも俺は知らぬ。だが、そうとしか思えぬ」

「そうですね。未来の敗北を知ったのなら、今必死にもなりましょう。ですが、そうだとすると刺客が来たのは先日の人狼たちと出島? という場の二回のみ。少し頻度が少ないのでは?」

「見えている未来の精度の問題ではないかな」

 

 確実に見れるのではなく、「もしや」や、「まさか」と言う気になる程度しか見えないのなら、微妙な力の入れ具合にも納得できる。なによりレミリアは一度敗走していることもある。それを思えば、全力を出すのも惜しいと思えるだろう。たかが小娘一人。続くは異国の人間と妖怪が一人づつ。戦力を思えばなんとも心許ないと満月も美鈴もため息交じりに力なく首を傾げるしかない。

 

「ただこれでなんとなく予想はできるな。れみぃお嬢様になにか秘められた力があるのなら、目に見えぬなにかを掴む力と見た」

「確かにそのような力なら百年気が付かなくても納得できますね」

 

 未来と破壊の目を掴む。無稽荒唐な能力に通ずるは、無稽荒唐な力である。そう言う二人の顔を見比べて、レミリアは嬉しくもあるが、難しい顔を浮かべて腕を組む。

 

「なにかって……なに?」

「それは知らぬ」

「なんでしょうね?」

「ダメじゃない! その何かが知りたいのよ! なに? なんなの? 私にはなにが掴めるの? なんなのよぉぉぉぉ!」

「うるさい……、ああそうだ。『ボケにツッコメる程度の能力』、これだ。もしくは『人を笑わせる程度の能力』、これだの」

「うるさぁぁぁぁい‼︎ そんな力要らない!」

 

 腕を振り上げるレミリアに見事な力だと拍手を送る満月に美鈴は小さく笑い声を零す。従者に向かい揺れ動いた主の視線から美鈴はそっぽを向いて、「さて」と一拍置いて立ち上がると服に付いた砂を払う。それでもなお突き刺さる吸血鬼の目に「行きましょう」と美鈴が返せば、今度はレミリアの目が背けられた。

 

「おやお嬢様よ、どうしたのだ? 早く行かなければ妹君が待っているのだろう?」

「そうですよ、ささ、参りましょうれみぃお嬢様!」

「ぐぅ、貴方たち……」

 

 美鈴にすっぽりと全身黒い布に巻かれながら、唸るレミリアを満月はよいしょと抱えるように持ち上げる。ふたこぶ駱駝の間にゆっくり置かれる姿は滑稽であり、あまり人に見られたい姿ではない。子供の可愛らしさを笑うような満月の顔と和み微笑む美鈴の顔の鬱陶しさに、喚きたくても駱駝の背の上が最も楽であるのは事実。駱駝のコブに抱きつくように呻く黒い布に満月は声を漏らして笑う。

 

「お、お嬢様、似合ってるよほんと」

「ええ可愛らしくていいと思います」

「こんなの私の優雅さには程遠いわ! こう踏ん反り返ってる方が私らしいの!」

 

 駱駝のコブを肘掛のようにして足を組むレミリアに、「いやあ」と満月も美鈴も手を横に振った。どれだけ頑張っても残念ながら子供が見栄を張っているようにしか見えない。なにより黒布のせいで格好悪さ二割増しだ。

 

「お嬢様は威厳よりも妖しさを極めた方がいいんじゃないかな当主としては。どれだけ頑張っても背が伸びるわけもなし」

「そうですね、どんな仕草でも極まれば一つの形として納まるものです。威厳などは後からついて来るものですから、ねえ満月さん」

 

「うむ」と言う満月の言葉を合図に四つの手が伸ばされてレミリアの節々を掴んだ。偉そうに組んでいた足を解かし、コブに置かれていた腕を両手を枝垂れさせるようにして腕で囲うように肘を曲げ胸の前に置いた形。その形に動かして満月と美鈴は大きく強く頷いた。

 

「これだな。こういった形の方がお嬢様には似合ってると思うぞ。立ってる時とかにやったらどうかな?」

「ええ、力強さより女性としての柔らかさと鋭さ、お嬢様の純真さが現れていていいと思います」

「絶対やらないし絶対使わないから! 絶ッッ対使わないからねッ‼︎」

 

 残念と項垂れる二人に腕を振り上げるも、急に動いた駱駝に驚きレミリアは駱駝のコブに再び抱きつく。笑う二人にレミリアは歯をカチ鳴らしながら、駱駝にぶら下げられている水筒を引っ掴み貴重な水を自棄飲みした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 敦煌(とんこう)

 

 かつて絹の道(シルクロード )の分岐点として栄えたオアシス都市。紀元前より存在し、多くの異国の者がその地を踏んだ。しかしこの十七世紀。流通はほとんど海路が主流であり、十三世紀から二十世紀初めまで、すっかり旅の者や陸を行く行商人たち以外には忘れ去られた廃れた都市となってしまっていた。

 

 そんな敦煌の中心地から南へ五キロ。ここに敦煌よりも随分小さなオアシスがある。

 

 月牙泉(げつがせん)

 

 砂の海に浮かぶ蒼色の三日月。

 

 三日月型の泉を傍らに置き、木造の塔が砂と僅かな緑に囲まれポツンと建っている。

 

 ゴビ砂漠の道中は、基本オアシスを縫って歩く。常に砂の海を歩き続けるには食料が足りなければなにより水が足りなくなる。マルコ=ポーロが十三世紀に歩んだ時と変わらず、廃れようとも行商人たちが立ち寄るオアシスは変わりなく旅の商人たちを向かい入れ、そこには不思議と熱気が詰まっていた。異国の品々と異国の人々。局地的な多国籍の集まり処は、ただ飛び交う言葉は統一されたもので、小さなバベルの塔の根元のようである。

 

 その中、簡素な木製のテーブルと椅子。男たちの喧騒に囲まれた中、周囲とは打って変わって無言の七人の男を前に、レミリアは青い髪を弄りながら少し砂っぽい四枚の黒い札をテーブルの上へと無造作に放った。瞬間静寂が辺りを包み、響くのは吊られた干し肉の縄が揺れる音。キィキィと揺れる縄の音を打ち破る歓声が一呼吸遅れて湧き上がる。

 

「スゲェ! この幼女何者だ? もう何連勝目だ⁉︎ イカサマ……?」

「ばっかそれは何度も確認したろ! 豪運だ! 長江のような広大な豪運にこの幼女は愛されてやがる!」

「アンタこそ賭博の神に愛された幼女だぜ‼︎ だからもう勘弁してください……ッ‼︎」

「幼女幼女言うな! 人間風情が馬鹿にして!」

「まあまあお嬢様、こういう時は勝者の余裕を」

 

 美鈴に机を叩き立ち上がろうとした肩を抑えられ、不満気にレミリアは鼻を鳴らしそっぽを向く。レミリアが力任せに机を叩いてはどうなってしまうか分からない。レミリアの前の机に積み上げられた銀貨が散らばりでもすれば、周囲の男たちの袖の中に消えてしまう。

 

 仕方なくゆっくりとレミリアは椅子から跳び降りて、積まれた銀貨を美鈴が皮袋の中に入れてゆく。かちゃかちゃと打ち鳴る銀貨の音にレミリアは鼻歌を合わせながら身を翻す。その背に飛んで来る「待ってくれ! アンタの名前は?」という言葉に、レミリアは笑顔で振り返り偉そうに腕を組んだ。

 

「くっくっく、私はレミリア=スカーレット。刻みなさいこの名をね」

 

 静かになったその場から美鈴を伴いレミリアは去る。黒い布を被り直し小さくなってゆく小さな背に、一斉に男たちの首は傾げられた。

 

「れみりゃ?」

 

 刻めと言われたからには刻もうと、月牙泉の木製の塔の柱に『賭博の神に愛された幼女、れみりゃ』と大変不本意な名を刻まれたことをレミリアは露とも知らず満足気に足を鳴らす。貧乏から小金持ちへ。一時間と掛からず軍資金を手に入れた。折角のオアシス、ボロい黒布から質の良いシルクに買い換えようとレミリアの足取りはとても軽い。

 

 塔の外、行商人たちが己が運んできた商品を広げる簡易市場を物色するレミリアに美鈴は小さく笑い掛けた。燭台、耳飾りなどと並べられた小物たちの中から象のような装飾が描かれた小箱を握るレミリアに顔を寄せ、手に持つ箱を物珍しそうに眺めるレミリアの手からそれを受け取る。

 

「……象は幸運の象徴でもあるそうですよお嬢様、先程の勝負お見事でした。お嬢様は運が大変良いのですね」

「まあね! 昔からこういうのはなぜか強いのよ。こう見えてジャンケンなんかは一度も負けたことないのよ! ひょっとすると私の力は『運が良い程度の能力』なのかも?」

 

 胸を張るレミリアを少しの間美鈴は見つめ、小さく頷くとレミリアと目を合わせるため僅かに屈んだ。

 

「……そうですか、お嬢様ちょっと私とジャンケンしましょう」

 

 箱をレミリアに返し柔らかく手を握り微笑む美鈴に首を傾げながら、レミリアは箱を元の場に戻し向かい合う。そして薄っすらと口角を上げて、レミリアも緩く拳を掲げた。挑まれたなら返す言葉は決まっている。

 

「今のを聞いて勝負しようと言うの美鈴? 私ジャンケン無敗よ無敗!」

「勝負はやってみるまで分かりませんよ?」

 

 笑顔を崩さぬ美鈴を訝しみながらも、お互い握った拳を振り上げる。呼吸を合わせて二度振られ、突き出されるレミリアの二本の指。広げられた美鈴の手を見つめ得意気な顔をレミリアが浮かべようとした瞬間、五本の指が揺れ消える。握り締められた美鈴の拳にレミリアはぽかんと口を開け、美鈴は勝利の笑みを浮かべた。

 

「ちょ、ちょちょ、待っ……え? なに?」

「お嬢様がチョキを出すのが見えたのでパーを出そうとした手を無理矢理握りこんだんですよ。先程のは残像です」

「残像⁉︎ そこまでする⁉︎」

「お嬢様の力が『運が良い程度の能力』なのでは? という検証です。もしそうであればなにがあろうとも私は負けていたでしょうね。ですが違ったようです」

 

「うぇぇ」と肩を落とすレミリアであるが、ふと湧いた疑問にレミリアは勢いよく腕を振り上げる。

 

「それ別に私が負ける必要なくない⁉︎」

「いやあ私も負けず嫌いでして、満月さんに門を破られて、お嬢様にも負けるのはちょっと。これで初めてお嬢様にジャンケンで勝ったのは私ですね」

 

 笑う美鈴から逃げるように視線を切り、レミリアは強く足を出す。『運が良い程度の能力』もし本当にそうであったなら心強くはある。が、それでもないとなると自分の力はなんなのか、考えれば考えるほど分からない。乾いた豆腐のように萎んだレミリアの背から美鈴はちょっとだけ歩く速度を上げて隣に並ぶと布を売る商人の前で足を止める。

 

「勝負は時の運、ですが、運だけで全てが決まるはずもなし。お嬢様、どんな力であろうとも、力に胡座をかいた途端に力は力ではなくなるのです」

「……それを教えるためにわざわざジャンケンしたの?」

「少し偉そうですかね? ですが、勝利を掴むのは必ず自分の手なのです。形があろうとなかろうと、掴めるものは自分の手だけ。ジャンケン無敗のお嬢様にジャンケンで勝った私がその証拠と思って頂ければ」

 

 鍛え上げた体術で強引に勝利を手繰り寄せる。レミリアのチョキに対して美鈴が出そうと考えていたのはパーだったのは本当だ。だがそこから勝利の手に変えたのは運でもなんでもなく美鈴の力。「この布などいかがですか?」と、手触りの良い布をレミリアの前に掲げる美鈴の顔を見つめて、少ししてレミリアは自分の手へと目を落とす。

 

「運でもないならなんなのかしら……、目に見えぬものをどうやって見つけ信じればいいの?」

「それは……」

 

 言い淀む美鈴から目を外し、レミリアは「それでいい」と新たな黒布を購入して先を急いだ。見えぬものであればこそ、誰にも答えなど分からない。ないものをあるなどと言う阿呆にもなりきれず、ただレミリアの手は虚空を握るだけ。自分になにかあるのだと信じたくはある。が、信じた先になにがあるのか。それが分からず抱くものはただただ不安だ。

 

 月牙泉の入り口で駱駝と共に待機している満月の背が見えてきて、ホッとレミリアは息を吐いた。燻る不安をいつも握っていては手がダメになってしまう。水や食料を逸早く買い待機している気の利かない用心棒で気を晴らそうと考えていたレミリアの口端は、満月に近づく毎にどんどん歪んだ。

 

 満月の目の前にいる数人の子供。相変わらず子供から情報を得ているらしい満月は、子供たちにチップを渡し手を振って、楽しそうに紫煙を吹いている。折角レミリアが軍資金を稼いでも、あるだけ子供に散財している用心棒の背にレミリアは跳び蹴りを見舞った。

 

 が、するりと避けられ抱えられる。

 

「おいおいお嬢様よう、そんなに俺に抱えられるのが好きなのか? 蓼食う虫も好き好きか? こう見えて遊女にくらいしか好かれたことはないのだがな」

「違うわ! なにまたほいほい散財してんのよ! 早く下ろしなさい!」

「分かった分かった。それに無駄でもなかったさ、面白い話も聞けたしの」

 

 地面ではなく駱駝の背へとレミリアを下ろして満月は駱駝の手綱を引いた。本来ならオアシスで少なくとも一夜は過ごすのだが、レミリア一行にそんな時間はありはせず、美鈴のおかげで夜の寒さも乗り切れるが故に先へと歩みを進めるのみ。

 

 揺れ動いた駱駝のコブに抱きつきながら喧騒飛び交うオアシスを肩越しに今一度返り見てから、レミリアは何もない砂漠の先へと目を戻す。駱駝のコブにしなだれかかり揺らめく空気の熱をぼうっと見つめるレミリアの耳に届くのは、踏み締められる砂音と風の音。陽に照らされた砂山の影が描き出す二色のマーブル模様は、風に吹かれるたびに形を変える。

 

 不毛にして一秒ごとに形を変える広大な影絵を視界に収めるレミリアの覇気のなさに、満月は火種を落とした煙管を懐に戻しながら同じように砂の大地の先を見つめた。

 

「なんだお嬢様よ、元気がないなあ。オアシスは楽しめなかったか?」

「……そんなことないわ。軍資金は稼いだし。ただ私も思うところがあるの」

「そうかい……、なら暇潰しにでも仕入れた話をひとつしてやろう。美鈴殿は聞いたことがあるかな? 死亡之虫(モンゴリアンデスワーム)というのを知っているか?」

 

 

 死亡之虫(モンゴリアンデスワーム)

 

 

 ゴビ砂漠周辺に生息している謎の巨大怪蟲。赤い体をしているとか、又は発光しているとか、黄色い致死性の毒を吹きかけてくると言う。これまでに何人もの人間が犠牲になったと言うゴビ砂漠の怪物。楽しげに話す満月に口を痙攣らせながら、レミリアは駱駝のコブを軽く叩く。

 

「え? なによそのやばそうなのは? なんで貴方はそんな楽し気なのよ⁉︎」

「いや、誰も見たことないのだとさ。でもゴビ砂漠に住む誰もが死亡之虫(モンゴリアンデスワーム)の存在を信じているのだそうな。面白いだろう?」

「面白いって……、なんで誰も見たことないのにいるって分かるのよッ!」

 

「さあ?」と肩を竦めながら変わらず歩き続ける満月の背をレミリアは睨みつけるも効果はなく、隣に並んだ美鈴と楽し気に話を続けるだけ。レミリアは駱駝のコブに額をつけてただ砂漠の景色に目を這わす。

 

 見たことなにのになぜあるなどと信じられるのか?

 

 それはただの幻想であり、ないものはないのだ。声高にあると喚いたところで、証拠がなければないのと同じ。レミリアにあるんじゃないかと二人が言う力と同じようなものだ。一度は諦めて、それでもあると言われて期待して、本当になにもなかった時どんな顔をすればいいのかレミリアには分からない。例え特別な力などなくとも、それでも妹のために立ち向かうことはもうレミリアは決めている。だが、自分の中になにかが欲しい。そんな想いも変わらない。

 

 揺れ動く視界の中、砂の上に引かれた一本線を眺めながら、レミリアはただただ不安に押しつぶされぬように耐えるだけ……。

 

「満月さん、その死亡之虫(モンゴリアンデスワーム)と言う蟲の見つけ方などはないのですか?」

「さあて、聞いた話では砂の上に線が残るなどと話していたが本当かどうか」

 

 用心棒と従者の会話を聞き流しながら、レミリアはただ砂の海に引かれた一本線を……砂の海に引かれた一本線を……────。

 

「いっ……ぽんせん……?」

 

 顔を上げたレミリアが目を擦ろうとも線は消えず。寧ろ進む毎に線は太さを増しているように見える。風が吹けば薄くなっていってしまう一本線の前後に生物の姿は見えず、レミリアはぱくぱくと口を開けた。前を歩く二人は全く気が付いておらずただ会話に花を咲かせるのみ。

 

「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと……」

「全長が六尺はあるらしい」

「えぇぇ、そんなに大きいんですか? そこまで大きな芋虫は私も見たことないですね。強いんでしょうか?」

「ちょっと……」

「ああ、そう言えば日ノ本には女郎蜘蛛という妖がおってな」

「蜘蛛の妖ですか! それはまた」

「ちょっとッ!」

 

 レミリアの呼び掛けに赤い頭が二つ振り返る。「あれ……」と弱々しく突き出されるレミリアの指先を追って青い瞳が見つめるのは砂の上の一本線。黙りこくる二人の口からなにが出るのか待ちきれず、「死亡之虫(モンゴリアンデスワーム)」と呟いたレミリアに返されるのは手を打つ音。満月の伸ばした指の先、小さな岩が佇んでいる。

 

「風に押されて転がらずとも引き摺られるような大きさの岩が線を引くのであろうよ。証拠に一本線は岩から伸びている」

「自然の妙技ですね! 面白いです!」

「なんだ……」

 

 そう言われればその通り。紛らわしい岩にレミリアは遣る瀬無く魔力の塊を放り投げ打ち砕き、地を揺るがす振動と舞い散る岩の破片に満月と美鈴は肩を落とす。触らぬ神に祟りなし。不機嫌な吸血鬼を突っつく気は流石に満月もなく、「すいません」と小声で謝り肘で小突いてくる美鈴には訳もわからず肩を竦めるのみである。

 

 結局ないものはないのではないか。コブにだっこちゃん人形のように張り付くレミリアの肩が小突かれ、レミリアは面倒臭そうに身を捩った。

 

「もう美鈴? 今は放っておいて」

 

 誰にだって項垂れたい時はある。諦めの言葉は吐かずとも、ただそれが溶解するまで抱える時間が必要だ。なのに肩を小突いてくる手は止まらず、少し強めにレミリアは小突かれた肩を払う。

 

「満月? 放っておいてって」

 

 それでも小突いてくる手は止まらない。気が利く従者とお節介な用心棒。でも今はそれが必要ない。「もう!」と強く顔を上げて振り向いたレミリアの紅い瞳に赤い体が写り込む。

 

 はち切れんばかりになにかを詰め込んだかのようにテラテラ光り膨れた赤い体。丸い黒真珠のような目玉が二つ。赤い風船に無理矢理取り付けたように埋まっている。八目鰻のような丸い口から覗く白い小さな無数の牙と赤い触手。ゆらりと揺らめく多くの触手が、リズムよくレミリアの肩を叩き味見するようにレミリアの頬をぬらりと舐める。血の気の引いたレミリアの肩に置かれた触手の生暖かさに炙られるように、心の底から湧き上がる感情を喉の奥から絞り出す。

 

 

 

「ぬぉうぁッっだば⁉︎ モゥヌゥッ!!!!」

 

 

 

 気持ちの悪い叫びと共にレミリアは満月と美鈴の背に張り付いた。陽の下など関係なく黒い翼をはためかせ、突っ込んで来た小さな火達磨に巻き込まれ三人まとめて地を転がる。顔面雑巾掛けのように砂に埋もれた顔を満月は勢いよく上げて、犬神家のように砂の海に突き刺さっている美鈴を慌てて引き抜いた。

 

「れみぃなにしやがる⁉︎ 起きろ美鈴殿! 美鈴殿が居なきゃ夜死んじまう! 美鈴殿ぉぉッ‼︎ 起きろ起きろ!」

「うぅん、満月さんあんまり揺らさないでぇぇ……き゛も゛ち゛わるいでずぅぅ……」

「わぁぁッ⁉︎ 吐くな吐くなッ⁉︎ れみぃ水だ! 水を持てい!」

「も、ももぉぉおおッ⁉︎ もんぬぅぅぅぅッッ⁉︎」

「何語だッ⁉︎ てかくっつくなッ⁉︎ 燃える燃えるッ⁉︎」

 

「あっちいいッ⁉︎」と火の点いた着物を砂の上に転がり鎮火する満月と、口からキラキラと胃の中身を吐き出す美鈴。全く頼りならない二人から目を外し駱駝の元へとレミリアは目を戻す。

 

「あれ……?」

 

 駱駝の列には駱駝のみ。赤い怪蟲の姿はなく、のっそり駱駝が歩いているだけ。小首を傾げるレミリアの両肩にずっしりと重い何かが張り付いて、振り返った先に焦げた用心棒と白い顔の従者の手が伸びていた。

 

「お嬢様よぉぉぉぉッ」

「お嬢様……お嬢様……お嬢様……」

「待った待ったッ⁉︎ 今死亡之虫(モンゴリアンデスワーム)がッ!」

「なにもいないだろうが! おかげで俺と美鈴殿の少ない服が穴だらけだ!」

「お嬢様ぁぁ……」

「ちょ、美鈴怖い! 本当にいたんだって!」

 

 どれだけレミリアが声高に叫ぼうともいないものはいない。だが確かにレミリアは見た。突き刺さる二人の視線から目を反らしながらも、レミリアは小さく口端を持ち上げる。

 

「なに笑っているのだ!」

「お嬢様ぁぁぁぁ……」

「分かった分かった! ほら美鈴が新しい黒布買ったから! 服も今度オアシス寄ったら新しいの買いましょ! ね! ね!」

「誤魔化されるか!」「おじょぅさまぁッ‼︎」

 

 くっついてくる用心棒と従者を振り払い、煤けた黒布を取り払って急ぎレミリアは新しい黒布をすっぽり纏う。その肌触りを楽しみながら、同じように黒布を纏いふらふら歩く二人の背にレミリアは笑み零し、振り返った背後の先に小さく頭を覗かせて佇む赤い怪蟲は見なかったことにしてレミリアは青い顔を前へと戻した。ただし口は弧を描いたまま。

 

 

 

 

 

 

*1
肥前国佐賀鍋島藩士

*2
武士としての心得書。

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