【こぐはる(怪異症候群)】春、桜が舞い散る中で   作:駒由李

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【こぐはる(怪異症候群)】春、桜が舞い散る中で

 愛用のバイク。それを駐めて降りたのは、ある公園の駐車場だった。シートの下から、袋をまとめて取り出す。中に入れていたのは花束、それに線香とライター。

 そこは公園は公園でも墓地公園。桜が散る。その中を、白百合の花束を片手に、小暮は墓参のためにやって来ていた。

 彼が詣でる目的は、両親でも、顔も見たことのない先祖のためでもない。ただひとり、彼のために死んだ少女のためだった。

 それでも、今までよりずっとすっきりとした心地で、今日はこの墓地を歩いている。降ってくる桜の花弁が鬱陶しいと感じないのは、随分久し振りのように思えた。

 水を汲んだ桶と共に、墓の合間を縫って目的の墓に辿り着く。隣にやけに大きい墓石があるのが目印だった。

『小暮家之墓』

 この墓の裏には、亡き妹の名が刻まれている。それを思い出しながら、柄杓で墓石を濡らし、花を飾る。束ねられた線香に火を点けると、それを置いて手を合わせた。目も閉じる。

 考えるべきことはたくさんある。やるべきこともたくさんある。けれど、こんなにも気持ちが開けたのは、本当に懐かしかった。

 あれからだろうか。

 炎に囲まれて瀕死の中、妹の姿を見た。あのとき、これでいいと思った。自分は、今度は、妹のような少女を守れたのだと。

 助かった理由は、今でもわからない。ただ、生まれ変わった心地だった。ひとり、微笑む。

(あいつのおかげかもな)

「あれ? ――ねぇ、小暮のお兄ちゃんだよね! 生きてたの!?」

「は? ――アンタ、なんでここに」

 思わず目を剥く。聞こえてきた声は幼い。そしてごく至近、聞き覚えがあった。それもそのはず。丁度思い出していた彼の少女――神代春子が、ランドセルを背負い、そこに立っていたのだ。驚くのはお互い様というところか――駆け寄ってくる春子が勢いよく抱きついてきたのを、小暮はただ受け止めるしかできない。

「よかった……! 捜しに行ったらいなかったっていわれたんだもん。死んじゃったと思った、あれだけ守ってくれたのに」

「……言っただろ。アンタに死なれたら悲しむ奴がいる。元警官としては見過ごせなかっただけ……ッスよ」

「それでも、改めて言わせて。有難う。あれから色々あったけど、今ここでこうして私がいられるのはあなたのおかげだよ」

 言葉を重ねられて、途惑う。物言いが幼女のそれではない。最後にあったのはほんの数ヶ月前だ。あのときは気丈ではあったものの、まだ年相応だった気がする。なにか、急激に彼女の精神年齢を引き上げるような出来事でもあったのだろうか。困惑しながらも、抱きついてきた春子を引き離し、その肩を掴む。目を瞬く彼女に、子どもに言い聞かせるように(事実春子は子どもだが)尋ねた。

「いいか、ひとつ聴きたい。アンタはなんでこんなところにいるんだ」

「こんなところじゃないよ、人が眠る場所だよ」

「ああ――あぁ、そうだな。それで、どうしてその人が眠る場所にいるんだ」

「お祖母ちゃんも、ここで眠ってるからだよ」

 そういって、春子は指を指す。釣られてみると、それは小暮家の墓の隣の墓だった。よくよく見れば、「神代家之墓」と刻まれている。成る程、神代家に相応しい墓標だ。どうやら神代家と自身は妙なところで縁があったらしい。まさか墓が隣り合わせとは。それにしても、いつ彼女の祖母は亡くなったのだろう。春子が多少大人びてしまったのは2人目の保護者の死によるものだろうか――彼女、伊代の体が弱った一因は確実に自分にあるので、それを小暮は口にしない。代わりに口にしたのは、「学校はどうしたんだ」という言葉だった。答えは単純で

「今日は午前授業だったの」

「そうか」

「それでお祖母ちゃんに会いに来てたの。小暮のお兄ちゃんも、誰かに会いに来たの」

「……そうだな。俺も会いに来た。挨拶に寄ったともいう」

 線香の煙が燻る。隣に光の塊のような幼女がいる。嘗て喪った光とそれはよく似ていた。似ていたが――違う。

 彼女は、妹ではないのだ。これから大人の女性に成長していく、ひとりの人間なのだ。

 それでも守りたいと思ったのは、自分でもまだ得体の知れない感情だった。

 線香が燃え尽きようとするのを眺めながら、小暮は言う。

「俺はこれから再出発しようと思ってな」

「どこに行くの?」

「さて……怪異の世界にはもう顔は突っ込まないようにするとして。探偵か作家か……」

「探偵さん! かっこいい!」

「そうか? 前職の経験を活かすとしたらこの辺だろうなって思っただけだけどな……まぁそういうわけだから、しばらく菊川市は離れることになるだろうな。結局戻ってきそうな気もするが」

「え、もう会えないの?」

 線香がそろそろ燃え尽きそうだったから、立ち上がった小暮のジャケットの裾を春子が握る。それに、苦笑いが浮かぶ。

「……アンタ、自分で言ってただろ。『お祖母ちゃんにしたことを許してない』って。そんな奴のことを引き留めるのか」

 あぁ、結局言ってしまった。しかし背後の春子は、迷った様子で――それでも、顔を上げた。

「でも、私のこと、守ってくれた」

「…………」

 これは引き下がらないだろう。嘗ての妹の姿をダブらせながらも、小暮はポケットから取り出したメモにペンを素早く走らせると、それを千切って春子に手渡した。

「俺のスマホの電話番号とメールアドレス。まだ携帯電話なんて持ってないだろうが、いつか買ってもらえたらそっちから連絡してくれ。そのときはLINEでもいい」

「いいの?」

「なにが」

「連絡しても、いいの?」

 円らな目が瞬かれる。それを見て、小暮は微笑んだ。

「お守りだとでも思って大事にしとけよ。俺に会いたいって思ってくれてるならな」

「うん!」

 春子はそれを丁寧に折り畳んでポケットにしまう。元気の良い返事と丁寧な仕種の対比に、小暮は今度こそ声を出して笑った。春子はそれに首を傾げながらも、花束を回収して桶と共に去ろうとする小暮を見送った。そして手を振る。

「じゃあね! 小暮のお兄ちゃん! また逢おうね!」

「あぁ。だが」

 小暮はぴたりと足を止めた。そして首だけ振り向く。

「次からはお兄ちゃんって呼ぶなよ。俺は、アンタの兄ちゃんじゃないからな」

「――わかった。小暮さんでいい?」

「小暮だろうが紳一だろうがどっちでもいいよ。それじゃ、今度こそ、『またな』。『春子』」

「――」

 黙り込んだ春子を余所に、小暮は立ち去っていく。その背中が見えなくなった頃、春子は神代家の墓の前にしゃがみ込むと、手を合わせて呟いた。

「……小暮のおに……小暮さんが、私の名前のこと、ちゃんと覚えてたよ。吃驚した。なんでこんなにどきどきするんだろうね、お祖母ちゃん」

 散った桜が、墓石の上、春子の頭の上に乗った。遠くで、バイクの排気音が響いた。

 

 

 


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