作者から二つ、謝りたいことがあります。
まず一つ目。リアルでの生活が忙しく、気付けば前回の投稿から半年以上もの間隔が空いてしまいました。読者の皆様、非常に長い間お待たせして大変申し訳ございませんでした。
次に二つ目。前回の話の次回予告では空襲の部分、最後のシーンまで描写する予定でしたが、都合により途中までになりました。空襲の話を描き切るのは次回になります。予告詐欺になってしまい大変申し訳ございません。
作者は最後までこの作品を描き切る所存です。
どうか最後まで温かい目で付き合っていただければ幸いです。
それでは、どうぞ。
4月18日土曜日。横須賀は前日の雨が嘘であるかのような、雲一つない快晴だった。
その横須賀の地にヤンと洋平、五十子たちはいた。
洋平はいつになくテンションが高そうな様子で、目を輝かせている。対照的にヤンは時折目を細めたり瞼を振るわせたりと眠そうな様子だ。
「・・・洋平君、果たしてこんなに早起きする必要があったのかなあ。別にわざわざ早めに来る必要はなかったと思うんだが」
「柱島ではお目にかかれない艦艇を直接生で見れるんですよ!早起きせずにはいられません!ヤンさんだって、歴史好きならお目にかかりたいでしょう」
「確かに私は歴史好きだがねぇ・・・第一こんな式典、出席する必要があるのかい?」
目をこすりながらぼやくヤンに寿子が肩をすくめる。
「仕方ありませんよお。一応正式な行事ですし、それに上からの出席の命令とあっては」
「軍港見学会、ねぇ」
今日、この横須賀の地において行われる横須賀軍港見学会。それがヤン一行がこの地にいる理由だった。記者クラブも招いて行われる軍港及び艦艇の見学会に、嶋野は五十子たちをはじめとする一行にも出席の招待もとい命令をしたのである。
昨晩に突然伝わったこの招待に対する反応はそれぞれ異なっていた。何も気にしていなさそうにニコニコする五十子、連合艦隊司令長官たる五十子に断りもなく軍機も含む艦艇や軍港をマスコミも招いて公開するとは何事かと憤る寿子、雨天のまま中止になればいいのにとぼやく束。洋平は旧日本海軍の艦艇を直接生で見ることができると興奮し、ヤンは特にこれといった思いも無くあるいはめんどくさそうに頭を掻きベレー帽をもてあそんでいた。
結局翌日になり天気は快晴になり見学会は予定通り行われることになり、一行は早起きして横須賀軍港に赴いたのだった。
軍港のゲートをくぐると同時に海のほうからラッパが響く。
目を向ければ構内に停泊する艦隊で軍艦旗の掲揚が始まっていた。停泊しているのは重巡洋艦の愛宕と高雄だ。響くラッパの音、捧げ銃をする儀仗兵、直立不動の水兵たち、そして日を浴びながら風に翻る軍艦旗。その姿は勇壮で、厳かであった。これぞ海軍、海の防人、世界に冠たる葦原海軍の勇姿。この朝の厳かな儀式は海軍乙女たちにとって矜持の一つである。
五十子たちも、そして洋平やヤンも自然と背筋を伸ばし敬礼をする。ヤンだけ今一つ決まっていなかったが。それだけ厳かな光景であり儀式だった。
「うーん、なんか身も心も引き締まるね。やっぱりこれがないと、一日が始まった気がしないや」
五十子が大きく深呼吸する。
「海の風、それにこの潮の香りも気持ち良いな。男の人ならマスクをしないと近づけない『死の空気』なのに。えへへ、こういう時は女の子に生まれて良かったなと思うよ」
「・・・ここにその『死の空気』で普通に呼吸している奴がいるけどな。まずいんじゃねえのか?今日は記者がわんさか来るんだろ?ていうかなんでお前らもついてきたんだ」
束がヤンと洋平を睨む。
洋平は涼しい顔で、スマホを使いあたりを撮影している。
「え、だって仕方ないじゃないですか。柱島泊地にはない高雄型が見られるって聞いちゃあ」
充電器もバッテリーもないこの時代、スマホのバッテリーは温存しておくべきだろうが今回は特別だ。巨大な高雄型の艦橋を動画に収めながら洋平は満足げに頷きにんまりと笑う。
「これこれ。これこれ。このイージス艦っぽい高雄型の艦橋を間近に収めるチャンスなのに僕だけ留守番とかありえないし」
「いーじす?よく分からねえ言葉でごまかしてんじゃねえぞ。ほら、ヤン、お前もちったぁシャキッとしろ。何さっきからうじうじ考え込んでるんだ?ただでさえ軍人らしくないのにますますだらしねえぞ」
見ればヤンは先ほどから何か考え込んでいるようでもあった。顎に手を当て、視線は少し下を向き周囲の注目や光景などどこ吹く風といった様子。時折何かを呟いたり、物憂げな様子が感じられる。束の指摘を受け、ヤンは頭を掻きながら苦笑いした。
「あぁ、すまない。少し引っかかることがあってね・・・」
昨晩からミッドウェー作戦について考えていたヤンは本来なら未曽有の大敗北をいかに勝利に導くかについて、またその敗因はどこにあったのかについてその史実について改めて思い返していた。が、一方で、どうにも引っかかることがあったのだ。今のところ、日本軍もとい葦原軍は連戦連勝を収めている。史実通りに。対する米軍、この世界ではヴィンランド軍はこの間ただ手をこまねいていただけだったのだろうか。もちろん史実ではこの後反攻に転じるのだが、連戦連敗の憂き目にあっているこの間にも何か手を打っていたはずなのだ。何か事を起こしているはずなのだ。今のところ連戦連敗とはいえ全ての戦いに敗北したわけではないだろうし、連敗している以上低下した士気や厭戦気分をどうにか回復させようと何かしら行動に出るはず。いや、出ていたはずだ。しかしどうにも思い出せない。ちょうど、喉に刺さったごく小さな小骨がなかなか取れないように・・・
ヤンが思案にふけり、洋平が艦艇を撮影していると、
「山本閣下?山本閣下ではありませんか!」
埠頭のほうから五十子たちと同じ純白の第二種軍装に身を包んだ少女が走ってきた。
「みーちゃん!しばらく見ないうちに大きくなったね!」
五十子が顔を綻ばせ自らも駆け寄っていく。どうやら見知った、親しい間柄のようだ。相手の海軍乙女が途中で立ち止まり敬礼しなければそのまま抱き着いていただろう。
相手の少女は、以前大和で食事を共にした少佐たちより年下に見えた。目は切れ長できりりとしているが、体は小さく顔立ちも幼い。軍帽からはツインテールがはみ出し、肩の真新しい階級章は彼女が大尉であることを示していた。
「ご無沙汰しております、山本閣下。この能見美凪、祥鳳戦闘機隊の隊長を拝命しうにゃあっ!」
堅苦しい挨拶が途中でおかしくなったのは、再開の嬉しさのあまり我慢できなかったのか五十子が能見大尉に抱き着いて、その上体のあちこちを撫でまわし始めたからである。部下とのスキンシップにしてもこれはいささか過剰である。五十子らしいとも言えるかもしれないが。
「うにゃっ、うにゃにゃにゃああっ、か、閣下、お許しを・・・」
「紹介するね。この子はみーちゃん!航空隊の搭乗員で、開戦前には岩国でとってもお世話になったんだ。よーしよし、背も伸びたし、出るとこも出てき・・・てはいないな。ちゃんと糖分摂ってる?」
「は、初めまして能見大尉・・・ええと、空母祥鳳の戦闘機隊隊長なんですかあ。す、凄いですねえ」
もみくちゃにされる能見大尉に寿子は恐る恐る声をかける。
沖の方を見れば、艦橋のない、全通式平甲板の軽空母が停泊していた。飛行甲板は途中で断ち切られ艦橋はその下にあり、全部は低い乾舷の船体になっている。
このタイプで有名な軽空母は龍驤だが、寿子や洋平の話によれば、開戦以来南方作戦で活躍し今はベンガル湾での通商破壊が終わったころで、内地にはまだ戻ってきていないということだ。能見大尉の話も踏まえればあれが祥鳳ということになる。
「みーちゃん空母の飛行隊長になったの?そっかそれで横須賀にいるのか~。昇進おめでとう!」
能見を褒め称える五十子。一部隊、一空母の航空隊の長だ。ヤンの元居た世界で例えれば、オリビエ・ポプランのような、空戦部隊の隊長のようなポジションだろう。立場としては決して低いものではないだろうし、一部隊の長としての能力を認められたともいえる。だが褒められた本人はどこか浮かない顔をしていた。
「隊長といっても祥鳳の戦闘機隊は零戦六機のみ。あとは九六式艦戦が四機です。それに美凪たちは、一航戦や二航戦の先輩方に比べると未熟で。飛行時間が一千時間に達していない子がほとんどですし、実戦経験もなく、美凪も隊長が務まるかどうか不安で・・・「大丈夫!」うにゃっ!」
五十子の口癖が出た。根拠があるわけではないが、しかしそれはどこか人を安心させるものであった。
「みーちゃん、私もねおっちょこちょいだから、何をやってもダメな時期があったんだ。それでも周りの人たちと助け合いながら一つずつ一つずつ頑張ってここまでやってこられたんだよ」
「山本閣下が、ですか・・・?」
「うん。今でも時々もうだめだー無理だーって思う時もあるけど、そんな時は海軍乙女になりたてだったころの目標というか初心というか・・・そんなことを思い出すんだ。そうするとまだやれる、頑張らなくちゃって思えて来るんだ。みーちゃんも試してみるといいよ」
五十子の心のこもった激励に納見は顔を赤くして笑った。
「・・・初心、ですか。閣下に言われると恥ずかしいです」
「みーちゃん?」
首をかしげる五十子に納見は懐かしそうな表情を浮かべる。戦士を思わせる鋭い目にはいつのまにか懐かしさと感謝の色があった。
「閣下。美凪の父は東北の小さな村の村長でしたが、陸軍が村の男手を根こそぎ徴兵しようとするのを止めようとして投獄されました。その後は母が女手一つで私を育てて・・・海軍兵学校受験の折には罪人の娘は入学させられないと不合格になりかけたところを、当時次官だった閣下のお耳に入り、私が入学できるように取り計らってくださったとのこと。今の美凪がいるのは閣下のおかげなんです」
いかにも五十子らしいエピソードだ。もしかすると、五十子とかかわりのある海軍乙女一人一人にこのようなエピソードがあり、彼女たちの心や人生に大きな影響を与えているのかもしれない。
「あれ、そんなことあったかなー?ごめん、覚えてないや」
対する五十子はきょとんとした様子だった。本当に覚えていないのか、あるいは恥ずかしくてそうしているのか。しかし五十子はすぐに彼女の肩に手を置いた。子ども扱いのそれではなく軍人らしさのある力強いものだ。五十子は微笑んだ。
「君がここまで来られたのは君自身の力だよ、納見美凪大尉」
「・・・いえ。閣下のような強く美しく、笑顔を絶やさない立派な海軍乙女になりたい。それが私の、美凪の初心です。まずは祥鳳戦闘機隊を一航戦や二航戦に負けない技量の隊にして見せます。それが、長官への恩返しの、そして初心の実現のための第一歩です!」
「・・・うん!」
ふいに後ろから汽笛のけたたましい音と、隊長!と呼ぶ声がした。彼女の部下のものだろう。納見大尉は背嚢袋を担ぎなおした。
「そろそろ時間です、戻らないと。私はこれで失礼します。山本閣下、どうかご武運を!」
しっかりとした敬礼をすると、彼女はそのまま駆け出した。
その後姿を名残惜しそうに五十子は眺め続けていた。
あのあどけない少女もいずれは激闘に身を投じ、過酷な戦場を駆けることになるのだろう。息子のユリアンよりも幼いであろう彼女は果たしてこれからどのような運命を辿るのであろうか。戦場の姿、現実を知り経験して彼女は何を学び変わるのだろうか。ヤンはベレー帽を胸に当てながら彼女の小さな後姿を見つめていた。願わくば、彼女の前途が幸多からんことを。彼女の人生に加護があらんことを。
納見大尉が部下の少女たちと共に内火艇に乗り込み埠頭を出る。その先には大洋に浮かぶ空母の姿が。洋平や納見の話によれば確か祥鳳という名前だったか。
・・・空母か。思えば軍事史を紐解けば第二次世界大戦は航空戦力や空母戦力が大きく発達、重要視されるようになった軍事史的に重要な時期だ。空母機動部隊による遠距離への機動的な火力・戦力投入が可能となり、その後地球における戦術・戦略に大きな影響や転換を与えたのだ。・・・空母?・・・空母による攻撃。
空母の姿を見て不意に、ヤンの脳内の思考スピードにアクセルがかかった。なかなか取れないのどに刺さった魚の小骨がするりと取れる感覚がする。長時間解けなかったパズルのピースが不意に急速に組み立てられていく感覚がする。
空母、ミッドウェー、空母機動部隊、真珠湾、空母艦載機による攻撃、アメリカ軍の反撃、軍民の士気回復のための行動・・・ミッドウェー海戦以前の作戦・・・本土攻撃。
「あ」
思わず声が出た。自分でも間抜けだと思うぐらい。思い出した。ミッドウェーに関連するもう一つの出来事を。海戦の前、軍民ともにどん底に落ちていた士気を回復させるためのアメリカがとった行動を。そしてこの出来事が、ヤンの知る史実では、ミッドウェー海戦の発生の原因の一つにもなり、影響を与えたことを。空母の姿を見てヤンはフローチャートのようにキーワードをつなげ、あるいは連想し一つの史実を思い出したのだった。
どん底に落ちた士気。その回復、戦意高揚のための一手。そのためには最も効果的なもの――本土攻撃。その方法で最も現実的なのは?日本海軍は空母機動部隊で真珠湾を攻撃した。アメリカもといヴィンランドに同じようなこと、似たようなことができないはずがない。空母機動部隊による本土攻撃。ミッドウェー海戦の直前、アメリカ軍はそれをやってのけた。
「・・・五十子。今日は何月何日の何曜日だったかな?」
「?4月18日の土曜日だけど・・・?」
ヤンに質問された五十子は、彼のベレー帽を握る手がわずかに震えているような気がした。
実際、ヤンは内心思い出し、焦り、後悔していた。
そう、今日は。
「・・・ドゥーリットル空襲が起こった日じゃないか」
・・・なぜ今思い出してしまったのだ。
運命の時は、もうすぐそこまで、ドアノブに手をかけている。そんな時に思い出すなんて。運命の女神は、あるいは時の女神は恐ろしく意地悪で凶悪らしい。
次回予告(CV:屋良有作)
ドゥーリットル空襲の史実を思い出したヤン。対策を進言するも、聞き入れられず、わずかな貴重な残り時間が空費されていく。一方、見学会に招待された記者達や嶋野の五十子に対する態度に洋平は怒りを覚える。そして遂に運命の時は訪れる――
次回、「不敗の魔術師、連合艦隊特務参謀になる」第18話「ドゥーリットル空襲(後)」。銀河の歴史がまた1ページ・・・