もぐもぐ。
「んっ、めっちゃ美味しい!」
「それは何よりです!」
イエイヌちゃんに連れられてやって来たコテージで、あたしは腹ごしらえに『ジャパリまん ミックスベジタブル味』なるものを食べてみた。塩っ気は控えめなものの、旨味や素材の味が濃厚で物足りなさは感じない。空腹も相まって、いくらでも入りそう。
……初めて食べるはずなのに、なんだか懐かしさを感じる。記憶を失う前のあたしは、これをよく食べてたのかな?あと結局ボスって誰だったんだ。
「これって、中身にサンドスターを練り込んであるんですよ。フレンズの健康のためにはかかせないんですって」
「え、そうなの?」
もぐもぐ。特に味とか食感にそれっぽいのは感じられない。塩や砂糖みたいに中具に溶け込んでるのかな。
というか、そんな(あたしにとっては)得体の知れない物を口にして大丈夫だったのだろうか。……いや、たぶん問題ないかな。なんとなく食べたことあるような気がするし、もしフレンズ専用でヒトの食べ物じゃないなら
「……んぉ?」
ふと、キャビネットの上に乗っている本のようなものに目が止まった。黄色と黒のシンプルな表紙に、あたしはよく見覚えがある。気がする。
「これって……」
「あ、それってスケッチブックと言うらしいですよ。ハカセに教えてもらいました」
おっと新キャラ登場。ボスにハカセって、ジャパリパークは悪の組織のアジトか何かなんだろうか。
ともかく、少し手に取って見てみよう。表紙、裏表紙ともに何も書かれていない。中も真っ白だ。ほぼ新品のままみたい。
「絵を描くために使うものらしいですね。こっちには『がざい』というのもありますよ」
「あらほんと……お、クーピーとは懐かしいね」
イエイヌちゃんから差し出されたのは、24色入りのクーピーだった。これも使われた様子はない。……あ、白が折れてる。落としたのかな?よく折れるんだよねコレ。
「じー……」
……何やら熱い視線を感じる。ちょっとばかりイヤな予感。
「ともえさん、絵は描けますかっ!」
「えっ」
絵だけに。ってやかましわ。
「う〜ん……どうだろう……昔は描けたとしても今はなにも記憶ないし……」
「一度やってみましょうよ!チャレンジの精神は大事です!」
「えぇ〜……」
絵だけに。……しょうもないダジャレを天丼するのはよくない!
「じゃあ、ちょっとイエイヌちゃんのこと描いてみようか。少しそこでじっとしててね」
「わぁ、光栄です!」
どえらいブツが出来たらどうしようかと思いつつ、あたしはクーピーを手に模写を始めた。
……あれ。あれあれ。頭は覚えてないはずなのに、体はよく覚えているのかスイスイ筆が進む。文字通りの自画自賛になるけど、かなり上手いんじゃないのコレは。
…………
「んっ、ひとまず完成かな。ほら、見てごらん」
「ほわわぁ……」
ラフ画に軽く色を乗せた程度だけど、いい感じに仕上がったんじゃないかなと思う。……うわ、イエイヌちゃんの尻尾がちぎれんばかりに往復している。喜んでもらえたならこっちも嬉しいけどね。
「い、一生の宝物にしてもよろしいですかっ!!」
「いやいやそんな大げさな……」
想像以上に喜んでもらえたようだ。絵描き冥利に尽きるというものよ。
─────────
「ふんふんふ〜ん♪」
上機嫌で鼻歌を歌うイエイヌちゃんの少し後ろを歩く。今あたし達がどこに向かっているかと言うと、あたしが目覚めたあの病院……のような施設だ。あの時はあまりよく探索できなかったし、あたしの正体に関する手がかりを見落としてるかも知れない。
照明がほとんど落ちてる(少しでも生きてるのがあることが不思議)から危ないかもだけど、幸いイエイヌちゃんのおうちに「非常用」と書かれたライトが備え付けられていた。元々は宿泊施設だったのかな?
「あ、そうだ。ついでにスローロリスさんにご挨拶していきましょうか」
「ほえ。どちらさん?」
「ここの森に住んでるフレンズなんです。私のお散歩道とすみかが近いのでよくお会いするんですよ」
「へえー」
「ちょっとへそ曲がりなところもあるんですけど……長話にも付き合ってくれたりして、いい子なんです」
「そうなんだぁ。早く会ってみたいかも!」
新しい出会い。なんだかちょっとワクワクするね!
………
「おっかしいなぁ〜……いつもならこの辺の木の上でお昼寝してるはずなんですけど」
「たしかに……それっぽい子は見当たらないね」
イエイヌちゃんに連れられ、スローロリスちゃんの住処付近までやって来た。のだが……肝心のロリスちゃんが居ないみたい。
「早起きしてお出かけしてるのでしょうか……はぁ、せっかくヒトに会えたことを自慢してやりましょうなんて思ってたのに」
こらこら。人をダシにマウント合戦を仕掛けるんじゃあない。しかし、彼女は何処へ消えてしまったのだろうか。スローロリスは夜行性だから、昼間は積極的に行動することは少ないはず。
……なんでそんなことは覚えてるんだろう?自分のことはサッパリのくせに。なんてことを考えていたら
う〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜わ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜…………
……なんとも気の抜けるような叫び声がどこか遠くから聞こえてきた。これは……
「ッッ!?」
「うわっ!?ど、どうしたの?凄い顔してるけど」
「スローロリスさんの声です!!まさかっ……」
「ちょ、ちょっと!?」
言い終わる前にイエイヌちゃんは駆け出していた。いったい何事なんだ!?
とにかく、追いかけなくては!あたしは彼女を追って森の奥へ走り出した。
………
流石わんこのフレンズ、足速いなあ! 何度か見失いかけながらも、足跡を頼りになんとかイエイヌちゃんに追いついた。
「うわわ〜〜……私は食べても美味しくないよ〜……毒があるんだよお〜……」
木の上で縮こまっている子がいる。あの子がスローロリスちゃんかな?イエイヌちゃんはその下で何かと対峙している。なんだろう……っ
そいつの姿を見た瞬間、心臓が一気に高鳴り、恐怖の感情で体が凍りついた。青で塗り込めたような体色、丸っこく無機質な巨躯、不気味な単眼。あたしは知っている。名前は覚えていないが、あいつが恐怖の対象であることは覚えている!!逃げなきゃ、でもどこへ?イエイヌちゃんを置いていくの?でもあいつをどうやって倒せばいい?わからない、怖い、どうすれば、どうすれば、
あ。
あいつの。一つ目が。こっちを。向いた。