真・恋姫†外史 ~二人の姦雄~   作:当在千里

4 / 8
 随分久しぶりなので、お忘れの方もいると思います当在千里です。
 ようやっと重い筆が進んだので、投稿致します。



【三】姦雄開花

  ややときは過ぎ、夜。志遥の手厳しい指摘を受け入れ、大泣きに泣き、その後、志遥と共に勉学に励んだ麗羽は可愛い寝息を立てて眠っている。そんな麗羽とは対照的に、華琳は、夜の肌寒い廊下へとでて、ぼんやりとその中庭を眺めていた。白熱した勉強会に、月の訪れにも気付かなかったので、結局、志遥と華琳も麗羽の家にお泊まりすることになったのだ。

手元には、酒瓶と杯、彼女の目は中庭の池に映る月を見ている。しばらくすると、少し悲しげな面持ちで歌を紡ぎ始めた。

 

――酒を前にして理想を歌う 

  

  税の取立てに役人は呼ばれず

 

  王は賢くさらに聡明

 

  宰相股肱は皆忠良で

 

  礼儀を知って譲り合う。

 

  民は訴訟に走ることなく

  

  三年耕し九年の貯え

 

  倉に穀物満ち満ちて

 

  老人は仕事をせずに済む

 

  雨もかくの如く降るならば

 

  百もの種が豊かに実り

 

  馬もいくさにでることはなく、田畑でのんびり糞をする

 

  爵位は公侯伯子男

 

  皆すべからく民を愛し

 

  人材は賢愚で選別されて

 

  民を養うに父や兄のよう

 

  礼法犯した者たちには

 

  その軽重で罪が決められるので

 

  落し物を盗る輩は現れない

  

  牢屋は年中空っぽで

 

  冬にも裁判の判決はなく   ※後漢代、裁判の判決は十二月に行われていた。

 

  老いては天寿を全うし

 

  天子の恩徳、草や虫にも行き渡る――

 

 

「随分としおらしい詩を歌うものだな」

「……私だって花も恥じらう乙女よ。当然でしょ」

「世を憂うくらいなら、世を変える気持ちを持たねば」

「わかってるわよそれくらい。言われなくても……」

「今日はやや、言葉が弱い」

「……うるさい」

 

 詩を歌い終えた華琳に、話しかける影。月明かりに照らされた顔を見れば、それは志遥であった。

 月光に照らされた華琳は、さながら嫦娥(じょうが)のように見える。しかし、ただ、凛として美しいだけでないことを志遥は見逃さなかった。その双眸(そうぼう)は、微かに、湿り気を帯びていたのだ。

 

「忍んで泣いた涙を隠さないのは、女の特権だ」

「なによそれ」

「泣きはらした顔で凄んでも、ひとつも怖くない」

 

 そう言われ、華琳は志遥を睨みつける。それに対して、志遥は余裕綽々といった風に笑うだけであった。

 

「最近のお前は暗い」

「……否定はしないわ」

「そうなったのはいつからだったかな。陳耽殿が誅殺された時からか」

 

 物言わず、睨みつけた視線は徐々に下がり、華琳は結局俯いた。

 陳耽とは、人臣の頂点である三公のうちの一つ、司徒に就任していた人物である。そして、元は志遥ら三人の塾の師でもあった。宦官の孫であると後ろ指を指されることも少なくなかった華琳の、その才能を高く評価していた一人であった。そしてなにより、華琳に上奏をするよう勧めた人物でもある。

 

「宦官はお前を殺せはしない。曹騰様が怖いからな」

 

 志遥は華琳の反応を見つつ、さらに言葉を続ける。

 

「陳耽殿も、それを承知の上だっただろう。たとえ罪に問われたとしても、犠牲なるのは指示をした自分だと考えた。だからこそ、お前に上奏文を書かせたのだ」

 

「わかってるわよ、そのくらい!」

 

 華琳が声を荒らげた。その叫びは夜の庭に虚しく響く。

 

「……それでも、あんまりじゃない」

「宦官の孫という因縁に助けられたことか? それとも、敬愛していた陳耽殿が自分のために犠牲になったことか?」

「どっちもよ……結局私、何も出来なかった」

「そうだとしても、お前が自責の念に駆られる必要はない」

「だってあんまりじゃない! 勇んで上奏した言葉は黙殺され、代わりに大切な人がいなくなった。私にいくら才があっても、力がないなら意味がないわ……」

 

 その言葉に、志遥の心は揺れた。若かりし頃、自らが理想に燃えていた頃も、こうであったと。才など、大きな力の前ではなんの役にも立たない。力と才能を同列に見るべきではないのだ。才とは手に入れた力を自由に使いこなすためのもの。ならば、才を活かすには、持つべき力というものが必要なのだ。大きな力を持って初めて、才あるものはそのつぼみを花とすることができる。袁紹、袁術には、家柄という大きな力があった。董卓や公孫瓚には軍事力が。自分や劉備にはそれがなかった。しかし、才だけはあった。では、力がなかった彼はどうしたのか?

 

「だったら、自分で力を掴み取れ。世は乱れているのだ。そのほころびに、お前が付け入る隙はある。なければ、作れば良い」

「そんな…」

「そんなこと、どうしてわかるのか、とでも言いたいのか」

「!」

「わからんさ。だが、俺はこうも思う。お前の才を見捨てる天下なぞ、俺が認めん」

 

 志遥の眼差しはまっすぐ華琳を見ている。思わず、視線を逸らしそうになるのを華琳は抑えた。ここで彼の眼差しを避けるようなら、自分は、彼の期待する華琳ではないと、そう思ったからだろう。より強い眼差しで、志遥を見返した。

 

「……あなたに認めてもらえなくても、私がそれを許さないわ。だって、私は曹孟徳なんですもの」

「だろうさ」

「だけど、こうも思うわ。あなたが傍にいない天下なんて、私が認めない」

 

 二人の間に不敵な笑みが交差する。

 

「お前が認めなくとも、俺はお前の傍にいる。才が統べる天下を、この目で見たいからな」

 

――俺は、曹孟徳なのだから。

 

 月夜の下に、二人の姦雄はまことの邂逅を果たした。

 




 次はいつになるかわかりませんが、オリジナル武将登場です。

 ついでに詩の解説。
 曹操の「対酒」という詩です。若い頃の作品で、自分の国家に対する理想が語られています。天子の恩徳が、草や虫にも行き渡るってところが、曹操の繊細さを垣間見られる作品ですね。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。