不敗の魔術師、連合艦隊特務参謀になる   作:ジョニー一等陸佐

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第9話 星空の下、それぞれの未来

 三人でラッタルを上り最上甲板に出る。

 真っ黒い、夜の海が打ち寄せる波の音があたりに響いている。

 夜空には星々が輝いている。

 周囲の島々には人家もあるはずだが、戦時中の灯火管制のためか明かりは全く見えない。

 

 「見て、二人とも」

 

 暗い中、ヤンと洋平の前に立つ五十子が夜空を指さした。

 見上げた夜空には、無数の星々が散りばめられている。東には月が出ている。左半分だけ明るい下弦の月だ。下界の灯火管制と半分だけの月によって、夜空には満天の星空が広がり絶景を生み出していた。かつてヤンは、この星々の大海の中を征き、多くの戦火を交えてきたのだ。

 洋平が夜空を指差しながらつぶやく。

 

 「あれがデネブ、アルタイル、ベガ」

 「えっ、洋平君すごい!どれが?」

 「・・・いや、知らない。ちょっと言ってみたかっただけ」

 

 星空に見惚れる二人に、五十子は近づいて頭を下げた。

 

 「今日はごめんね、ヤンさん、洋平君。私がしっかりしてないせいで。・・・亀ちゃんも、ヤスちゃんも、とても純粋で良い子だよ。勿論、束ちゃんも」

 「出会ってからの二日間で彼女は何度二人に謝ったことか。なぜ、それほどまでに謝罪を口にするのか。

 「・・・五十子、さっきの話のこと、詳しく聞かせてもらえないかな。寿子が言っていた、私達を参謀にして作戦を手伝わせるっていう・・・」

 

 あの時、寿子は確かに言っていた。自分達を参謀にして作戦を手伝わせると。やはり、彼女たちも軍人である以上未来人である自分達の知識や見識は垂涎の的なのだ。それは五十子にとっても同じことのはずだ。そして、その気になれば彼女達には、五十子にはその権限がある。だが五十子は二人を戦争にかかわらせまいとした。できることなら元の世界に返したいと。

 

 「確かに魅力的だよ、二人の情報と見識は。私達、軍人にとってはね」

 「・・・」

 「けどね、よく考えて。もし、私達に協力したら君達は未来からのお客さんじゃいられなくなる。この戦争に、私達と一緒に責任を負うことになるんだよ?」

 

 そこまで言って、五十子は少しの間沈黙し首を横に振った。

 

 「・・・ううん、『私達』じゃない。この戦争を始めたのは、この私なの。先輩や友達と戦争を防ぐって約束したのに、それを裏切って私が始めたんだ」

 目が次第に暗闇になれ視界が開けてくる。

 

 浮かび上がってきた五十子の表情は笑顔だったが、普段部下たちに見せる生気溌剌としたとしたものではなく、どこかやつれた、悲しそうなものだった。輝いていた瞳は、いまは星明り一つさえ映していない。

 

 「・・・大勢の命を奪った。敵も味方も、数えきれないくらい・・・みんな全部、私のせい。・・・ヤンさんや洋平君のいた未来の世界の『山本五十六』はどんな風に言われてきた?きっと、みんなから恨まれていたんじゃないかな」

 

 洋平はぎりっと歯を軋ませた。五十子なら、そういう風に考えてもおかしくはない。洋平の僅かな持ち物から、洋平の世界についてあれだけの洞察をしてみせた五十子なら、想像することは容易かっただろう。国のために戦った行為が、過ちとして子孫に糾弾される未来を。

 ヤンは理解した。彼女は自分と同じだ。数多の戦場で敵味方問わず無数の命を奪った、英雄という名の虐殺者。彼女が己の指揮によって戦果を挙げ英雄としての名声を上げるその度、裏では多くの命がこの海に散っている。彼女はその業に、罪に苦しみ、耐えようとしている。そしてそれを一人で背負おうとしている。誰にも咎は背負ませまいとして。

 それはヤンにとって憤るべきことであった。何故、このか弱い少女一人が全ての責任を背負わねばならないのか。彼女にそう思わせたのは一体何なのか、誰なのか。本来、未来と運命と機会とに恵まれているはずの少女達が殺し合いをし、一人の少女が己の罪を一人で背負おうとして苦しんでいる。この世界はヤンのいた世界よりはるかに残酷だ。

 

 「ごめん、今のなし。良くないね、こういう質問。ヤンさんや洋平君が別の世界の未来から来たって言うから、覚悟はしていたつもりだったのにね。わたし、ダメな子だ」

 「・・・僕は、山本五十六を尊敬しているよ」

 

 彼女の言葉は、口を挟むにはひどく重かったけれど、洋平は言わずにはいられなかった。

 

 「山本五十六は、誰よりも開戦に反対だった。最後まで必死で抵抗して、けれど国が決めたことは、一軍人に過ぎない彼にはどうしようもなくて。個人の意見とは正反対のことを、自らの手で始めるよう強いられた。それでも早期講和に一縷の望みを託して、あの真珠湾奇襲をやったんだ」

 

 五十子だって、同じだったはずだ。今までの彼女を見ていれば、疑いの余地は無い。

 

 「真珠湾は失敗だったかもしれない。空母はいなかった。宣戦布告が間に合わずに、奇襲は敵のプロパガンダに利用された。でもそんなのは全部、結果論に過ぎない。大切なのはどうすべきだったかじゃなくて。五十六が、いや五十子さんがどうしたかったか。そして今、どうしたいかなんだよ?」

 「わたしが、どうしたいか・・・」

 

 呟いたきり、五十子は黙ってしまう。

 

 「・・・ちょっといいだろうか」

 

 ヤンが五十子をじっと見つめながら口を開いた。

 

 「ちょっと話がそれるかもしれないけど、私自身の話をさせてほしい。五十子は前に、私達の、未来の世界がきっと平和で豊かな時代に違いないと言ったね。確かに洋平君のいた21世紀の地球、日本という国に限ればそうだった。でも、私のいた世界は違うんだ。平和で豊かどころか戦争の真っ最中だったんだ」

 

 ヤンはゆっくりとベレー帽を手に取り握る。その表情はどこか物憂げそうだった。

 

 「・・・前にも話したけど、私は軍人だった。まったく向いてない職業のはずなのにどういうわけか軍人をやっていた。もともと私は歴史家志望だったんだけど、父親が死んで、学費に困って、仕方ないからタダで歴史を学べる士官学校に入ったはいいけど、気付いたらそのまま軍人になってしまっていた。そして、私は戦争に参加し戦うことになった。隣国と150年も続く戦争に。当然、誰も平和なんて知らなかった。長期間の平和を知る人間はいなかった」

 「ひゃく、ごじゅうねん・・・!?」

 

 洋平と五十子は絶句した。戦争が150年も続く世界を彼らには想像しえなかった。戦争が長引くことは往々にしてあるが、150年も戦争が続き誰も平和を知らないとは、ヤンのいた世界はどのような修羅の世界だったのだろうか。

 

 「本当なら途中でうまいこと退役して、年金で静かに暮らすつもりだった。ところがどこで何を間違えたのか、戦果を次々と上げてしまって、気づいたらやめようにもやめられなくなってしまった。戦争を指揮する立場にまで上り詰めてしまったんだ」

 

 ヤンは夜空を見上げる。輝く星々の中にはきっと、ヤンの故郷の星もあるのだろう。もしこの世界の時がはるか未来まで進めば、ヤンのいた世界と同じ戦争の光景がこの美しい星々の中で繰り広げられるのだろうか。

 

 「・・・多くの兵士が、市民が、敵や味方が死んだ。私も指揮官としてずいぶん人を殺してきた。もう数えきれないぐらい・・・敵味方問わず、数十万、数百万もの命が私の命令と指揮によって死んでいった。もう、何度輪廻転生を繰り返したとしても必ず地獄の特等席が用意されているぐらいには私は罪深い人間だろうね。・・・それでも私は戦い続けた。やめるにやめられなくなったからというのもあったけど、私の所属する国家、というより思想や信条のために戦ってきた」

 「それって・・・?」

 

 五十子の問いにヤンは答えた。

 

 「自由と、民主共和制、そして・・・平和」

 

 ヤンはベレー帽を手の中でもてあそびながら続ける。

 

 「自由と民主、その思想を守り次の世代に残すために、そして平和を実現するために私は戦ってきた。私の部下達も同じ思いの下で、いや、もしかすると彼らには別の思いが、守りたいものがあったのかもしれないけれど、私と共に戦ってくれた。帝国、貴族、専制政治等から自由を守る戦いを。未来に、次の世代に、可能性の芽を残すための戦いを、次の世代のために平和を実現するための戦いを。・・・私には息子が一人いてね。養子だが、それでも大切な家族であることに変わりはない。私はその子に軍人になってほしくなかったんだ。結局自分自身の意思でその子は軍人になってしまったが・・・いずれにせよ、私は戦ってきたんだ。息子が、息子達の世代が戦争をする様を見ないために、ちょうど五十子や洋平のような世代が、彼らが自分の中の可能性を活かせる未来を、残すために。そしてそのために、自由と民主の思想を守るために戦った。結局、その戦いの最中で祖国は敗北して滅び、私も死んだはずなのに、気付いたらこの世界にやってきたんだけどね」

 

 しばらくもてあそんでいたベレー帽を被り直し、ヤンは再び五十子を向いた。

 

 「いいかい、五十子。人には自由に生きる権利が、自分の意志のもとに行動し生きる権利がある。そしてこれは誰にも否定されてはいけないものだ。特に君達には私達よりはるかに大きな未来と可能性を持っている。確かに君は一人の軍人として多くの命を奪ってきたかもしれない。けどそれは君の望んでいることじゃないはずだ。君はそれを止めたいはずだ。君には進むことのできる未来がある。未来に何をすべきなのか、何をしたいのかを考え行動する権利が君には立派にあるんだ。洋平君も言ったように大切なのは君自身が決めることなんだ。君が見てきたこと、聞いたこと、それをまとめて、考えて、時には相談して。それから決めたことなら、私は君を応援したいし協力したいと思う。たとえ、私と同じ空を見上げていても、君が同じ星を見る必要はないんだよ。自分だけの星を見つけることが大切なんだ」

 「自分だけの、星・・・」

 

 五十子は自らの手を胸に当てて、しばらく考え込んでいた。が、やがて顔を上げて二人に問うた。

 

 「・・・どういうヤンさんと洋平君はどんな星を見つけたの?二人はこの世界がどうしたいか、私に聞かせて」

 

 そんな五十子の真剣なまなざしにまず応えたのは洋平だった。ここで改めて、今度こそはっきりと自分の気持ちを声に出した。

 

 「僕は、連合艦隊の艦が好きだ。提督達が好きだ。だから、好きな艦にもう沈んで欲しくないし、五十子さん達にも死んで欲しくない。そのために、この世界で僕にできることをさせて欲しい」

 「・・・まるで、わたしたちが負けて死ぬような言い方をするんだね」

 「五十子さんは、勝てると思っていない。違う?」

 「あはは・・・未来から来た人には、敵わないな」

 

 五十子はくしゃくしゃっと頭をかく。リボンの髪飾りが揺れるのを、洋平は黙って見守った。

 そんな洋平にヤンが声をかける。

 

 「洋平は、それでいいのかい?この戦争に関わることは五十子も言ったようにこの戦争に責任を持つことだ。一度、その手を血で汚したら、大海の水を以ってしても雪ぐことはできないんだよ。もしかするととんでもなく後悔することになるかもしれない。それでもやるのかい?」

 「はい。これが僕の、僕がこの世界で見つけた『星』ですから。そういうヤンさんはどうしたいんですか?」

 

 逆に洋平に問われたヤンは苦笑し、おさまりの悪い黒髪をかいた

 

 「私はどうしたいか、かい?実を言うと私も君と同じさ。もしできるのなら五十子達に協力したい」

 

 ヤンは五十子を見た。

 

 「前にも言ったとおり、私には君達と同じくらいの息子がいた。自分の息子や同じ世代の人々が戦うのを見たくないから戦ってきたわけだ。けどこの世界じゃ、未来と可能性に満ち溢れた少女達が殺し合いをやっている。見たくない光景がここでは繰り広げられている。それを見たくないがために、嫌々ながら戦ってきたわけなのにね。なんだって彼女達が、子供が殺し合いをしなければならないんだい?こうなったのには政治家や陸でふんぞり返る大人達の責任でもある。第一、戦争は大人がやるものだ。だから、正直私としては見過ごすわけにはいかないんだ。・・・それに、君に返さないといけない恩もあるしね」

 「・・・?」

 「亀子から聞いたよ。私が救出されたとき、大量出血がひどくて、輸血用の血液のストックが足りなくなって、そんな時君が私に自分の血を分け与えてくれたってね。もしそれがなければ私が死んでいたかもしれないということも。見ず知らずの人間を破格の待遇でもてなし、生の歴史的な光景を見せてくれただけじゃなく、命まで救ってくれた。つまり、私としては君に何かしら恩返しをしなくちゃいけないわけだ。私は命の恩人の恩を忘れるほど恩知らずじゃないよ」

 

 ものぐさなヤンではあったが、人からの恩を、しかも命を救ってもらったという大きな恩を忘れるほどヤンは恩知らずの人間ではなかった。少女達が殺し合いをしているという現実に対する憤りと、五十子への恩返しの念、それがこの世界でどうしたいのか、ヤンの精神に徐々に決心を与えていったのだ。

 ヤンの言葉に五十子は顔を赤らめた。

 

 「カメちゃんから聞いたんだ・・・えへへ・・・恥ずかしいな。別にそんな、大したことじゃないよただ・・・助けられるなら命なら助けたいっていうのは当たり前のことなんだ。それに私にとっては皆大切な仲間、大切な人だから。私には見捨てるなんてできないよ」

 「いいんだよ。そういう心こそが大切なんだ」

 

 ヤンは五十子に向かって微笑んだ。

 

 

 

 「ありがとう、五十子。そして、改めてよろしく」

 

 

 

 ヤンが差し伸べた手を五十子は握り返した。いつの間にか五十子の眼には輝きが取り戻され、いつも通りの生気の宿った笑顔が戻っていた。

 

 「・・・うん、こちらこそ。よろしくね、ヤンさん、洋平君」

 

 ヤンも洋平も、この時抱いた感情や思いは一緒だった。この笑顔を、彼女達とその未来を守りたい、と。彼女達に待ち受けているであろう避けようのない残酷で過酷な運命を自分達だけが知っているという事実、未来と可能性に満ち溢れ自らの人生を生きる権利があるはずの少女達が戦争をし、その中で多くの命を散らしているという事実、彼女達が本来背負うべきでない罪を自ら背負い苦しんでいるという事実、数多くの要素が彼ら二人に「何とかしたい」「協力したい」という思いを抱かせたのだ。ヤンと洋平はそれぞれ自分だけの星を探し、そして二人とも同じ星を見つけたのだ。そしてその星は、もしかすると五十子達も見つめているかもしれない星なのだった。

 三人は再び星空を見上げた。

 

 「・・・70年後かあ。わたしは90歳近いおばあちゃんだね。見られるかなあ」

 

 その未来は、ヤンや洋平の知っている世界とは当然違うし、その言葉は、ヤンと洋平を安心させるための嘘かもしれなかったけど。

 それでも、長いあいだ罪の意識を背負い恐らくは死を覚悟してきた彼女が口にしてくれた、希望の言葉が嬉しくて。

 

 「食べ物に砂糖かけるのをほどほどにすれば、普通に見られるんじゃないかな?」

 

 湿っぽくなった空気を払う、洋平なりの冗談のつもりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。

 

 長官公室の食卓では、給仕の従兵達を驚かせる二つの珍事が起きた。

 一つは、昼夜逆転しているはずの先任参謀、黒島亀子が朝食の席についていたこと。

 

 「しゅぴー・・・しゅぴー・・・」

 

 といっても、突っ伏してテーブルクロスによだれの染みを広げていたが。

 

 「寝るな黒島、営巣入りにすっぞ!」

 

 束が耳元で怒鳴ると、一応は目蓋を開ける。

 

 「むにゃ・・・艦隊を10に分ける・・・」

 

 白目のまま寝言を呟く亀子。やはりいつも通りの彼女であった。

 「驚きましたねえ。明日あたり、ルーシ連邦が中立を破って攻めてくるんじゃないですかあ?」

 寿子がそう言ってからかう。恐らく「明日は雪が降る」的なニュアンスだと思われるが、史実を知っているとあまり笑えない。

 

 「ふん。未遂とはいえ、海軍刑法違反の現場を押さえたからな。しばらくはこれをネタに脅して、こいつの生活態度を根本から修正してやる」

 

 勝ち誇る束。

 

 「あはは・・・でも、みんな揃ってご飯食べるの久しぶりだね」

 

 五十子が三人の参謀を見て微笑んでいる。彼女にとってはいつも通りの光景なのだろう。

 従兵たちが運んできた朝食はいたってシンプルな和食の献立だった。ご飯、味噌汁、漬物、海苔、目玉焼き。それに調味料。ご飯、味噌汁、漬物、海苔、目玉焼き。それに調味料。なお、ヤンには彼自身の希望で寿子が淹れてくれた紅茶が添えられている。以前、寿子がヤンにセイロンティーを淹れて、ヤンがユリアンに負けない腕だとほめたことはまた別の話である。小堀一等水兵はごく自然な所作で、連合艦隊司令長官の前に砂糖の壺を置いた。もはや習慣と化していたのだろう。二つ目の珍事はこの後起きた。

 

 「さあ、食べよっか。頂きます!」

 「あ、あれ・・・ちょ、長官、目玉焼きに砂糖かけないんですかあ?」

 

 勢いよく何もかけていないプレーンの目玉焼きにかぶりついた五十子を見て、寿子が震え声で訊ねた。

 背後の従兵達も驚いた様子であった。

 

 「もぐもぐ・・・え、目玉焼きにお砂糖? 何それ怖い」

 

 いよいよもって幕僚や従兵達に動揺と驚きが広がった。

 

 「いや・・・あの、長官、もしかして昨日、私と参謀長が水饅頭を嫌がったの気にしてます? 悪かったですから、そんな無理なさらないで下さいよお・・・目玉焼きに砂糖をかけて食べるのは、普通の人でもやることですし・・・」

 

 寿子が軽く錯乱状態に陥り彼女を普通の人間ではないと評している。目玉焼きには醤油派の洋平は、なんだか罪悪感を覚えて、プレーンのままいただくことにした。

 

 「みんな、そのまま聞いて」

 

 周囲の反応を気にすることなく目玉焼きを平らげた五十子がポンと手をたたき周囲を見渡した。周囲の幕僚と従兵達も彼女に注目している。そしてこの時彼女が出した宣言は間違いなく帝政葦原海軍史上類を見ないことであった。

 

 「本日付で、ヤン・ウェンリー、及び源葉洋平君を海軍中佐相当、連合艦隊司令部特務参謀扱いにしたいと思います。ヤンさん、洋平君、みんなに挨拶っ!」

 「よ、よろしくお願いします!って、中佐?特務参謀?・・・僕が?」

 「うぐっ」

 

 洋平は勢いで起立・敬礼してしまったが、自分の身に何が起きたのか理解が追いつかなかった。ヤンは紅茶を飲んでいる途中で突然の宣言とその内容にむせかけた。

 代わりに寿子が飛び上がって歓声を上げる。

 

 「やったあ! 良かったですねえ未来人さん、私とお揃いの階級ですよお、『少佐のらしろ』もびっくりの特進ですよお!」

 

 固まったままの洋平の手をとって、ぶんぶん上下に振り回す。

 

 「・・・あれ、でもこれって、制度的にOKなんでしょうか? ・・・そもそも人事って、山本長官の権限で決められるんでしたっけ・・・」

 

 レシプロエンジンのピストンみたいだった手の振りが、次第に速度を落としていく。連合艦隊司令部の参謀なんだから、司令長官の一存で決められそうなものだが。

 

 「・・・自分で提案しといて、ノープランだったんだねヤスちゃん」

 

 五十子はじとっとした目で寿子を見てから、ヤンと洋平に説明してくれた。

 

 「前にも言った通り、葦原海軍はお役所なの。だから今は中佐相当で、参謀扱い。士官の人事管理は海軍省人事局の管轄なので、これは正式な任官までの暫定措置とします。ヤスちゃん、人事局との折衝は任せたからね」

 「うう、任されました。これってある意味、犬を将校にするより手続き大変なんじゃ・・・とほほ」

 

 青菜に塩の状態の寿子を傍目で見ながら、ヤンはティーカップ片手に肩をすくめた。昨夜、五十子に出来ることなら協力したいとは言ったが、いきなり参謀、将校に任命されるとは・・・やれやれ、覚悟はしていたつもりだったが、この世界でもゆっくりすることは出来なさそうだ。しかし、参謀将校に任命されたからには気になることがヤンにはあった。

 

 「いきなり中佐に任命とはね・・・しかし、この場合給料や年金は出るのかなあ」

 

 黒髪をかきながら呟くヤン。なんということを言うんだ、と思われるかもしれないが、適当に退役して年金をもらってぶらぶら暮らすことが望みであった彼にとっては重要な問題だった。民主共和制のために戦った彼であったが、いっぽうで給料や年金のため、という俗物的な理由もあったことも事実である。

 五十子が彼の疑問に答えた。

 

 「大丈夫だよ、私が任命した以上は二人とも立派な葦原海軍の一員だから。給料とかそういうところもちゃんとしているよ」

 「そりゃ良かった。それなら、給料分は働く努力するよ」

 

 笑顔を浮かべ紅茶をすするヤンに束が呆れたように首を振った。

 

 「給料って「お前な・・・本当に軍人だったのか?どうでもいいけど。しかし良かったな渡辺。司令部には上官しかいねえし、かといって部下がくると肩肘張って疲れるから、気安く喋れる同階級の奴が欲しいってこぼしてただろ」

 「そ、そうでしたあ! 長官ありがとうございます!」

 

 既に十分気安く喋っていると思うのだが。

 

 「束ちゃんはどう思う?」

 

 五十子に訊ねられ、束はふうっと息を吐いて目を閉じる。

 

 「ま、未来がどうとかいう与太話を信じたわけじゃねえが、長官が決めたことなら文句は言えねえな。よろしくな。変態覗き魔ジゴロ宇宙人に覗き魔変態スパイ野郎改め、ヤン参謀、源葉参謀」

 

 洋平としては、参謀にしてもらえて本当に良かったと思える瞬間であった。

 五十子は最後に、さっきからずっと黙っている亀子に目を向けた。

 亀子はまだよだれをたらし寝息を立てていた。テーブルクロスによだれのシミが広がっている。

 

 「亀ちゃんの書いたミッドウェー作戦計画書、読ませてもらったよ。凄く良くできてるね」

 「しゅぴっ!」

 

 亀子が即座にはね起きた。何か五十子の言葉に反応するセンサーでもあるのだろうか。目を覚ました亀子に、五十子は微笑みかける。再び口を開いた時、その声は司令長官に相応しい凛としたものだった。

 

 「亀ちゃんの計画、みんなにも後で読んでもらうけど、この作戦は残存する美太平洋艦隊、特に真珠湾攻撃で沈めることのできなかった空母群を一挙に撃滅し、美海軍本拠地ハワイ攻略への障害を取り除くことを目的とした、わたし達が過去経験したことのない大きな規模の作戦だよ」

 

 食卓の空気が引き締まる。

 察した従兵達が自発的に部屋を去り、幕僚達が背筋を伸ばす。

 ヤンも洋平も自然と背筋を伸ばした。皆、五十子の次の言葉を待っている。

 昨夜、二人は己の気持ちを明らかにし、五十子はそれに確かに応えた。

 だが、五十子自身も気持ちはまだ聞いていない。

 五十子自身はどうしたいのか。どのような星を見つけたのか。

 今度は彼女が答える番だった。

 

 「正直、今の中央を説得するのはかなり難しいと思う。それでも、わたしは何としてもこの作戦を実現させたい。美鰤と講和するために」

 

 五十子は、ヤンと洋平の視線を受け止めて、頷いてみせる。

 

 「早期講和。これは真珠湾攻撃の前から変わらない、わたしの信念だよ。今は講和なんて、世の中のほとんどの人は想像もできないかもしれない。だけど、例えそれがどんなに小さな可能性でも・・・わたしはやっぱり諦めたくない。頑張れば、本物の希望に変えられるって信じたいんだ」

 

 ヤンと洋平は頷き返した。彼女の答えは確かに受け取った。

 彼女の心は明らかとなった。五十子が何をしたいのかが。

 五十子もまた自分の星を見つけた。そしてそれは恐らくヤンも洋平も、この場にいる全員が同じく目指しているものだ。

 

 「束ちゃん、亀ちゃん、ヤスちゃん、それにヤンさん、洋平君。みんなの力を貸して欲しいの」

 

 五十子は、一人一人の顔を真剣な眼差しで見回した。

 

 「この作戦を実現させて、今度こそ戦争を終わらせよう」

 

 

 

 




次回予告(CV:屋良有作)

連合艦隊特務参謀に任じられたヤンと洋平。しかしすべての人間がそれを歓迎するわけではない。乙女だけの組織である海軍に二人のイレギュラーが参加することに海軍乙女達が反対の声を挙げる。次回、「不敗の魔術師、連合艦隊特務参謀になる」第10話「男子禁制」。銀河の歴史がまた1ページ・・・
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