真・恋姫†外史 ~二人の姦雄~   作:当在千里

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 少し遅くなりました。当在千里です。書きたいものを書こうとするとなかなか頭に思い描くものとは違うものが出てくるものですな。頑張って書きましたがいかなるものやら。それではどうぞ。


【一】誕生、そして邂逅

 外史へ降り立った曹操は赤子であった。

 

「若君がお生まれになりました!」

 

 声を出してみようにも、泣き声にしかならない。彼は産婆らしき老女に抱かれていたが、やがて母なのであろう女性が彼を抱きかかえた。

 周りの侍女や召使たちが口々に祝いの言葉を述べる。

 

「鮑丹様、まことに喜ばしゅうございますな」

「この元気な泣きっぷり、お嬢様のお生まれなった時にそっくりですじゃ」

「きっと、立派な鮑家の跡取りとなりましょうな」

 

 曹操は、母になる女性を見つめる。美しかった。自らの記憶では彼女は友の父のはずだったが、そんなことは気にならない。思うようにならない身体であったが、彼は鮑丹に向かって精一杯笑って見せた。

 

「おお、若君が笑っておられますよ!」

「これもお嬢様の御徳のなせるわざじゃな」

 

 鮑丹は、笑い掛けた曹操に笑顔を返した。そして愛おしげに優しく抱きすくめると、彼を見つめ口を開いた。

 

「名前を生まれる前から決めてありました。お前の名は信。誠実な心で、人を思い、民を思うということです。そして真名は志遥(しよう)。志を遥かに持ち、天下を見据える者になってほしい」

 

――鮑信。彼のこの外史での名であった。

 

 鮑信として曹操が生まれてより、十数年がたった。彼は黒い髪に、琥珀色の目をした、凛々しく整った顔立ちの少年となっていた。ただし背は低い。この世界では、きっと前よりも身長が伸びるだろうと思ったが、前世の自分と変わらぬ背丈にやや落胆した。前世の因縁はついて回るようだ。ご愁傷様である。

 彼は今、洛陽の都にいる。母の鮑丹が侍中となり、宮廷に赴任したためだ。彼もそれについていき、都の塾にて学ぶことになった。

鮑家は名門と呼ばれて差支えのない家柄だ。先祖は三代にわたり司隷校尉(現代で言う警視総監のような職)となっており、近しい親族も太守となるものや、学問で名を成しているものが数多くいた。曹操もとい鮑信も、前世での記憶が役に立ち、「鮑家の奇才」と、はやくも名を知られるようになっていた。

 

「ここか」

 

 彼は塾へと到着した。建物は非常に真新しい。この塾だけでなく、洛陽全体がそういった風である。古風で落ち着いた雰囲気の都だったと彼の記憶にはあったが、この街の装飾は皆華美で色彩が豊かだった。良いとは思うが、あの控えめな雰囲気が懐かしくも思える。

 

「ちょっとあなた?」

 

 と、後ろから声をかけられた。鮑信が振り返ると、そこには、金髪縦ロールの少女がいた。年は彼と同じくらいか。それなのにやたらと胸は成長している。顔は整っており、高貴な顔と形容するのが似つかわしいが、ゴテゴテした髪型といい、態度といい、どことなく高慢さを醸し出していた。

 

「あなた、聞いていますの? そんなところに突っ立てられては通行の邪魔ですわよ」

「おお、これはすまない」

 

 と、言いつつ、曹操は彼女の顔をまじまじと見つめる。気になる女だ。と鮑信は思った。それはなぜかと言えば、どことなく懐かしさを覚える雰囲気を持っているのである。あと少しで分かりそうだが、それをわかってはならないと彼の理性は囁いているようにも思えた。友であり、宿敵であったあの男が、こんな見るからにおだてりゃ木に登る女になっているとは思いたくなかったからだ。

 

「なんですの? わたくしの顔に何かついてます?」

「ああ、いや、貴殿があまりに優雅でお美しいので見とれておりました」

 

 決して嘘ではないと、彼は自分に言い聞かせた。美しいのは確かだ。そう、美しいのは。優雅な気風があるのも認める。ただこういう高慢な手合いはあまり好きではない。しかし、こういう手合いが世辞に弱いのは確実だ。拱手して、道をゆずる。

 

「あらまあ、正直ですのね! 確かにこの漢随一の名門、袁家の娘であるわたくし、袁本初の威光には我を忘れてしまうのも無理ありませんわ! おーほっほっほっほっほっほっ!」

 

 この反応で大方のことは理解した。彼の想定しうる最悪の展開である。彼女は袁紹であった。かつて官渡にて雌雄を決したあの袁紹なのだ。それが、このざまである。鮑信は言葉を失った。だが、すぐに考え直した。

 

(天よ、私は認めぬぞ)

 

 もうひとりの自分より、まずはこの娘だ。いずれ相対するとしても、このザマでは手応えのない戦いしか期待できないだろう。どうにかして、人並みの英雄してやらねば、袁家を引っ張っていくものとして立つ瀬がなくなってしまう。と、よくわからぬ使命感に鮑信は燃えた。彼は意外とお節介を焼くのが好きなのだ。

 

「そういえば、あなたのお名前は?」

「はい、鮑信と申します。今日からこちらで学ばせていただくことになりました」

「あら、鮑信さんとは、あなたでしたの」

「私を知っていらっしゃるので?」

「ええもちろんですわ! 官位ではわたくしの家より低いとは言え、鮑家は袁家よりも歴史ある名門。覚えていないわけがありせん。特にあなたは最近、方方で名声を耳にいたしますもの。鮑信さん、どうぞよろしくお願いいたしますわ」

「はい、こちらこそ、袁家のご息女と誼を結べるとは光栄の極み。どうぞお見知りおきを」

 

 袁紹の言葉ににこやかに返す鮑信。こちらの袁紹も性根が腐っているわけではなさそうだ。調教は難しそうだが、その分、育て甲斐があるというものだと、鮑信は道すがらひっそりとそう感じていたのだった。

 

 教室には一人の少女がいた。机に蔡倫紙を起き、筆で書の気になる箇所を紙に書き写している。どうやら、それだけではないらしく、自分なりの解釈をさらに書き加えてもいるようである。髪は左右に結われ、云われた髪は袁紹と同じく螺旋を描いている。瞳は蒼天を思わせる深い青で、その奥には、理知の輝きを灯している。それに合わせてか、青い服、ドクロをあしらった髪飾りをつけ、静かに書に親しみつつ、顎をしゃくっては思索にふけっていた。

 

「失礼いたしますわ!」

 

 その時である、彼女は思考を乱す不埒な声を聞いた。声のした方を見れば、案の定あまり仲の良くない「親友」がおり、また、見知らぬ男がその側に立っていた。

 ひと目で、その男がただものでないと感じた。一見物腰の柔らかい、穏やかな者に見えるが、全身から発せられる「威風」は隠しようもなかった。

 

「あら、まだ華琳さんしかいらっしゃいませんの? 残念ですわ」

「あら、随分な言い方ね、麗羽……そちらは?」

「今日からわたくしたちの学友になる鮑信さんですわ」

「貴方があの……」

 

 彼女も噂に聞いたことがあった。平陽の鮑信は若くして節義あり、沈勇豪毅にして知略に秀でると。それがこの男かと彼女はその顔を見た。ブ男ではない。これならば自分の建てる国の一員にしても良さそうだ。優秀であるという噂が本当であればの話だが。

 

「私を知っていらっしゃるようですが、あなたは?」

「これは失礼したわ。私は曹操、字を孟徳。よろしくね、鮑家の奇才さん?」

 

 鮑信は一瞬飛び上がるかと思った。自分であった。今や十数年の時を経てこちらの生活や違和感にもなれたと思っていたが、やはり、自分自身に会うのは驚くものである。あまりジロジロ見るのも無作法だからそうするわけにはいかないが、しかし、彼女の顔はしっかりと見ておきたかった。いずれは自らの主となる少女である。それが決まってるとは言え、才や、容姿は気になる。誠に自分と同じ地平に立つものなのかどうか……彼はそれが知りたかったのである。

 

「奇才など滅相もない。私はただ、自らに正直に生きたまでです」

「そうであっても、ここまで名声が広がっているのだから、才があるのは嘘ではないでしょ? 謙遜はいらないわ」

「ははは……まあ、多少才に自信がなくば行動は起こせませんからな。自分に正直に生きているというのは誠ですが、確かに才がないとは思ってはおりません」

「結構言うわね。その言葉が嘘じゃないことを確かめたいものね」

 

 しかし、英雄は英雄を知る。というが、二人はこの時、目の前に相対す者が英雄たるものだと確信していた。言葉ではない何かが、二人のあいだにあったといえよう。

 と、鮑信は曹操の手にあった書に目をやる。

 

「その竹簡は孫子ですな」

「あら、なんでわかったの?」

「机に置いてある紙ですよ。注釈を付けていらっしゃるようだ」

「……驚いたわね。そのとおりよ」

「なに、それくらいなら私とてわかります。軍事は国家の大事との箇所ですな。民衆と情報について、考えがお有りのようだ。将と民とが苦楽を共にするということを、情報の共有をすると言い換えれば、民が情報を知らぬがゆえに無闇にあれこれと不安がることを防ぐことが出来る。といったところでしょうか」

「そうね。ただ、気をつけなければならないのは、すべての情報を共有しなくても良いということ。無闇に情報を流して混乱させるということあっても、本末転倒だから」

「うむ、あくまで必要になるのは正確さだ。つまりは将によって正確で且つこちらに「都合のいい」情報を民衆に提供しなければうまくいかない」

「そのためには「将」自体も正確な情報を取捨選択出来る体制を築かねばならないわ。間諜の充実と伝達系統の効率化も求められるわね……」

「ちょ、ちょっとお二人共? 何の話をしてらっしゃいますの? わたくしをないがしろにしないでくださいませんこと!?」

 

 結局、塾の先生が来るまで、二人は孫子について熱く語り合うこととなったのである。二人の姦雄はやはり、互いに深く結びつくものなのだろう。二人の談話に入れぬ袁紹の嘆きだけが、今はただこだましているのであった。

 




 

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