まやかしの奇跡と、本当の魔法   作:カーテンコール

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止めちまって、いいんだぜ?

 

 

 

 

 

 ……こうして巴の家に来るのは、2度目になるだろうか。

 相変わらず凝ったインテリアの部屋だと思いながら、俺は靴を脱いで中に上がらせて貰う。

 

 そして、ここまで来る道すがらずっと俺の服を掴んだままだった巴に、顔を向けた。

 

「紅茶でも淹れてやるから、台所を貸してくれ。まずは一息入れた方が良い」

「あ……ありが、とう」

 

 余程死に掛けたことが、堪えたのだろう。

 未だに微かながら、声音を震わせた様子で。

 どこか名残惜しげに、彼女は掴んでいる服の裾を離した。

 

 

 

 

 

 茶葉とポットを借り、湯気の立つ紅茶をティーカップへと注ぐ。

 それをテーブルに掛けた巴に渡すと、ゆっくり舐めるようにひと口啜り。

 

「……美味しい」

「そいつは良かった。見様見真似な上に、実際淹れたのは数える程度なんでな」

 

 そんな彼女の賛辞にそう返し、自分も紅茶を飲んでみた。

 

 感想としては、不味くはない。が、やはり『彼女』の淹れたものにはまるで及ばない。

 お菓子作りは多少苦手だったようだが、その分紅茶を淹れるのは抜群に上手かったからな。

 幾度となく見た茶を淹れる時の指先を思い出し、再現してみたのだが……どうも何かが違うらしい。

 

 少々納得いかず、小首を傾げながらカップの半分ほどを数分かけて飲み干し。

 俺は、巴に話しかけた。

 

「少しは落ち着いたか? 顔色も、まあちったあマシになったな。さっきなんて、マジでブルーベリーみたいだったぜ」

「…………」

 

 敢えて軽口を叩いてみたが、巴は顔を俯かせて無言だった。

 が、それも仕方のないことだと思う。俺がもし後1秒遅れていたら、巴は今こうしてこの場で紅茶を飲むこともなかっただろうから。

 

 故に待つことにした。彼女が己の意思で、何らかのアクションを起こすことを。

 言葉でも行動でも、何でも良い。死の危機に瀕した直後の巴に必要なのは、吐き出すことだ。

 『恐怖』という名の、猛毒を。

 

「…………」

 

 1分か、10分か。

 ただ待っているだけというのは、時間の感覚が鈍る。

 巴はしばらくの間、紅茶を啜るか俯いているかのどちらかだったが。

 

 やがてポツリと、呟いた。

 

「……初めてじゃ、無い筈なのにね」

「あ?」

「魔女と戦って、死にかけたこと……確かに久し振りだったけど、何度もあった筈なのに……」

 

 カップを置いて、俯いたまま。

 少しずつ少しずつ、先程までの沈黙を埋めるかのように巴が言葉を紡いで行く。

 

「あの魔女に、食べられそうになった時……動けなくて。あやか君が助けてくれて、助かったのに。なのに怖くて、仕方なかった。今だってそう、怖くて怖くて仕方ない」

「当然のこった。誰だって死ぬのは怖いさ、何度経験したって慣れるもんじゃねえ。お前の恐怖(それ)は至極当たり前の感情だよ、巴」

「ッ……けどっ! でもっ!」

 

 声を張り上げ、面を上げた巴の顔には。

 未だ色濃く残った恐怖が、ありありと映し出されていて。

 

 にも拘らず、彼女は。

 それを必死に、抑え付けようとしていた。

 

「私は魔法少女なのよ!? 恐怖に負けたら戦えない、戦えなければ魔女は好き勝手に人を襲うわ!」

「…………」

「……それにっ……戦えない私なんて……私なんてっ……!」

 

 一瞬昂ぶった感情のまま、立ち上がり。

 そして握った拳を胸に抱き、再び肩を震わせ始める巴。

 

 魔法少女として、戦うこと。

 キュゥべえに願いを叶えて貰った者にとって、それは義務だ。

 

 だが、義務感だけで人は戦えない。

 正義感だけを支えに、人は立ってなどいられない。

 

 

『私は、私の世界を守りたいから。だから戦うの』

 

 

 ……かつて俺が共に在った『彼女』も、そうだったように。

 人が戦い続けるには、それなりの理由が要る。

 

 恐怖を堪え、涙を堪える巴の姿と言葉に、俺は彼女の戦う理由を理解した。

 償いと、そして渇望だ。

 

 己の願いによって自分だけが生き延び、家族を失った巴の過去。

 魔女を倒し続けることで、人を救い続けることで。自分の中にある罪の意識を、拭おうとしている。

 救い続けることで、いつか自分が認められることを、報われることを願っている。

 

「…………」

 

 脆い。

 巴の戦う理由は、あまりに脆すぎる。

 いくら誰かを救い続けようと、既に過去の出来事である両親の死を償える訳も無い。

 死人を相手にした償いなど、所詮はただの自罰でしかないのだから。自分で自分を許さない限り、それが果たされることなど有り得ない。

 

 そして、いくら魔女を倒し続けたところで、それは誰も知ることの無い出来事。

 巴の行いが、誰かに認められることは。

 報われることは、永遠に無い。

 

 だからこそ巴は、魔女退治体験コースなんてものを言い出したんだ。

 危険だと身を以て知りながらも、さやかと鹿目に本心では魔法少女となることを望んだ。

 

 ……きっと彼女は、巴マミは。

 魔法少女であることも何もかもを含めた『自分』を、誰かに受け容れて欲しくて戦っている。

 故に仲間を求める。けれど不幸なことに、同胞たる魔法少女はその性質上、手を取り合うことの無い存在達。

 故に自分と同じ志を持ってくれるであろう、さやかと鹿目を。

 

「…………」

 

 巴はこれからも、戦い続けることだろう。

 胸に抱える孤独も不安も恐怖も何もかもを、只管に押さえ込んで。

 明日にはきっと、何事も無かったかのように振る舞うのだろう。

 

 鹿目は魔法少女になると言った。

 だが、今日の一件はそんな意志を砕くには十分な恐怖となった筈だ。

 次からは、体験コースにも来なくなるやも知れない。

 そしてそれは、さやかも同様。

 気丈で勝気な印象のある我が妹だが、その実少々メンタルの弱い子だから。

 

「…………」

 

 そうなれば、また。巴は独りになる。

 1度掴みかけた希望が手から離れた末の孤独を、味わうことになる。

 

 それでも巴は、明日を普段通りに生きようとするのだろう。

 己を本音を本心を、幾重にも覆い隠して。

 

「……ったく」

 

 俺はひとつため息を吐くと、巴同様に立ち上がった。

 そして震える彼女の傍に、歩み寄って。

 

 その頭を、そっと撫でた。

 

「――え?」

 

 少しばかり驚いた風に、巴が俺を丸くなった目で見る。

 まあ本来こんなことをするなんて、俺のキャラじゃねーし? この手もどっちかって言えば、撫でるより殴ることに使われることの方が断然多いし。

 不慣れなことをするもんだから、加減を間違えないように内心ちょっとおっかなびっくり。

 巴の頭を撫でつつ、俺は言った。

 

「なんとなくだが、お前の言わんとしてることは分かった。魔法少女だから他人を守る為に魔女と戦わなくちゃいけない、ご立派な答えだ。だがな」

 

 俺が聞いてみたいのは、んな教科書に載ってるような答えじゃない。

 

「言ってみろよ、1回ぐらい誰かの前で本音(いいたいこと)を。俺しか聞いてねえし、俺これでも口は堅いんだぜ? 誰にも言わねえから、ほら」

 

 どうなんだ?

 お前は本当に、本心から望んで戦ってるのか?

 

「っ……わた……私、はっ……!」

 

 問いかけた俺から視線を外し、いくばくか逡巡した様子を見せ。

 そして巴は、掠れた小さな声で。

 

 

「…………怖い……」

 

 

 そう、告げた。

 

「怖いの……死ぬのも、戦うのも怖い。本当は……本当は……ッ」

 

 

 戦いたくなんて……――ない。

 

 

 消え入りそうな声音だったが、確かに聞いた。

 戦いたくないと。戦うのは怖いと。

 

 だったら。

 俺が彼女に言ってやれることは、至極単純だ。

 

「止めちまえよ。戦うのなんて」

 

 恐怖を抱え続け、戦い続けた彼女が。

 きっと心の奥底で欲しがっているだろう言葉(もの)を、くれてやればいいのだから。

 

 当然と言えば当然だが、俺の言葉を聴いて呆然とした巴を軽く抱き寄せて。

 今度は耳元で、再度告げる。

 

「いいんだよ、止めたって。お前、頑張ったじゃねえか。ずっと見も知りもしない誰かを助けてきたんだろ、十分じゃんか。元々誰も知らない所での戦いだ、止めた所で誰に文句を言われるでもねーよ。もしそれでなんか言って来る奴が居るんなら、その時は俺がそいつをぶん殴ってやる」

 

 暴論だとは思うが、決して間違っているとも思わない。

 そもそもこんな女の子に、課せていい重圧じゃないのだから。

 

「け……けど」

「見滝原の魔女なら、心配すんなって。俺の知り合いにとびきり凄腕の魔法少女がいるから、そいつにこっちへ来て貰うさ。独りが嫌だってんなら、俺で良ければお前が満足するまで傍に居てやるよ。だから、もう」

 

 

 ――止めちまって、いいんだぜ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 巴の住んでいる、マンションの屋上。

 夜の帳が落ち切りつつある町並みを眺めていると、待っていた奴が姿を現した。

 

『君が僕を呼び出すなんて、珍しいじゃないかあやか。何かあったのかい?』

「るっせぇ。どーせ一部始終覗いてたかなんかして知ってんだろ、白饅頭。しらばっくれんな」

 

 捉えようによっては可愛いと思えなくも無い、しかし俺の目には憎たらしくしか映らないヘンテコ生物ことキュゥべえの頭を、軽く踏み付けてやる。

 粘り気の無い餅のような、そんな感触がした。

 

『ちょ、やめてよ。潰れちゃうじゃないか』

「ハッ! その方が愛嬌が出ていいかも知れねえな、いっそマジに潰してやろうか?」

 

 そうは言ったが、踏み潰して靴が汚れるのも嫌だ。

 それに態々呼び出した目的を果たせなくなっても困るので、適当なところで解放してやる。

 

『まったく、酷い目に遭ったよ。こんなことをする為に、ボクを呼び出したのかい?』

「なワケあるかボケ」

 

 ざーとらしく首を傾げるキュゥべえに、もう1度踏んづけてやろうかとも思ったが。

 時間の無駄だし話が進まないので、ぐっと堪えた。

 

「……巴は……あいつはもう、戦えねえ」

『だろうね。君の所為だよ、もう。マミほどの力を持った魔法少女を、どうしてくれるんだい』

「黙れ。人間を消耗品かなんかにしか考えてねえ手前のその言い草、殺したいぐらい腹が立つ」

 

 あの後、泣き疲れて眠ってしまった巴のことを一瞬思い浮かべ。

 次いで脳裏に現れたのは、綺麗な白髪を長く伸ばした『彼女』の姿で。

 

『キミにしては珍しく、随分マミに肩入れしてるみたいだけど。そう言えば少し雰囲気が似てるかな? お――』

 

 

「黙れッつってんのが聞こえなかったのか? 次無駄口叩いてみろ、何百体(・・・)でも踏み潰すぞ」

 

 

 潰れるだろうほんの少し手前に加減した力で、キュゥべえを踏み付けて。

 その襟首を掴み、俺の目線と同じ高さまで持ち上げた。

 

『乱暴だなぁ、本当に。それで一体、ボクに何の用なのかな?』

「チッ……魔法少女と連絡を取りたい、テレパシーを繋げろ。あの馬鹿、せっかく渡した携帯に出やがらねえんだよ」

 

 何度掛けても、繋がらなかった。

 充電が切れているか電源を切っているか……不用意な扱いで、壊したか。

 実態はどれでもいいが、とにかくできればすぐに連絡を取りたかった。

 

「俺が居る以上、見滝原には魔女が集う。んで、巴にああ言っちまった以上、俺は当分この町に居なきゃなんねえ。以前みたく風見野や笛調(ふえしらべ)まで行って、そっちに誘き寄せるワケにゃいかねーんだよ」

『まあそうだろうね。で、それとテレパシーに何の関係が?』

「いっそ見滝原(こっち)に魔法少女を呼ぶ。テメエだって、魔女がいつまでも野放しじゃあ困るだろうが。お前の目論見だったさやか達(しんじん)も、今日の件で考えを改めたろうしな」

 

 確かにそうだと、頷く白饅頭。

 こうしてこいつにもメリットがある事柄なら、ある程度協力をするような存在だから。今回ばかりは都合がいい。

 

『それで、誰を呼ぶのかな? ボクの知る限りじゃ、キミの呼びかけに応じそうな魔法少女は数人居るけど』

「……フン。決まってるだろ、どうせ呼ぶなら1番強い奴だ」

 

 風見野、笛調、烏ヶ原(からすがはら)月酒(つきざけ)

 俺が魔女の分布を散らす(・・・・・・・・・)為に時折赴く4つの町は、それぞれ腕の立つ魔法少女達がそこを縄張りとしている。

 その中で、最も強い奴……最も戦い慣れている奴は――

 

 

「――風見野だ。杏子に繋いでくれ」

 

 

 

 

 

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