「報告します!セイロン沖の第一航空艦隊・赤城より、作戦特別緊急電です!・・・って、お、お、おっ、男の人っ!?」
同じく旧日本海軍の士官服を身につけた少女が革製の筒を手に入室してきた。前髪を真っ直ぐに切り揃えた真面目そうな、例えるならクラスの委員長のような少女はヤンと洋平を視認するなり驚いて声を裏返らせた。
「あっ、軍楽長、この人は別に怪しくないですよお。ちょっと特務で、そう、特務で男装しているだけですから!」
黄色カチューシャもとい渡辺寿子がとっさに明らかな嘘をついてフォローしようとする。リボンの少女、山本五十子は苦笑いしながら二人に少女の紹介をした。
「ヤンさん、洋平君、この子は軍楽長の岩田雫ちゃんだよ。大和の軍楽長は、演奏以外は暗号電報の取次役をして貰っているの」
「どうでもいい、岩田、早く読め!」
ポニーテール、もとい宇垣束の叱咤に軍楽長は慌てて筒から電報用紙を取り出し広げた。
「『発:第一航空艦隊、宛:GF司令長官。我、セイロン島を拠点とする敵東洋艦隊の強襲に成功。コロンボ・トリンコマリ両港湾施設及び飛行場を完全に無力化せしめたり。撃沈せしは軽空母一、重巡二、軽巡一、駆逐艦二、哨戒艇一、武装商船二十八。地上及び空中にて破壊せしめた敵航空機百二十機以上』」
大戦果を伝える電報に、寿子はティーポットを揺らしながら喜んだ。
「良かったですねえ!今日は作戦は上手くいきますようにって願掛けでセイロンティーを淹れたんですよお」
「ねえヤスちゃん、これ、お砂糖入れてもいい?」
喜ぶ寿子から紅茶を受け取った五十子は次の瞬間、大量の角砂糖を琥珀色の水面に投下していった。その量と勢いはまるで駆逐艦の爆雷投下のようだ。角砂糖が十を超えたあたりで洋平は数えるのをやめることにし、ヤンは大量の砂糖を投入するその様子に思わず顔をしかめた。これでは、せっかくの紅茶の香りが、味が、台無しではないか・・・無類の紅茶党であるヤンに耐えられる光景であるはずがない。もっとも、「紅茶入りのブランデー」といわれるほどブランデーを投入するヤンも人のことを言える立場にないような気もするのだが・・・・
紅茶風味のする唯の砂糖の飽和水溶液を旨そうに飲み干して五十子はぷはぁ、と息をついた。
「うーん、甘いっ!ヤスちゃんの淹れる紅茶はいつも美味しいね!」
・・・もはやそれは紅茶ではないと思うのだが。
内心突っ込みを入れる一方でヤンの脳は第一航空艦隊、セイロン島、赤城、コロンボ・トマンコマリといった単語に反応していた。それらのキーワードをもとに、ヤンが今まで蓄積してきた膨大な歴史の知識の棚から情報が引き出されていく。
寿子という少女は今が1942年の4月9日であるといった。仮にここが第二次世界大戦が勃発している西暦の1942年の4月9日の日本、連合艦隊だとすれば今発生しているであろう戦闘は・・・
ヤンは脳内で1942年4月、セイロン沖、第一航空艦隊、敵東洋艦隊といった情報と戦史の知識を組み合わせ推測を組み立てていく。
ヤンは洋平に小声で話しかけた。
「洋平君、ちょっと聞きたいんだが・・・君は第二次世界大戦、特に太平洋戦争についての知識には自信がある方かい?」
「え?あ、はい・・・僕は太平洋戦争の戦略ゲームをやっていたから、人よりは詳しい方だと思います。もっとも、特に詳しいのは海戦で、それ以外はそこまで詳しいわけじゃないですけど」
「なるほど」
ヤンの質問にとりあえずの肯定をする洋平。
知識に偏りがあるようだが、確認をする分にはヤンにとっては十分だろう。
「仮にここが第二次世界大戦時の西暦1942年だとして・・・今起きている戦闘はセイロン沖海戦じゃないか?」
「・・・ええ、多分。1942年の4月の海戦といえばセイロン沖海戦しかありません・・・ヤンさんもそう思うんですか?」
ヤンの推測を肯定する洋平。
セイロン沖海戦。1942年4月5日から9日にかけてインド洋セイロン沖で大日本帝国海軍とイギリス海軍との間で発生した海戦。少女たちの会話の中の年代や地名、部隊名といった情報から今はそのセイロン沖海戦の真っ最中ではないかとヤンは推測したのだ。洋平もまた、海戦ゲーム『提督たちの決断』で培った戦史の知識を引っ張り出し、セイロン沖、敵東洋艦隊といった情報からヤンと同様の結論に至った。そして二人の推測はどうやら正しいようだ。
セイロン沖海戦の発生とその経過は以下のとおりである。
当時陸軍が進めていた全ビルマ制圧のためには海上路による補給が必要不可欠だったがその海上輸送をイギリス海軍が阻止する危険があった。そのため当時の日本軍は海上交通保護のためにセイロン島の敵拠点及びイギリス海軍の東洋艦隊に打撃を与える必要に駆られた。
そして1942年4月、南雲忠一中将率いる第一航空艦隊を中心とした帝国海軍とJ・サマヴィル中将率いる英海軍東洋艦隊はセイロン沖で衝突。作戦そのものは拠点の爆撃に成功し、日本軍の損害が航空機十数機だったのに対し、東洋艦隊は空母ハーミーズをはじめとし、重巡2、駆逐艦2、輸送艦を多数撃沈といった損害を負い日本軍の勝利に終わった。だが・・・
「・・・軽空母に重巡二隻?雑魚ばっかりじゃねえか」
束が苦々しそうに言った。
「旗艦のウォースパイトやリヴェンジ級戦艦はどうした?まさか取り逃がしたのか?」
「それは・・・」
そう。束の言うとおり、南雲機動部隊は戦艦からなる東洋艦隊主力を発見、壊滅させることは出来なかった。
作戦目的を完全に達成することは出来なかったのである。
怒る彼女を見かねたのであろう、五十子はリボンを揺らしながら束の紅茶に大量の角砂糖をぶち込んだ。その光景にヤンは再び顔をしかめる。せっかくの美味そうな紅茶になんてとんでもないことを・・・
束も、ヤンとは違う理由でだが顔をしかめる。
「束ちゃん、お砂糖足りていないんだね?直ちに糖分補給の要ありと認む、だよ」
「そこは普通カルシウムだろうが!頭どうかしてんじゃねえのか!」
「なんでそんなこと言うかな~、お砂糖は命の源だよ?洋平君も、ヤンさんも、そう思うよね?」
「いや、どうかしてると思う・・・」
「私だったら、砂糖なんかよりブランデーを入れてほしいんだがなぁ・・・」
五十子の主張をヤンと洋平は即座に否定した。
戦闘中にも拘らず連合艦隊司令部は、いつもこのような調子なのか・・・ある意味、ヤン艦隊の司令部メンバーに似ているのかもしれない。
いずれにせよ、ヤンと洋平は今起きている戦闘はセイロン沖海戦であると判断していた。
ふと後ろでガサゴソと音がするので、振り返ってみると寿子がヤンと洋平の持ち物を物色していた。先ほど取り押さえられたときに押収されたものだ。未来人の持ち物に興味があるのであろう。
洋平の生徒手帳を手に取る寿子に、思わず声をかける洋平。
「あ、それ返して・・・」
「生徒手帳って・・・学生さんですかあ?カラーで写真が撮ってある・・・わっ、文字が横書きで印刷してあります、読みづらいですねえ!生年月日・・・平成?平成って元号でしょうかあ・・・?」
洋平の持ち物をいろいろ物色し、ヤンの持ち物にも手を出す寿子。
「こっちの殿方は軍人みたいですねえ・・・服に階級章みたいなのがありますし・・・でも顔はあんまり軍人には見えないかも・・・わっ、この人拳銃持ってますよお!やっぱり軍人さんなんですねえ、でもどこの国の軍人さんなんでしょう・・・」
寿子が手にしたのは拳銃だった。ただしただの拳銃ではない。光線銃、ブラスターである。自由惑星同盟軍で正式採用されている、士官用のこのブラスターは、ヤンからすれば何の変哲もない普通の武器だが、20世紀の人間からすれば未知のテクノロジーの結晶と言っても過言ではない。
まじまじと見慣れぬブラスターを見つめる寿子。
「それにしても見たことない拳銃ですねぇ・・・なんだか妙に軽いし・・・金属じゃなさそうです・・・あっなんか彫ってありますねえ・・・なになに・・・
ヤンも軽く疑問を抱いていた。この士官用のブラスターであるが、そもそも、ヤンは司令官という地位にありながら、非常にものぐさな人間で、自衛用の拳銃すら携行しない。司令官がわざわざ武器を持って戦わねばならない状況になった時点でその軍の敗北は決定しているとヤンは考えているし、そもそもヤン自身、射撃の腕前が下の下で、撃っても当たらないので携行していても意味がないのである。なぜ、ブラスターなど所持していたのだろう?自分のではないとしたらいったい誰のものなのだろうか?襲撃時、護衛役のパトリチェフがヤンを逃がす際に自分のを渡したのだろうか。だが、襲撃時、ヤンは睡眠導入剤を服用していたためその時の記憶がはっきりしていない。まぁ、あれこれ考えても仕方ないか・・・
それよりもペタペタとブラスターを触る寿子にヤンは若干危なっかしさを感じた。護身用の非力なものとはいえ、人を殺傷する分には十二分な威力を有しているのだ。それを十代の幼い少女がペタペタもてあそんでいる――実に危なっかしい。
「あー、君、それ危ないものだから私に返してほしいんだが・・・」
「はい?・・・あいた」
ブラスターに手を伸ばそうとしたヤンに、寿子が体を向けた。その時、腰がテーブルに当たり僅かに顔をしかめ痛みを訴える。そして、その体をひねり、テーブルに当たった弾みで、彼女は思わず手の指を動かしていた。――ブラスターの引き金にかけられていた指を。
瞬間、甲高い金属音のような轟音とともに一条の光線がブラスターから放たれた。
一瞬の間放たれた光の矢はテーブルを難なく貫通、穴を穿ちそのまま金属製の床に達した。
光が消え、後に残ったのは穴を穿たれたテーブル、貫通こそしなかったものの高温によりわずかに溶融し赤くなった金属製の床、沈黙に包まれるヤンと洋平、少女達。テーブルに穿たれた穴からはシュウウ・・・と煙が昇っている。寿子がガチャリ、とブラスターをテーブルに落とした。
「・・・えっと」
「ちょ、長官!い、今の見ましたかあ!?びーって光線が!光線銃ですよ、光線銃だなんて、SFですよお!間違いありませんこの殿方は未来人です!!」
「何言ってんだ渡辺、未来人なんているわけねえだろ!光線銃何て代物持ってるのはあれしかいないだろ、こいつは宇宙人だ!侵略のためにこの大和にスパイとして送り込まれた宇宙人に違いねぇ!おい、てめぇなんてもの大和に持ち込んだんだ!」
たちまち喧騒に包まれる司令部。
光線銃なんてヤンや同時代の人間からすれば何の変哲もない武器だが、20世紀の人間からすればとんでもない代物に見えるだろう。彼女達が騒ぐのもある意味当然かもしれない。
その喧騒を鎮めたのは、五十子だった。彼女も最初は驚いた様子であったがすぐさま気を取り直し、何事もなかった様子であった。そこに先ほどまで他人の紅茶に大量の角砂糖をぶちまけた時のようなふざけた様子はない。
「・・・それで味方の損害は?どれくらい出たの?」
静かな、ある種の威厳を含んだ声色で五十子は軍楽長の少女に尋ねた。それは司令部に再び静けさや緊張を取り戻させるものであった。
「はっ『我が方の損害は未帰還二十機なり』と」
「未帰還機の搭乗員の人数や名前は書いてある?」
「いいえ、機数しか書かれていません」
「・・・そっか」
それだけ呟いて五十子は紅茶をあおった。
そんな様子を見て寿子がため息をつく。
「・・・真珠湾では、二十九機五十五名が帰ってきませんでした。戦術的勝利を重ねるたびに、優秀な搭乗員の子たちが確実に減っていきます。・・・やり切れないですねえ」
寿子の嘆きに束は鼻をふんと鳴らす。
「戦いで死人が出るのは当たり前だ。問題なのは無能な指揮官のせいでその死が無駄になってねえかってことだ」
「まあまあ。瀬戸内にいたんじゃ分からないこともあるよ、束ちゃん」
気を取り直した五十子がとりなすように束に言った。
どこか余裕にあるいは暢気そうに見える五十子に束が眉をひそめた。
「長官は甘いんだよ!一航艦が総出でセイロンまで遠征してんだぞ、一体どんだけ油食わせたと思ってんだ!」
やはり今起きているのはセイロン沖海戦だ。ヤンと洋平は確信した。
「あの・・・東洋艦隊の主力は、セイロン島にはいませんよ」
そして洋平が口を開いた。少女たちの注意が洋平に向けられる。
「僕は未来から来たから分かるんです。セイロンの南西、モルディブのアッドゥ環礁。東洋艦隊はそこに秘密の基地を作って退避しています。戦わずに艦を温存させるのが敵の方針ですから・・・」
洋平の口から、未来人だからこそ言える歴史的事実が述べられる。そしてその知識はヤンの知るものと同じものであった。戦略ゲームをやりこんできただけあって、やはり彼もヤン同様、この時代の戦争についての歴史はそれなりに豊富なものらしい。
だが、洋平は最後までその事実を述べることは出来なかった。次の瞬間、束が洋平の喉元にライフル銃を突き付けていた。
「てめえ、さては敵のスパイだな!偽情報であたし達を嵌める気か!やっぱり殺す!」
「ひゃあ!」
束が銃の引き金に指をかける。
「いやいや、いきなりスパイと疑って殺そうとするなんて穏やかじゃないね。古代の捕虜にだって多少の弁解や助命嘆願の機会や権利があったろうに。まして今は近代だ。気持ちは分からなくないけど、一応、人の話を聞くぐらいのことはしてもらえないかな」
この状況に全く不釣り合いな、落ち着いた声色でヤンが束に言った。おさまりの悪い黒髪をかきながら、
「一応、彼の言っていることは事実だよ。東洋艦隊司令のサマヴィル中将がセイロン島のトリンコマリーの安全は十分に確保されていないと判断してモルディブのアッドゥ環礁に退避するよう命じたんだ。そして、東洋艦隊の大部分はアッドゥ環礁かケニヤのモンバサにあるキリンディニ港に退避することとなった。トリンコマリーが爆撃されたと知って、今頃、サマヴィル提督は自分の判断が正しかったと安堵してるんじゃないかな。一応、証拠までにさっきの沈んだ艦の名前も言っておくと軽空母はハーミーズ、巡洋艦がコーンウォールとドーセットシャー、だったかな」
淡々と、落ち着いた口調で歴史的事実を述べるヤンに司令部の少女たちの注目が集まった。
「信じられないだろうけど、さっき彼の言った通り彼は、そして私も未来人なんだ。彼は21世紀から、私は約1600年後の未来から、ね。さっきのブラスターが証拠の一つだ。それに私はこう見えて軍人だから、それなりに戦史には詳しい方なんだ。少なくとも、この場にいる人間よりは詳しいつもりさ」
束はヤンを睨みなおすと、そのまま小銃をヤンに向けた。
「やっぱりてめえもスパイか。確かにあんな光線銃普通にあるわけないよな。あんな代物持ち込んでるからには、さてはやっぱり宇宙人か。地球侵略しに来た宇宙人のスパイか?ああ?」
「ううん、やっぱり簡単には信じてもらえないよなあ。いやでもあれだけも十分だと思うんだがなあ。それにしても未来人じゃなくて宇宙人か・・・まあ、あながち間違ってはいないが・・・」
引き金に指をかける束。ポリポリと頬をかくヤン。
「・・・待って。殺すのはダメ」
この状況をどう打開しようか思案していたヤンを救ったのは、寝癖ショート・・・もとい、黒島亀子とかいう少女だった。先ほどまでぐぅぐぅと寝息を立てていたが、突如としてむくりと起き上がった。涎が染み込んだウミガメのぬいぐるみを抱えながら、
「・・・海に入ってラ・メール症状を発症しない男性は貴重。拳銃サイズの光線銃を作り出す高度な技術もある。おそらく人類の変異種、海底人。尋問してその高度な知識を入手して、さらに解剖してラ・メール症状を発症しない体質を一般男性にも応用できれば海軍の兵力は倍増、戦局は一変する。山本長官も喜ぶ」
救世主ではなかった。解剖という単語を使うあたり、どうやら彼女もヤンと洋平を殺すつもりらしい。
束と亀子の口論が始まった。
「今のは問題発言だぞ、黒島!男が海にはいれるようになったって海軍は男子禁制だ!あたしたち海軍乙女の伝統が・・・」
二人が揉めている合間に軍楽長が再び入ってきた。
「セイロン沖の赤城より続報です!『撃沈せし敵艦の詳細判明。軽空母ハーミーズ、重巡ドーセットシャー、コーンウォール』!」
束が口をぽかんと開け、軍楽長を次いでヤンと洋平の顔を凝視し固まる。
全員の視線が二人に集まる。
「なん、だと・・・?」
「やっぱりそうですよお!この人は本当に未来人さんです!」
寿子が五十子へと駆け寄った。
持っているのはヤンと洋平の持ち物。ヤンのブラスターや、洋平の生徒手帳、財布、スマートフォンも。
同時に軍楽長とは別の兵が電報用紙を持ってきて叫んだ。
「赤城からです!『我、初期の戦果は達成しものと認め、本作戦を終了とし、これより帰投す』!」
今度は全員の視線が五十子に移る。まるで決断を求めるように。
五十子はティーカップをそっと置き、ヤンと洋平の持ち物を手に取った。
大きな瞳でスマホを見つめ、充電器から乾電池を除き、生徒手帳を一枚一枚めくってじっくりと読む。ブラスターを手に取り、撫でまわし、
最後にヤンと洋平を見て彼女はポツリと呟いた。ヤンと洋平にしか聞こえないほどあまりにも小さく、そして二人に向けるように。
「・・・ごめんね」
なぜかヤンと洋平に謝って。その後彼女が発した声は別人のように厳かで、軍司令官としての威厳を兼ね備えたものであった。
「作戦は続行。モルディブ・アッドゥ環礁に索敵機を飛ばすよう、赤城に返電」
束が驚愕に染まった顔で五十子に詰め寄った。
「山本長官?どういうつもりだ!?モルディブに敵の基地があるなんて情報はない!まさかそいつらの戯言を・・・」
「これは命令だよ」
少女が冷厳に言い放った。静かだが一切の反論を許さぬ強い意志と雰囲気がそこにあった。
一顧だにしない五十子。軍楽長はしばらく躊躇するように一同を見渡していたが、五十子の眼光に気圧されて敬礼しそのまま退室していった。
束は苦虫を噛み潰した表情で
「あたしは信じねえぞ。艦の名前が当たったぐらいで。主力の場所と内訳だって出鱈目に違いねえ。本当に未来人ならあたしたちより進歩した証拠を見せろよ。ま、この場で弾道計算ぐらいやらなきゃ信じないけどな!」
束はライフルを置くと、代わりにペンを手に取り紙に何やら数字を書き込んだ。
敵艦と自艦の針路、速力、距離、風速風向き、自艦の傾斜角度、気温と湿度・・・
紙を二人に突き出す束。
「ここから敵艦の未来位置諸元、それに発砲諸元を出してみろ。まあ無理だろうがな。射撃盤が無いとできねえよ」
ヤンと洋平を嘲笑うように片頬を吊り上げる。
弾道計算か・・・
まいったな、とヤンは思った。
高級軍人であるヤンは当然のことながら士官学校の出身であるが、その成績は決して良い物とは言えなかった。
士官学校時代の成績が「戦史」98点、「戦略論概説」94点、「戦術分析演習」92点に対し、「戦闘艇操縦実技」と「機関工学演習」が59点、「射撃実技」は58点と偏りの激しいもので(そもそも興味のあるもの得意なものだけ努力し、興味のない分野では手を抜いていた)、一科目でも赤点(55点以下)をとれば退学である士官学校では、一時は卒業が危ぶまれたこともあった。
そんなヤンがコンピューターも使わずに、第二次大戦時の艦砲の弾道計算をしろと言われてできるはずもなかった。
どうしたものか・・・思っていると洋平が口を開いた。
「スマホ・・・その黒い板を返してもらえるかな」
寿子が首を傾げながらその黒い板――スマホを洋平に渡す。
もしや・・・
ヤンは洋平がそのスマホを使ってこれから行うであろうことを予測していた。
いきなり弾道計算をしろと言われて洋平は参っていた。未来人ならできるだろうといわれたがそれ以前に文系の自分にできるわけがない。宇宙時代の軍人のヤンも困っているようだった。どうすれば・・・待てよ。
洋平は寿子に言った。
「スマホ・・・その黒い板を返してもらえるかな」
寿子が首をかしげながら返した、物言わぬ板。一応防水加工を施したスマホではあるが、海の中でお亡くなりになっていないといいのだが。意を決して電源ボタンを押す。
「・・・!」
洋平がスマホを手に取ってしばらくすると、スマホに光が灯った。
画面に光が宿り、待ち受け画面が表示される。
見たこともない道具、現象に司令部メンバーがわずかに驚く表情をした。ヤンと五十子はそれほど驚かなかった。まるでそういう機械であることを知っているかのようであった。
電波に関して言えば圏外になっているがそれ以外は正常のようだ。それだけで十分。
画面をなでるように操作する洋平に束が訝しげな顔をする。
「?てめえ、一体何を・・・」
待ち受け画面に進み、あるアイコンをタッチ、そこに表示された画面に束の書き連ねた数字を入力。そして――
「はいどうぞ。目標の未来位置と主砲の取るべき仰角と旋回角です」
洋平がスマホの画面を束に見せる。
そこには全くミスのない、完全に正確な数値があった。
嚙り付くように画面を覗き込み、束が驚愕する。
「合ってるだと・・・!てめえ、一体どうやって!」
こんなこともあろうかと・・・いやたまたまだが、最近『提督たちの決断』より人気の海戦ゲーム『ワールド・オブ・バトルシップ』用の弾道計算アプリを使ったのだ。インストロールしておいてよかったと思う。
驚く束を見て、この際もっと驚かせてやろうと思ったが、電池が減っているのを見て慌てて電源を切った。
その時、再び軍楽長が司令部に駆け込んできた。
息を切らしながら報告する。
「索敵機からの甲種電波を直了しました!アッドゥ環礁内に敵基地施設!敵戦艦五隻を見ゆ!」
それはヤンと洋平の情報が全く正しいものであることを証明するものだった。
「わあ!ドンピシャじゃないですかあ凄いです!やっぱり二人は未来人だったんですねえ!」
寿子がはしゃぐように歓声を上げる。
「そっか・・・君達は本当に未来からやってきたんだね・・・」
五十子がじっとヤンと洋平を見つめた。
「未来・・・あり得るのか、そんなことが・・・」
「・・・これは、使えるかも・・・」
束が頬をひくつかせ、亀子が眠そうな表情で呟く。
洋平はと言えば、興奮が醒め、後から違和感に苛まれていた。
洋上に浮かぶ多くの戦艦、そして今自分がいる『大和』。司令部には大日本帝国海軍の第二種軍装に身を包んだ少女達、連合艦隊司令長官を名乗る山本五十子という少女。さらには1600年後の未来からやってきた宇宙の軍人であると主張するヤン・ウェンリーという男。熱戦を放ったブラスター。
今目の前で繰り広げられている光景が信じられない。
が、夢にしてはリアルすぎる。自分がいるこの世界は何なのだ?
けれど連合艦隊も戦艦大和もここには確かに存在して、ここはその司令部で。
「・・・やっぱり、夢・・・?」
思わず周りの者に手を伸ばす。ムニュッというしっかりとした感触。この弾力、柔らかさ、夢にしてはリアルすぎる・・・ん?ムニュッ?
「ひゃあ!」
五十子が半眼でこちらを見ていた。ヤンもあっ・・・と口を開けてこちらを見ている。
その横に立ってわなわなと震える束の巨大な胸にまっすぐ伸びた洋平の手を。
「・・・てーめーえー・・・!!」
直後、鉄拳が飛んできた。
これこそ現実だ――鉄拳をまともに食らい洋平はそう悟りながら昏倒した。
次回予告(CV:屋良有作)
未来人として、連合艦隊への客人として遇されることになったヤンと洋平。戦艦『大和』の案内を通じて二人はこの世界の現状を知るようになる。第二次世界大戦に酷似したこの世界に、そしてあどけない少女達が身を賭して戦争を戦うこの世界にヤンは果たして何を思うのか。次回、「不敗の魔術師、連合艦隊特務参謀になる」第5話「もう一つの世界」。銀河の歴史がまた1ページ・・・