不敗の魔術師、連合艦隊特務参謀になる   作:ジョニー一等陸佐

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そろそろ感想が欲しい・・・感想は作者が作品を書くためのガソリンの一つです。どうか気が向いたら感想よろしくお願いします。


第6話 大和の日常、五十子の思い

 ヤンと洋平に大和の案内をして、司令部メンバーとの親睦を深めよう、との提案を山本五十子が出したのだが、黒島亀子は昼夜逆転の生活を送っているため無理、宇垣束は非協力的、五十子自身も司令長官としての業務のため途中からの参加ということで、今案内役をしているのは寿子一人である。

 それでも艦首側から見る一番・二番主砲塔の威容は二人の心を揺さぶるに十分なものだった。

 「凄い・・・本物の46センチ砲だ!」

 46センチ三連装砲塔二基六門、二番砲塔は装甲部が高くなって背負い式に配置されている。

 「ふうむ、なかなかの迫力だね。さすが当時世界最大だっただけのことはある」

 その迫力にヤンも唸る。一億年前の生きた恐竜を見るよりも遥かにこちらのほうが迫力がある。ヤンの時代の宇宙戦艦は全長が標準型だと約600メートル、旗艦級にもなれば1キロ近くはあり、それらから見れば全長263メートルの大和など駆逐艦レベルの大きさである。が、それでもこの当時世界最大の戦艦であったという事実に変わりはなく、間近で見れば、やはりその威容には圧倒させられざるを得なかった。

 「・・・46センチ、ですかあ?この主砲の内径って確か40センチなんじゃあ」

 寿子が首を傾げた。洋平は驚いた。参謀なのに、そんなことも知らないのか。

 「46センチだよ!もし40センチなら長門方やノースカロライナ級を下回るから、こんな大きな戦艦を造った意味が・・・」

 不意に、どこからか大きな声が響いてきた。

 「わー!わー!そう、そいつの言うとおり、40センチ、大和の主砲は九四式40センチ砲だぞお!」

 凄まじい勢いの足音と共に、ポニーテールを揺らして長身の海軍乙女が駆けてきた。口に咥えた竹串、ぶるぶる揺れる豊かな胸、宇垣束だ。

 参謀長は三人の間に素早く割り込むなり、ヤンと洋平の襟首を掴みそのまま強引に物陰まで引っ張っていった。少女とは思えぬ怪力である。軍人故、一般人とは鍛え方が違うのだろうか。

 「うわ、ちょっと何を」

 「てめえ、変態スパイ野郎に宇宙人。余計なことしゃべるんじゃねえ、マジで殺すぞ」

 荒い息をしながら、上擦った声で恫喝をしてくる。

 「いや、変態でもスパイでもないんですが・・・」

 「宇宙人ってのは、まぁ、あながち間違いでもないけどね」

 「てっめえ!人の胸揉んだ挙句、光線銃まで持ち出してしらばっくれる気か!」

 束の指摘に洋平は初めて彼女と会った時、誤って彼女の胸部に触れてしまった事実を思い出した。

 「ごっ、ごめんなさい!」

 平謝りする洋平に、走ったせいか顔を赤らめそっぽを向く束。

 ヤンは頭を掻きながら言う。

 「まあ、要するに、この艦は機密の塊だからおいそれと言いふらしたり、変なことをするなと、そう言いたいんだろう?私の知る限り、大和はこの時代じゃあ最新鋭の軍艦だったって聞いたからね」

 「・・・そういうことだ。分かりゃいいんだ、分かりゃ。主砲の実際の内径は山本長官でさえ知らねえ。知る必要がねえからだ。黙っとけ」

 ヤンと束のやり取りに洋平も大和の情報この当時いかに最重要機密であったかを思い出した。海軍は大和の機密保持に極度なまでに神経質であったが、主砲の内径が46センチであるという当たり前に知っている知識さえもこの時代では重要な機密なのだ。

 「あれえ、いきなり二人でひそひそ話ですかあ?私ちょっと傷ついちゃうかも」

 いつの間にか寿子が至近距離まで近づきひょっこり、顔をのぞかせている。

 束は慌てて二人を放り出した。

 「か、勘違いすんじゃねえ、渡辺参謀!あたしはこいつらがスパイ活動してないか監視や尋問をしてるだけだ!」

 「物陰で男女がこそこそするのが尋問なんですかあ?」

 「こっ、こそこそなんてしてねえよ!ほら、スパイするものなんて何もねえだろ、今日も柱島は平和だな~って・・・なあ?」

 「え?ああ、確かに平和だね」

 束に合わせたつもりのヤンだったが、甲板を見渡してみるとなるほど、確かに目の前に広がる光景は平和そのもだった。少女達が海面に釣竿を垂らして談笑したり、一方ではご丁寧にキャンバスを敷いて昼寝や読書をする者、ハーモニカなど楽器を演奏したり、何やら絵を描いている海軍乙女の少女もいる。遠くからはブラスバンドの音まで響いてきた。前線から遥か遠く離れた後方地帯故に繰り広げられる牧歌的な光景だが、同時にそれは今が本当に戦時中なのかと疑いたくなるものでもあった。

 「心配すんな」

 ヤンの表情の変化をどう解釈したのか、束は瀬戸内海をバックに両手を広げた。

 「真珠湾でヴィンランドの戦艦が簡単に沈められたのは湾内の水深が浅いから魚雷攻撃を受けないだろうと防雷網を用意しとかなかったからだ。この柱島泊地には艦の外周に大量の防雷網を張り巡らしてある。」

 それに、と自信ありげに束は続けた。

 「たとえ沈められてもそこで終わりとは限らないしな」

 「沈められても?」

 ヤンの記憶ではこの時代は大艦巨砲主義から航空主兵論への転換期、対立の時代であったはずだ。先日の会話からして彼女は大艦巨砲主義者のようであり、性格からして「戦艦は決して沈まない」とでも言いそうであったが、そこまでというわけでもなさそうだ。あるいは沈められてもそこで終わりではない、ということは・・・

 「それは場合によっては引き揚げたり修復して戦線に復帰させられるってことかい?」

 ヤンの指摘に束は我が意を得たり、とでもいうようにニヤリと笑った。

 「ああ、そうさ。何だ、分かってるじゃねえか。航空主兵論者が画期的だとか騒いだブリトン軍のタラント空襲だってな、大破着底したナパロニ戦艦3隻のうち2隻はわずか半年で修理完了、戦線復帰。残る1隻も浮揚に成功して修理に入ってる。タラント空襲の真の教訓は、本拠地に停泊中の戦艦を沈めても浮揚修理されるから短期間しか効果が無いってことだよ。真珠湾でうちらが沈めたと思ってる戦艦も、今頃は大半が戦線復帰してるんじゃねえかな。」

 力強い力説。彼女はなかなかの大艦巨砲主義者のようだ。しかも、敵の戦艦の話をしている時でさえ目を輝かせ嬉しそうにしているあたり、相当な戦艦好きのようだ。

 「でも宇垣参謀長、マレー沖海戦では作戦行動中のプリンセス・オブ・ウェールズとレパルスを陸攻で沈めましたよお?」

 寿子の指摘に束は八重歯を覗かせて不敵に笑った。

 「あれは、護衛の戦闘機を一機もつけずに戦艦を突出させたからだ。おかげでこっちの陸攻は雷撃に専念できた。鴨ネギってやつだ。九六式陸攻も一式陸攻も、航続距離を重視して防備が薄い。もし敵さんに戦闘機がほんの数機でもいたら、ああはならなかったぞ。にしてもよくあたしの言いてえことが分かったな」

 少し嬉しそうにしている束の言葉にヤンはおさまりの悪い黒髪をかきながら

 「いや、私のいた世界じゃあ何しろ戦場が宇宙空間だったからね。宇宙戦艦や巡航艦は意外と脆いし、使う兵装も強力だから被弾すればかなりの被害が出るし、当たり所によっては即、木端微塵に爆発してしまう。曳航したり引き揚げ・修復からの戦線復帰といった器用なことは難しいのさ。でも、水上艦艇なら沈没しても水深がごく浅かったりすれば引き揚げが可能だし、いろいろと融通が利くからね。沈んでもそこでおしまいじゃないっていうのはそういう意味じゃないかなと思っただけさ」

 「宇宙戦艦?ああ、そういやお前宇宙人だったな。乗ったことあるのか?宇宙人の使う戦艦ってどんなのなんだ?」

 束は戦艦好きゆえか、ヤンの口にした単語に興味ありげのようだった。ヤンに質問する。

 束の質問にヤンはぼさぼさ頭を傾けた。

 「そんなに大したもんじゃないさ。大きさから言えば標準型戦艦で全長600メートルぐらいはあるね」

 「・・・は?」

 「・・・え?」

 「・・・はい?」

 ヤンの回答に束、洋平、寿子の三人は一瞬耳を疑った。

 ヤンの独白は続く。

 「わかりやすく言えば、この艦は全長263メートルだけど、私の時代の駆逐艦ぐらいの大きさだったな。標準型戦艦はその2、3倍ぐらいの大きさといったところだね。ちなみに旗艦級にもなれば1キロ近くの大きさ、私の艦も900メートルぐらいはあった。それで主武装は中性子ビーム砲、近距離ならレール・キャノンにレーザー水爆ミサイルに――」

 「いやちょっと待てちょっと待って!」

 束が頬を引きつらせながらヤンの言葉に割り込んだ。

 「・・・戦艦の全長が600メートル?旗艦で1キロ?この大和と同じデカさで駆逐艦扱いだ?・・・冗談だろ?い、いくら宇宙人だからってホラ吹くのもいい加減に・・・」

 「まぁ、信じられないのも無理はないかなぁ」

 束の反応にヤンは苦笑した。

 「まぁ、無理に信じてもらおうとは思わないさ。なんかこんなことを言っていた、という程度で覚えてもらえれば十分さ。ちなみに規模でいえば一個艦隊で大体1万隻以上、兵員は150万人ぐらいで・・・」

 「い、1万隻・・・」

 「未来人さんの言うことはとても未来過ぎてついていけませんよぉ・・・」

 淡々と、当たり前のようにヤンが述べる遥か未来の宇宙艦隊の様相に三人は呆れ返るしかなかった。信じようにも自分達の常識からはかけ離れている、かといって嘘だというには余りにも大ぼら過ぎて完全にも嘘ともいえそうにない。司令部で暴発したブラスターの件もある。とにかく三人はヤンのいた未来の、宇宙歴の時代が自分達の世界とはまた隔絶したものであるという認識を持つに至った。

 一方でヤンは少し意外に思ってもいた。ヤンのいた未来の世界では、この時代において大艦巨砲主義は時代錯誤の思想であり航空主兵論は開明的なものであった、という見方が主流であったが、いざ当の大艦巨砲主義者の論を聞いてみれば決して筋違いなものではなく、戦艦の能力を妄信しているのではなくあくまで実際の戦史、実例を評価し考察したうえで辿り着いた結論、思考である。決して根拠もなく大艦巨砲主義を唱えていたわけでもないのだ。歴史家志望であった彼にとって、このような体験は新鮮なものであった。

 ほぼ同時に、司令部付従兵の少女が甲板に駆けつけ敬礼する。

 「参謀長、戦務参謀! 山本長官が、上甲板中央でお待ちです」

 「・・・さて、邪魔者はこの辺で消えるとするか。じゃあな宇宙人、変態スパイ。間の若い連中に手ぇ出すんじゃねえぞ」

 ヤンと洋平の背中を乱暴にたたきそのまま去っていく束。

 その背中を見送っていると、今度は艦橋から別の海軍乙女が走ってくる。

 「戦務参謀、軍令部から電話です! 今朝届くはずだったジャワ南方の戦闘詳報まだですかって!」

 「あっ、いけない・・・私ってば、中央に出さないといけない書類があるのすっかり忘れてましたあ。でもでもっ、今は書類仕事なんてしてる場合じゃ・・・」

 五十子が言っていた通り、戦務参謀の仕事は多忙のようだ。

 「悪いから、寿子さんはもういいよ。五十子さんのところへは、そこにいる従兵の子に案内してもらえばいいんだよね?」

 「いえ、そういう問題じゃなくて、私も長官にお話したいことがあってですねえ・・・」

 「戦務参謀、急いで下さい! 呉鎮守府からも電話がきてるんです、入渠の申請書に不備があるから再提出して下さいって!」

 「ええっ、またですかあ?・・・って、ちょっと嫌ですよお、放して下さい! 未来人さーん!」

 寿子は部下に両腕を掴まれ、ずるずると引きずられて艦橋に消えていった。

 

 

 

 

 束と寿子が職務上の事情のため立ち去ると、ヤンと洋平は従兵に連れられて連合艦隊司令長官である五十子のところまで案内された。

 三人で並びながら、大和の館内を練り歩いていく。

 「みんなでヤンさんと洋平君を案内しようって言ったのになあ」

 「山本長官、寿子さん、じゃない渡辺中佐はさっきまで案内してくれてたんですけど急に仕事が入っちゃったみたいで。宇垣少将もどこかへ行っちゃって・・・」

 この間までため口で読んでいた洋平だったが、司令長官であると知った以上、洋平はきちんとした役職名、階級で五十子を呼ぶ。しかし、五十子は二人の唇に人差し指を押し当てた。

 「二人とも、遠慮しないで普通に喋って。私のことは五十子でいいよ」

 「え、でも・・・」

 「じゃないと、紛らわしいんじゃないのかな?二人の知ってる別の世界の『山本長官』と」

 間を置かずに告げられた五十子の二の句に洋平は一瞬言葉を失った。

 「そっかー。ヤスちゃんは仕事かぁ・・・ヤスちゃんには事務や連絡の仕事をお願いしちゃってるからね。海軍ってこう見えてお役所でね。書類の決裁やよそとの協議みたいな仕事がすっごく多いんだ。私を含めてそういうのみんな苦手だから、ヤスちゃんがいないと連合艦隊は回らないよ」

 「そうなんだ・・・」

 「亀ちゃんも誘ったんだけどね。昨晩も徹夜で作戦練ってたみたいで、これからお風呂に入って寝るって言っていた」

 ヤンと洋平はすぐに一人の少女を思い浮かべた。

 黒島亀子、あの昼夜逆転している寝癖頭にウミガメのぬいぐるみが特徴の少女か。

 「亀ちゃんが立ててくれる作戦は、精妙にして巧緻、大胆にして細心。よく思いつくなあって、いつも感心してるんだ。まさに連合艦隊の頭脳だよ!」

 亀子のことを褒める五十子。

 寝ぼけ昼夜逆転しているところしか見ていないので、凄さはよく分からない。が、司令長官たる彼女がそのように発言するあたり、実力はあるのだろう。

 それにしても。部下を褒める五十子の顔は本当に我が事のように嬉しそうで、誇りにしているようで。その嬉しそうな表情をじっと見つめるヤンと洋平に気付いた五十子は一瞬顔を曇らせた。

 「でも、ごめんね二人とも。私と一緒とか、嫌だよね?」

 「え?い、嫌だなんて、そんなことない!むしろ、光栄というか!」

 「・・・」

 謙遜するように手を振る洋平。連合艦隊司令長官にここまで気を使わせて身に余る、と感じたのだろう。

 対するヤンは無言で彼女の様子を見ていた。

 彼女は始終自分たちを気遣う言動を見せているがその一方で、自分達とはどこか一線を引いたうえで関係を築こうとしているようにも見えた。少女とはいえ軍人たる彼女達の領域には出来る限り立ち入らせないように、あるいは立ち入ることがないように。

 洋平の言葉に五十子は一瞬驚いたような顔をしたがすぐに微笑んだ。

 「えへへ・・・ありがと。それじゃ、案内するね。この通路は『大和銀座』って呼ばれていて・・・」

 磨き上げられたリノリウムの通路は幅が約2メートルあり、当時の軍艦としては十分なスペースが確保され、ゆったりとしている。左右には士官用のラウンジや売店、美容室等、兵員の日常生活に必要な設備が並び、充実したものとなっていた。当時の軍艦としては中々、快適で充実したものである。ヤンはこの戦艦大和が生活のための設備の充実ぶりからホテル、とあだ名されていた事を思い出し、あらためて実感していた。

 『ラムネ』の表札がかかった部屋の前で五十子はおもむろに立ち止まって、こほんと咳払いする。

 「内村三等水兵、おはよう」

 乗組員達が飲むためのラムネの製造装置が備え付けてあるのも、洋平の知っている大和と同じだ。その当番兵に五十子は声をかけた。

 「長官、おはようございます!」

 「あのね、お砂糖を増やしてもっと甘いラムネをつくって欲しいなって」

 「・・・え、もっと甘くでありますか?」

 「もっと甘くだよ!」

 「はっ!」

 慌てて敬礼をする水兵。

 ひどいパワハラを見てしまった気がするが、通路を歩いてすれ違う海軍乙女の少女は先ほどの水兵を含め、皆五十子に敬意と好感を持っているように見えた。

 敬礼されるたびに丁寧に笑顔で答礼し、親しげに声をかける。相手が士官だろうと下士官、水兵だろうと、分け隔てなく丁寧に接する。

 よくよく観察してみると、彼女は相手を呼ぶときに必ず階級や役職だけでなく苗字もつけて呼んでいる。

 そのことに気づいた洋平は五十子に尋ねた。

 「五十子さん、ひょっとして部下全員の名前を暗記しているの?」

 部下の名前をすべて覚えている指揮官はフィクションによくいる存在だ。名前で呼んであげることも陳腐だが古来より効果的な人心掌握術の一つである。有効なればこそ普遍化し陳腐化するのだ。彼女は承知の上でそうしているのだろか。

 五十子は苦笑し首を横に振った。

 「ううん、私はそんな頭良くないよ。ほら、これ」

 五十子は上着のポケットから黒革の手帳を見せた。

 「皆、一緒に頑張る仲間だからね。本当は全員覚えたいけど、私には無理だから。せめて一度でもお話したことのある子の名前は、この手帳に書いて覚えるようにしているんだ」

 「いや、それだけでも十分凄いと思うけど・・・」

 五十子は恥ずかしいのか手帳をすぐにポケットの中にしまった。

 特に狙いがあるわけでもなく、純粋な気持ちからそうしているようだ。ヤンは少なからずこの自分より遥かに若い司令長官に少なからず好感を覚えていると、五十子が先ほどの手帳の代わりにラムネの瓶二本をヤンと洋平に渡してきた。

 受け取り中の液体を喉に流し込む。喉を焼く炭酸の爽快感と懐かしい甘さが心地よく口に広がる。

 一息ついてヤンは五十子の分がないことに気付き、五十子のほうを見ると彼女は自然な動作で当然のようにヤンが口をつけた瓶を取り戻し、半分残ったラムネをことごとく飲み干した。

 「え、五十子・・・それ間接」

 「ん?どうしたの?」

 ヤンはわずかに戸惑った。まだ年端もいかぬ少女が、知り合ったばかりの男性にここまでのスキンシップを見せるとは。どこぞの不良中年が見れば「おや、戦場では無敵の閣下が少女一人にさらりと奇襲攻撃を受けるとはらしくないですな」などとからかうかもしれない。

 対して五十子はさして気にする様子もなく案内を続ける。

 「さて、次はいよいよ購買部だよ!」

 購買部、すなわち酒保あるいはPXのことであると気付く。時代や世界は違えど、やはりこのような設備は必要不可欠のものであるようだ。

 「ここではね~、飴とか羊羹とか、色んなおやつを売ってるんだ。購買部は海軍乙女にとって艦の生活で一番の楽しみといっても過言ではないよ。丸山主計長おはよう!」

 「長官おいでやす!あっ兄ちゃんたちやないか。なんや、三人でデートかいな?」

 「え?い、いや、そんなんじゃ!」

 売店から身を乗り出してきた主計長はヤンと洋平の顔見知りだった。確か、この間艦内の廊下で・・・

 「兄ちゃん、こないだは重い荷物運ぶの手伝うてくれておおきにな。おかげではかどったわ、やっぱり男は力があるねえ」

 「と、とんでもないです」

 「手伝った、というよりは手伝わされって感じなんだけどねぇ」

 「へえ、偉いね二人とも!」

 五十子に褒められ洋平は少し嬉しそうだった。

 「長官、例のブツ届いとりますで。ほらこれ」

 「どれどれ・・・ひゃあ、これはたまりませんなあ!」

 主計長の取り出した木箱を覗き込み五十子は声を裏返らせた。

 「そうでっしゃろ!この白さといい香りといい、戦時下でこれだけの上物はよう手に入りませんで。後で長官のお部屋に届けさせますさかい」

 「ありがとう!購買の皆にもお裾分けするね!」

 怪しげな会話をしているが、横から除けば何のことはない、木箱にぎっしりと白い饅頭が詰められているだけだった。

 ぽかんとした洋平に五十子が僅かに頬を膨らませた。

 「ちょっと洋平君、何そのがっかり~って顔は」

 「・・・いや、甘いものが好きなんだね」

 「ちっちっ、ただの甘いものじゃないんだなこれが。私の故郷、越後名産の酒饅頭!私が子供のころ、年に一度お金持ちの親せきが家に来る時だけ食べさせてもらえた激レアなお菓子なんだよ~。第一艦隊に勤務している同郷の後輩たちをお昼に招待してるから、その時に出して驚かせるんだ。ほかの皆にはまだ内緒だからね!分かった?」

 「わ、分かった」

 洋平と五十子が会話をする一方でヤンは購買部の様子をじっと見つめていた。

 売店の品ぞろえは非常に豊富だ。饅頭や羊羹、チョコなどのおやつ類といった様々な嗜好品が置かれている。嬉しいことにことに紅茶まである。酒がないのは僅かに残念であるが、少女しかいない軍艦なのでそもそも需要がないのだろう。歯ブラシや石鹸といった日用品の他にも、文房具のような日用品、はては香水や口紅といったものまで置いてある。改めてこの世界の海軍があどけない少女達で構成され、そんな彼女達が戦争を・・・殺し合いをしていることに思い至り、ヤンは再び憂鬱な気分になった。ヤンは自分の息子が軍人になることに、軍人であることに良い感情を持っていなかったが、軍人になること自体はその息子自身が望んだことであった。だがこの世界の場合、自ら望んであるいは積極的に海軍乙女になったわけではない少女のほうが多数であろう。しかもこのまま歴史が進んでいけば五十子達同様彼女達にも過酷な運命が、歴史が待ち受けているのだ。ささやかな平和を望み、息子の世代が殺しあうのを見たくない一心で戦ってきた自分がそんな悲惨な光景を見せられるかもしれないとは、いったいどういう因果、あるいは皮肉なのか・・・

 気付けば草加の表情は先ほどとは打って変わって少し険しくなっていた。洋平も難しい顔をしている。

 「ヤンさん?洋平君?」

 気が付けば五十子にまじまじと顔を覗き込まれていた。

 「ごっ、ごめん!」

 「難しい顔をしているね、拓海さん。洋平君も・・・もしかして、戦争のことを考えていた?」

 鋭い少女だ。肯定の仕草をするヤンに五十子は淡く微笑み首を振った。

 「気にしなくて良いんだよ、二人とも。洋平君は未来の人だし、ヤンさんは軍人だから気になるんだろうけど・・・これは私たちの戦争なんだから。この前は洋平君とヤンさんの知識を借りちゃったけど、それだってあくまで私の責任。二人は関係ないお客さんで良いんだよ」

 そういえば、あの後五十子は戦局に関する話を何も聞いてこなかった。夕食が終わり、それまで笑って世間話に興じていた五十子が一転して真剣な表情になったので身構えたが、始まったのは怪しい賭け将棋だった。ヤンと洋平の持つ知識が有益なものであることはセイロン沖海戦ではっきりしているはず。二人の持つ未来の知識、歴史という情報はこれからの戦局を一変させうる、軍人にとっては垂涎のものであるはず。何が何でも手に入れようとするはずだ。それなのにい五十子は一切何も聞いてくることなく二人を客人として丁重にもてなしている。

 そんな五十子に口を開いたのは洋平だった。

 「お客さんって・・・五十子さん達は戦争をしているんだよね?こうして世話になってるのは本当に感謝しているよ。だからこそ、もし僕なんかで役に立てることがあれば」

 「洋平君が私たちを助けたいって、そう思ってくれるのはとても嬉しいよ」

 にっこりと微笑む五十子は「だけどね」と続けた。

 「やっぱり、洋平君とヤンさんはこの世界の人じゃないんだよ。特に洋平君とヤンさんの持ち物を見せてもらった時にはね、洋平君のいる未来の葦原やヤンさんの世界は、きっと今よりもずっと豊かで、科学や人の考え方なんかも進歩していて、世界も平和でみんな幸せに暮らしているんだろうなって思ったんだ。さっきのお饅頭なんかも、お金持ちの家の子じゃなくても望めば毎日食べられて、遊ぶゲームもきっと将棋やトランプよりもっと面白いのがいっぱいあるんだろうなって・・私の勝手想像でごめんね。気を悪くしたら許してね」

 「いや・・・」

 正確には葦原ではなく日本なのだが。確かに、彼女の言う通り戦後の日本、未来の日本は大きく発展した。高度経済成長を達成し、世界でも指折りの大国となり、物質的に豊かな国になった。ヤンのいた宇宙歴の世界でも人類の生活系は銀河系にまで拡大し、科学技術力は途方もないほどに発展した。一見すると、未来の世界はこの時代の世界よりはるかに大きく発展し前進したように見えるだろう。

 だが、その一方で歴史に目を向けてみれば21位世紀の初頭には核戦争によって自らその世界を荒廃させ、宇宙に進出して人類が銀河に居を構えるまでに幾度となく戦乱や愚行を繰り返し数千億リットル、あるいはそれ以上の流血を発生させることとなった。ヤンの元居た時代についても言えば、二つの勢力に分かれた人類が150年もの長きにわたって戦争を続けてきた。発展し前進するどころか今なお争いを、愚行を続ける人類の未来の歴史を、ヤンの世界のことを知ったら彼女は何を思うのだろうか。

 何かを言おうとしたヤンに五十子は、静かにはっきりと言った。

 「・・・私はね、二人をもとの世界に戻してあげたい。それが無理でも、せめて安全な場所にいてほしい。この戦争が終わるまで、なるべく巻き込まれずに」

 そう言って再び歩き出した五十子に二人は何といえばよいかとっさには分からなかった。

 仮にも戦争中の一軍事組織の指導者が戦局を左右するかもしれないヤンと洋平の知識知略をあえて求めず、ただ匿ってくれるというのか。そのようなことをして彼女に何の益があるのだろう。普通なら五十子という人物の器の大きさ、懐の大きさに敬服すべきなのやもしれない。

 それなのに、何故彼女は自ら、自分と二人の間に一線を引こうとするのか。

 ヤンは五十子を見た。相手が誰であろうと階級や役職等にかかわりなく分け隔てなく接し、常に心遣いを絶やさず、誰にでも優しく、誰からも好かれる。一見すると器の大きい、可憐な少女。その一方でヤンは彼女が何か悲しみを、そして孤独を抱えているように思えた。決しても誰にも明かさず、明かせないものを抱え、理解させることも理解されることもなく抱え込み、一人孤独であり続けている。連合艦隊司令長官という地位にありながらしかしこの柱島泊地で窮屈そうに、孤独に佇んで見える。

 もしや、とヤンは思った。彼女は自分と同じなのではないだろうか。

 仲間や部下を大事に思う一方で、軍人である彼女はその仲間を死地に送り時に多くを戦死させる。それと同時に多くの敵兵を殺戮する。彼女はその罪に悩み、関わらせまいとしているのではないか。奇しくもそれはヤンが抱えていた悩みと同じだった。戦場で数百万もの敵兵を殺戮し、それと同等あるいはそれ以上の仲間の命を宇宙に散らせた彼は、幾度となく悩んだものだった。これでは自分は大量虐殺者だ、何故こんなことをしなくてはならないのか、自分は果たして流した血に見合うだけの何かをやれるのか、大量虐殺者である自分がなぜこうして生きながらえているのか――

 規模こそ違えど、本質は一緒。もし彼女が自分と同じことで悩んでいるのだとすれば・・・そんなことに加担させまいとしているのだとすれば。

 もし彼女がヤンもまた軍人として敵味方を数百万も殺戮したある意味での、英雄という名の大量虐殺者ということを知ったら彼女はどう反応するのだろうか。共感するのだろうか、それとも軽蔑するのだろうか――

 かけるべき言葉を探し考えるヤンと洋平の耳に通路から何やら騒ぎ声が聞こえてきた。

 「おや?あっちは士官用浴場があるんだけど・・・まさか」

 思い当たる節があるようで五十子が駆け足になった。二人も後を追う。

 「先任参謀!先任参謀!通路で寝ないでください!」

 通路の先に人影が見えた。五十子の従兵の小堀の声がした。

 「しゅぴー・・・しゅぴー・・・」

 通路の隅で一糸纏わぬ姿の黒島亀子が特有の寝息を立てて横たわっていた。思わずヤンと洋平は目をそらした。

 「先任参謀!黒島大佐!」

 従兵の呼びかけに五十子が加わる。

 「亀ちゃん、私だよ!ここは亀ちゃんのお部屋じゃないよ!起きよう!」

 「むにゃ・・・潜水艦搭載機でパナマ運河をたたく・・・しゅぴー・・・」

 「うん、その寝言すっごく気になるけど今は目を覚まそう!あ、亀ちゃん体拭いていないじゃない、これじゃ風邪ひいちゃうよ!」

 どうやら風呂の中で眠ってしまい、そのまま夢遊病状態でここまで来て倒れてしまったらしい。

 「仕方ない、小堀一等水兵。二人で黒島大佐を部屋まで運ぼう。洋平君とヤンさんは、浴場に行って亀ちゃんの服とタオルをとってきてくれるかな!」

 「分かりました!」

 「よし、行こう!」

 言われて即座に駆け出すヤンと洋平。

 濡れた足跡をたどりすぐに「士官用浴場」とプレートの置かれた部屋に駆け込む。

 ここまで二人は緊急事態ということもあり自分の頭で考えずに五十子の指示に従って浴場に入った。

 だから、ここが女風呂でありしかも使用中ということは考えていなかった。

 「ふ~さっぱりした。広かったね~大和のお風呂!駆逐艦のお風呂は小さな鉄の桶だから~手足が伸ばせないんだよ~」

 「使える真水の量が多いのも嬉しいわね。扶桑は真水のストックが少ないから。海水風呂ばかりだと、体がべたつちゃうわ」

 「やっぱり同じ戦艦でも大和は格別だよなっ!大和ホテルって言いうだけあって・・・ん?」

 そんな会話をする全裸の海軍乙女の少女が三人、目の前にいた。目が合う。

 「・・・あ!」

 「ごっ、ごめん!」

 反射的にそむけた眼前で今度は浴室の戸ががらりと開いた。

 「いやあ、書類仕事を片付けた後はお風呂に限りますねえ。あれ宇垣参謀長、また少し胸大きくなったんじゃないですかあ?」

 「渡辺てめえなにチラチラ見てんだ!あの変態じゃあるまいし」

 湯けむりとともに現れたのは宇垣束と渡辺寿子の裸体だった。

 男の本能が働き二人とも思わず釘付けになってしまう。

 まずは束の首にかけたタオル一枚だけのしなやかな長身、プルンとした胸の谷間。張りがあり大きい。彼女も見た感じ巨乳だったが、あれでも着やせしていたらしい。

 続いて寿子。

 こちらは束に比べれば、発育途中だが柔らかそうでウエストも締まっていて、肌もつるつるプルンとしていて・・・

 我に返ったときはすべてが手遅れだった。

 「ひゃあ!噂をすれば未来人さん達ですよお!」

 「・・・てめえ、また・・・この変態野郎があ!今度は二人一緒にかあ!」

 「ひいっ違うんです、これは・・・」

 「ご、誤解だ、これには深いわけが」

 遅れて絶句していた後ろの少女たちも騒ぎ出した。

 「た、大変!男の人だよ~!」「さては陸軍ね!」「撃ちぃかた始め!初弾夾叉!次弾テッ!」

 退避しかけた二人の後頭部に拘束に次々と飛んできた石鹸が命中し、転倒。そのままタイル張りの床に頭を直撃させ、ヤンと洋平の意識はそろって途絶することになった。




次回予告(CV:屋良有作)

浴場でのひと悶着の後、昼食会に参加することとなったヤンと洋平。穏やかなひと時を過ごす一方で、二人はこの時代の世界の現実の一端を知ることとなる。そしてヤンは元居た世界とこの時代の世界について思いを馳せ、この世界に来た意味を考えるのだった。次回、「不敗の魔術師、連合艦隊特務参謀になる」第7話「昼食会」。銀河の歴史がまた1ページ・・・ 
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