不敗の魔術師、連合艦隊特務参謀になる   作:ジョニー一等陸佐

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誰も書かないなら自分で書けばいいじゃない。


第1話 魔術師、還らず そして・・・

 流れ出す真っ赤な血があっという間に大きな血だまりを作る。出血と共に自らの意識と命も流れ出していくのが分かる。

 一つの星が銀河の中で瞬き消えようとしていた。一つの時代が終わろうとしていた。

 

 

 宇宙歴800年6月1日、巡航艦「レダⅡ」艦内。

 (やれやれ・・・ミラクルヤン(奇跡のヤン)血まみれヤン(ブラッディヤン)になってしまった)

 ヤン・ウェンリーは艦内廊下に力なく座り込んでいた。その左足は全体が真っ赤な血で染まり周囲に巨大な血だまりを形成している。無様な格好にヤンは思わず苦笑してしまっていた。

 ヤン・ウェンリーはかつて自由惑星同盟という銀河を二分する勢力の一つの国家に属する軍人だった。非凡な才能を持つ軍人だった。ある時はエル・ファシルで絶体絶命の状況下の中300万人の市民を無傷で脱出させた。ある時はアスターテで壊滅寸前の艦隊を立て直して敵に一矢報いた。ある時は難攻不落の要塞と言われたイゼルローン要塞を一滴の流血無しに占領した。アムリッツァ星域でもバーミリオン星域でも・・・圧倒的な敵を前に決して敗れる事は無かった。戦いにおいて全く敗北することのなかった彼を人々は奇跡だ、魔術師だと称賛した。ヤン・ウェンリーは不敗の魔術師であると――

 その不敗の魔術師の祖国であった自由惑星同盟はもう一つの勢力である銀河帝国との戦いに敗れ消滅した。

 紆余曲折の末、彼は今、イゼルローン要塞の革命軍の総司令官として銀河帝国との戦いに身を投じていた。

 これに先立つ4月から5月にかけて行われた「回廊の戦い」で自軍の幾数倍の戦力の帝国軍と激闘を繰り広げ、双方共に多大な損害を被るも、帝国軍の名将ファーレンハイトやシュタインメッツを戦死させる等ヤンは着実に戦果を挙げ帝国軍を率いる皇帝ラインハルトから会見のための一時講和を引き出すことに成功した。

 ラインハルトとの会見に応じるためヤンは側近達と共に巡航艦「レダⅡ」に乗艦し、ラインハルトのもとに向かった彼であったが――事件はそこで起きた。

 道中、かつての自由惑星同盟軍の軍人アンドリュー・フォークがヤンの暗殺を謀ろうとしているとの情報が入った。フォークが乗っ取った武装商船がヤンを暗殺すべくレダⅡに向かい、それを帝国軍の駆逐艦が破壊。帝国軍側から挨拶のためレダⅡに移乗したいとの要請をヤン一行は受諾。彼らを移乗させたのだが――それは罠だった。移乗してきた帝国兵達こそがヤンを暗殺するべく送り込まれた真打だったのだ。

 移乗してきた帝国兵達は実際には地球教という宗教組織あるいはテロリスト集団が変装した姿だった。銀河の裏からの支配をもくろむ地球教がヤンを暗殺すべく信者を帝国兵に変装させ暗殺者として送り込んだのだ。

 事態の急変に気付いた側近達はヤンを逃がす一方で応戦するも、暗殺者達は革命政府の代表ロムスキーやヤンの側近のパトリチェフらを次々と殺害。一行を血祭りにあげる一方で本命のヤンを血眼になって探した。

 ヤンの暗殺の情報を掴んだイゼルローンからも戦艦ユリシーズが急行、ユリアンやシェーンコップが率いるローゼンリッターの隊員達がレダⅡに乗艦しヤンを保護すべく地球教徒達と戦闘を繰り広げていたが――何もかも、遅かった。

 パトリチェフの時間稼ぎによって一旦は難を逃れたヤンはどこが安全かと艦内を歩き回っていた。

 参ったな、どこに隠れれば安全だろう、あまり死にたくはないな、ユリアンを同行させなくて正解だった・・・

 そんなことを考えながら艦内の廊下を歩いているところに、彼はばったりと人に出会った。出会ってしまった。見つかってしまった。帝国兵に変装した暗殺者に。

 ヤンが相手が何者か認識する前に暗殺者のブラスターから熱戦が放たれ――ヤンの左脚の動脈を撃ち抜いた。

 動脈を撃ち抜かれたことで大量に流れ出る血の量は彼の生命を奪うのに十分だった。

 ヤンは改めて自分の置かれた状況を見た。

 暗殺者は既に何処かに行ってしまったがだからと言って状況が好転したわけではない。

 艦内廊下の壁際に座り込んでいる今も左脚から大量出血している。周囲に巨大な血だまりを作っており、彼の生命が失われるのも時間の問題だろう。

 それにしても随分とひどい出血だ、こんなにも血が流れるものなのか。まぁ、自分が指揮官として今まで流させてきた血の量に比べれば些細なものだが・・・

 意識が朦朧とする。

 周囲がはっきりと認識できない。まるで眠る直前のような感覚、覚醒と眠りの間のまどろみの感覚が襲ってきている。これが死ぬということなのか。

 もはや左脚の痛覚だけが彼の僅かに残された意識をつなぎとめていた。

 「・・・このまま・・・死ぬのか」

 ぽつりとヤンは呟いた。

 戦闘で死ぬのでもなく、普通に老いて死ぬのでもなく、誰にも看取られることもなく、こうして一人で静かに死ぬことになるとは・・・いや、今まで数百万の血を流させたある意味では虐殺者である自分にはこれでもまだ温情のある死に方であり、それに感謝すべきなのかもしれない。自分に一番ふさわしい死に方なのかもしれない。

 不意に、脳裏に見知っている顔が浮かんだ。

 自分の妻であり副官でもあるフレデリカ。それから、自分の養子であり愛弟子でもあったユリアン。シェーンコップをはじめとする側近達・・・

 「・・・ごめん・・・」

 朦朧とする意識の中、遺してゆく愛する者達のことを思い浮かべ呟いた。そう言わずにはいられなかった。婚約したばかりだというのに幸せにできないまま遺してゆく妻・・・自らの思いに反して軍人の道を進み、こんな自分を信じ慕いながら己の道を進もうとしていた息子に、側近達・・・大切な仲間達に何もしてやれないまま自分は逝こうとしている。果たして自分は彼らに何を残せただろうか。何かを成せたのだろうか。

 「ごめん、フレデリカ・・・ごめん、ユリアン・・・ごめん、みんな・・・」

 謝罪の言葉を口にしながら彼は目を閉じた。もはや痛みさえ感じない。もう意識を保つ力は、無い。

 彼の意識はそのまま消えていき、やがて完全に途絶えた。

 

 

 ・・・宇宙暦800年6月1日2時55分。ヤン・ウェンリーの時は、33歳で停止した・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体が何かの上を漂い、揺れる感覚がする。潮の匂いが鼻腔を突く。頭上から人工のものではない、強い太陽の自然光が差し込んでくる。

 強い太陽光をはじめとする、強烈な五感の感覚にヤンの意識は不完全ながらも再び覚醒した。

 ・・・ここは、一体どこだろう。

 僅かに眼球を動かし周囲を見渡す。一面に広がる青い海。その真っただ中にヤンは浮かんでいた。頭上には海よりもさらに済んだ青い空が広がり、鳥らしきものが空を駆けている。

 (・・・あの世、かな?)

 完全に覚醒していない意識を頭を働かせながら、ヤンはここが一体どこなのか思考しようとした。

 自分はさっき死んだばかりのはずだ。見覚えの全くないこの場所は一体どこなのか。先ほどまで巡航艦にいた自分はなぜこのような、見知らぬ海の上を浮かんでいるのか。もしかしていわゆるあの世という奴なのだろうか。宗教というものをヤンは信じていないが、しかしこの状況を説明できるとしたらそれが一番妥当な気がする。あの世だとするとここは天国だろうか地獄だろうか。多分地獄だろう。しかし地獄にしてはいささか変わった場所に見えるが・・・

 不意に、何かがヤンの視界に写る。

 視線を動かした先には――巨大な黒い城が海の上を浮かんでいた。

 「・・・あれは」

 巨大な黒い城の正体は、巨大な艦船だった。200メートルを優に超え、250メートル、いやそれ以上はありそうな巨大な黒い鋼の塊が、海上に悠然と佇んでいる。全長1キロ近くある旗艦クラスの宇宙戦艦や全長600メートル近くある標準型戦艦に比べれば、その艦は比べ物にならぬほど小さいが、それでも海上を進む艦船としては規格外の大きさであり、至近距離から見る者を圧倒させるには十分な迫力を持っていた。

 重厚な黒い鋼の装甲、見る者を圧倒する巨大さと威厳を持つその艦にヤンは見覚えがあった。確か、旧世紀の戦史の資料で記述されていた。

 旧世紀、宇宙歴以前の西暦が使われていた時代、かつて人類がまだ地球という小さな惑星にしがみついていたころ。その小さな惑星の、極東にあるさらに小さな島国が世界を巻き込んだ大戦争に勝利するために建造した世界一巨大な戦艦。

 その名前を確か――

 だが思い出す前にまた再び意識が沈殿し始めていく。

 体を動かそうにも手足は鉛のように重く、海水をかぶった顔は焼けるように熱く、海水が口や鼻から入り込み呼吸を邪魔する。意識の沈殿と共に体も海中に沈もうとする。

 (このまま沈むのか)

 その時だった。誰かに、腕を強く掴まれたのは。

 沈みかけていた体が急速に引き上げられる。激しい水音が耳朶を打つ。

 唇に柔らかいものが押し当てられ、新鮮な空気が送り込まれる。

 「大丈夫!助けるよ!」

 どこからか少女の声がして、それはどこか人を安心させる響きがあって。

 ヤンの意識は再び闇の中に沈んだ――

 

 

 

 「ヤ・・・提・・・督!・・・アンです!」

 暗闇の中どこからか誰かが自分を呼ぶ声がする。

 「・・・提督!どこですか!いたら返事を!」

 確かに知っている声なのに一体誰なのか思い出せない。自分にとってかけがえのない存在であることは確かだが・・・思うように記憶の棚を引き出せない。

 いったい誰が自分を呼び、探しているのだろう。そもそも自分はいったい誰なのだ?

 「提督!提督!どこにいらっしゃいますか!?」

 「――提督!ユ・・・ア・・です!!どこにいらっしゃいますか!?」

 自らを呼ぶ声がさらに大きくなりこだまする。そして――

 「――ヤン提督!!」

 「!!」

 ひときわ大きい声が脳内にこだましヤン・ウェンリーは目が覚めた。

 それと同時に蛍光灯の人工光が目に入り込み一瞬顔をしかめる。

 ・・・ここはいったい?医務室のような部屋だが。まさか自分は救出されて、あの出血を生き延びたのだろうか?

 周囲を見渡す。まずは状況確認だ。

 ヤンはベッドのようなものの上に寝かされていた。左腕にチクリと痛みがするので見てみると点滴針で刺された傷跡がいくつか残っていた。ベッドの隣には台の上に置かれたいくつかの点滴針やチューブ、吊るされている使用済みの輸血パックらしきもの・・・さっきまで自分は輸血を受けていたのだろうか。そういえば自分はブラスターで左足の動脈を撃ち抜かれ大量出血していたのだ。

 左脚を見てみる。自由惑星同盟軍の制服の一つであるスカーフを止血帯代わりに巻いてあったはずだが、今見ると血に濡れたスラックスの代わりに、真新しいアイボリーのスラックスを履いていた。傷口のあたりを触ってみると包帯がしっかりとかなりきつく巻かれているのが分かる。多分、縫合もしているはずだ。

 それにしてもここはどこだろう。雰囲気からして艦内だと思われる。が、室内の設備や調度品等は自由惑星同盟軍のものではない。ましてや銀河帝国軍のものでもない。まったく見覚えのない部屋だった。しかも、水上艦なのか時折揺れも感じる。少なくともレダⅡ出ないことは確かだ。

 「・・・やれやれ、参ったな。ここが一体どこなのか見当もつかない」

 思わずそう呟いた。一応命が助かったようではあるが・・・治療行為をされたということは少なくとも敵ではないのだろう。あるいは自分を何かに利用するつもりか。

 いずれにせよ今やるべきは置かれた状況の確認だ。ユリアンやシェーンコップ達にも会い、無事を伝えねばならない。

 (・・・思い切って動いてみるか)

 部屋の探索をしようとベッドが起き上がり、床に足をつける。不意に、左足に痛みが走った。ヤンは顔をしかめた。やはり完全に治ったわけではないようだ。あまり自由に動き回ることはできないだろう。が、まったく自力で動けないというわけではなさそうだ。兎に角ゆっくり歩くのがいいだろう。

 「さて・・・ここは一体、どこなのかな。一応、艦の中みたいだが・・・」

 ふらつく体を支え、自らの置かれた状況を理解すべく、そして自分の仲間を探すべくヤンはドアに手をかけ部屋の外へ出た。

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