真・恋姫†外史 ~二人の姦雄~   作:当在千里

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【六】大河流流

 志遥はその日、母の呼び出しを受けた。先日の春蘭襲撃事件で鮑丹から大目玉を食らった彼は、その後しばらく外へ遊びに出かけることを控えた。屋敷に戻ってきた召使などに事情を説明したり、修理の要請に行ったりと、それどころではなかったことも理由である。そうして幾日か後の呼び出しである。まだ怒り足りないのかと、訝しみつつも、黙って母に会うことにした。

 

「志遥です」

「入りなさい」

 

 鮑丹に促され、志遥は彼女の書斎へと足を踏み入れる。書や竹簡が整然と並べられ、綺麗に整頓をしてある部屋で、鮑丹は座して待っていた。志遥は彼女の前に膝まづき、礼を取る。

 

「母上、なんのご用でしょうか」

「よく来たわ。長くなるから、とりあえず座りなさい」

 

そう言って鮑丹は、あらかじめ設けていた座へと、志遥を促す。志遥は促されるままそこに座った。

 

「とりあえず、この前の騒動の弁償、先ほど曹家から正式に謝罪が入りました。この件はお互いに大事にならないようこれ以上は問題にしないことにします」

「それは、なにより」

「華琳ちゃんとの仲が気まずくなるのも嫌ですものね」

「ええ、まことに」

「それとね、志遥。前から気になってたのだけど……麗羽ちゃんと華琳ちゃん、どっちが本命なの」

「はっ、麗羽は家柄もさる事ながら、最近はめきめきと才を高めております。華琳はもともと天賦の才あり、それを自覚し、さらに高めようと努力しており、すでに気風備えた傑物です。しかし、どちらもまだまだ成長途上。今明確にどちらか、とは、言えませんな」

「志遥」

「なんでしょう」

「違うわ」

「は」

「どっちに仕えたいかじゃなくて、どっちが女の子として魅力的なのかを聞いているの」

「そっちですか」

「ええ」

 

 鮑丹の顔は真剣である。嘘は吐かせない。そういった意志がこもっていたと言って良い。志遥はその顔に真っ向から、向かっていく。

 

「……華琳は、共に歩みたくなります。あいつはいつも孤高であらんとし、故に孤独です。だからこそ愛おしい。麗羽は、行方分からぬ身を、支えてやりたくなります。心はまだ汚れなく、それ故に危い。だからこそ、愛したい……」

「どちらも甲乙つけがたいと」

「はい」

「欲張りね」

「英雄は色を好みます」

「泣かせるわよ」

「泣かせる前に涙を掬いましょう」

 

 無理なことをやるとも言った。両雄並び立たぬところを立たせたいと、言っているのだ。相変わらず、鮑丹の目は厳しいが、志遥の目も嘘を言わない。

 

「……ほんとに貴方は鮑家の子かしら」

「母上の子ですから。鮑家の子です」

「ふふ、私が母でないなら、貴方は私の夫だったわ」

「ふっ、お戯れを」

 

 おそらくあの子も、と言いかけ。鮑丹はやめた。想遥は私のように、戯れでの言葉では済まされないかもしれないと、思ったのだ。

 志遥もまた、この人が母でなければ、俺は隣に居てほしかった。と思う。強く、美しい彼女に、自らの正室だった卞の面影を感じた。

静謐な時間が流れる。共に、微笑した。

 少しして、鮑丹はおもむろに書簡を渡した。志遥はそれを受け取り、一瞥する。鮑丹には、先程までの微笑は消え、鮑家当主としての顔があった。

 

「貴方への招聘状よ。大将軍の何進から」

「……私を騎都尉にですか」

「ええ。陛下の近辺を警護して欲しいそうよ」

「宦官、というより陛下自身の監視ですね。ついでに鮑家をこちら側に取り込みたいと……想遥も伴いたいのですが」

「本人に聞いてみなさい。断る道理もないでしょうけど」

「分かりました」

「最近の朝廷はきな臭い噂ばかり聞くわ。行くなら心しなさい」

「無論。それで、母上は」

「引退するわ。貴方が独り立ちしたからね……郷里で、根回しはしておくわ。変事には募兵しに来なさい」

「……ありがとうございます」

 

 志遥は鮑丹に拱手する。頼りになる根拠地ができた。と、言って良い。何進も、実力のある豪族の私兵や名声を頼りにして、その子息達を取り込んでいるのだろう。であれば、あちらにとっても、好都合だ。

 時代が、動き始めている。そう、志遥は実感している。しかも、この世界は性急である。そう思えるほど、様々なことが動き始めていた。

 

――華琳や麗羽に会っておきたい)

 

 時代が進むのならば、歴史は彼女らをほうっておくはずがないだろう。と、志遥は確信に近い思いに至る。かならず、彼女らは渦中の人物となっていく。もしかすれば、会えなくなることもありえた。

 志遥の思いのとおり、時代は急速に、しかし、確実に乱れていくことになる。それも、彼の前世とは大きく離れた形で。

歴史は、水である。常に形を変え、消して同じ形になることはない。ゆえに、人々はその水の中でもがき、新たな形を与えていく。その形を変えたものこそ、外史、と呼ばれるものだろう。

 志遥はようやく、外史の門前に立ったと言って良い。

 


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