不敗の魔術師、連合艦隊特務参謀になる   作:ジョニー一等陸佐

7 / 20
できれば感想、よろしくお願いします。感想は作者にとっての作品執筆のためのガソリンの一種です。
アンケートの結果ですがやはりというべきかシェーンコップがダントツ一位でした。みんなあの不良中年のことが好きなんですね~。それにしてもトリューニヒトに入れるやつがいるとは・・・扇動政治家恐るべし。アンケートのご協力ありがとうございました。執筆の際の参考にさせていただきます。
ヤン以外の銀英伝キャラも早急に登場させられるよう努力していきますのでもう少しお待ちください。


第7話 昼食会

 1200時。中央寄り上甲板右舷、司令長官公室。

 「もう言い逃れはできねえな、変態スパイ野郎に変態宇宙人」

 まだ濡れている黒髪のポニーテルを揺らしながら束がヤンと洋平をじろりと睨みつけてきた。

 「認めろよ。てめえらはああいう破廉恥な目的で大和にやってきたんだよな。地球に来た時、葦原に来る前にロサンゼルスを襲ったのもハリウッドの金髪美女を襲うのが目的だったんだろ、ええ、変態宇宙人?」

 「違うんだ、あれは不可抗力で・・・」

 「うう・・・違います、僕だって束さんと同じくらい戦艦が好きなんです・・・」

 額に張った絆創膏をさすりながら必死に弁明するヤンと洋平。

 「そうですよお参謀長、さっき艦内を案内した時、未来人さんすっごく感動してましたし」

 自身も被害者である寿子がフォローしてくれる。束はフン、と鼻を鳴らすとそっぽを向いた。

 「私たちこそ申し訳ありません」「長官の~大事なお客様だったなんて~」「おっ、男の人だからてっきり陸軍の連中かとっ」

 同じく恐縮しているのは、揃ってこの柱島泊地の第一艦隊に勤務している三人の海軍乙女達である。聞くところによれば彼女達は五十子に今日の昼食会に招かれ、せっかくだからということで早めに乗艦し入浴していたとのことだ。

 宇宙人に未来人、スパイ、変態・・・そしてその次は陸軍。不審者の称号としては一番まともな部類に属するだろう。もっとも、それで立場や気分が良くなるわけでもないが・・・

 「ごめんね、わたしが洋平君にお使いを頼んだの。洋平君が男の子だってこと、うっかり忘れてたよ。てへっ」

 五十子が自分の頭をこつんと叩いていると、従兵達が恭しく前菜のスープを運んできた。花瓶に美しく花が活けられ、白いテーブルクロスのかかった食卓には磁器製の飾り皿、銀製のナイフ、フォークとスプーンがおのおのの席にきちんと並べられている。自室で眠っている亀子の席は空席になっておりそれが目立っていた。だが、皆がそれを気にする様子はない。五十子に聞けばいつものことなのだという。

 「わ~凄い! 本当に洋食が出てくるんだ~ハイカラ~」

 「長官室専属のコックさんは、帝都ホテルや郵船の豪華客船で修行したことのあるベテランだって聞いたわ」

 「ちょ、長官、あたし達がこんなご馳走食べさせてもらってよろしいんですかっ?」

 三人が料理に目を輝かせている。ヤンと洋平も密かに感心・感動していた。洋平は連合艦隊司令部の食卓に以前から憧れを持っていたのだ。ヤンも歴史家志望だった者としてこのような貴重な体験が出来ることは喜ばしいことだった。そしてその食事の内容や室内の装飾の豪華さに僅かに感動すると同時に少し驚いてもいた。かつて同盟軍に所属していた時はヤンやその幕僚達は士官として一般兵に比して上級の食事をとっていたしあてがわれていた艦内の私室も一般兵のそれと比して充実した設備を誇っていた。だが、この大和の長官公室はヒューベリオンやその他の自由惑星同盟軍の艦艇に比べてその豪華さにおいて遥かに優っていた。クラシックで精巧な家具や装飾が施され、食事の内容も専用の烹炊所でプロのシェフが作る一級品。朝夕は漆塗りの御膳で和食。そして何といっても華やかなのがランチで、前菜からデザートまである洋食のフルコースだ。時と状況によっては軍楽隊による演奏付きで食事をすることもある。同盟軍はさにあらず、貴族趣味溢れる帝国軍にも負けない豪華さかもしれない。

 もちろん、これは贅沢をするのが目的ではない。司令部要員だからというのもあるが軍人、特に海軍士官は時に外交官としての役割も担う。海外の寄港先で相応の席に出ても恥をかくことがないように日頃から西洋式のテーブルマナーを嗜むのが海軍の伝統だった。

 「ふふっ、紹介するね。第一水雷戦隊第二七駆逐隊・駆逐艦時雨の艦長を務める木村少佐、第二戦隊・戦艦扶桑通信長の刈羽少佐、同じく第二戦隊・戦艦山城砲術長の新発田少佐。3人ともわたしと同じ越後の出身なんだ」

 「「「よろしくお願いします!」」」

 のんびりした子が木村、すました感じの子が刈羽、石鹸を投げつけてきたのが新発田、とヤンと洋平は記憶した。

 「この中で、入隊してから『越後屋、お主も悪よのう』でからかわれたことのある人~」

 「「「「はーい」」」」

 「えへへ、みんな一緒だね!」

 五十子を中心に同郷者ネタで盛り上がっている。現代日本の人間である洋平はそのネタがすぐに理解できたが、ヤンは宇宙歴の人間、よく理解できなかった。

 「さあ、食べよっか」

 五十子がスプーンをとるとほぼ同時に、スピーカーから音楽が流れ始める。洋平の世界でもお馴染みの軍艦マーチだ。

 「これは、ラジオ?」

 「ううん、違うよ。昼食の時間になると、艦内放送で軍楽兵の子達が演奏をしてくれるの。大和にはブラスバンド編成の軍楽隊が乗っててね、とっても上手い演奏だから毎日お昼が楽しみなんだ」

 五十子が教えてくれた。こうして、優雅に演奏を聴きながらの昼食会が始まったのだが・・・。

 「今日のメインはビーフシチューかあ。あれえ、これって先週のカレーの残りなんじゃあ?」

 「贅沢言うな渡辺参謀! コックが知恵をしぼって限られた食材の中で毎日変化をつけてくれているんだ。大体だな、戦時下で国民が窮している時にこうして毎日飯が食えるだけでも……」

 「あー、はいはい。ところで知ってますか未来人さん? ビーフシチューは、私達の大先輩の東郷おばあさまがブリトンから持ち帰ったものなんですよお」

 「渡辺てめえ無礼にもほどがあるぞ! 東郷元帥は永遠の12歳だからな! つうか先輩方の年齢を連想させる話題はタブーだ、やめろ!」

 「えー、今の参謀長の発言の方が無礼じゃあ」

 目の前で束と寿子が繰り広げるどうでもいい口論のせいで、いまいち優雅さを噛み締められない。それにしてもこの世界では東郷元帥は存命中なのだろうか。洋平はもちろん、ヤンも古代地球の名将のひとりである東郷平八郎元帥のことは知っていたが、この世界においてもし存命中なら少し会ってみたいな、とも思った。それにしても、高級士官、司令部要員である彼女達は非常に楽し気にワイワイと食事をこの進めており、厳かな部屋の雰囲気に全く似合っていない。軍人とはいえ、やはり年相応の少女なのだ。ヤンとしてはむしろ、変に堅苦しい緊張した雰囲気で食事を勧めるよりこの和気あいあいとした賑やかな雰囲気で食事をするほうが楽しいし、自分に合っていたのでありがたかった。だが、彼女達の会話の中に気になる単語が出てきたヤンは一瞬引っかかった。

 「そういえばあ、陸では今シチューは敵性語で不適切だから、牛煮込み汁って呼ぶことになったらしいですねえ。カレーは辛味入り汁かけ飯で、サイダーは噴出水とか。噴はや出水・・・ぶはっ」

 シチューをつつきながら話していた寿子が自らの発言に思わず吹き出した。

 「うわっ、きたねえ! てめえが噴いてどうすんだよ渡辺!」

 「・・・敵性語?何だいそれは?」

 ナプキンを寿子に差し出しながらヤンは彼女の発言中に出てきた聞きなれない単語に首を傾げた。

 「鰤語や外来語をはじめとする、敵国の言語を排斥しようとする運動ですよ~」

 ヤンの疑問に答えたのは駆逐艦艦長の木村少佐だった。ため息をつきながら答える彼女の顔はどこか浮かないものになっている。いや、表情を曇らせているのは他の少佐達も同様だった。

 「ここでは分からないかもしれませんが、内地ではヴィンランドやブリトンといった敵国の言語である鰤語は軽佻浮薄なもの、『敵性』にあたると言って、敵国の言語を使うのはけしからん、排斥せよという動きがあって・・・あたし達はブリトン式の教育を受けて、装備や指示の用語に数多くの言葉を使ってきました。戦闘の際には、言葉は一瞬で正確に伝わらないと生死に、ひいては戦闘の勝敗に関わります。今、民間で強まっている敵性語排斥運動が、海軍にまで広がらないか心配です。兵達に余計な負担をかけたくありません」

 山城砲術長の新発田少佐が切実にそう訴えた。扶桑通信長の刈羽少佐も眉根を寄せる。

 「戦闘だけじゃないわ。敵は鰤語で交信しているのに、私達がもし鰤語を勉強してなかったら、せっかく敵信を傍受できても解読できなくなるのよ。敵を知り己を知れば百戦殆うからず。なのに、海軍兵学校にも鰤語教育を止めるよう政治家や市民団体から圧力をかけられてるらしくて・・・陸の人達は感情論ばかりで、現場のことを何もわかってない」

 鰤語と聞いてヤンと洋平は一瞬、魚の鰤が頭をパクパクさせながら喋るなんともシュールな光景を思い浮かべた。勿論魚の言語ではなく、ブリトン語の略のこと、自分たちの世界における英語や同盟語にあたるものだろう。

 それにしても敵国の言語を排斥しようとする運動があるとは・・・ヤンのもといた世界、自由惑星同盟においては敵性語を徹底的に排除しようという動きはなかったと思う。無論、敵対していた銀河帝国の言語である帝国語――この世界でのトメニア語、洋平の世界でのドイツ語にあたる――を敵国の言葉、専制主義を象徴する言語として忌避する空気や動きは存在していた。が、軍内部や教育現場等、様々な場面から徹底的に排除しようという動きまでは無かった。敵を知ることは重要だし、民主主義や自由の原則にも反する。将来、帝国を妥当し圧政下に置かれていた民衆を解放するときにも帝国語を使用できることは重要なはずだった。結局は逆に帝国が同盟に侵攻しこれを滅ぼしてしまったが。いずれにせよ、敵を知る上にも、自由や民主主義の原則から言っても重要関わらず敵国の言語を排斥しようとするというのは何とも呆れたことだった。

 「その敵性語というのは、政府の命令や法律で決まったことなのかい?」

 ヤンの質問に扶桑通信長の刈羽少佐が首を振った。

 「いいえ。いわゆる敵性語の排斥は、民間の人達が始めた自主規制なの。敵対している国の言葉を使うのは不適切だとか、不謹慎だとか。法的な根拠なんて全くないのよ。それなのに周囲の人間が何も考えずに同調して・・・」

 意外な答えであった。が、言われてみればヤンや洋平のいた世界でも、何か事件や事故が起きると類似した出来事が登場するアニメや番組の放送が中止や延期になったりしていた。その規制は国や自治体で定められたものではなく自主規制であり、基準も曖昧で「視聴者から抗議があったので」「現在放送するには相応しくないと判断し」とか、そんな感じだ。要するに市民のほうが勝手に煽り立て世論を醸成し、政府や軍の側が逆にその世論に流されようとしている、ということか。

 ヤンは思わず往時の自由惑星同盟を思い出した。トリューニヒトをはじめとする戦意や帝国への敵愾心を扇動する利己的な政治家達にマスコミ。約150年にもわたる戦争に倦むどころか更なる戦火を、戦果を求める市民達。民主主義国家であるはずの同盟で戦争の終結や和平を訴えられるような雰囲気は何処にも無く。ヤンがかつてイゼルローン要塞を無血占領した時、それは長期の戦争状態の終息、あるいは小康状態に向かうどころか、同盟市民あるいは世論は更なる戦果や勝利を求め政府もそれを安易に決定した。勝利はかくも容易なものでかくも甘美なものなのだと。そしてその後に続くのは帝国領侵攻作戦における大惨敗、その後に続くクーデターに敗北に次ぐ敗北、そして同盟そのもの崩壊・滅亡――衆愚政治と化した民主主義国家が辿った末路であった。

 もし、同盟の市民が理性的に物事考える力がわずかでもあったなら。あるいはもし政府や軍の側に冷静に判断する能力がわずかでもあったなら。その運命は僅かでも違ったものになったのだろうか。様々な要因はあろうが、相互に、安易に世論を醸成し扇動する市民や政府、衆愚政治と化した政治がもたらした結果でもあった。

 それと似たようなことがこの世界でも存在している、起きようとしていると、敵性語の話を聞いて考えるのは果たして安易なことだろうか。もしそうなのだとしたら世界は違っても結局人間は変わらないということなのだろうか。

 考え込むヤンを見て、寿子もため息をつく。

 「海軍に鰤語使わない縛りとか、息するなって言ってるに等しいですよねえ。お嫁に行くこと『マリる』とか普通に言っちゃってますし。まあ、私はそもそも海軍乙女が殿方と結婚するとかあり得ないと思ってますけどお」

 「渡辺の戯言はさておき、ああいう感情論ってのは理屈じゃねえからな」

 黙ってビーフシチューを口に運んでいた束が、ぽつりと呟いた。

 「最近は同盟国のはずのトメニア語やナパロニ語まで、鰤語だと勘違いされて不適切だって叩かれるらしい。そのうち、カタカナを全部禁止にしろって言い出すんじゃねえか」

 「あーあ・・・まあそういう世の中の流れなら、不便ですけど海軍も合わせないといけなくなるのかもしれませんねえ」

 最初は軽い口調で始めた寿子も肩を落として、場の空気が重くなりかけた時。

 「えいっ」

 密かに身を乗り出していた五十子が、卓上の粉砂糖を寿子のビーフシチューにふりかけていた。鮮やかな奇襲攻撃だった。なかなかの俊敏な動き。シェーンコップも思わず感心するかもしれない。

 「ちょ、ちょっと、何してるんですかあ長官! 今しがたテーブルマナーがどうとか言ってませんでしたっけえ!」

 慌てる寿子に五十子は首を傾げた。それからにこりと無邪気にほほ笑む。

 「ヤスちゃんがさっき話してたビーフシチューの伝来だけど、あれには余録があってね。ブリトン留学から帰ってきた東郷元帥が向こうで食べたビーフシチューを料理人に再現させようとしたんだけど、元帥の話を聞くだけじゃシチューがどんなものかよくわからなかったからとりあえずお砂糖とかお醤油とかでそれっぽく作ってみたら出来上がったのが肉じゃがなんだって。これ豆知識だよ」

 「いや、だからってこの場でシチューを肉じゃがに作り変えようとしないで下さいよお!」

 あっけにとられている同郷の3人に、五十子はいたずらっぽく笑ってみせる。

 「大丈夫! わたしが連合艦隊司令長官でいる限り、海軍で鰤語を使うのを禁止するなんてことはさせないよ」

 「良かった~」「さすがっ、あたし達の長官です!」「長官のご理解があれば心強いです」

 「さあ、温かいうちにシチュー食べちゃお! あ、洋平君もシチューにお砂糖かける? 本当に肉じゃがみたいな味になるよ?」

 「・・・い、いや、僕は遠慮しておくよ」

 「・・・入れるならできればブランデーにしてほしいんだけどなあ」

 「「・・・え?」」

 「いや、何でもない」

 よくよく考えれば何故かコース料理とは関係のない粉砂糖が卓上に置かれており、それを不審に思うべきだった。そして、どうせいれるなら砂糖ではなくブランデーを入れてほしいとどこかずれたことを考えてしまったヤンであった。

 その後、デザートの時間になり運ばれてきた五十子と同郷の少佐達の故郷の饅頭に、突然五十子が大量の氷水と粉砂糖を投入して謎の激甘スイーツを製造してふるまったり(当然ながらヤンや寿子らは拒否したが)、故郷の歌を皆で歌ったりと終始和やかな和気あいあいとした雰囲気で昼食会は進行し、そして終了した。

 昼食後もしばらく五十子達と歓談し、太陽が西の浮島・頭島に近付いた頃、内火艇で帰っていった。

 別れ際にタラップで目を潤ませながら何度もお礼を言う三人に、五十子は土産に饅頭を包んで持たせてやった。

 「ふう、楽しかった。なんだか昔の私たちを見てるみたいだったな。若いっていいね」

 内火艇が見えなくなるまで見送った五十子が、しみじみとそんなことを言う。

 ヤンと洋平は砂糖を取りすぎたせいか、さっきから頭が熱い。二人とも、五十子によって昼食に砂糖を混入させられたり、デザートに大量の粉砂糖をまぶした(というより包んだ)饅頭を食べさせられたからだ。グルメ漫画か何かでプロのバイオリニストは本番前に掌いっぱいの砂糖を飲み込むという話を読んだことがあるが、あの水饅頭で摂取した砂糖の量ならば、徹夜で絶叫系ライブだってできそうだ。

 「ちょっと長官、まだ未成年なのにそういうおばさん臭い発言はやめて下さいよお。・・・あれ、未来人さん、顔が赤くなってますけど大丈夫ですかあ?」

 寿子の心配する声が、気のせいかゆっくり聞こえる。糖分で思考が加速しているのか。

 束がふん、と鼻を鳴らした。

 「ふん、こいつらはどうせ、少佐クラスの幼女どもの裸を見られて興奮してるだけだろ。なんたって覗き魔変態スパイ野郎に覗き魔変態宇宙人だからな」

 なんとも不幸なことにヤンと洋平の称号がさらに不名誉なものになっていた。穀つぶし、とか給料泥棒、とかなら言われ慣れているのだが・・・

 砂糖の大量摂取で熱い頭をさまそうと思い、ヤンと洋平は少し風にあたってくると言ってその場を離れ左舷側の副砲のそばまで行った。

 「うわぁ・・・綺麗ですね」

 「・・・ああ。大昔の地球はこんなに美しい惑星だったんだねぇ」

 太陽が瀬戸内海の水平線と接触し、海面にその姿を映し出し、海面と空の両方にオレンジ色の光彩が絶妙で美しいグラデーションを生み出している。ありきたりだが、しかし幻想的な光景だった。そして人生の多くを宇宙で過ごし、惑星にあっても陸で過ごすことのほうが圧倒的に多かったヤンにとっては、こういった光景を生で目にする機会は非常に少なく、新鮮だった。見ていると気分が落ち着いてくる。宵の明星が輝き、島々や停泊している艦艇が陰影を描き、海鳥が穏やかに空を飛んでゆく。ヤンのいた宇宙歴の時代では地球は荒廃した忘れ去られた惑星であったが、往時は確かにこんなにも豊かな惑星だったのだ。歴史家志望であったヤンにとってこれほど大昔の時代にやってきてその光景を生で見ることが出来るということは幾ばくか心躍ることであった。一方でこの世界で世界を巻き込む大戦が勃発しており、しかも少女たちまでもが殺し合いをしているという事実に辟易し虚しさを感じる自分もいる。

 「・・・私は何故こんなところにいるんだろうな」

 思わずそんなんことを口にした。

 「え?」

 「いや、何でもないよ。ただ、余りにも大昔の時代に来てしまったことに実感が湧かなくてね」

 沈みゆく夕日を眺めながらヤンが呟く。

 「これが現実だということは頭では理解しているつもりだけど、あまりにも突然のことで普通じゃあり得ないことだから、じゃあなんでこんなところに来たんだろう、何をしにここへ来たのだろう、とふと考えてしまうのさ」

 かつて軍人として同盟軍最高の名将として大軍を率いて戦い、敵味方双方に数百万ものおびただしい流血を強いた英雄という名の虐殺者。大軍を率いて敵を撃破し、英雄だと歓呼の声で迎えられる度に彼は己の所業に辟易し、人殺しの立場から逃れたいと思っていた。果たしてこんなことをして何になるのか、何かを自分は成すことが出来るのだろうか、と。そうしているうちに自分に元に暗殺者が現れ自分は死んだ・・・と思ったら今度は大昔の異世界の地球に飛ばされていた。何の因果か、その世界でも大戦争が勃発しており、場合によっては自分も巻き込まれるかもしれないのだ。もし実際に神とか運命とかいうものが存在し、この世界がそれらの意思によって動いているとすれば、今度は世界は何をしようとしているのだろう。ヤンに何をさせようとしているのだろうか。この世界でもヤンは戦乱に巻き込まれざるを得ないのだろうか。ヤンはなぜここに来たのか、何をするべきなのか。

 「・・・」

 同様の思いを洋平も抱いていた。最初に打ちこそは本物の連合艦隊を目にし、体験することができ洋平の心は踊り、最高の気分だった。だが改めて落ち着いて考えればここは過去の世界、しかも異世界だ。本来なら二人とも存在するはずのない人間。ヤンと洋平をもとの世界に返したい、戦争に巻き込みたくないと五十子は言っていた。確かに、本来存在しない人間である洋平やヤンは部外者であり、この世界で国のために戦う義務はない。が、それでもこの時洋平は自問せざるを得なかった。自分は果たしてこれでいいのか。毎日を平穏に暮らし、そうやっていつか元の世界に戻れる方法が見つかるのを待つだけでいいのだろうか。

 ヤンは薄暗い空に浮かんできた星々を見つめた。

 ――大切なのは自分で決めること、誰かと空を見つめていても同じ星を見つめる必要はない。自らの星を、自分だけの星を見つけて、自分の道を進むべきなのだ――

 かつてヤンは息子のユリアンにそう教えたことがある。

 ならば、この世界でヤンが、そして洋平が見つけるべき自分の星とは何だろう。自分は何をしたいのだろう。何をすべきで、どういう道を進むべきなのだろう。

 星々はおぼろげに輝き、虚空に浮かぶだけで何も答えない。その星々の中には遠い将来ハイネセンや、オーディン、アスターテなどと名付けられる星も存在するのかもしれなかった。

 (やれやれ、我ながららしくもないことを考えるな)

 ヤンはおさまりの悪い黒髪をかきながら苦笑する。

 「・・・そろそろ戻ろうか」

 「・・・そうですね」

 太陽も完全に沈みあとは暗くなるだけの空を後にしてヤンと洋平は艦内に戻っていった。

 ちらりと夜空の星々をもう一度見る。彼らは何も答えずただ静かに輝くだけだ。

 進むべき星、見つけるべき星を二人はまだ持たず見つけていない。だがいずれは自分だけの星を見つけねばならないのかもしれない。たとえそれが凶星であったとしても・・・




次回予告(CV:屋良有作)

大和での夕食時、五十子に頼まれ作戦参謀黒島亀子のもとへ向かうヤンと洋平。亀子との対話で二人は彼女が画策する、あの運命の作戦の内容を知ることとなる。一方で寿子はヤンと洋平の今後の待遇について五十子と議論するのだった。次回、「不敗の魔術師、連合艦隊特務参謀になる」第8話「ミッドウェー作戦計画書」。銀河の歴史がまた1ページ・・・

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。