不敗の魔術師、連合艦隊特務参謀になる   作:ジョニー一等陸佐

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第16話 ドゥーリットル空襲(前)

 下総・犬吠埼東方沖約七〇〇海里。波濤を蹴立て、輪形陣で西進する一七隻の艦隊がいた。そしてそれは、葦原海軍のものではなかった。

 艦隊の中心、ヴィンランド合衆国海軍空母「ホーネット」艦内で合衆国陸軍中佐ジミー・ドゥーリットルは襲い掛かる眩暈や頭痛、吐き気と必死に戦っていた。典型的な、ラ・メール症候群だ。潮の匂いが鼻腔と頭を刺激し、さらに不快感をもたらす。男たちにとってそれはさしずめ「死の匂い」であった。

 「まったく、何だってこんなことになったんです?俺たちがここにいるのは場違いなはずなのに」

 ドゥーリットルの隣にいた部下の男が顔色を青くしたまま悪態をついた。彼は先ほどトイレで胃の内容物を「処理」してきたばかりだったが、それでも空っぽのはずの胃はまだ吐き気を感じていた。

 彼の悪態は全く事実であった。

 今この「ホーネット」艦内にはドゥーリットルをはじめ数十人もの陸軍航空軍のパイロットの男たちがラ・メール症状と戦っていた。それは本来ある得ない光景だった。そもそも、ラ・メール症状を発症する男性が海軍で活躍できるはずもなく、それ以前にまともに船に乗ったり海に出たりすることができるわけがない。だからこそ、本来少女たちのみで構成された海軍に陸軍の男たちが存在することは非常に異質なことだった。

 「まったくさ。こいつを考え付いた上層部は頭がおかしい。そいつらは海と男と、ラ・メール症状について待ったの無知・ド素人だって断言できる。どうかしてるよ。何考えてアーノルド将軍は海軍の提案に乗ったんだか」

 そう言って部下の言葉に同意したドゥーリットルはしかしすぐにやや無理をして自嘲的な笑みを浮かべた。

 「もっとも、命令に従って計画を立案した俺もどうかしてると思うがね」

 彼の目の前、空母の飛行甲板後部にはさらにあり得ない光景が広がっていた。本来に存在しているはずのないものがそこにあった。

 全長十六メートル、全幅二十メートル超の双発爆撃機。それが地上の飛行場ではなく航空母艦の甲板に並べられていた。知る人が見ればそれがB-25“ミッチェル”爆撃機であるとすぐに分かっただろう。常識的に考えれば搭載出来るサイズではない陸上爆撃機が十六機、斜交いに並んでいる。一機一機は鎖で甲板に固定されている。

 海を泳げぬ男達のいる空母、その甲板に並ぶ巨大な陸上機――なぜこのようなあり得ない光景が広がっているのだろうか?

 それは数か月前の、真珠湾攻撃直後にまで遡る。

 この戦争のきっかけになった葦原軍による真珠湾攻撃直後、ルーズベルト大統領は軍首脳部にこう求めた。葦原本土を爆撃できないか、と。

 それから数ヶ月の間、連合軍が葦原軍に敗北を繰り返すたびに合衆国軍最高司令官は何度もその点を尋ね、求めた。葦原軍に反撃する機会はないか?葦原本土を爆撃することはできないか?何としても反撃の方法を探れ、と――

 政府にとっても、軍首脳部にとってもこれは重要な問題だった。敗北を繰り返し、苦戦を強いられているヴィンランドの士気はどん底にまで落ちている。その上、敵は潜水艦を利用して通商攻撃やヴィンランド本土への攻撃を行っている。軍および国民の士気の回復は政府と軍両方にとって重要な問題だった。どうすれば連戦連敗によってどん底にまで落ちたヴィンランドの士気を高められるか?

 それには葦原の首都東京を攻撃することが必要だ――計画は直ちに立案された。 

 問題は方法だ。ワシントンから約一万キロも離れた敵の首都をどうすれば攻撃できる?

 潜水艦や艦船による砲撃――否。太平洋各地で敗退を続けるヴィンランド海軍にとって潜水艦で警戒の厳しい葦原本土を砲撃するどころか、近づくことさえ非常に大きな危険が伴う。潜水艦や艦船による砲撃は不可能と判断された。

 では、長距離爆撃機による本土空襲は?――これも、否。長距離爆撃機こそ保有しているものの、葦原本土をその行動半径内に収める基地はない。ルーシー連邦も、葦原と中立条約を締結しており爆撃のために基地を使用することはできない。

 空母艦載機による爆撃――やはり、否。空母艦載機は航続距離が短く爆撃のためには空母を葦原近海に接近させる必要があり、これは太平洋上で唯一動ける空母機動部隊が危険に晒されることを意味する。

 軍がその方法の模索に苦慮する中、海軍作戦部作戦参謀のネイビーガール、フランチェスカ・S・ロー大佐が一つの妙案を発案した。彼女は空母ホーネットを視察した際、その飛行甲板を見て彼女は閃いた。何も、空母艦載機に頼る必要はない。強風の向かい風に向かって空母を全速力で進めば、はるかに行動範囲の広い陸上機を無理にでも発艦させることは可能なのではないか?「航続距離の長い陸軍航空軍の爆撃機を比較的安全な長距離にて空母から発艦させ、葦原本土を爆撃する」正気な人間ならまず考えないであろうそのアイデアに、軍部は飛びついた。ロー大佐はアイデアを海軍作戦部長に報告、作戦部長からさらに陸軍航空軍司令官ヘンリー・アーノルド将軍に伝えられた。アーノルドはこの突飛な発案に喜んで賛同した。そして協力を申し出ると同時にこう要求もした。この作戦は海軍だけでなく陸軍との共同作戦にしてほしいと。

 当初、陸軍は機体を貸し出すだけで作戦そのものはあくまで海軍が行う予定であった。当然だ、そもそも海に入れぬ男で構成された陸軍が、こうした洋上での作戦に参加することは困難を極める。海軍主導で作戦が行われることになるのは常識に照らし合わせて当然のことであった。だが、それに対し陸軍が難色を示したのだ。理由は簡単で陳腐なものだった。陸軍の、海軍に対する対抗心。古今東西のあらゆる軍隊や組織に共通するセクショナリズムであった。

 太平洋で敗北を繰り返していたのは海軍だけではない。陸軍も同様であった。バターン、マニラ、コレヒドール・・・各地でヴィンランド陸軍も敗北を繰り返しフィリピンをあっという間に奪われた。陸軍の面目は丸つぶれ。士気がどん底に落ちていたのは陸軍も同様であり、軍民の士気回復、そして名誉回復は陸軍にとっても重要な問題だった。その士気回復、名誉挽回の格好の機会である葦原本土爆撃作戦。それが海軍主導で行われることは陸軍にとっては面白くないことだった。そうなれば海軍のみが称賛され、機体を貸与しただけの陸軍の面目は潰れたままだ。何としても共同作戦に持ち込みたい――

 そんな政治的な思惑のもと、陸軍は海軍に対し共同作戦とすることを強く要求。強い要求に海軍側も折れ、本土爆撃計画は陸海軍の共同作戦となった。

 アーノルドはすぐさまこの任務に最適な指揮官を探した。そうして選ばれたのが、ジミー・ドゥーリットル中佐だった。彼はヴィンランドでも指折りの有名な飛行士であり、(数ある業績の中でも)史上初めて「逆宙返り」をした曲芸飛行士でもあった。

 この独創的あるいは非常識的で、前例のない計画にドゥーリットル中佐本人は驚く一方で着々と準備を進めていった。

 政治的思惑も強く込められた作戦計画は秘密裏に勧められた。

 艦載する爆撃機の中からB-25が作戦に適していると判断、二十四機を作戦のために特別改装することを決定。航続距離を稼ぐために、燃料タンクを増設する一方で、任務の性格上必要ないと判断された装備――ノルデン照準器や機銃など――を外した。

 志願した搭乗員に対して、短距離離陸の訓練が行われた。訓練を通し、空母からの発艦は容易であることが分かった。

 かつて海軍武官として葦原で勤務した経験のあるネイビーガールからの情報や、地図やその他の情報を残らず調べ上げ、葦原の防空体制を調べ上げ、主要な陸上の目印や航路を確認した。

 飛行ルートも策定された。

 ぎりぎりまで葦原近海に接近した空母からまずドゥーリットルが一番に発進する。編隊を率いて葦原まで進み各自散開、東京、横浜、名古屋、神戸、大阪の軍事・産業施設の目標を爆撃する。その後、葦原列島と東シナ海を越え大陸沿岸の飛行場まで向かう。そこでいったん燃料を補給した後再び離陸し、さらに安全な大陸奥地まで飛ぶ。その後、B-25は蒋介石率いる国民党軍に引き渡されドゥーリットル達は別の手段でこっそりヴィンランド本国へ帰還する。

 爆撃機の用意と改修、搭乗員の訓練、任務部隊の編制、情報の秘匿――

 計画は秘密裏に、そして順調に進んでいった。

 そしてついに四月一日にはドゥーリットル率いる男性搭乗員たちと十六機のB-25を搭載したホーネットが艦隊を率いてサンフランシスコを出撃。葦原へ向け太平洋を西進し途中空母「エンタープライズ」率いる艦隊と合流。今現在に至るというわけだ。

 「・・・隊長、手が震えていますよ」

 部下の指摘に、ドゥーリットルは自分の体が小刻みに震えていることに気付いた。そしてそれが、ラ・メール症状だけによるものではないということも分かった。これは、武者震いでもあるのだ。

 空母から巨大な爆撃機を発艦させ、警戒網をかいくぐり葦原本土を爆撃、そのまま安全な大陸まで飛ぶ――

 傍から見れば前例のない、とんでもない作戦。だがもし仮にやってのければ自分たちは今大戦で、そして歴史上初めて葦原本土を爆撃した英雄として歴史書に名を残すことになる。

 あらゆる観点から非常識的なこの任務にドゥーリットルが驚く一方で着々と積極的に計画を進めていったのには、こうした軍事的ロマンチシズムに惹かれたからかもしれなかった。一飛行士、一軍人としてのプライドやあるいは海軍への対抗心、あるいはもしかすると海に入れぬ男の意地も関係したのかもしれない。

 改めて思う。我ながらどうかしている、と。こんな突飛なアイデアを考え付いたネイビーガールや実行しようとする軍上層部もどうかしているが、自分も積極的に、そして詳細な計画立案・遂行にかかわったのだから人のことは言えまい。

 「結局、まともな奴なんていないということか」

 「戦争なんてそんなもんですよ、隊長」

 居並ぶ爆撃機を前に、ドゥーリットルは、そしておそらくその他の男性搭乗員たちもラ・メール症状に苦しむ一方で確かな高揚感を覚えてもいた。

 「・・・さて、そろそろ時間だ。搭乗するぞ。早くしないと死因が爆死や墜落じゃなくて、波にさらわれたから、になっちまう。下手なジョークにもならん」

 潮の匂いをまともに吸い込まないよう袖で口を覆ったり、マスクをしながら甲板上の爆撃機に駆け足で向かう。

 「おい、チェリーボーイ!あんたは薬飲まなくていいのか!?」

 ドゥーリットルが一番機に乗り込もうとした時、つなぎ姿の金髪のネイビーガールが風にも負けぬ大声でがなった。

 「いらん!薬を飲んだら眠くなっちまう!居眠り運転は危険だからな!それに空を飛べばもう薬なんざいらなくなる!」

 「そうかい!じゃあせいぜい気張りな!酔っても、間違っても真下に飛ぶんじゃねえぞ!海に突っ込んだら、車と違って弁護士もつかないどころか、何もかもおしまいだからな!」

 そう言って彼女は親指を立てると機体のハッチを密閉した。外界の、海の空気と遮断されたことでいくらか気が楽になった。あとは空に飛びさえすれば、もうラ・メール症状に苦しむことはない。

 やがて空母は艦首を風上に向けた。

 高さ三十フィートの波が巨大な艦体を揺さぶり、四十ノットもの風が甲板上の全てを吹き飛ばそうと襲い掛かる。

 全身をずぶ濡れにしながら、整備員達が期待を甲板に拘束していた鎖を外していく。

 「薬は飲んだか?新しいゲロ袋は持ったか?よおし、気張りなチェリーボーイズ!」

 機体のハッチが次々と密閉されていく。

 「全機、発艦準備完了!」

 操縦席に座りながらドゥーリットルたちは艦のスピーカーから流れる演説に耳を傾けた。

 『第16任務部隊司令官フレンダ・ハルゼイよりドゥーリットル隊の男達へ!サンフランシスコからここまで半月の航海、よくぞラ・メール症状の恐怖に耐え抜いたわ!貴方達は既に英雄よ!』

 思えばサンフランシスコからここまでの道のりは決して平坦なものではなかった。

 そもそも海に入ることができない男たちにとって、この航海自体が作戦以上に危険なことだった。それは文字通り、命を危険にさらしかねないものだ。

 頭痛、眩暈、酔い、吐き気――容赦なく襲い掛かるラ・メール症状。中には呼吸困難に陥り作戦参加そのものが危ぶまれた搭乗員もいた。医学の進歩により症状を抑える薬は存在するものの、それらは皆副作用として強い眠気を伴うものばかり。ほとんど船内で寝てばかりだった。何度もラ・メール症状の、死の恐怖に襲われた。彼らの様子は、ネイビーガールからすればずいぶん無規律なものに見えたかもしれない。だが実際には彼らもまたそういった恐怖や困難と闘っていたのだ。この作戦が成功すれば自分たちは軍事史に名を残す英雄になる――その思いがわずかな支えとなった。

 そして、ついにこの時が来たのだ。

 『あの忌まわしいパールハーバーの悪夢から四か月。私たちは屈辱に耐え、苦汁を舐め続けてきた。そして今日!ようやく卑怯なサルどもに対し反撃の狼煙を上げる時が来たの。四月十八日は、ヴィンランド合衆国のみならず全人類にとって記念すべき日になるわ。ドゥーリットル隊は、栄光とともに歴史にその名を刻むのよ!』

 B-25の搭載爆弾の一つには戦前に葦原政府からヴィンランド海軍士官に贈られた紀元二六〇〇年を記念する記念勲章がつけられていた。「利息をつけてこの勲章をサルどもに返してきなさい。成功を祈るわ」直前に艦隊司令ハルゼイはドゥーリットルに沿う伝言した。

 『誇り高い自由の戦士達よ!自分達は安全だと思い込んでいる愚劣なサルどもの頭上に、今こそ正義の鉄槌を振り下ろしなさい! God bless Vinland !(ヴィンランドに神の祝福を!)』

 『God bless Vinland ! God bless Vinland !』

 勇ましい演説。それを締めくくる大合唱が響く。

 「神の祝福を、か・・・」

 大合唱を耳に、ドゥーリットルは独りごちた。

 前例のないこの作戦。はたして女神はこの作戦をどう見るか、どちらに微笑むのか。いずれにせよやれることはやった。ならばあとは――実行あるのみだ。

 「全機発艦開始!」

 操縦桿を引く。

 重い巨大な機体が四十ノット風を受けながらゆっくりと甲板を前進する。機体は徐々にその速度を上げ、艦橋のガラスをびりびりと震わせる。やがて、その重い機体はふわりと浮き上がり、甲板の直前でいったん沈んだかと思うとゆっくりと巨体を浮かせ高度を上げていった。それに続いてその他の爆撃機が次々と空母から発艦していく。

 全ての爆撃機が発艦した後、編隊はゆっくりと旋回し西へと機首を向けた。

 その先には、七百万人もの市民が暮らす東洋一の大都市が待っていた。

 

 

 




次回予告(CV:屋良有作)

嶋野によって軍港見学会に招待された五十子達。五十子はかつての部下に出会い、思い出を語り合う。一方のヤンは何か脳裏に引っかかるものを感じていた。
次回、「不敗の魔術師、連合艦隊特務参謀になる」第17話「ドゥーリットル空襲(後)」。銀河の歴史がまた1ページ・・・
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