不敗の魔術師、連合艦隊特務参謀になる   作:ジョニー一等陸佐

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第18話 ドゥーリットル空襲(後)

 4月18日。

 米機動部隊から飛び立ったジミー・ドゥーリットル中佐率いる爆撃機隊が東京都一帯を空爆。アメリカ軍による初の日本本土への空爆となった。

 この出来事は指揮官の名前を執ってドゥーリットル空襲の名で歴史に刻まれることになる。

 被害そのものは小さかったものの、この当時不可侵と思われていた日本本土を空爆されたことは連戦連勝の日本に大きな衝撃を、連戦連敗のアメリカには少なくない士気向上をもたらした。

 本土を空爆された日本軍は、米機動部隊に対応・殲滅する必要がさらに高まり、のちのミッドウェー海戦へ少なからず影響を与え、海戦に至る遠因となった。

 そして、今日はまさにそれが起こった4月18日だ。

 ヤンはベレー帽をきつく握りしめ、頭を掻きむしる。このままベレー帽を叩きつけたい気分だった。

 全く、なぜ今になって思い出してしまったのだ!今思い出すぐらいなら、いっそこのまま忘れていたほうがましだった!

 だが思い出した以上は何もしないというわけにもいかなかった。

 ヤンは傍らの五十子に話しかけた。

 

 「五十子、少し聞きたいんだが、空母に航続距離の長い陸上機を載せて遠い敵を・・・例えばこの本土を攻撃することは可能だと思うかい?この際多少のリスク等を度外視すれば行けると思うが」

 

 ヤンの言葉に五十子は首を傾け考え込み、頷く。

 

 「・・・可能だと思うよ。大きな陸上機を格納・着艦させるのは無理でも甲板に括り付けて発艦させるだけならできると思う。着艦できなくても、うまくやればこの列島を飛び越えて中立国の飛行場に着陸すれば・・・もしかしヤンさん、何か思い出したの・・・?」

 

 いつもと様子がおかしいヤンの姿に五十子が何かに勘付く。

 口を開こうとした直前、近くから複数の車のエンジン音が響いてきた。

 

 「来ましたよお、パーティーゲストのお出ましです」

 

 寿子が指を刺した先には黒い車が列をなして埠頭に入ってきていた。

 社旗をなびかせた新聞社の車に、海軍の公用車。

 それらが続々と埠頭に入り駐車する。

 扉が開き最初に出てきたのは男性記者たち。今回の式典や将校たちの取材のために来たのだろう。スーツ姿の男たちは皆白いマスクをして、顔をしかめて咳き込んでいる。潮の匂いの濃いこの場所だ。ラ・メール症状故に海に入れない男性たちにとっては、ここは一歩間違えたら命を落としかねない危険な場所だ。それでもわざわざ自ら取材に乗り込んでくるとは、まったく記者魂が熱いというべきか、呆れるべきか。

 最後に開いた海軍公用車の扉から出てきた人物の姿を見て、ヤンはげっとした。海軍大臣兼軍令部総長の嶋野だ。優雅に扇子を仰ぎ、背後に従う伊藤静に日傘を指させての貴族的な登場。五十子とは違いその軍服は勲章で飾り立てられている。

 瞬く間に彼女を、記者達のカメラのフラッシュの光が包み込む。対する嶋野は気持ち良さそうに、ラ・メール症状をプロ根性で抑える記者達に愛想笑いを振りまく。

 全く、五十子とは対照的だ。第一、こういったものはヤンの忌避するものである。一体あんなに飾り立て、偉そうに振る舞い、何が嬉しいのだろう。一体何の意味があるのだろうか?あのクソッタレのトリューニヒトだって彼女に比べればメディアに出るときはもう少し品や慎ましさがあったと思う。普通に慎ましく振舞えばいいのに。あるいはそれができない性格だから、あんな厭味ったらしく、そして策を弄するのだろう。

 

 「本日は記者の皆様に日ごろの感謝を込めて、通常であれば関係者以外立ち入ることの出来ない鎮守府の奥深くまで特別にお見せいたしますわ。鄭と防衛のかなめであるこの横須賀鎮守府の鉄壁の防備と、ここを母港に開戦以来、戦果を挙げてきた武勲艦をご覧になれば、私達が敵のいかなる企ても完膚無きにまでに粉砕する実力を有し、その戦争遂行において何ら憂慮の必要のないことを、銃後の国民に正しく報道していただければ、海軍として何らこの上ない喜びです」

 

 トークショーの司会者のようによどみなくしゃべり、大仰に手を振る嶋野。全く、こういう振る舞いや虚勢を張ることだけは得意なのだ。嶋野が振り返り、ヤンと五十子達に視線を向ける。ヤンの顔を見て一瞬顔をしかめた嶋野だったが、しかしすぐに笑みを見せ五十子を指し示す。

 

 「そして、今日のためはるばる瀬戸内から駆けつけてきてくれたのがこちら、皆さんもよくご存じの連合艦隊司令長官、山本五十子大将ですわ!」

 

 「あはは・・・どうも、山本五十子です。今日はよろしくお願いします」

 

 お辞儀をする五十子に、記者達からどよめきとフラッシュ。矢継ぎ早に質問が出てくる。

 

 「山本長官は開戦以来ずっと瀬戸内か前線だったと思いますが、久しぶりの帝都はいかがですか?」

 

 「お二人は兵学校でご同期だったそうですね。その頃のお話なども今日は聞かせていただければ・・・」

 

 「ええ、そういった話はまたおいおい・・・停泊する艦艇や工廠のところへ参りましょう」

 

 次々と質問を出す記者を宥める嶋野。マスコミ慣れした様子だ。そのまま取材は嶋野の先導を受けながら進んでいく。その途中、記者達を工廠へ連れていき空母への改装工事中の潜水母艦『大鯨』を見せようなどと提案した。空母への改装という軍の機密情報を見せようとする愚行、そして連合艦隊所属の艦艇であり連合艦隊司令の領域であることを無視した、五十子に対する明らかな陰湿な嫌がらせ。対する五十子は何事もないように、男性記者達への配慮と解釈して笑顔で首肯したが。

 その後も嶋野は記者達を引き連れ大仰に解説をしていく。

 虚勢と見せかけにしか見えない演出、この場でも行われる五十子への嫌がらせ。ヤンも洋平も吐き気がするばかりだった。早く終わってくれと祈りながら、ヤンは何とか空襲のことを伝えようと機会を伺う。

 突然、一人の記者が五十子に近づいてきた。

 

 「久しぶりですね山本さん、毎朝新聞の尾崎です!」

 

 近づいてきたのは寄りにもよってヤンと洋平が一目でやばいと感じた記者だった。髪にはべったりとポマードが塗り付けられ、顔は脂ぎってマスクの下の顎がたるみ、目が異様にギラギラしている。

 

 「どうも、尾崎さん。時間だった頃は色々とご指導ありがとうございました」

 

 丁寧に挨拶をする五十子に、尾崎という記者はスリーピースのベストがはち切れそうな勢いで興奮気味にまくしたてる。

 

 「国民を代表してお礼を言わせてください!真珠湾での勝利は皆本当に胸のすくような思いがしましたよ。今、国民の声は『覇権交代』一色です。この戦争で世界が変わるって期待してるんです。それで、山本さんの今後の展望といいますか、大戦略のようなものを聞かせてほしいんですが、ハワイはすでに落としたも同然ですから、次はいよいよ美国本土攻略ですよね?」

 

 寿子がヤンと洋平に小声でそっと呟く。

 

 「毎朝新聞は三国同盟を推進し、世論を煽った新聞社です」

 

 ヤンはため息をついた。飼い主が飼い主なら、飼い慣らされるほうも同じレベルのようだ。そして、時代や世界さえも違っても、メディアの本質は変わらないらしい。

 五十子は困ったように瞬きして答えた。

 

 「誤解があるようですが、私たちはハワイを一度奇襲しただけで、島を占領したわけではありません。まして太平洋を隔てたヴィンランド本土、その広大な本土の攻略なんて、夢のまた夢です」

 

 「でも、今月末には衆議院の総選挙がありますよね?万が一にも非翼賛勢力が議席を増やせば民心に離反と敵に喧伝されかねません。政府としてもこのあたりで一つ大きな戦果を挙げたいところでは?」

 

 「選挙や政権維持のために戦争をするのは間違っています」

 

 五十子は臆することなくはっきりと告げる。嶋野が冷たい視線を向けた。

 

 「尾崎さん、展望を聞かせてほしいという質問にお答えします。わたしは、一日も早く芦原が美鰤と講和してこの戦争が終わることを望んでいます。艦隊運用の責任者として、そのための環境づくりをしてくつもりです。それが、この戦争の引き金を引いた私の責任だと思っています」

 

 「講和ぁ?」

 

 尾崎記者の声が裏返った。二人の対談に耳を傾けていた他の記者達からも、驚きの声が上がる。

 

 「何を言っているんです、それじゃ国民が求めていることと真逆ですよ!わが社が先月、全国の有権者に行った世論調査結果があります。『欧美列強の植民地をすべて開放して東亜を白人から東洋民族の手に取り戻すまで戦うべきだ』が七割、『我が国に有利な条件で講和ができるまで戦うべきだ』が二割、『直ちに講和すべき』に至っては一割未満でした。艦隊の費用は国民が苦しい中納めた血税でしょう?だったら国民の声にこたえる義務があるのでは?」

 

 「自分の国が戦いに勝てば皆嬉しいです。今の状況で質問されたら誰でもこう答えるでしょう。でも、嬉しいのは勝っている時だけです。私はこの国のため、司令長官として、一海軍乙女として与えられた使命と私の信じる道を・・・」

 

 「そこまでですわ。困りますわね。軍人の立場をわきまえず勝手なことばかり言われては」

 

 冷笑の混じった声で嶋野が横やりを入れた。口角を吊り上げ、今度こそ獲物が罠にかかったと勝ち誇る視線。彼女はずっと五十子を傷つけ侮蔑するための機会を伺っていたのだ。

 

 「皆さん、今のはあくまで山本さんの個人的な見解にすぎませんわ。海軍としては当然、美鰤が許しを請うまで撃ちてし止まむ、です。戦いは、勝って終わらなければ始めた意味がありませんもの」

 

 「『戦いは勝って終わらなければ意味がない』・・・良いですね、今の言葉!明日の朝刊の見出しに頂きです!」

 

 「それに引き換え、山本さんの発言はとても記事にできませんね。山本さんは今や軍神なんですよ、黒船来航以来苦しめられてきた芦原人の救世主なんです。滅多なことを言わないでください」

 

 嶋野は五十子を貶め、記者たちは口々に言い含め勝手に重たいものを背負わせようとする。 

 五十子は寂しげにほほ笑むばかりだ。

 いい加減にしろ、五十子は神様じゃない。なぜお前たちは無責任に背負わせようとする。そこに何の意味がある、何が楽しい。洋平はそう叫びたかった。拳をぎゅっと握る。

 

 「でも戦争に負けたら反対のことを言い出すんでしょう?」

 

 突然の、この空気に明らかにそぐわない言葉が響いた。注目が集まる。口を開いたのはヤンその人だった。洋平はその目に明らかに呆れと怒気があるのを感じた。

 かくいうヤンももう限界だった。

 明らかに五十子を貶めることと、都合のいい宣伝をするためだけにこの見学会を開いた嶋野。そのためだけに軍港や軍艦をはじめ、自分の一存で軍の機密を見せる始末。

 マスコミもマスコミだ。己が国民の代表、世論の代表と驕り高ぶり、自分こそが民衆を、社会を導くと思い込んでいる。そのくせ長い物には巻かれろ、権力には媚び諂い何かあればすぐに手の平を返す。そして世論を煽り、一個人に勝手に責任を、大きなものを背負わせようとする。そして何か失敗をすればすぐに後ろ指を指すのだ。

 どちらも戦争は勝っていると思い込み、自分の都合のいいように物事を捉えている。全くお笑い草だ。なにしろかつての自由惑星同盟と同じだったからだ。

 往時から政府首脳部もマスコミも帝国との戦争を煽り、イゼルローン要塞陥落の時には政府首脳部は支持率上昇のためだけにさらなる戦火を要求し、マスコミもそれを煽り、首脳部も皆も甘い楽観論の下に進軍し結局アムリッツァにおける大惨敗に終わった。帝国軍の大親征の時には政府の長たるトリューニヒトは逃げ出し、マスコミはヤンにすべてを任せるような報道をした。

 己の利益しか考えず短絡的な首脳部、長いものに自らまかれに行き世論を煽り、いざというときには手の平を返すマスコミ。どちらも勝手に責任を義務を押し付け、自身は甘い楽観論に浸る。全くお笑い草だ、今目の前に広がる光景とかつての自由惑星同盟、どこにどう違いがある?

 もうヤンは限界だった。これ以上五十子が蔑ろにされるのも、こんな光景を見るのも。そしてヤンはこう言った連中には遠慮をしない人間だった。いや、こんな奴らに一体何を遠慮する必要がある?

 

 「五十子の言うとおりだ、今は勝ってるからそんな質問ができる、そんな風に振舞えるが、何かあれば後ろ指を指して非難し、手のひらを返すんだ」

 

 「誰だお前は!我々は国民の世論を代表しているんだぞ!」

 

 尾崎記者がぎらぎらした目でヤンを睨み、怒鳴りつける。後ろに控える記者達もその目に友好的なものは一切ない。

 対するヤンは臆することなく口を開く。ベレー帽を握る手に知らないうちに力がかかる。

 

 「世論を代表、ねぇ・・・ええ確かにその通りですね。いざというときはその力で世論を煽って自分の考えを社会全体の考えのように歪めることができますから。第一、世論調査だって全員にやってるわけじゃないから正確とは言えない。この国の有権者は確か25歳以上の男性のはずでしたから、単純計算しても全国民の四分の一から下手をすればそれにも満たないかもしれない。第一、調査自体自社の責任でやれるからいくらでも好きなように言える。まったく、世論を代表とはよく言えたものですね」

 

 ただ一人臆することなく抗弁するヤンに五十子も、洋平もその場にいた全員が目を見開く。

 

 「はっきり言って私には今の光景、今行われていることがただの茶番、とんでもなく質の悪い舞台劇にしか見えませんよ。そこら辺の三流小説家の書いた三文小説のほうがまだ上です。そちらの嶋野長官は機密の塊である改装工事の現場や工廠、艦艇を、本来の管轄である山本長官を無視して公開しているし、あなた方新聞記者は上の調子に合わせて書きたいこと、信じたいことだけを記事にしようとしている。その上どちらも、実際の戦況を碌に見ずにもう勝利した気でいる」

 

 「そこまでです、黙りなさい。勝手に発言してもらっては困りますわ。第一あなた、どういう資格があってそのようなことを」

 

 「いえ、黙りません。どうしてあなたに私に黙るよう命令する権利があるんです?」

 

 「!」

 

 嶋野が先ほど以上の冷たい視線でヤンを睨み扇子を突きつけ黙らせようとする。だがヤンはお構いなし。

 

 「この際はっきり言わせてもらいますが、私は山本長官の意見に賛成です。言わせてもらいますが、戦争に勝ったわけではないし、決して楽な戦争ではない。ハワイの奇襲攻撃は確かに戦術的成功に終わった。南方の作戦をはじめ、今まで勝ってきた。しかしそれはこれからの連戦連勝を保証するものではない。アメリカ、もといヴィンランドはその本土は健在で、この国をはるかに上回る物量と生産力、国力を有している。全体の戦況を冷静に観察すればむしろこれからどう作戦を進めていくかは明らかなはず。それなのにあなた方は、司令部もマスコミも揃って勝った気で、これからも勝ち続けると思い込んでいらしゃる。見たいもの、信じたいものしか信じず、責任と義務は下に丸投げ、押し付けた上で、です。そんなに勝利を信じていらっしゃるなら本土に閉じこもらず、前線に言って取材をされては?なんなら、記者と司令部要員で部隊を編成して出撃なさるとよろしいでしょう。きっと、大勝利に終わると思いますから」

 

 たっぷりの、真っ向からの非難と皮肉。嶋野も、記者達も、敵意に満ち溢れた視線をヤンに向けている。だがそれだけだ。ヤンの抗弁は静かだが、勢いと迫力があり、少しでも恥じる心があるのか誰も口を開けず沈黙していた。

 

 「手負いの獣は元気なそれよりもはるかに恐ろしい。こうしてあなた方楽観論に染まっている間にも、敵は着々と牙を磨き、反撃の時を伺っているでしょう。例えばあなた方が数か月前に機動部隊で真珠湾を攻撃た時のように、今近くの洋上から敵の機動部隊から飛び立った爆撃隊がこちらに向かっているかもしれない」

 

 この際やけくそだ。ヤンは腹を決めた。空襲のことを話し、少しでも対策を取るよう進言しよう。どうせ焼け石に水だろうが何もしないよりましだ。そして言うなら嶋野よりも、五十子のほうがいいだろう。

 ヤンは五十子に向き直った。

 

 「山本長官、進言があります。今すぐにでも航空部隊を出撃させて周辺の索敵を行うことはできませんか?敵の爆撃機隊がこちらに迫っている可能性があります・・・いや、来ています」

 

 嶋野が嘲笑する。

 

 「はん、何を言い出すかと思えば。ラ・メール症状でとうとう頭がおかしくなってしまわれたのかしら。あなた達、今すぐこの御仁を・・・」

 

 「待って、嶋野さん。どういうこと?」

 

 ヤンの目は真剣だった。五十子もまた真剣な目でヤンを見る。お互いを信じているからこそだ。

 

 「時間がないので今は詳しく話せませんが、敵の爆撃隊が迫ってきています。もう手遅れかもしれませんが・・・今すぐにでも航空部隊を出撃させて索敵・迎撃させる必要があります。厚木をはじめとした航空部隊か、出なければ今ここに停泊している空母『祥鳳』の戦闘機部隊を挙げれば・・・」

 

 ヤンはドゥーリットル空襲のことを話す。史実に基づいた警告だ。見た目こそ落ち着いているもの、ヤンの目には明らかに緊迫と焦りの色が浮かんでいる。五十子が頷く。

 

 「お待ちなさい、あなたにそのような進言をする権限は」

 

 「しかし連合艦隊を動かす権限は山本長官にあります」

 

 遮ろうとする嶋野と押し問答になる。

 こうしている間にも、貴重な残り時間は無くなっている。

 

 「おい、あれは何だ?」

 

 不意に、耳朶を討つプロペラ音がヤンたちの耳に響いてきた。双発のプロペラのうなり音。音は徐々に大きくなっていく。

 上空を見れば双発の中型の航空機がこちらに近づいてきている。

 数は一基だけではない。十機以上はある。

 それらが徐々に高度を下げながら、こちらに近づく。

 呑気に遠くの海軍乙女が手を振る。味方だと思っているのか。それにしては高度を落としすぎのような気もするが・・・

 

 「おい、あれは陸軍機か?」

 

 「海軍さんの九六式陸攻じゃないか?それにしては高度が低すぎるような気もするが・・・」

 

 「・・・違う」

 

 五十子がいつになく険しい声で言った。

 

 「あれは九六式じゃない。みんな伏せてっ!」

 

 五十子が叫び、いくつかのことが起こった。

 ヤンが反射的に洋平を地面に押し倒し、自身も伏せる。五十子も伏せた。

 寿子が反射的な速度でその場にしゃがみ、耳や目を塞ぐ。

 束が素早く嶋野を地面に組み伏せる。

 

 「きゃっ!宇垣さん何を」

 

 ひゅるるる、と何かが空気を割いて落ちる音が響く。

 次の瞬間。

 空気に衝撃が走り、凄まじい爆音が響いた。

 立ったままでいた記者が地面に叩きつけられる。

 次々と爆音と衝撃が響く。

 見れば交渉や軍港のいたるところから炎と黒煙が噴き出している。

 その上空では戦果を確認するように先ほどの航空機が旋回している。

 洋平がうめくように言った。

 

 「あれは陸攻じゃない・・・アメリカ軍のB-25爆撃機だ!」

 

 「どういうことですの、陸軍は何をしていますの!そこからの攻撃ですの!?」

 

 嶋野の悲鳴が交錯する。この場にいる全員が混乱していた。ヤンだけは天を仰いでいた。

 ああ、とうとう間に合わなかった。

 ついに史実通り、爆撃が起きてしまった。こんなことなら最初から思い出さないほうがましだっただろうか?それとも・・・

 いや、結局後悔しても仕方ない。それは後でもできる。ヤンはベレー帽をかぶりなおした。あたりを見渡す。

 軍港は惨状を晒していた。

 先ほどまで無邪気に手を振っていた幼い海軍乙女が血を流して倒れている。あるものは呻きながら、あるものはピクリとも動かずにいる。

 いたるところから炎と煙が上がり、時折爆音が上がる。

 記者は我先にと車に乗り逃げ惑う。

 向こうでは嶋野と寿子が言い争っている。どうせ嶋野のことだ、対応について難癖やとんでもないことを言っているのだろう。

 現に嶋野は勝手に指図をするなと、喚いているのが聞こえる。

 

 「・・・ヤンさんの言うとおりになったね。空母に航続距離の長い陸上機を搭載して、発艦させる・・・」

 

 五十子が静かに口を開いた。

 

 「私たちが真珠湾を空襲してまだ半年なのに、ヴィンランドは航空機の力を理解して私たちが思いつかないような運用法までして見せた。せめて物量で押されるようになるまでは作戦次第でなんとかできるかもって思ってたけど・・・ヴィンランド人は柔軟だね・・・」

 

 こんな状況でも、五十子は敵への称賛をした。

 寿子が絶句する。

 

 「そんな、空母に陸軍気を載せるなんて運用法、黒島参謀でも思いつくかどうか・・・」

 

 そこまで言って寿子は口をつぐみヤンと洋平を見た。

 ヤンは天を仰ぎ、洋平は呆然としている。

 洋平はこの空襲のことは知らない。あくまで、戦争ゲームで身に着けた、偏りのある知識で彼の記憶にドゥーリットル空襲の項目はなかった。

 ヤンは知っていたが、この空襲自体が教科書にはまず乗らない比較的小さな出来事であり、目の前の大きな出来事にとらわれ思い出すのが遅かった。

 庁舎から士官が息を切らせながら駆け寄る。

 

 「ヴィンランド軍機が帝都に現れたとの報告です!市街が空襲を受けている模様!」

 

 記者達がさらに騒然となり、我先にと車へ乗り去っていく。

 報告を受けた嶋野は記者がいなくなった途端、こらえきれなくなったように扇子で口元を隠しながら哄笑した。

 

 「おーほっほっほ!やってくれましたわねヴィンランド!国際法違反の市街地爆撃、これで世論は怒りとと憎しみでさらに燃え上がりますわ。もうこの戦争はだれにも止められませんわ!」

 

 そして嶋野は愉悦に満ちた目をヤンと洋平に向ける。

 

 「お二人共。未来から来たと言っていましたが・・・今までの素振り、明らかに怪しいですわ」

 

 扇子を広げた背後には、鎮守府の兵士達。

 

 「彼らを拘束しなさい!敵国のスパイですわ!」

 

 「待って!二人はスパイなんかじゃないよ!」

 

 五十子が叫んで間に入る。

 ヤンと洋平に銃を向けていた兵士たちも五十子が相手では流石に銃を向けられない。

 兵士たちがたじろぐ中、嶋野が口角を吊り上げ、その爪先を一人に向ける。

 

 「宇垣さん、二人を拘束なさい」

 

 宇垣束。

 彼女は元軍令部所属で、しかし今は連合艦隊の参謀長で、大和で同じ時を過ごした。飯を食べ、時には話し、時には怒り、笑い――

 

 「聞こえなかったの、宇垣さん?」

 

 嶋野の督促。束の長身が軋む。

 

 「・・・はい、嶋野先輩」

 

 気づいたように束が動き出し、五十子を羽交い絞めにする。

 その隙に次々兵士がヤンと洋平に飛びつきその体を拘束する。

 

 「束ちゃん?やめて、ヤンさんが、洋平君が!」

 

 束が死人のような顔で何かを口にした気がした。洋平に唐突にあの頭痛が襲ってきた。

 

 「ヤンさんっ!洋平君っ!」

 

 五十子の悲鳴を背後にヤンと洋平は嶋野の車に押し込まれた。

 

 

 

 

 

 




次回予告(CV:屋良有作)

嶋野により拘束されたヤンと洋平。だがそこへ、束が訪ね脱出の手引きをする。密かに帝都の街並みを行く中、一行は再び様々な人物と出会う・・・
次回、「不敗の魔術師、連合艦隊特務参謀になる」第19話「出会い再び」。銀河の歴史がまた1ページ・・・
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