まずいまずいまずい!
あたまがまっしろになってくる
あいつが
だんだんちかづいてくる
にげなきゃ
あ
う、そ
こし、ぬけちゃった
「……もえ……さ……」
うあ、あ
やめて
「……さ……にげ……」
いやだ
こないで
こないで
こないでよお!!!
「ともえさんッ!!」
─────────
「ぐぁるるるる……」
予想通りだった。おそらく、スローロリスはこのセルリアンに追い立てられて森の奥深くまで入っていったのだ。タイミングが良かった。ともえが散歩ついでに例の施設へ向かおうと提案していなければ、この事態を知ることもなかっただろう。
「がぁう!!」
爪を立て、セルリアンに飛びかかる。まずは「いし」を探さなくては!
【……】
「!」
しかし、初撃は後方へ避けられた。そのまま二撃、三撃と続けるが、すべてのらりくらりと躱されてしまう。
「ちょこまかと!」
そんな状況でも奴は背中を見せない。「いし」は背中側にあるのだろうか?
(なんとかあいつに背を向かせないと…!)
イエイヌがその方法を考え始めた矢先のことだった。
【!!!】
ぴたり。セルリアンの動きが止まった。
反撃の合図か?イエイヌは構えた。しかしちょっと妙だ。奴の視線は自分より少しずれた所を見ている気がする。そう、少し後ろの方を。
「……え?」
視線を追い、振り向く。そこには。
「うあ、あ」
地面にへたりこんだともえがいた。
「とッ、ともえさん!」
まずい、とイエイヌは思った。おそらく彼女は戦う術を持たない。ここにいては危険だ。
「ともえさん、離れていてください!どこか安全な場所へ!」
しかし、ともえは動かない。ただセルリアンを見つめて、震えているだけだ。
「ともえさんッ!?どうしたんですか、早く……」
殺気。
「ッッ!?」
振り向くも遅く、イエイヌはセルリアンの触手に弾き飛ばされた。
「ぎゃうッ!!」
木に叩きつけられ、激痛に身をよじらせる。失態だ。ともえに気をとられ、敵から目を離すなど。
痛みに耐えつつ、立ち上がる。早く体制を立て直さねば、追撃が来る……
「……?」
……そう思ったのだが。セルリアンはイエイヌ(とスローロリス)を無視し、何故かともえの方へ向かっていった。
「ひぃっ……!」
尻もちをついたまま、後退りするともえ。何故?こっちは明らかに隙だらけだったのに、それを放ってまでともえを狙うとは。
しかし、今はそれについて深く考えている場合ではない!
「ともえさん……早く逃げて……っ!」
声を振り絞り、呼びかける。しかし彼女からの反応はない。
「いやだっ……こないで……こないでよぉ!!」
木の枝を必死に振り回しているが、立ち上がることはしない。まさか、立てないのだろうか?
そうしている内にも、セルリアンはともえに迫っていく。早く助けねば……幸いにも、彼女を先に狙ってくれた
「すぅー……はぁー……」
呼吸を整え、渾身のジャンプ。ようやく、背中を見せてくれたな───!
「ぐるるぁ──────ッッ!!!」
背中の真ん中に見えた「いし」に、一撃。
【!!!!!】
ぱっかァァ──────んッ!!
セルリアンは、立方体のこなみじんになって砕け散った。
「……っともえさん!!」
着地し、すぐさま彼女のもとへ向かう。
「ともえさんっ、大丈夫でしたか!?」
「……あ、イエイヌ、ちゃん?」
震えている。よほど怖かったのだろう。
「あれ、たおし、たの?」
「はいっ、もう大丈夫で……」
がばり。ともえが抱きついてきた。
「うわあ!」
「……っごめん。少しの間で、いいから……っ」
嗚咽が漏れ出す。
「……いいえ。ともえさんが落ち着けるまで。ずっとでも大丈夫ですっ」
「っ、ありがとうっ……」
それが貴女のためなら。イエイヌもまたあの時のように、ともえをそっと抱きしめ……
……おや。背中からもう一つ柔らかい感触が。
「うえ〜ん、こわかったよ〜イエイヌっち〜」
「……スローロリスさん?あの、これでは身動きが……」
「ちょっとのあいだでいいから〜。うえ〜ん」
「……もうっ、仕方がないですね。ちょっとだけですよ?」
「わ〜い、イエイヌっちだいすき〜」
「まったく、調子がいいんですから……」
「……うえーん、イエイヌちゃんすきすきサンドイッチだー、うえーん」
「……ともえさん、もう大丈夫なのでは?」
「びえーん、そんなことないよー」
「……」
まあ、しばらくこうしてるのもいいかも知れない。イエイヌはそう思った。
─────────
……ふう、落ち着いた。イエイヌちゃん成分も存分に摂取できて、あたし満足!……なんてキャラじゃないか。
それにしても、何故あたしはあのセルリアンとかいう奴にあれ程の恐怖を感じたのだろう。思い出しただけでゾワゾワしてくる。もしかしたら、あたしがあの場所にいて記憶をなくした事に関係してたりして。
「……そうだイエイヌちゃん、怪我してない?さっき吹っ飛んでたような気がしたけど」
「えっ?ああその、ぜんぜん平気ですよ!私、丈夫ですから!」
「そう?……うーん」
さりげなーく後ろの方に回って……
「とう」ぶすり
「ぎゃん!?」
背中に指を軽く刺してみると、イエイヌちゃんは飛び上がった。やっぱり打撲してるみたい。
「あばばばば」
「もー、無理しちゃ駄目だよ?ちょっとの怪我でも、放っておくと取り返しがつかなくなっちゃったりするんだから」
「は、はいぃ……」
「あはは〜」
イエイヌちゃんの悶絶する様を見てころころ笑っているぞこの子。何とは言わないけど素質があるのかもしれない。
「……じゃあ、わたしはこのへんでおいとましようかな〜」
「あー、スローロリスちゃんだっけ?ちょっと待って」
「ん〜?」
「君も、怪我してるでしょ」
「えっ、スローロリスさん?」
「……」
この子、なんとなく右足をかばうような歩き方をしていた。何かしら負傷した可能性は高い。
「……ふたりをしんぱいさせたくなかったんだけど、ばれたらしょうがないね〜」
「んっ、ちょっと見せてみて」
右足の服をめくり上げる。すると……
「あわわっ!ちっちち、血が……!!」
「あー、見事にやっちゃってるね」
500円玉くらいのすり傷が出来ていた。そこまで深いものではなさそうだけど……。逃げてる途中で転んだりしたのかな?
「あはは〜……わたし、もうだめなのかもしれないね〜……」
「そんなっ……スローロリスさん!どこにも行っちゃ嫌ですよお!」
「だいじょうぶだよ〜、わたしはおほしさまになっても、イエイヌっちをずっとみてるよ〜」
「うわああん、スローロリスさあん!!」
「いやいや、大げさだから。どっちかというとイエイヌちゃんのが重症だから」
とはいえ、このままにしておく訳にはいかない。なんとか応急処置くらいはしてあげたいけど、あいにく何も道具を持っていない。あたし達の目的地が病院なら、救急キットくらい置いてあると思うけど……
「……んぉ?」
今、視界の端を妙なモノが掠めたような気がした。森林という環境にそぐわない、ビビッドカラーの赤色をしたモノが。
なんだろう……?
《……》
な……なんだあっ!?奇妙な物体が森を練り歩いている!
卵から耳と足としっぽが生えたようなフォルムで、大きさはあたしの膝くらいだろうか。自然環境ではよく目立つ原色に近い赤と白のツートンカラーで、何か帽子のようなものを被っている。……よく見たら結構かわいいぞ。あ、こっちに気づいたみたい。近づいてくる。
「あれ、ボスじゃないですか?」
「ほんとだ〜、でもいつものいろとちがうね〜」
なにっ、あれが例のボスだと。しまった、ご挨拶なのに何もお土産を持っていない。
「あー……はじめまして、ボス?」
《ハジメマシテ、ボクハ『メディックビースト』ダヨ》
メディック……ビースト?ボスじゃないのん?
《ボクハ主ニ、ぱーくノ衛生管理ト、負傷者、急病人ノ救護さぽーとヲ、行ッテイルヨ》
「え、それって……」
あー、なるほどそういうことか。よく見たら、この子の帽子に描かれたシンボルマークはあたしもよく知るものだった。杖に巻き付いた蛇。これはアスクレピオスの杖、医療・医術の象徴だ。
この子なら、今の状況をなんとかしてくれるかも。
「ねえビーストさん、このフレンズ達が怪我しちゃったみたいなんだ。どこか治療できるとこ、ないかな?」
《ソレハ大変ダネ。コノ先ノこてーじニ、保健せんたーガ併設サレテイルンダ。ソコヘ向カオウ。ふれんず達ハ歩ケルカナ》
おや、あっちの廃墟じゃないみたい。じゃあ、あそこは一体……?
ともかく、治療の目処が立った。イエイヌちゃん達を連れて行こう。
「よかったね二人とも、治してもらえるって……」
「……」
「……」
「……どしたん?」
二人ともポカンと口を開けてる。何かそんな驚くべきことがあったのだろうか?
「……ボ」
「……ボ?」
「……ぼぼ」
「……ぼぼ?」
「「ボスがしゃべったあああああぁぁぁぁぁーーーーーっ!?!?」」
「……え、そんな驚く?」
─────────
to be continued...