不敗の魔術師、連合艦隊特務参謀になる   作:ジョニー一等陸佐

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第2話 目覚め

 高校生、源葉洋平は蛍光灯の明かりで目をを覚ました。

 目覚めたばかりでぐらぐらする頭を振り、状況を確認しようとあたりを見渡す。

 ここは何処だろうか?自分が横たわっている白いベッド、棚に並ぶ医薬品の瓶の数々・・・どうやら医務室のようだが。波の音と揺れも感じる。もしかして、船の上だろうか。

 ふらふらと立ちながら洋平は自分がなぜこんなところにいるのか、ここはいったい何処なのか記憶の糸を手繰り寄せた。

 そうだ、自分は広島に修学旅行に来ていたのだ。今日は自由行動の日、他らのクラスの連中が宮島でせんべい片手に鹿と戯れている中、海戦ゲーム『提督たちの決断』をこよなく愛する海軍オタクである洋平は一人呉に繰り出し大和ミュージアムに滞在していた。そこで十分の一サイズの戦艦大和の模型に感動して、それから・・・それから・・・気づけば自分は海の上を漂流していた。そのまま溺れそうになって誰かに助けられて・・・

 記憶を掘り起こそうとして洋平は突然鋭い頭痛に襲われた。

 ・・・駄目だ、やっぱり今に至るまでの記憶が思い出せない。大和ミュージアムにいたはずが何故いつの間にか海面を彷徨う羽目になっていたのか、いったいここは何処なのか。

 壁に手を突きながらふらふらと部屋から出て廊下に出る。

 一体ここは何処なのだろうか・・・

 「あの・・・そこの君、ちょっと、いいかな」

 不意に誰かに後ろから声をかけられた。

 少しぎょっとして後ろを振り向くと一人の男が立っていた。

 黒いジャンパーに黒いブーツ。スラックスは白いアイボリーで、首にも同色のスカーフを巻いている。姿は中肉中背。背は洋平よりも少し上ぐらい。おさまりの悪い黒髪に黒いベレー帽を被っている。年齢は二十代ぐらいだろうか。顔は、見る人が見ればイケメン・・・といったところだが、それよりも売れない学者かうだつの上がらない大学生という表現が合っている、といった感じだ。

 男の黒い瞳が洋平をとらえる。人を安心させるような、優しい瞳だった。

 おさまりの悪い黒髪をかきながら、男が口を開いた。物柔らかな声だった。

 「ええと・・・ここが何処なのか分かるかい?見たところ艦内みたいだが」

 洋平と同じ疑問を口する男。どうやら彼も洋平と同じように迷っているらしい。

 洋平は首を横に振った。

 「さぁ・・・すみません、実は僕も気づいたらここにいて。どこなのか分からないんです。・・・ところで、あなたは?」

 「ああ、自己紹介するのを忘れていたね。私はヤン。ヤン・ウェンリーという。・・・君の名前は?」

 「・・・源葉。源葉洋平です」

 ヤン・ウェンリーと名乗った男は顎に手を当て洋平の名前を繰り返した。ヤン、ということはこの人は中国人なのだろうか?顔だちもアジア系だがよく観察すると洋平と同じ日本人のそれとは微妙に違いどちらかといえば中国などの大陸系のそれだ。それにしても日本語が通じる人で良かった。

 「・・・ゲンバ、ヨウヘイね・・・顔立ちからして名前の表記はE式(東洋式)かな?源葉が名字で洋平が名前かい?」

 「ええ、はい」

 ヤンは微笑んだ。

 「そうか、いい名前だね。とりあえずよろしく」

 「あ、こちらこそ・・・ところで、ヤンさんはどうしてこんなところに?」

 「ああ、うん、それはね・・・」

 ヤンは困ったような表情で答えた。

 「・・・実をいうとよく覚えていないんだ。大怪我をして意識を失って・・・気付いたら医務室?のベッドに・・・」

 「医務室?もしかしてあの部屋ですか?」

 洋平は向こうの、先ほど出た医務室らしき部屋の扉を出た。

 ヤンは頷いた。

 「ああ、気付いたらあの部屋にいたんだ。それでここはどこなのかと部屋を出てしばらくあたりを歩いていたんだけどね・・・そしたらさっきの扉の近くに君がいたから何か知っているかもと思って声をかけたんだ。君も気づいたらあの部屋にいたのかい?」

 「ええ、大和ミュージアムに行って、それから海で溺れて・・・気付いたらあの部屋のベッドに」

 「そうか、どうやら私が部屋を出る時、他にお客さんがいたのか。気付かなかったよ・・・」

 ふむ・・・といった様子で考え込むヤン。

 「それじゃあ、君も何処なのか分からないのかい?」

 「ええ・・・一応、船の中みたいですけど」

 「そうか・・・とりあえず、ここが何処なのか一緒に調べないかい?人手は多いほうがいい。ついてきてくれるとありがたいんだが・・・」

 洋平はヤンの申し出を承諾した。

 ここが何処なのかも分からない以上、洋平は少し心細く一緒にいてくれる人がいるということは多少なりともありがたかった。

 見知らぬ人ではあるが、優しそうな人で怪しい感じはあまりしなかったので洋平はヤンに対し不信感というものはそれほど抱かなかった。

 初対面の二人はすぐにタッグを組み共に行動を始めた。

 

 

 

 

 

 

 廊下を歩きながらヤンは洋平を見た。

 見たところ彼はアジア人、それもどちらかといえば島国・・・日本人の雰囲気の顔だちだ。名前の表示方式もヤンと同じE式(東洋式。姓が前に来て名が後ろに来る。W式、西洋式はその逆)。名前の感触からしても、彼の側近の一人であるムライ中将と同じ日系の人物だろう。となると彼はどこの出身だろうか。まさか旧同盟領、かつての首都星であるハイネセンの出身ではあるまい。エル・ファシルか、それともイゼルローン要塞に居を構える一般人か、それとも難破した宇宙船から救助でもされたのか・・・

 「ところで君は何処の出身なんだい?」

 さりげなく聞いてみるヤン。

 「東京ですけど・・・」

 「・・・トーキョーね・・・」

 出てきた答えは全く聞いたことのない名前だった。トーキョー、という名前の惑星や星系は聞いたことがない。惑星や星系の名前に限れば。それら以外の名前ならば、かすかに、ヤンの記憶の糸に引っかかるものがある。旧世紀、人類がまだ地球という惑星のみを安住の地としていたころ・・・ニューヨークや上海、ロンドンといった数多くの繁栄した地球の都市のひとつ。そして二十一世紀前半に起きた全面核戦争によって荒廃した都市のひとつに東京という名の都市があった。確か、極東の島国の首都だったはずだ。彼はその出身だという。これは妙に思われた。地球は度重なる戦乱により今では赤茶け無残に荒廃した惑星で、わずか数千万の地球教徒が細々と暮らすだけ。しかし目の前の少年は地球教徒には見えないし、荒廃した地球出身とは思えない、ちゃんとした身なりをしている。第一、地球は銀河帝国の領内に存在する惑星だ。イゼルローンから帝国に向かう道中に何故、地球の、帝国領内出身の人物に会うことになるのか、第一銀河帝国の人種構成はそのほとんどが白人で東洋系はまずいないはずだったが・・・

 「ヤンさんは何処の出身なんですか?中国?」

 今度は洋平がヤンに質問してきた。出身地として指摘されたのは惑星の名前ではなく、これまた古代地球に存在した国家・地域の名だった。

 「いや、私は惑星ハイネセンの出身だ。かつての自由惑星同盟の首都星で・・・」

 「・・・え?」

 洋平の顔はきょとんとしている。何を言っているのかよく分からないといった風だった。

 ヤンは奇妙に思った。己の出身を問われればかつての地球の一都市の名を挙げ、他人の出身を聞くときには惑星や星系の名前ではなく、これまた地球の一地域一国家の名を挙げる。今人類は地球ではなく宇宙に浮かぶ数多の惑星を住処としている時代なのに。まるで目の前の少年は地球以外の場所を知らないような様子だ。

 会話が微妙にかみ合っていない。

 そう思ったヤンは思い切って質問をぶつけてみた。我ながら少し馬鹿げていると思ったが・・・

 「ちょっと聞くけど、洋平君、自由惑星同盟とか、銀河帝国とかフェザーンとか・・・どれか一つでも聞いたことは?」

 「・・・ないです。ていうか、ここ地球ですけど・・・多分」

 洋平が若干戸惑いながら答えた。

 地球!地球だって!よりによっても地球か。ヤンは因縁を感じたがすぐに抑えてさらに踏み込んで質問する。

 「今、何年だい?」

 若干曖昧な質問に洋平は過不足なく答えた。それはあくまで今現在、現時点での事実ではなく洋平個人の認識だったが。

 「・・・西暦20XX年です」

 ヤンは頭を抱えるのも忘れた。

 今は宇宙歴、あるいは帝国歴の時代だというのに彼は旧世紀の西暦で答えた。それもかなり――一千年以上も前の時代を。

 目の前の少年が嘘を言っているようには見えない。嘘だとしてもその目的が分からない。

 西暦という単語を聞いて彼には大方の予測がついた。もっとも、信じられるかどうかは別問題だったが・・・目の前の少年の言っていることが事実だとすれば。ヤンは思い浮かんだ考えを急速に言語化した。

 自分は今、自由惑星同盟や銀河帝国の建国どころか、銀河連邦成立以前、独裁者ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムも気の遠くなるような過去の世界にいる可能性がある。

 「・・・なんてこった。こいつはだいぶまいったな・・・」

 灰の中の空気をすべて吐き出し、頭をがりがりかく。

 絞り出すような声はヤンの窮状を的確に表していた。だが、ここでくよくよしているわけにもいくまい。

 「・・・どうもお互いの認識や常識にズレがあるみたいだね。どうだろう、ここらでお互いの認識や常識を確認しないかい?」

 ヤンの提案を洋平はすぐに承諾した。

 

 

 洋平が地球という惑星、日本という島国の東京出身の高校生であること。広島に修学旅行に行き、自由行動で博物館に行き艦船の模型の前にいたが、気付いたら何故か海で溺れており、意識を失い、気付いたらさっきの医務室のベッドの上に横たわっていたこと。

 逆にヤンは洋平のいた時代よりも遥か未来――人類が進出し広大な宇宙を住処とする時代の人間であること。そして銀河を二分する大規模で長い長い戦争が勃発していること。ヤンはその片方の陣営、自由惑星同盟の軍人として勤務していたこと。・・・ある時左足をブラスターで撃ち抜かれ大量出血し死を覚悟しながら意識を失い、気付いたらベッドに横たわっており怪我の処置を何者かにされていたこと。

 かいつまんだ説明だったがとにかく互いの認識を確認することが出来た。

 だが、ヤンはともかくとして洋平は半信半疑の様子だった。それはそうだろう、目の前にいる普通の人間が実は一千年も未来の人間で軍人として宇宙で戦争をやっていたなんて言うのだから、信じろというほうに無理があるだろう。ヤンは苦笑しながら言った。

 「別に無理信じなくてもいいさ。私だって正直信じられないんだからね。知ることと信じることは別さ。とにかく、私の境遇について知ってもらえればそれでいい」

 互いの認識を披露しあった後、再び歩を進める二人。ヤンはやれやれといった様子で頭をかいた。やれやれ、皇帝ラインハルトのもとに向かっていたはずが地球、それも西暦の時代にいるかもしれないんなんて・・・どうしたものかね。

 だが、ヤンも洋平もまだこの時点では知らなかった。過去は過去、地球は地球でも、ここは二人の知る地球や過去の世界とは異なる世界であるということを・・・

 

 

 長い通路の先に水密扉があった。今は開けられており光が強く差し込んでいる。

 外に出た二人の視界に移る光景が瞬く間に変わる。リノリウム張りの床が木張りの甲板に代わり、目の前には漆黒の宇宙空間ではなくどこまでも続く大海原と水平線だった。

 間違いなくここは宇宙ではなく、地上だ。おそらく地球だろう。それも海上、大海原の真っただ中だ。

 漂う潮の匂い、響く波の音と海鳥の鳴き声。

 それらに加わって突如として爆音が響き何かがヤン達の頭上を擦過した。

 ずんぐりとした全金属製の機体、楕円形の主翼と固定脚、プロペラエンジン――ヤンにとっては旧世紀の遺物である、プロペラ式の飛行機が何機も、編隊を組んで上空を舞っている。今時あるいはヤンのいた宇宙歴の時代なら空を飛んでいるのは大気圏内用のジェット戦闘機であり、こんな旧世紀、地球時代の遺物といえるレシプロ戦闘機ではない。

 「九六式艦戦だ・・・」

 洋平が呟いた。

 「知っているのかい?」

 「あ、はい。旧日本海軍が配備していた艦上戦闘機で・・・」

 彼によれば旧世紀・・・20世紀中、第二次世界大戦より少し前に配備されていた戦闘機だという。また、彼の知る限り飛行可能な実機やレプリカは現存しないという。ヤンは宇宙歴の、洋平は二十一世紀の出身だが何故ここに二人にとっては過去の存在である物体が存在しているのか・・・

 やはり、ここはヤンのいた時代より遥かに過去の世界のようだ。だとすれば此処はいったい何処なのか。どうやら自分たちは今船の上にいるようだが・・・

 刹那、けたたましいブザーが鳴り響いた。

 「こ、今度は何?」

 〈総員配置!対空戦闘用意!〉

 号令と共に、重たい鉄の擦れ合う音が響く。

 背後を振り仰ぐ。そこにそびえ立っていたのは十階建てのビルに匹敵する、三十メートルはあろうかという高さの、重厚な黒い鋼鉄の艦橋だ。上層に昼戦用の第一艦橋、中層に夜戦用の第二艦橋、その下に司令塔がせり出している。ねずみ色の艦橋の周囲を対空砲や対空機銃が取り囲んでいる。それらが一斉に旋回し鎌首をもたげる。

 〈撃ち方始め!〉

 次の瞬間、すさまじい連続音が耳をつんざいた。遅れて立ち込める火薬の匂い。明らかに砲声だ。

 咳き込みながら二人は後退る。空に向かって立ち続けて打ち上げられる光の矢に目が眩む。上空を飛ぶ戦闘機はよく見ると尾翼から吹き流しを曳航し、対空砲火はそれを狙っているようだ。

 海上を見れば戦艦らしき艦影が六隻浮かんでいる。それらも対空砲火をこれでもかと撃ち上げている。

 おそらくこれは艦隊の演習か実戦だ。

 「あれは長門型じゃないか・・・二隻もいる・・・あれは扶桑・・・?」

 洋平が何か呟いている。浮かんでいる艦船の艦名だろう。

 そのとき後ろで何者かの声がした。

 「そこにいるのは誰!」

 立ち込める硝煙の向こうから甲高い声がした。

 はかったように、潮風が吹き散らした。

 十人くらいの少女がそこにいた。高校生の洋平よりだいぶ下に見えるが、何故か全員同じ規格品の制服を着ている。そう、まるで軍服のような・・・

 二人が何か言うより速く、彼女達は目を剝いて叫んだ。

 「男ですっ!最上甲板に男が侵入!」

 「・・・え?ちょ、ちょっと待って、僕は怪しいものじゃ」

 「どうして男が!」「二人とも捕まえろ!」「抵抗するなら殺せ!」

 「うわああ、殺さないで!」

 少女から発生られたとは思えない物騒な怒号。

 前方にもやはり少女の群れが現れ、甲板に逃げ場を失う。

 まさかここで殺されるわけにもいかない。

 ヤンと洋平は開いた水密扉から艦内に駆け戻った。

 何処に行けばいいかも分からず、とりあえずラッタルを駆け上る二人。

 ラッタルを駆け上る二人だったが、途中でヤンはがくりと膝を落とした。

 「ヤンさん!」 

 「・・・脚が。無理をするもんじゃないな・・・」

 よく見るとヤンのスラックスの左足に僅かに血がにじんでいる。ヤンは先ほどまで左足の動脈を撃ち抜かれる重傷を負い、処置を施されたばかりなのだ。急な激しい運動に耐えられるはずがない。洋平も息切れが激しく、ラッタルを上るうちにかなり体力を消耗したようだ。

 あたりを見渡す。「作戦室」と銘打たれた扉が見えた。半開きになっていて、人の話し声が漏れている。

 二人は這うように近づき中の様子をうかがった。

 

 

 

 「観測器からの報告だ。撃墜判定は扶桑、山城、陸奥がゼロ。伊勢が一、日向二、長門三、大和が四。今回の防空射撃演習も、優勝はこの大和だな」

 文化部の部室のような部屋。長方形の机とそれを囲む椅子。机の端には使い古した将棋盤。そしてここにも、少女が四人。四人とも純白の制服に身を包み、肩には黒と金の階級章のようなものが付いている。まるで軍服、軍人だ。

 ヤンと洋平に背を向ける格好で、長身のポニーテールの少女が何やら得意げに喋っている。あれは演習だったようだ。

 「おお~これで九連覇ですねえ。あ、宇垣参謀長お茶にミルク入れますかあ?」

 ふわふわした声でそう答えたのは、湯沸かし器から磁器のポットに紅茶を注いでいる最中の少女だ。栗色を帯びたセミロングに黄色いカチューシャが可愛らしい。紅茶の芳醇な香りがヤンの鼻腔をくすぐり、それが心地良かった。

 「ちっ、んだよ渡辺、また紅茶かよ。しかしあれだな、連合艦隊旗艦になって二ヵ月、ようやく浮沈艦と呼ぶに相応しい練度になってきたじゃねえか。なあ?」

 荒い喋り方をするポニーテールがどっかりと椅子に腰を下ろした。

 三人目、それまで机に突っ伏していた小柄な少女が顔を上げた。寝癖をそのままにしたようなあちこちがはねたショートヘア。

 「・・・可哀想」

 死んだ魚のような目で、ぼそりと呟いた。

 「んだとお?どういう意味だ黒島ぁ!」

 ポニーテールが机をたたいてティーセットを置こうとしたカチューシャの少女がびくりと跳ねた。危ないですよお、と抗議する。寝癖の少女がぼそぼそと続けた。

 「・・・不沈艦なんて無い。大量の航空機に波状攻撃を受ければどんな艦も必ず沈む。こんな接待みたいな訓練、実戦の役に立たない。無意味。可哀想」

 「昼夜逆転してるやつに海軍乙女の伝統を四の五言われたくねえな!物量を押し返すのは訓練あるのみだ!たゆまぬ訓練こそが・・・」

 「あっはっは。束ちゃんも亀ちゃんも、元気があっていいなあ」

 最後に四人目の女子の明るい声がして、全員が黙る。

 ・・・いや、女子?足を高く万歳させた上下逆さまの人間が部屋の隅でゆらゆら揺れ動いている。すぐに逆立ちしているのだと気づいた。と、いうことはさっきからちらちらと見えている白いものは・・・あまり見ないほうがいいだろう。

 「そう言えば、ヤスちゃん、この間助けた人のことだけど・・・容体は?」

 逆立ち少女が続ける。彼女の問いにカチューシャの少女が答えた。

 「溺れていた男性二人のことですかあ?もう一人は外傷もなく大丈夫そうでしたけど、もう一人は左足の貫通銃創の出血が激しくて・・・なんとか山は越えるしたけど要安静、といったところですかねえ・・・二人とも、まだ意識が戻っていません」

 「・・・そっか」

 しばらく押し黙っていた逆立ち少女だったが、すぐに気を取り直す。

 「そうだ、いい事思いついた。みんなも逆立ちしながら話してみない?それで誰が一番長く続けられるか賭けよう!」

 「やるわけねえだろ!長官もよくそんな恰好ができるな、パンツ丸出しで恥ずかしい!」

 「気にしない気にしない、女の子しかいないんだし。それに逆立ちをするとね、世界が逆さになってね、違った何かが見えてくることが・・・あれ?」

 くるりと、体操選手のように姿勢を戻し逆立ち人間改め少女が首を傾げた。赤いリボンの髪飾りが揺れ、少女の視線がドアの隙間に向かった。

 その吸い込まれそうな大きな瞳が、中をのぞいていたヤンと洋平をまっすぐに捉えて。

 「君は・・・」

 

 

 

 

 

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