見慣れた、天井。
窓から差す光。
目を覚ましたイエイヌは、ああ今日も一日が始まるんだなと思った。きっと代わり映えしない、けどもしかしたら素敵なことが起きるかもしれない一日が。
扉を開け、外に出てみる。雲ひとつない青空。ふわり、そよ風が心地いい。ヒトを探しに行くには最高の天気だ。
「今日こそ、ヒトに会えますように」
昨日までずっと裏切られ続けてきた、けど今日こそは叶うかもしれない。そんな願いを胸に、彼女は日課の散歩を始めることにした。
─────────
「お〜、イエイヌっち。はよす〜」
「おはようございます、スローロリスさん」
いつもの森の散歩道に入ったところで、イエイヌは見知った顔に出会った。彼女はこの森に住んでいるフレンズ、スローロリス。住処がイエイヌの散歩ルートに近いので、よく顔を合わせるのだ。
「きょうももヒトさがしのおさんぽ〜?せいがでるね〜」
「はいっ!イエイヌ、頑張って探してます!」
えっへん、と胸を張るイエイヌ。
「今日こそは自慢の鼻でヒトを見つけてみせますとも!」
「お〜、かっこいいね〜。でもそれもう900と53かいもきいてるきがするね〜」
「ゔっ」
ずっこけそうになる。
「きっ、今日こそはって言ってるじゃないですか!というか、そんなのちゃんと数えてるんですか!?」
「うふふ〜、どうだかね〜。ほらほら、じまんのおはなでさがしてみたら〜?」
「もう……」
気を取り直し、鼻を利かせてみる。嗅覚には自信があるんだ。ヒトの匂いもよく憶えてる。もしヒトがいるなら、それはもう一発で……
一発で……
「……きゅうん……」
「ありゃ〜」
感なし。イエイヌは項垂れた。しかしすぐに気を取り直す。いつものことだ、しょげている訳にはいかない。
「まっ、まだです!実際に自分の足で見に行かないことには」
「こないだ『わたしのはなならヒトがいればとおくからでもいっぱつでわかるのです!』っていってなかったっけ〜?」
「ぐぬぬ」
毒をもつフレンズなのだろうか、的確にイエイヌの心を刺しに来る。それもいつものことなので、もう慣れたものだが。
「はぁ。どうして見つからないのでしょうか」
「さあねえ〜。ずっとむかしは、いっぱいいたってきいたことあるけどね〜」
「どこに行っちゃったんでしょうね……」
実際のところ、イエイヌはヒトを明確に知っている訳ではない。フレンズ化する前の朧気な記憶が残っているのみだ。幸せだった、あの時。そして、ヒトに両手で抱きしめられた時に覚えた、彼らの匂い。また会えたら、きっとあの時と同じ幸せを感じることが出来る。そう信じて、彼女はヒトを探し続けていたのだった。
「さて、それじゃ私はこれで」
「はいはい〜、ヒトさがしがんばってねえ〜」
「はいっ! ……お?」
「? どったの〜?」
「何やら……声が聞こえるような……」
イヌ科の動物は嗅覚だけでなく、聴覚に優れてもいる。一説にはヒトの4倍以上とも言われるその聴覚で、イエイヌは森の奥から響く声を聞き取った。嗚咽と共に、ひたすら叫んでいる。
「これって……泣き声でしょうか?」
「でしょうか、といわれてもね〜。スローロリスちゃんにはなにもきこえないよ〜」
「新しいフレンズの方でしょう、か───」
その時。
森の奥から吹き抜けた風が運んできたわずかな匂いに、イエイヌの脳天は揺さぶられた。
「ッッッ!!!」
「わ〜、どえらいかおしてる」
「すいません、ちょっと見に行ってきますッ!!」
言い終わる前に彼女は既に駆け出していた。間違いない。ずっと探していた。忘れるわけない。この匂いは、きっと───!
「ヒトだああああああ──────ッ!!!」
「……いってら〜。さて、スローロリスちゃんはおねむのじかんです」
─────────
「……ここ、って……」
匂いの主をたどり行き着いた場所は、イエイヌも知る建物だった。森の奥にある、かつてヒトが使っていたと思わしき建造物。照明が殆ど切れていて、おっかないのでイエイヌは入ったことはないのだが。さて、匂いはこの建物の正面から来ているようだ。外周を少し周り、入り口のほうへ向かってみると、
「……っ、ひっ、ぐす……」
いた。入り口正面の広場のような場所で立ちつくしている。きっとあれがヒトだ。フレンズと姿にさほど大きな違いはないが、イエイヌは彼女こそがヒトであると直感めいた確信を抱いていた。それにしても、さっきの声のとおり少女はどうやら泣いているようだ。何かあったのだろうか?そっと近づき、話しかけてみる。
「あ、あのっ!」
「ふえっ」
少女が振り向いた。
「もしかして、あなたは、ここから……?」
返事はない。呆然とした顔で、泣き腫らした目をぱちくりさせている。驚かせてしまったかな?イエイヌがそう思っていると、少女が口を開いた。
「……あ」
「……あ?」
「あ、あ、あ、」
「? ? ? ……えーと」
「あいたかったああああああああああああ!!!」
「うわあああああっ!!?」
突然の絶叫とともに、イエイヌは少女に強く抱きしめられた。それと同時に、彼女はまたわあわあ泣き出してしまった。イエイヌがどうして良いかわからずあわあわしていると、彼女は少しずつ話しはじめた。
「あだし、っここで、めがさめて、」
「……え?」
「めがさめるまえの、こと、ぜんぜん、おぼえでなぐっで」
「……」
「まわり、だれもいなぐで、ひどりぼっちで、ぐす、さみしくで、わけわかんなく、なっちゃって」
「………」
「っでも、また、ひどに、あえで、っ、うぁぁぁ」
なんとなく分かってきた。記憶もなく、ひとりぼっちで放り出されたらそりゃ泣きたくもなるだろう。きっと、自分が来るまで、不安でしょうがなかったのだろう。ならば、この状況で自分がやるべきことは一つ。
「……はいっ」
イエイヌは、優しく少女を抱きしめ返し、背中を撫で始めた。
「あ、う、」
「大丈夫です。イエイヌは、ここにいます」
「っ、うぁあああああん……」
ちゃんと温もりを感じられるように。彼女がもう寂しくないように。しっかりと、自分の存在を感じて安心できるように。自分はヒトのために在るのだから。
少女が泣き止むまで、イエイヌはずっとそうしていた。
「何も考えなしにプロローグ書いて投稿した直後にネタが浮かばずエタりかけるのはルールで禁止スよね」
「SSはルール無用だろ」
「やっぱし怖いスね二次創作は」