まやかしの奇跡と、本当の魔法   作:カーテンコール

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たるいからパス

 

 

 

 

 

 朝、目覚めた時。

 身体の何処に『疼き』を感じるかで、俺はその日の運勢を決めることを常としていた。

 

 今朝疼いていたのは、背中。

 俺独自の占い相関図から弾き出される運勢は――まあまあ最悪。

 

「…………」

 

 どうでもいい話ではあるが、この『占い』が外れたことは今まで1度もない。

 少なくとも、朝のニュースの片手間にやっている胡散臭い星座占いや血液型占いなんか、これっぽっちも信じていない俺が、1日の行動を決める基準とする程度には、当たる。

 忌々しいことに。

 

「……チッ」

 

 いつものように学校をサボり、日が沈む時刻になっても家に帰らず、適当な人気のない場所で惰眠を貪っていた俺の周囲の空間が、歪んで行く。

 この世のものとは思えない、しかしどこか人間の意志を感じさせる造形に彩られた、酷く気味の悪いセカイへと。

 

 ああ、全く。

 こうしてまともな世界から切り取られて行く感覚を味わうのは、一体何度目になるだろう。数えることさえ面倒だった。

 

 重力さえも書き換わるかのように、一瞬身体が浮き上がるかのような、若しくは逆に鉛の如く重くなるかのような。

 すっかり慣れ切ってしまった、曖昧なそれを感じつつ。

 俺はいつの間にやら俺を取り囲んだ、子供の悪戯書きか何かがそのままこの世に産まれ出たとでも言うべき、奇妙な生物達に視線を巡らせ。

 ひとつだけ、ため息を吐きつつ思う。

 

 ――今夜も、永い夜になりそうだ……と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は左脚が疼いた。

 運勢は、ほどほどに最悪。

 

「あ! あや兄ぃ! こんな早くから家出て、またサボる気!?」

「…………」

 

 家を出ようとしたところ、面倒な奴に見付かった。

 態々早起きまでしたと言うのに、それも無駄に終わったらしい。

 

 自他共に認める『不良』のレッテルを貼られている俺を、両親も教師も既に半ば諦めていた。

 試験(テスト)に於いては一定水準以上の結果を出していることも、それを助長したことだろう。

 極論、成績(すうじ)が全てと言っても過言ではない学生の身分を有する者の中でも、優れた成績(すうじ)を弾き出す不良ほど扱い難いものも無いからだ。

 

 更に言えば、俺は細身ながら他人(ひと)よりずっと腕力が強かった。

 だから俺の存在を面白く思わない生徒達(どうぎょうしゃ)も、俺を怖がり面と向かって来る奴など居らず。

 それ故に結果として、俺の素行不良はほぼ黙認されていた。

 

 ……俺の袖を掴んで家から出るのを止めた、『コイツ』を除いて。

 

「今日こそは逃がさないんだから! 一緒に学校まで行くよ!」

 

 俺のそれと同じ色をした、斜めに切り揃えられた水色のショートヘアを揺らし。

 幾らか濁りのある俺とは違う、澄んだ蒼の瞳を収めた双眸でこちらを睨み、強い口調でそう告げる『妹』。

 

 ……袖を離せと、睨み返すことは簡単だった。

 何も言わずに、手を振り払うことはもっと簡単だった。

 けれど、それらよりも面倒が勝った。

 

 分かった分かったとあしらう様に返すと、胡散臭げにまた睨まれる。

 自分の普段の行いを考えれば、それもまあ当然かと僅かばかり苦笑して。

 紐の結び目を解くかのように、ゆるりと掴まれた袖を払い。

 そのまま手を、妹の頭に置いた。

 

「あっ……」

「陽も出てない時間に早起きまでした(ねぼすけ)の熱意に免じて、今日は学校に行ってやるよ……だからそう構えるな、さやか(・・・)

 

 からかわれている、子供扱いされているとでも思ったのか。

 直後、うがーと両腕を振り回してきたさやかには、デコピンをかましておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 右肩が疼く。

 嫌な予感のする日だった。

 

「あ、あや兄ぃ? 暇なら、CD選び手伝ってよ」

「たるいからパス」

「よーし、レッツゴー!」

「俺の意見聞いた意味あるのか?」

 

 放課後、突然呼び出されたかと思えばこれだった。

 ある種俺より傍若無人な振る舞いに、ちょうどさやかを挟んで反対側を歩く妹の旧友である鹿目も、半ば苦笑いで。

 済し崩し的に、ショッピングモールでの買い物に付き合わされる羽目となった。

 

 とにかく、長年の勘が警鐘を鳴らす今、近くに人がいるのはマズイ。

 だから隙を見て、どこか人気の無い所に移動しようと考え、2人がCDを見るのに夢中になっている隙に、近くに改装中の立ち入り禁止区画があることを思い出してそこに入り込む。

 

 これでひとまずは安心。

 そう息をついたのも束の間、『いつものように』周囲の空間が捻じ曲がって変異して行く。

 

 ……ひと休みもさせてくれないのかと、悪態を吐く間も無く。

 俺の耳に、遠くから微かな悲鳴が聞こえてきた。

 

「――――ッ!!」

 

 この場所……『魔女の結界』内に於いて、外部からの音が届くことは一切無い。

 つまり今の悲鳴の主は、俺と同様この中に閉じ込められている(・・・・・・・・・)

 そして、もし今の悲鳴が俺の聞き間違いじゃなかったら。

 

 全身の血液が冷めるかのような悪寒を抱えながら、俺は駆けた。

 途中、カイゼル髭を生やした綿の塊のような『使い魔』を何匹も見かけ、幾らかは俺に向かって襲い掛かってきたが……それらを軽くかわし、速度を緩めることなく走る。

 

 間に合ってくれと、願いつつ。

 

 

 

 

 

 結果だけを伝えるなら、幸いにも俺がその場に到着した時、悲鳴の主は……さやかと鹿目は、無事だった。

 そして最悪なことに、現場には無数の使い魔達の骸と……金髪の巻き毛をした、『魔法少女』の姿があった。

 

 ……厳密に言えば、俺が最悪だと言ったのは、魔法少女の方ではない。無論、使い魔の骸でもない。

 魔法少女の手に抱かれた、手傷を負った猫とも兎ともつかない奇妙な白い生き物。

 本来なら男の俺には見える筈の無い、しかし『ある存在』を通して俺には見えてしまうもの。

 

 1度きりの奇跡の代償に、『魔女』との戦いを少女に押し付ける悪魔。

 『キュゥべえ』などという、ふざけ切った名を名乗る存在だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『僕と契約して、魔法少女になってよ!』

 

 そいつはこともあろうに、さやかと鹿目に対しそうほざいた。

 反射的にその柔らかそうな首を圧し折りそうになるが、魔法少女が近くに居る状況でそれをするのは頭のいい選択とは言えない。

 

 金髪の魔法少女は、名を巴マミと言った。

 俺達と同じ、見滝原中学に所属する3年生……つまり俺とタメになる訳か。

 と言うか、向こうが俺のことを知っていた。真っ先にあの白饅頭が余計なこと(・・・・・)を喋ったのかと歯噛みしたが……どうやら、ただ単純にクラスメイトだったらしい。

 学校には良くて週2日しか行かないから、クラスの面子なんて2割も覚えていない。

 

 ……な……隣の席、だと……?

 知らん。全く分からん。むしろ俺の隣って誰か居たか?

 

 俺が巴の存在をまるで覚えていないことにより、少々微妙な空気になってしまったが。

 ともあれ、話は着々と進んでいく。

 

 キュゥべえとの契約により、ソウルジェムを手にしたものは魔法少女となり、魔女と戦う義務を課せられる。

 しかしその報酬として、ひとつだけ望む奇跡を叶えることができる。

 奴の話は、要約すればそのふたつ。

 俺もかつて1度だけ、こいつの口から同じ話しを聞かされたことがあった。

 

 『奇跡』という言葉に唆され、魔法少女になることを悩むさやかと鹿目。

 だけれど、俺は是非も無く反対した。

 

 魔法少女になってしまえば、その先にあるのは命を懸けた綱渡りの日々だ。

 俺は知っている。無残にも魔女に殺された、幾人もの魔法少女を。

 

 とにかく反対だった。曲がりなりにも妹であるさやかと、その友人の鹿目に、そんな道を歩ませたくなど無い。

 だが、鹿目はともかく俺はさやかの性格など知り尽くしている。

 ついでに……こいつに、何を置いても叶えたい願いがひとつだけあることも。

 言葉を尽くした程度で素直に言うことを聞くほど、大人しい性分でもない。幾ら俺が駄目と言ったところで、そうと決めれば契約してしまうだろう。

 

 どうにかして、さやかに契約を諦めさせる方法は無いものか。

 つめを噛む思いでそんなことを思案していたら、不意に巴がある提案を出してきた。

 

「それなら2人とも、私の魔女退治に付き合ってみない? 魔法少女がどんなものか、その目で確かめてみればいいと思うの!」

 

 その言葉を聴いた瞬間、俺はこの女は馬鹿なのかと一瞬思った。

 俺のような特異なケースは仕方ないとして、このインチキ猫兎に唆されただけの一般人を魔女退治に連れ込むなんて、と。

 

 しかし、少し考えた後に妙案かも知れないとも感じる。

 さやかや鹿目は、魔法少女というものに対し言葉の響き通りのファンシーな印象を持っている様子だった。

 

 なら、実際に現場を見てしまえば。

 血生臭いあの惨状を目の当たりとすれば、考えを改めるだろう。

 しばらくは悪夢を見るかも知れないが、実際に死ぬよりは遥かにマシだ。

 

 魔法少女に少なからず興味を抱いていた2人はその提案に乗り、巴主催の『魔法少女体験コース』とやらに参加することとなった。

 ついでに、俺も。巴は俺の参加に少々難色を示したが、俺が今まで幾度も魔女の結界に閉じ込められていること、戦う力の無い者が結界で生き延びる術に熟達していること。

 

 そして何より、キュゥべえの言った俺の事実の一端(・・・・・)を聞いて。最終的に、さやかの兄ということもあり俺の参加を承諾した。

 

 ……そう。物心ついて幾らかした頃に発症した、俺の……『美樹あやか』の体質とでも言うべきもの。

 忌々しく忌々しい、何処まで行ってもついて回る理不尽な呪い。

 

 

 

 

 

 名を――『誘引体質』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『美樹あやか』の抱える因果 その壱

 

 『誘引体質』:6歳より発症した原因不明の特異体質。『魔女に好かれ易い』という性質を持ち、周辺に巣食う魔女を招き寄せる。近年、見滝原市やその隣の風見野市で魔女の数が増加傾向にあるのは、偏に彼の体質が起因していると言っていい。文献にさえその姿が残るほどの超弩級魔女が突如見滝原に出現したことも、もしや……?

 

 

 

 

 

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