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「だめえええっ、殿方は見ちゃいけませんっ」
「いや、僕は見てない、何も見てないって・・・うわ柔らかい、ほ、本当に女の子?」
「いてて・・・抵抗しないって言ってるのにこんなに乱暴にすることはないんじゃないかなあ」
「うるせえ黙れ!」
駆け寄ってきた少女たちに、洋平は体を取り押さえられていた。ヤン・ウェンリーもポニーテールの少女にしっかりと組み伏せられている。大の大人が少女に取り押さえられ身動き取れずにいるという何とも情けない風体だが、そもそもヤン自身が、「首から下はいらない人間」と評されるほど肉体的にはひ弱な人間であり、こうなるのも当然の結果と言えた。
「侵入者を司令部まで上げるとは何たるザマだ!」
ヤンの背中を踏みつけながら、長身ポニーテールが怒鳴る。眉間にしわが刻まれた険しい目つき。への字口に竹串を加え、まるで不良だ。
「・・・そんなことより参謀長、彼らが海を泳いできたことのほうが重要。ヒト男性が海に入ればラ・メール症状を起こし、五分以内に意識を失い、溺死するはず」
ヤンと洋平をジトッとした目で見ながら文章をぶつ切りにしたようにしゃべるのは寝癖だらけのショートヘアの少女だ。小柄で本人より大きなぬいぐるみを抱えている。・・・それにしても、男が海に入ると死ぬとはどういうことだろうか?
ポニーテールは舌打ちした。
「ちっ、それもそうか。おい渡辺参謀、こいつが本当に男か確かめろ」
彼女が不本意そうに顎をしゃくったその先、先ほど紅茶を淹れていたカチューシャの少女が首を横にぶんぶんと振った。二人のズボンの一点を凝視しながら、
「い、嫌ですよお、乙女になんてことさせる気ですかあ!私見たことないし知りませんから!殿方の何がどこについてるかなんて!」
この様子だと、絶対知っているだろう。
彼女達三人は皆お揃いの制服を着ている。白い学ランのような詰襟に五つボタンの上着を身に着け、肩から胸にかけては参謀飾緒のような金モールをぶら下げている。方には桜のマークと金の線があしらわれた階級章のようなもの。見た目こそ年端もいかぬ少女だが、まるで軍人のようだった。そしてヤンは彼女達の着る制服に見覚えがあった。確か、大昔の戦史の資料で見たことがある。西暦が使われていたころ、二十世紀の地球上の国家のひとつ大日本帝国の海軍の制服と彼女たちの着ている制服はほとんどそっくりだった。違うのはせいぜい、スカートを身に着けている、ということぐらいだ。
そうしている間にも三人の少女が言い争いを続けている。
「宇垣参謀長がやればいいじゃないですかあ!」
「はあ?ふざけんな!あ、あたしだって乙女だ!」
「しゅぴー・・・陽動・・・飛行場の攻略と、敵空母誘出・・・しゅぴー・・・」
「黒島は寝ながら作戦練ってんじゃねえ!」
すったもんだが続くその様子に居た堪れなり、ヤンは自らの喉を指さした。
「あー・・・私は男だよ・・・ほら、喉ぼとけがあるだろう?」
親切に教えるヤンだったが、ポニーテールはそれを仇で返そうとした。
どう見ても火薬式のライフルにしか見えない物体を取り出し、弾を装填する。
「よし、銃殺だ。こいつら男だし、勝手に大和に乗って軍機に触れたし・・・後、男だし。殺してもいいよな!」
なんという女だ。初対面の人間をいきなり殺害しようとするとは。助かったと思った矢先、なんでこんなことに・・・
「駄目だよ、束ちゃん!相手は怪我人だよ!」
白革の手袋をはめた手が慌てて銃口をおろさせた。四人目の赤いリボンの髪飾りをした少女だ。
「山本長官だってパンツ見られたじゃねえか!」
「あはは・・・大丈夫!減るものじゃないし」
ヤンは申し訳ない気分になった。不可抗力とはいえ、少女のパンツを見てしまったこと知ったらフレデリカやユリアンはどんな顔をするだろう。
ポニーテールの少女が舌打ちして後ろに下がり、代わりにリボンの少女がヤンに手を差し出した。
「おめでとう。二人はこの大和に乗艦した、初めての男の人だよ」
大和。ヤンが今乗っているこの船の名だろうか。ヤンの知る限り、「大和」の名がつく艦は一つだけ、旧世紀の地球、とある極東の島国で建造された世界最大の水上戦艦。その名が「大和」だった。
「あなたの名前、聞いてもいいかな?」
「・・・ヤン。ヤン・ウェンリー」
すんなり答えてしまう。間近で見ると彼女はまた違った印象があった。リボンの髪飾りに逆立ち、茶目っ気のある喋り方から子供っぽく見えるが、人懐っこい笑みを絶やさない顔には落ち着きがあり、豊かな光彩を宿す大きな瞳は澄んでおり、捉えどころがなく、しかしどこか人を安心させるものがあった。
「ヤンが名字でウェンリーが名前?大陸系の人かな?」
「ええ、まあ・・・そういうことになるかな」
「君の名前は?」
リボンの少女は洋平のほうを向いた。
「・・・洋平。源葉洋平」
洋平もすんなりと自分の名を答えた。
「ようへいって、もしかして大平洋の洋に平?」
「・・・うん、合ってる」
「洋平君、か。なるほど、君は海に愛されているんだね」
洋平の手を引いてリボンの少女は彼を立たせると、彼女は再びヤンのほうに向き直った。
彼女は他の三人と同じ白い詰襟姿だ。肩の肩章についている桜の数は三つ、少女たちの中でも一番多く、階級章だとすれば彼女が一番立場が上であると考えられる。
ヤンに向き直りしゃがみ込んでいた彼女は、血がにじみ、わずかに赤くなっているスラックスを見て心配そうにヤンの足に優しく触れた。
「あっ、また血が出てる・・・大丈夫?ヤンさんは大怪我していたんだから、安静にしてなきゃだめだよ。見つけた時には本当に死にそうだったんだから」
ヤンは、おぼろげな記憶の中に、海を漂い沈みかけていたところを誰かに助けられるシーンがあったことを思い出した。と、いうことは彼女達が自分を助け、撃ち抜かれた左脚の治療をしヤンの命を救ったということだろうか。
「じゃあ、もしかして君達が私を助けてくれたのかい?私は足を撃たれて死んだはずなんだが・・・」
リボンの少女は頷いた。
「うん、そこの洋平君と一緒に海で溺れかけていてね。洋平君は無傷だったけど、ヤンさんは足の傷がひどくて、本当に死にそうだったんだよ。今生きているのが本当に奇跡みたい」
ヤンは頭をかいた。
洋平や彼女達の今までの話をまとめると・・・自分はレダⅡ艦内で地球教徒に左脚を撃たれそのまま大量出血で死んだ・・・はずが、気付いたらなぜか海で溺れていた。しかもそこは自分のいた時代よりはるか昔、西暦時代の地球の世界(らしい)。21世紀の地球から来たという洋平も一緒に迷い込み、彼女達に助けられ、今こうして拘束されている、というわけだが・・・ならば、ここはいったい何処なのだろう。ヤンのいた宇宙歴の時代でないことは明らかだし、かといって洋平の21世紀の地球の世界かといえばもう少し時代が古い気もする。そもそも彼女達はいったい何者なのか。
「えっと、ごめん。まずは助けてくれたことに感謝するよ。ありがとう。それで、ちょっといくつか質問したいんだけど、いいかな」
おさまりの悪い黒髪を書きながらヤンはリボンの少女に聞いた。
「ここがどこで、今が西暦何年か聞かせてもらえないかな。実を言うと記憶がはっきりしていなくてね。君たちの自己紹介も聞けたらいいんだが」
ヤンの質問に答えたのは、黄色カチューシャの少女だ。首を傾げ栗色の髪を可愛らしく揺らしながら
「西暦?ああ、伴天連歴のことでしたら、1942年ですよお。1942年の4月9日」
「・・・」
ヤンは考え込んだ。
カチューシャの少女は今は西暦1942年、20世紀であると言った。ヤンは脳をフル回転し、士官学校戦士研究科や同盟軍の資料室、趣味などで今まで積み重ねてきた膨大な歴史の記憶を引き出した。
ここがヤンのいた宇宙歴の時代ではないことは明らかだ。洋平のいたと主張する21世紀の世界でもない。ここはヤンから見ても洋平から見ても遥か過去の時代だ。そして、西暦1942年といえば、地球の全土で第二次世界大戦が勃発していた時期。時代錯誤のレシプロ戦闘機や重厚な水上戦艦、目の前の旧大日本帝国海軍の制服、そして溺れる最中見た、巨大な戦艦、「大和」という艦名・・・もしやここは。ヤンは複数のピースを次々とつなぎ合わせていく。もしやここは・・・20世紀の地球、大日本帝国海軍の連合艦隊、自分は今そこにいるのではないか?自分たちが迷い込んだ世界はそこではないか?そう考えればある程度の辻褄は合う。いやしかし。
異なる点が一つある。ならば目の前の少女達は何だというのだ?ヤンの知る限りこの時代の海軍組織は男だけの組織だ。決して、女性の、まして年端もいかない少女たちの入り込む余地はない。・・・が、実際にはうら若き少女達が帝国海軍の軍服を着てそこにいる。彼女達は軍人だとでもいうのだろうか?
ヤンは思い切って聞くことにした。
「もしかして、君達は海軍軍人で、ここは・・・連合艦隊なのかい?」
ヤンの問いにリボンの少女はニコリとほほ笑んだ。ヤンの予想は的中した。
「そうだよ。私達は海軍乙女。そしてここは、戦艦「大和」、連合艦隊司令部。私たちはそのメンバー」
胸に手を置きながら答えるリボンの少女。
「そうだ、私たち司令部メンバーの紹介がまだだったね。向こうで紅茶を淹れてくれてるのが戦務参謀の渡辺康子中佐、ヤスちゃん」
「・・・お茶、もう二杯ぐらい用意したほうがいいですかねえ?」
黄色カチューシャの少女はヤンと洋平を見ながら小首をかしげた。改めてみると明るく目がくりくりとした、可愛らしい愛嬌のある少女だ。
「眠っちゃったのが、先任参謀の黒島亀子大佐、亀ちゃん。えへへ、寝顔可愛い」
しゅぴー、と寝癖ショートの少女が独特のいびきを立てる。感情の起伏が読めないがこうしてみるといかにも子供らしい。
「・・・笑い事じゃねえよ。黒島の生活態度は目に余る。長官から一度厳しく言ったほうがいいぜ、こいつは山本長官の言うことしか聞きゃしねえんだから」
ポニーテールの少女が眉を吊り上げた。
「まあまあ、亀ちゃんはそのくらい全身全霊で作戦に打ち込んでくれてるんだよ」
「たく・・・甘過ぎなんだよ」
「こちらが連合艦隊参謀長の宇垣束少将、軍令部から来たベテランの参謀さんだよ」
紹介されたポニーテールは、舌打ちしてそっぽを向いた。
言葉遣いは乱暴で、目つきも悪いが顔だちそのものは決して悪くない。顔のパーツがあるべき場所にしっかりと存在している。後、胸部に大変立派なものをお持ちである。
ヤンは頭の中を整理する。1942年の地球、世界大戦、戦艦「大和」、連合艦隊司令部とそのメンバーの少女達・・・今見ている光景がすべて確かな現実のものだとすれば・・・いや、これは確かに現実だ。自分は今、1600年も過去の、第二次世界大戦が繰り広げられているはずの西暦の地球の世界にいて、目の前には連合艦隊が広がり、ここはあの戦艦「大和」で、目の前の少女は大日本帝国海軍の制服を着ており、ここは連合艦隊の司令部で彼女たちはそのメンバーで。それら全てが現実なのだ。そしてリボンの少女は束と名乗る少女に山本長官と呼ばれていた。連合艦隊司令部の長官。となればヤンの知る歴史の知識と照らし合わせれば、目の前に佇むリボンの少女の本来のポジション、姿は・・・
「それでね、わたしが・・・」
「・・・山本、五十六?」
リボンの少女が名乗る前にヤンは、ヤンのいた時代では遥か過去の、古代地球の名将の一人の名を口にしていた。本来なら目の前にいるであろう人物の名を。
少女は一瞬きょとんとしてから首を横に振った。
「惜しい、ちょっと違うかな。私は五十子。――山本五十子だよ。連合艦隊の司令長官」
それから少し恥ずかしそうにして
「私、父親が五十歳の時に生まれたからね、それで五十子って名前なんだ・・・えへへ、自分でもちょっと変な名前かなって」
そう言って笑う目の前の少女は身に着けた軍装を除けばどこにでもいそうな少女だった。
「山本、五十子・・・」
子供らしいリボンに逆立ちをする無邪気な少女。そんな彼女が連合艦隊司令長官。それだけでなくここにいる少女全員が大日本帝国海軍の制服に身を包み大日本帝国海軍の艦船に乗艦し、連合艦隊司令部のメンバーを名乗っている。遥か過去の世界が目の前に広がっており、そしてそれは確かな現実で確かにここに存在し、確かにヤンはそこにいる。
「それでは改めましてヤン・ウェンリーさん、源葉洋平くん、連合艦隊司令部へ――『大和』へようこそ」
山本五十六、もとい山本五十子と名乗った少女はそう言って微笑んだ。
これが、宇宙歴の時代、銀河の英雄である不敗の魔術師ヤン・ウェンリーと、もう一つの世界、遥か過去の時代の地球の連合艦隊司令長官山本五十子の出会いだった。
「――」
そして、ヤンが再び口を拓こうとしたその時だった。
ラッタルを大急ぎで駆け上る音と共に、再び一人の少女が司令部内に入り込んで叫んだ。
「報告します!セイロン沖の第一航空艦隊・赤城より、作戦特別緊急電です!」
入り込んできた少女の報告にヤンはピクリとなった。
セイロン沖?赤城?もしや――
ヤンと、この世界の歴史が再び繋がろうとしていた。
次回予告(CV:屋良有作)
遥か過去の20世紀の地球世界に迷い込んだヤンと洋平。第二次大戦時に酷似した、しかし明らかに違う世界に困惑しながらも、二人は連合艦隊司令部メンバーに自分が未来から来た人間であることを主張する。その時、司令部にセイロン沖海戦の緊急電が入る。撤退を求める通信内容に対し二人がとった行動は――
次回、「不敗の魔術師、連合艦隊特務参謀になる」第4話「二人の未来人」。銀河の歴史がまた1ページ・・・