今宵は満月   作:生崎

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レミリアちゃんと青の都

 ジャーン王朝。

 

 現代で言うウズベキスタンに、十七世紀頃存在していた王朝である。暗黒時代の中央アジアの中にあって、最盛期を築いた青の都。十七世紀以前から、豊かな国を多く生み出し、王朝が滅亡しようともすぐに栄え直して来たウズベキスタン。その富の根本こそレミリア一行が延々と歩いて来た絹の道(シルクロード )である。

 

 ウズベキスタンは絹の道(シルクロード )の中継地にして中心地。陸を渡り西へ東へ、その旅人のほとんどがウズベキスタンを経由する。ヒマラヤ山脈やゴビ砂漠に入る玄関口として、又は長旅の疲れを癒すため、多くの行商人癒しの地としてウズベキスタンの大地を踏み、また、多くの巡礼者が訪れる。

 

 かつて東へと足を伸ばしたアレキサンダー大王*1が、「聞いていた以上に美しい」と感嘆の声を上げたと言う“東方の真珠”。それがウズベキスタンにある青の都『サマルカンド』。

 

 青の都と呼ばれる所以は、なにより石造りの建築物を彩る青いタイルと青い屋根。中国の陶磁器とペルシャの顔料、東と西の技術が見事に調和した姿。青空を凝縮したような玉ねぎ頭のモスク*2の屋根は大きな宝石のようであった。そんな青い珠玉と呼べる二つの建物に挟まれた広場が存在する。

 

 レギスタン広場。

 

 今でさえ三つの神学校に囲まれた世界遺産に含まれている広場であるが、レミリアたちが踏み入った1640年代はまだ二つ。広場を挟み向かい合っている神学校たちは正に門のような様相を呈していた。視界の右端に映る青い屋根。左端にも青い屋根。

 

 その二つを見比べて頬を膨らませる青い髪に、両脇に座る青い瞳が困ったように向けられる。

 

「なあお嬢様、いい加減機嫌を治すがよいよ。折角ヒマラヤ山脈から下りられて久々の都なのだ。今日一日はここで文字通り羽を休めてだな」

「……羽を休めてってどうやってよ、今の私を見て楽しめると思う?」

 

 手を広げるレミリアの全身を見回して、満月も美鈴も肩を竦めるしかない。ぱっと見はいつもと変わらない。が、腰にぶら下がっていた革袋がないことに目を瞑ればである。

 

「ここって巡礼地でもあるのよね? なんでそんな場所で早々に掏摸(スリ)に会わなきゃならないのよ!」

 

 イエティの先導のもとくたくたになってヒマラヤ山脈を下りれば山に溢れていた雪の代わりに広がっていた人の海。ピリついていた中国とは違い、繁栄の栄華を思う存分謳歌しているジャーン王朝の都は熱気に溢れ、その熱気が両極端である富豪と貧乏人を煽り富と罪が横行していた。

 

 豊かであれば価値を奮うのは“金”である。腰にジャラジャラと銀貨を打ち鳴らす見た目幼女から金を奪わないなどという選択肢がないはずもなく、人海に飲み込まれた中でくたくたの三人は容易く掠め取られてしまった。故にレミリアの機嫌は頗る悪く、降って湧いた貧乏生活に頬を膨らませるだけだ。

 

「神を敬うやつらがその地で易々と罪に手を出すなんてどういう神経してるのよ! あの青屋根も! あの青屋根も! 全部お墓なんでしょ? 要はサマルカンド(ここ)って大きな墓地でしょ! そんな場所で掏摸(スリ)だなんて墓荒らしと一緒よ! これだから人間は!」

 

 偉大なる王たちの眠る墓廟を指差し牙を剥く吸血鬼の怒気は治ることを知らず、巡礼者でもないのに巡礼者のようなことを騒ぐレミリアの姿を祓魔師(エクソシスト)が見れば目を丸くするに違いない。もしくは神に祈りでも捧げるか。

 

 なんにせよ、これまで人の少ないイバラ道を進んで歩いて来たが故に怪物としてのレミリアの気性もなりを潜めていたが、すっかり血気盛んな人海に揉まれ、『これだから人間は!』モードに入ってしまったレミリアに満月が打てる手はなく、やんわりと美鈴が手を合わせる。

 

「まあまあお嬢様、折角の都、土地の食べ物でも食べて落ち着きましょう。ね?」

「それがいい、腹が減っては戦はできぬ」

「貴方が血をくれればお腹は満たされるわ」

「俺は低血圧でね、それに痛いのは嫌じゃ」

 

 相変わらず血をくれない用心棒にレミリアは鼻を鳴らしながら腰を上げる。

 

 サマルガンド、青の都。霊廟やモスクの青い屋根以外の建物は、どれも砂の色と同じ。砂の大地から削り出されたような建物たちの自然さが大地の匂いに都を満たし、風が人の営みの香りと混ぜ合わせる。旅人を歓迎してくれる屋台たちが燻らせる食べ物の匂いと、多くの言葉が混じる喧騒。その騒がしさから逃れるように足を進め、ふとレミリアは足を止める。

 

「今……」

「どうしたお嬢様、御目に適う食べ物でも見つけたか?」

「違う、今……」

 

 つかつかと数歩足を出したかと思えば、次第に踏み出す足に力を込めて風のようにレミリアは走り出す。その背を静かに満月と美鈴は見つめていたが、一呼吸遅れて慌てて主の背を追った。

 

「おいどうしたお嬢様!」

「なにかあったのですか!」

「声が! 声が聞こえたッ!」

 

 声など至る所から聞こえている。「声?」と満月と美鈴は首を傾げながらも足は止めない。人混みを縫って走るレミリアの速度は凄まじいものがあり、満月たちは他のことを気にしていられない。ただひとり、レミリアだけが鼓膜を震わす声を辿り先へ行く。

 

(フランの、フランの声がッ!)

 

 鈴を転がしたような少女の声がレミリアの耳を擽って放さない。忘れもしない妹の声。なぜやどうしてと言う疑問は遥か後方に過ぎ去って、ただレミリアの足を強く動かした。人を避けて細い路地へ、陽の光を遮り薄暗い影の中蹲っている金髪を目に留めて、レミリアは大きく息を吐き出した。

 

「フランッ‼︎」

 

 レミリアの呼び掛けにゆっくり上がる小さな頭。金色の髪を揺らして起き上がった砂だらけの顔を見て、ゆっくりとレミリアの足が止まる。

 

「……フラン、じゃ、ない……」

 

 透き通るような金色の髪は似ているがそれだけ。幼い顔と小さな背丈、大きさは似通っていても、顔の作りがまるで違う。足を止めたレミリアと小さな少女が目を合わせて数秒。金髪の少女は身を小さく震わせて、レミリアの胸へと勢いよく飛び込んだ。

 

「おごっ⁉︎」

「お姉様! お助けください!」

「痛ったた……助けてってなによ……」

「追われてるんです! 助けて!」

 

 少女のタックルを胸に受け咽せるレミリアに縋る少女に目を落とすレミリアの前から影が差す。顔を上げた先に突っ立つ一人の男。その顔は下品な笑みを浮かべており、顎に手を当て少女の身へと目を這わす。

 

「探したぜおい、全く逃げるんじゃねえよ」

「……なによ貴方」

「ん? なんだお友達か?」

「別に違うけど」

 

 レミリアの答えに困ったように男は頭を掻き、手を置いていた顎から手を放す。

 

「ならそいつをこっちに渡してくれ、なに悪いようにはしないさ」

「嫌! お姉様助けて!」

「……少なくとも貴方が良い奴には見えないんだけど」

「お前には関係ねえんだよ餓鬼!」

 

 少女と男はなんなのか? なんの答えも出ず、答えなど必要ないと言うように男は足を出し拳を振りかぶる。黒い布に包まった小さな少女ひとり、どうとでもなると言うように笑う男の顔を紅い瞳が射抜いた。

 

 遅っそい。

 

 昼間であろうと関係なく、拳を振り抜こうという男の動きが止まっているかのようにレミリアの目に映る。レミリアは吸血鬼で男は人。それを差し引いても、人狼に追われながら逃げ、戦い方を教えてくれると相手してくれる武人二人。それと比べてしまうとレミリアの目でも相手の動きの稚拙さが手に取るように分かる。

 

(確か……そうね)

 

 差し向けられる拳を眺めながら、レミリアは満月と美鈴の言葉を思い出す。身が小さければ容易く懐に潜り込める。矛の根本が最大の隙。意識が最も剥離するのは差し向ける矛の根本であるとは二人の言葉。拳を握っているからこそ、それを差し向ける先に意識が移り、最も隙になるのがその腕の下、空いた懐。

 

 矛に向かう勇気さえ絞り出せれば踏み入ることのできる盾のない空間。レミリアは足を踏み出して顔の横へと振り下ろされる拳を見送り、返しの拳を男の脇へと突き出した。

 

 軋む骨の音と肺から空気の漏れる音。風船が弾けたように地を転がり血を吐く男に目を見開き、レミリアは突き出した拳を呆然と見つめる。

 

「当たった……、それもあんなに簡単に……」

 

 昼間で人の血もろくに飲んでおらず、腹も減った状況で、吸血鬼の力を振り絞らなくても紙風船のように大の男が吹っ飛んだ。ただ力に任せて拳を振るうのとは違う感覚。過程を知るべしと笑う用心棒と従者の顔を思い出しながら微笑むレミリアの背後で、どさりっ、と鳴る衝突音にレミリアは小さく肩を跳ねさせた。

 

 少女のことをすっかり忘れていた! 

 

 と振り返ったレミリアの胸に再び金色の頭が飛び込み、口から空気を零すレミリアの瞳には見慣れた男と女が立っていた。その周りに倒れているいくつもの影を見渡して、レミリアは数度目を瞬く。

 

「お嬢様、先程の打ち込みは見事でしたがもう少し周りを見ませんと」

「残心というやつだ。矛を振るった後も気を抜いてはいかんよお嬢様」

「う、うん。覚えとくわ」

「それよりお嬢様、そちらの方はどなたなのでしょうか?」

 

 美鈴の視線の先を追い胸元で揺れる金色の髪へとレミリアは目を移す。どちらと言われてもレミリアだって名前は知らない。なんと言うべきかしばらく考え、レミリアが少女の肩へと手を伸ばした瞬間少女は顔をばっと上げた。鼻が付くほどに顔を寄せて来る少女に、堪らずレミリアは後退る。

 

「お姉様! 助けて頂きありがとうございます! もうほんっとうに助かりました!」

「え、ああ、ああ?」

 

 少女の影の背から影が伸びる。伸びた影は少女の背から伸びた翼のせい。パタパタとはためく小さな翼の動きにレミリアは瞳を上下させ、笑う少女の顔へと目を戻す。

 

「貴女妖怪だったの?」

「はい! もうあの人間たち怖いのなんのって、もう少しで捕まってしまうところでした! お姉様の妖気を見て、吸血鬼であるこの方ならと思いつい助けを叫んでしまいましたが、本当に助かりました!」

「人間たちが怖いって……、貴女妖怪じゃないの?」

「それはそうなんですが……、私は弱っちい妖怪でして」

 

 自嘲の笑みを浮かべながら指をツンツンと突き合わせる少女の背からは哀愁が漂い、妖怪らしさが全然ない。「そりゃあそりゃ」と子供に甘い満月が煙管を取り出す様を横目に眺め、「ひぇぇ人間」と縮こまる少女の姿はただただ残念だった。

 

「なんていうか、この旅で会った中で一番残念なやつね……、だいたいなんで人間から逃げてるのよ?」

「今の世はどこもかしこも人が力をつけてますから、妖怪の世は縮小していくばかり、妖怪なら好き勝手していいとたまに妖怪狩りがなされているのです」

「妖怪狩り?」

「はい……、捕まっていたら金持ちの道楽になにをさせられていたか……」

 

 拷問か性のはけ口か。そう力なく零す少女にレミリアは小さく拳を握る。弱者を力で無理矢理抑えつける。それがどうにもレミリアは気に入らない。見ず知らずの妖怪であっても、いや、そんな名も知らぬ妖怪であればこそ、どうしても己の姿とレミリアは重ねてしまう。握られた拳を見て美鈴は微笑み、満月はそっぽを向いて紫煙を吐いた。

 

「日ノ本も異国も変わらんな。徳川の世になって日ノ本も多くの妖怪が姿を隠した。東北の方に隠れ里など作ってな」

「そうなんですか?」

「ああ、俺は出島に来る前は東北の方で妖怪相手に用心棒をしててな、大陸ではどうなんだ美鈴殿」

「私の国では人も妖も基本仙人を目指していますからね、崑崙山などに集まっているとは聞きますね」

「大陸も日本もどこも変わらないのね人間てやつは」

 

 火に薪が焚べられるように、日に日に強くなってゆく人の世界。満月のような人間が稀なのであって、ほとんどの人間は妖怪に手も足も出ない。が、技で武器で差を埋めて、世界のほとんどを掌握している。愚者であればこそ際限なく、妖怪まで手篭めにしようと蠢く人間の欲にレミリアは舌を打つ。

 

「本当に嫌になるわ、無駄に数が多いし、欲に際限がないし、基本弱っちいし、そのくせ傲慢で意地汚いし」

「困ったものよな」

「貴方もでしょうが」

 

 大多数に纏められるも、間違いではないかと満月はなにも言わない。静かに紫煙を零す満月と、目を尖らせるレミリアを交互に眺めて「あはは」と美鈴は苦笑するのみ。藪を突っついてなにかが出てきても困ってしまう。少し淀んだ空気の中金髪の少女は三者三様の顔を見回し、はたと手を叩く。

 

「それよりお姉様方はここに何しに来られたのですか? お姉様は西の方のようですけれど、異国の妖怪と人間なんかを引き連れて」

「なんか……」

 

 人間だからと無条件で子供に嫌われる現状に愕然とする満月は放っておき、レミリアはなんでもないと言うように緩く手を振る。

 

「ルーマニアまで旅をしてるのよ。妹を救うために」

「ルーマニアまで! そうでしたか、分かりました! 助けられた恩は返さねばなりません! この私が案内役を務めましょう!」

「え、いや、それは有難くはあるけど……」

 

 胸を張ってレミリアの手を取り路地の外へと引っ張ってゆく。金髪の少女の笑顔に絆されるようにレミリアも薄っすらと口の端を持ち上げて、ゆっくりと足を進ませる。

 

「では参りましょうお姉様! 私はウカウと申します! お姉様は」

「レミリアよ、レミリア=スカーレット」

「レミリアお姉様! 素敵な名ですね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レミリアお姉様! こちらです! ここに来たならこれを食べないと!」

 

 サモサを手に大きく手を振るウカウに苦笑しながらレミリアは歩み寄りそれを受け取る。

 

 サモサはインド料理に分類されるものであるが、元々は中央アジアのものであると言われている。それもまた絹の道(シルクロード )によって運ばれたもの。じゃがいもや玉葱、レンズ豆と羊肉などを茹で潰し、香辛料で味付けしたものを生地で三角形に包み油で揚げたものである。中華まんと構造は似通っているが、味は全くの別物だ。

 

 カリッとした食感に後に口に広がる野菜と肉を包む香辛料の香り。食欲を唆る香りを頬張るように齧り付き、溢れる肉汁に舌を火傷させながらもレミリアはなんとか飲み込む。

 

 力を借りるべきは地元民とでも言うべきか、極東の島国で生きてきた満月や、中国の山門に数十年居た美鈴よりもウカウは社交的で案内役として申し分ない。「ほら待ちなさい」と気分良さげにウカウの後を追うレミリアの背を見つめ、満月と美鈴はようやくホッと息を吐いた。

 

 薄っすらと垣間見える妹の面影がレミリアの心を和らげる。ルーマニアでは何度も見せていただろう姉としてのレミリアの姿。頬を緩ませるレミリアは油断をしているのとは違いただ柔らかな空気を滲ませている。気を張っていた旅道の中、レミリアの素らしい立ち振る舞いを初めて垣間見、満月は緩く腕を組んだ。

 

「あれが本来のお嬢様かね、人も妖も変わらないと言うか」

「愛する者の前では誰もが同じというものでしょう。満月さんもそうではないんですか?」

「さて、どうかな。俺や美鈴殿のように本心を匂わせても一線を引く者もいるだろう?」

「……そうですね」

 

 にっこりと笑う美鈴ににっこりと満月も笑い返し、笑みを消して二人レミリアの背中へ目を戻す。少しは長い旅路で満月も美鈴もレミリアのことは分かっているつもりだ。

 

『全ては妹のため』

 

 百歳と言えば人なら赤ん坊が木乃伊のような老人になる短くも長い歳月である。人が一生を描く年月を生きてレミリアが決めた決断は、吸血鬼からすればどれほどの重さを持つものか。人である満月には理解できない。ただその想いが本物であろうことは満月も美鈴も分かっている。文句を言いながらも陽の差す昼間、一月(ひとつき)二月(ふたつき)三月(みつき)と極東から中央アジアを歩き抜いた。その精神に疑いわない。

 

 だが、レミリアはまだしも、満月と美鈴はお互いの心中を図りかねていた。ある種の似た者同士、レミリアも美鈴も満月も敗北者だ。なにか大きなものを失った。それを取り戻そうとレミリアは力を振り絞っている。それが失敗するような姿が見たくない。満月も美鈴も、どれだけ力を振り絞っても、もう取り戻せるものはこの世から消えた。欠けた心の鋭さが誰かを傷つけるようなことがないように。だから満月も美鈴も一線を引く。

 

「美鈴殿、本当はもっと強いだろう? 組手の時にたまに太極拳以外の軌跡を感じる。なぜ使わん?」

「それはお互い様でしょう? 貴方ほど上っ面で生きている人は人間でも妖でも初めて見ました」

「こう見えて面の皮が厚くての」

「みたいですね。ですが“気”の揺らめきは隠せない」

 

 なにがあってもなんでもないというように、騒ぐ時は勢いのまま、満月は演じているだけで“気”の動きがまるで停止しているかのように動かない。子供に甘いとレミリアは言うが、美鈴からすれば別に誰と話してる時とも変わらない。

 

「まるで死人。この霊廟の都にお似合いですよ。それが貴方がお嬢様について行ってる理由ですか?」

「……さてね」

「十五夜満月という名も偽名でしょう? 本名はなんと言うのですか?」

「それこそ言う必要がないと見える」

 

 取りつく島なし。言い淀んでいるように見えても気の動きはまるで変わらず。静まり返った満月の心情に波紋は立たず、美鈴ではそれを掬えない。お互いの内を探り合いながら前を向き瞬きもしない満月と美鈴へとレミリアは振り返り、歩みのゆったりとしている二人に大きく手を振る。

 

「遅いわよ二人とも! なにのっそり歩いてるのよ!」

「申し訳ございませんお嬢様、珍しい景色でしたのでつい目移りを」

「美鈴殿との散歩が楽しくてつい」

 

 消していた笑みを再度満月と美鈴は浮かべると、なんでもないように言葉を紡ぐ。そんな変わらぬ二人に呆れるようにレミリアは小さくため息を吐いた。

 

「全くもう、ウカウが折角案内を買って出てくれたんだから遅れちゃダメよ!」

「まあまあお姉様、私が案内をするからには幾日かの遅れなどどうとでもなりますよ!」

 

 胸を張るウカウは頼もしくはある。ヒマラヤ山脈然り、案内人がいるのといないのでは雲泥の差だ。「悪いわね」と微笑むレミリアの背後で満月は頭を掻き、徐ろに煙管を取り出すと口に咥えた。

 

「それでウカウ殿。案内とはるーまにあまで? るーまにあの吸血鬼が待つ場までついて来てくれるのか?」

「はい! 受けたご恩は返さねばなりません!」

「そりゃ頼もしいな。是非頼もう」

 

 満月も見習いなさいと指差すレミリアの視線を紫煙で吹き散らし、満月は顔を背けて頭を掻く。ウカウはそんな二人を見比べるとにへらと柔らかな笑い声を零した。

 

「お姉様はその人間と仲がよろしいのですね!」

「え、ま、まあ極東からずっと一緒だし」

「でもお姉様は妖怪ではないですか? なぜ人間と一緒にいるのですか? 奴隷ですか?」

 

 急に失礼なことを言いやがると唇を尖らせる満月を見上げて、「別に奴隷なんかじゃないけれど……」と呟きながら首を傾げる。

 

 なぜ? と言われてもレミリアが選んだからだ。人であろうと頼りにはなると妹の首飾り《ネックレス》を懸けて。強大な父を倒し当主となるため。これまでの道のりを思い返しながら告げるレミリアに、ウカウは大きく口端を落とす。

 

「人と一緒にいるためにお姉様の妹様の贈り物まで賭けたんですか⁉︎ お姉様のような妖怪がそこまで⁉︎ 美鈴様のような従者がいるのにですか⁉︎」

「いや、まあ、そう言われると」

「お姉様まさか人間に遠慮とかしてませんよね? 今も全身布など巻いて、妖怪らしいことしてなかったりとか」

 

 図星を突かれてレミリアは息を飲む。吸血鬼なのに昼に出歩き、ろくに人の血も飲んでいない。昼に出歩くのは敵の目を誤魔化すため、血が飲めないのは満月のせいが大きいが、どちらも必要なことではある。が、苦痛であることには変わりない。旅のおかげですっかりレミリアの生活サイクルは人と同じだ。

 

 反論のできないレミリアに、「それはいけません!」とウカウは両手を上げる。

 

「お姉様のような素晴らしい妖怪が人に遠慮など!」

「そ、そう? だって、満月」

「俺に言うな俺に……」

 

 妖怪らしさなど説かれても満月には言うようなことはない。突き刺さるウカウの視線から逃れるようにそっぽを向き続ける満月にウカウはギリギリと歯を軋ませ、強くレミリアの手を取った。

 

「お姉様! ここらあたりで妖怪の集まりがあるのですよ! 折角の都、たまには羽目を外しませんと!」

「そうかしら? でもあんまりそういう場に出るのは」

「美鈴様もいらっしゃるのですから大丈夫ですよ! 妖怪の宴ですから人間は来られないですけれど」

 

 そう言って差し向けられるウカウの顔から今度は満月も逃げずに顔を合わせる。人に対する敵対心を隠さないウカウの視線は、別に珍しいものではない。陰と陽。本来ならば相容れない存在。満月はレミリアと美鈴に目を移して、「行ってきたら?」と紫煙と共に零す。

 

「いいの満月?」

「たまにはいいのではないか? 美鈴殿もいるのだし安心だろう? 俺もたまにはひとりでぐうたらするかね」

「貴方がいいならいいけど……美鈴は?」

「私はお嬢様についていきますよ。たまには羽を伸ばすのもいいとは思いますよ?」

 

「それならば!」と言うが早いかウカウはレミリアの手を取って、「行きましょう!」と歩き始める。満月の方へ振り返るレミリアに用心棒は軽く手を振ってさっさと身を翻す。人混みに消えてゆく満月の姿をしばらくの間眺め、すっかり満月の姿が消える頃レミリアはようやっと前を向いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 酒池肉林とでも言うべきか、活気溢れる街の熱を一つの建物の中に集めたかのようにテーブルに並ぶ酒と食事。薄暗い屋内は蝋燭の火に照らされて輝くグラスに並々と注がれた赤い液体は葡萄酒ではなく、吸血鬼が最も好むもの。久々の人の血に喉を鳴らしてグラスを傾けるレミリアの姿は、あまり人間に見せられるものではないが、これこそ本来の吸血鬼の姿。人がいなければ遠慮もいらない。満足そうにグラスを口から放し唇に残った朱を舐めとるレミリアにウカウは嬉しそうに手を叩いた。

 

「お姉様に気に入って貰えたようで良かったです! やはり妖怪はこうでないと!」

「う〜、そうかもしれないわね。久々にこんなに血を飲んだわ」

 

 たまーにしか満月は血をくれず、くれてもほんのちょっぴり。それを思えば、喉越しを感じられるような量を口に含めるというのは単純に嬉しい。パタパタとはためく吸血鬼の羽を見つめて、美鈴も微笑を浮かべほんの少し酒を舐める。

 

「それにしてもこの国にはこんなに妖怪がいたのですね。表では気が付きませんでしたが」

「人に溢れた世ですから集まる場所が決まっているんですよ。とは言え人も多いので、こうして食材を集めようと思えば楽でもあるんですけどね」

 

 テーブルに並ぶナニカの肉。それがいったいなんであるのか妖怪ならば聞かなくても分かる。人の肉。シチューにステーキ。色とりどりの料理を前にレミリアはフォークを持ち手を動かすが、一向に突き刺そうとはしない。「どうしました?」と首を傾げるウカウの問いを受けレミリアの頭に浮かぶのは、旅の中で会った人々。

 

 どうしようもない人々も多いが、生きることに精一杯なゴビ砂漠やヒマラヤ山脈の住人たちを思い返せば、どうにもレミリアの手が鈍る。中でもどうにも頭から剥がれない満月の横顔。三ヶ月近く共にいた人間の姿がチラついて、どうにも食は進まない。そんなレミリアにウカウは強く肩を落とす。

 

「お姉様、人間に毒されております! なにも遠慮する必要ないのですよ? 人間の肉は妖怪にとって一番のご馳走ですのに」

 

 陽の存在でありながら、欲を調味料に濾過され薄まった陽のエネルギー。それを最も効率よく摂取することができるのが人の肉。それを口にしない妖怪は滅多にいない。なにより強大な妖怪であればこそ。三大怪物として名を馳せる吸血鬼らしくないレミリアに、ウカウは悲しそうに肩を揺らす。

 

「お姉様は吸血鬼。新たな夜の主になるのでしょう? それなのに人に遠慮などしてなにになります? 人に遠慮する夜の帝王など聞いたこともありません」

「それは、私もないけど……」

「お姉様ならきっと新たな主人? になれますよ! ならば妖怪らしく!」

 

 唸りながらレミリアはフォークをくるりと手の中で回し、意を決してフォークを肉に突き刺した。美味しそうに見えないと言えば嘘になる。唾を飲むレミリアの横でウカウは強く頷く。

 

「それで良いのです! お姉様は吸血鬼なのですから!」

「そうよね」

「そうです! あの満月とかいう人間にも遠慮する必要ないですよ!」

「そうよね……」

 

 肉を持ち上げあーんとレミリアは口を大きく開ける。口の中に滑り込む人の肉の香りに鼻を鳴らしながらレミリアは手を止めると、力なくその手を下ろす。

 

「……お姉様?」

「ダメね……」

 

 どうにも手が進まない。

 

 別に食べようと思えばレミリアは食べれる。しかし、少なくとも進んで食べたいとは思えない。ルーマニアから離れる前なら気にせず口へと運ぶだろうが、今は人を知り過ぎた。ただ餌として貪っていた百年と違い、三ヶ月人の世で生きて、人の悪い面も良い面も多く見過ぎた。

 

「本当に嫌になるわ、人間て無駄に数が多いし、欲に際限がないし、基本弱っちいし、そのくせ傲慢で意地汚いし」

「でしたら」

「でも頼りになる奴がいるのよ」

 

 たったひとりの人間がいなければ旅は始まる前に終わっていた。海を越え、砂漠を超えて山を越えた。ひとりの人間が始まりだった。潮の香りの交じった空気を裂くようにレミリアの隣に腰を落とした男。妖ではなく無数にいる人間のひとり。

 

「遠慮じゃなくて……そう、敬意を払ってるのよ。きっと私は……」

「人間にですか?」

「人間に。嫌いだけど大嫌いにはなれない。嫌な時もあるけど良い時もあって……、そう、そうよ」

 

 レミリアは人間だから側に置いているのではなく、十五夜満月だから側にいる。

 

「人も妖も関係なく、私は、当主になるならそういう当主でありたい。礼には礼を、誇りには誇りを。弱者をただ弱者と断じるのではなく、最低限の礼を払って……」

「お嬢様」

 

 微笑む美鈴に微笑み返し、レミリアはフォークから手を放す。もし人を食べるのだとしても、顔も知らぬ相手ではなく、しっかり顔を見て食うと決めて食う。最低限の礼を払って然るべし。相手を相手と認めるそんな当主に。

 

「変かしらウカウ?」

「……いえ、お姉様がそうと決めたのなら良いと思います。きっとお姉様は偉大な当主になられるのでしょうね」

「そうかしら? でもそれならきっとウカウのおかげね。お礼にあげられるものなんてないけれど」

「そんなことないですよ! お姉様がいてくれます!」

 

 笑顔のウカウに微笑み返すレミリアの姿に美鈴は肩の力を抜いた。日に日に眩しくなるレミリアについて来て良かったと言うように。強く輝くレミリアの瞳から光が溢れるように美鈴の顔を光が照らし、その光に美鈴は目を細める。

 

「ッ⁉︎」

 

 湧き上がる白煙と揺らめく炎。美鈴の視界にちらつくそれを立ち上らせるは吸血鬼。天窓から差し込む陽の光が吸血鬼の身を焼いた。口を開いたレミリアの口から心の叫びが漏れるより早く美鈴はレミリアを引き寄せて後ろへと跳んだ。影の中に身を顰める吸血鬼と山門の妖を見つめるのは金髪の少女。変わらぬ笑顔を貼り付けて、へにょりと首を擡げた。

 

「ウカウさんッ⁉︎」

「他のものなど、お姉様がいてくだされば、そのクビを頂ければ十分です!」

「ウカウ!」

「来るのが遅いんですよ、何日も何日もこんな場所で待ちぼうけ、ドラクル様も面倒な仕事を押し付けてくれる」

「ドラク……貴女はッ‼︎」

 

 微笑むウカウの影が歪に伸びる。ゴキリと鳴る骨の音に合わせて膨らむ体。金色の髪は桃色に染まり、頭から山羊のような捩れた角が額を突き破り天に伸びた。頭を振ったウカウの体は女性的に発達し、妖しげな空気を周囲に散らす。

 

「まさか小さな吸血鬼に能力を打ち破られるとはね、どういう原理か知らないけれど、あのお方が警戒するだけあるわ。私を前にすれば誰も私を警戒しないし、甘く堕としてあげるのに、人の肉すら口にしないなんて、落ちこぼれらしいわレミリア=スカーレット」

「ッ! 美鈴ッ‼︎」

「はいお嬢さッ⁉︎」

 

 踏み込もうとした美鈴の足は地を蹴らず、力が抜けて動けない。美鈴の足元に描かれた六芒星が力を奪う。笑う悪魔の背後から伸びるいくつもの影。会場に蠢く妖怪たちの間から出て来る人間たちの顔と、手に持つ紫色の燭台の火を見て、レミリアは強く顔を歪ませた。一度見た人間たちの顔。顔に痣を作った男は、路地でウカウを助けた時にノシた人間たち。始まりから既に手のひらの上。

 

「あっはっは! 馬鹿とハサミは使いようね。人間の術とやらも役に立つ。対妖怪用だものねー! どうしましょうか? 陽に焼き落とすのがいいかしら? いや、その前に女として人間に嬲られてみる? どれがいいかしらね?」

「貴様ッ‼︎」

「今更そんな顔されてもねー。良い顔ではあるけれど、で? こういう時は命乞いでもするものじゃない? ほらほら」

 

 醜悪な悪魔の笑みに牙を剥き、レミリアは大きく息を吸い込んだ。命乞いなどするはずなし。礼には礼を。無礼に礼を払うことなどすることなく。深く吸い込んだ息に怒気を混ぜて、レミリアは強く口から吹き出すことなく、ぽつりと言葉を転がす。

 

「感謝するわ悪魔」

「はあ? なにそれ? 貴女人間に手を出されたい願望でもあったの? うわぁ」

「違うわ、なんにせよ貴女のおかげで私は当主として、一歩高みに行けた気がするから。それにこれが窮地? 言ったでしょ! 私には頼りになる奴がいるって! ねえ満月!」

 

 頼れる時は頼ればよい。そう吐いた人間の顔を思い浮かべてレミリアはその名を強く叫んだ。小さな建物の中を跳ね回るレミリアの声は薄っすらと消え、静寂が辺りを包む。返される言葉などありはせず、得意げな顔に冷や汗を浮かべてレミリアは再度男の名を呼ぶ。

 

「満月? 満月! ちょ、ちょっと……」

「あー、満足かしら吸血鬼? 人間の男に助けを呼ぶ姿が最後なんて滑稽ね! あっ、ちょっと笑えてきた」

「ちょ、こういう時に来るのがアイツじゃないのッ⁉︎ 本当にぐうたらしに行ったってわけッ⁉︎ 満月ッ⁉︎」

 

 ゆっくり伸びてくる男の手から逃れるように美鈴は身を捩るが、体に力が入らない。舌舐めずりする男にレミリアは身を縮こませ、ギュッと両の瞳を閉じる。頬に触れたごつい手の感触に歯を食い縛り、ただ現実から目を背ける。ここが終点だなどと、そんなこと望まない。スリスリといつまで経っても頬を摩ってくる骨ばった指。「お嬢様」という困った美鈴の声にレミリアがゆっくり瞼を開ければ、指を伸ばした用心棒の笑顔が待っていた。

 

「…………ん?」

「目が覚めたかお嬢様? いつまで狸寝入りしているのかと思ったぞ?」

「ま、満月? 貴方……? なんでいるの?」

「お嬢様が呼んだからだろう。ふらふら散歩していたらお嬢様の声が聞こえてな。急に仕事とは困ったものだ」

 

 抜き身の刀で肩を叩く満月の足元に散らばった人間たちの体。音もなくバラバラと散らばる死体にレミリアは口元を痙攣らせ、満月はつまらなそうに悪魔に向かって振り返る。間の抜けた表情の悪魔に変わらず笑い掛ける満月に、ウカウは大きくため息を吐いた。

 

「はあ? マジで来るってなにそれ? だいたい人間のくせに人間をそうもバラバラにするなんて、なにお前? 狂ってるの?」

「俺は用心棒だ。人なんて数えるのも億劫になるほど斬ってるし今更よな。で? アレを斬ればいいわけだなお嬢様よ」

「アレって私? ちょっと、この部屋が見えないの? この妖怪の群れを人間一人でどうにかできると思ってるの?」

「んー? さて、俺は太陽も雪崩も斬れないが、生きてる奴は別さ」

「どうやっ……ッは⁉︎」

 

 呼吸を止めて悪魔は自分の首に手を添えた。そして強く目を擦る。周りを見れば同じように首や頭を抑えている妖怪たち。レミリアと美鈴は目の前の光景に何度も目を瞬いた。

 

 幾数本の刃が舞った。

 

 部屋に居座る妖怪たちを貫いた無数の刃の姿は幻のように消え去って、血も舞わなければ、肉も地に落ちない。ただひとり変わらず刀で肩を叩きながら、満月は一歩足を出す。

 

 『抜ケン術』、始まりがなければ終わりもない御技。

 

 描かれる軌跡はどこまでも伸び、終わりがない故に幻となって終わりを描く。どこが始まりでどこが終わりか。本物と偽物の違いは目で見ていては分からない。飛び交う刃の銀閃を、避けようと思えば偽物で、偽物だと信じれば本物である。ずるりと崩れる肉体さえも真実かどうか分からず、まるで時が跳んだかのように訪れる結果に大きく悪魔は飛び退いた。

 

「な、なんだお前ッ⁉︎ なんでそんな呼吸するようにッ⁉︎ 殺すことに躊躇ないのかッ⁉︎ お前本当に人間かッ⁉︎」

「極東の侍の仕事は殺すことだぞ? そんなこと言われてもな」

「待て待った! 私が悪かったって! 欲に目が眩んだんだ! ルーマニアまでの道なら本当に案内するから!」

「悪いが信じられんな、……いや、そもそも俺は誰も信じない」

 

 命乞いも頼みも必要ないと喚く悪魔に無数の刃が突き立てられる。本物と偽物の区別などつけられず、差し出された両手を縫って悪魔の体に蜂の巣のような穴が空いた。刀を振るったようにも見えず急に穴が空き崩れる悪魔にレミリアと美鈴は声にならない大きな吐息を吐き出した。

 

「霊廟だらけのこの国なら念仏を唱える必要もないな。お嬢様、美鈴殿、無事のようでなによりだ」

「あの、満月? 私……」

「そうだお嬢様、これ拾っておいたぞ? それとるーまにあまでの道も聞いた。なかなかいい散歩になったよの」

 

 呆けた顔のレミリアに革袋を放る満月にレミリアは目を丸くして、奪われたはずの革袋を握り締めた。そんなレミリアから目を外し、煙管を咥えて死体漁りを始めている満月に美鈴は眉を寄せた。

 

「満月さん、本当に散歩してたんですか? 言ってはアレですけど、わざわざこんなところ通ります?」

「……だいたい無償で手を貸すなんて言う者を信用できるか? 敵は強大、こっちは三人。ムシのいい話は疑ってかかるべきぞ。日ノ本にいた時もくノ一が色仕掛けで似たような手を使ってきたしの。経験の差というやつだな」

「はぁ、満月さんの今までが気になりますけど、今はよしとします」

「そうしてくれ、それでは行くかお嬢様」

「えぇ……行きましょう満月」

 

 なにがあっても変わらぬ満月にレミリアは小さく笑い声を返した。人だろうと妖だろうと関係なく、レミリアはレミリアで満月は満月、美鈴は美鈴だ。それさえ分かっていればいい。王たちの眠る青い都で、少なからず当主としての道が見えたとレミリアは強く銀貨の入った革袋を強く握り締める。

 

 そんなレミリアを尻目に満月と美鈴は目配せし、静かに頷き合った。心の内は分からずとも、進むべき道は同じである。今はそれだけ分かれば十分だと言うように。道標は小さな吸血鬼。失くしたものを埋めるため、満月と美鈴の歩く先は決まっている。

 

「満月、美鈴、きっと私、貴方たちに見合う私になるから。私なりの夜の王に」

 

 

 

 

 

*1
古代ギリシャのアルゲアス朝マケドニア王国の王

*2
イスラム教の礼拝堂

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