「……え?」
イエイヌちゃんが驚いた表情を見せる。無理もないよね、いきなりこんな訳わからないこと言われたら。
「えっと、ね。この写真に写ってるワンちゃん、これって多分キミの昔の姿だと思うんだ」
「……」
言い訳するように、ひたすらまくしたてる。
「きっと、右の子ととっても仲が良かったんだろうね。えっと、それでね」
「……」
怒るかな。それとも、悲しむかな。失望されちゃうかも。
「キミの胸元についてるタグ、分かる?そこに、文字が書いてあったの。『TOMOE』って。これって、キミの名前だと思うんだ。誰かがキミに付けてくれた、大切な名前」
「……」
罪悪感で心臓が押し潰されそう。
「キミに名前を聞かれたときにうっかり読み上げちゃって、それで勘違いが起きちゃって、そのままなあなあにしちゃって……ホントにごめんね」
「……」
あの子の顔を直視できない。
「あはは……ひどいよね、あたし。キミの名前を勝手に使ってさ。とりあえず、ともえって名前はキミに返すから、何か代わりの名前を考えておくから……」
あたしは、あたしはっ……
「えっと、はい」
ぎゅっ、と。あの子があたしの手を握った。
「あなたを、許します。」
「っ、えゅ」
なんだ今の素っ頓狂な声は。
「……どう、して?」
「……あれ?もしかして叱ってほしかったとか?」
「えっ、そ、それは……その」
「……ともえさん、今の話してる時すごく悲しそうでした。私のことでそうなってしまったのなら、私もすごく悲しいなって思って」
「……」
「そんな顔しないでください!ともえさんは笑顔のほうが似合ってますって!」
「っ……」
「へ?あわわ、泣かないでくださぁい!」
不意に涙がぽろぽろと溢れてきた。ここに来てからなんだか泣いてばっかりのような気がする……。
……ここで一番最初に出会えたのがこの子で、本当に良かったなあ……。
「……ありがとう。本当に、ありがとう」
「えへへ……」
………
「それでさ、名前のことなんだけど……」
「うーん……いきなり私の名前と言われても、実感がないですねぇ……」
「フレンズになる前のこと、覚えてないの?」
「殆ど覚えてないです。なんとなーくぼんやりとしたことしか……思い出せる時からずっと私は『イエイヌ』でしたから」
「そっか……」
「私のことは今までと変わらず、イエイヌとお呼びくださいっ!」
「んっ、それじゃそうするね」
イエイヌちゃんが望むなら、そうしよう。問題はあたしの方だ。これからなんて名乗ればいいだろうか……。謎ポッドから生まれた謎ポッドちゃんとか?うーん……
「それとですね……はい、これ」
「? これって……」
何かを差し出された。これは……例のタグだ。
「ともえさんさえ良ければ、記憶が戻るまででも使ってあげてほしいです」
「え……いいの?」
「はいっ!私は使ってないものなので、是非!」
「……あたしよりも先にイエイヌちゃんが何か思い出したらどうするのさ?」
「そっ、それはその時考えますとも!」
とことん前向きだなあ、この子は。
「……分かった!あたしはもうしばらく『ともえ』でいます!」
「はいっ!よろしくお願いします、ともえさん!」
とりあえず、これにて一件落着かな。
「……お話しは終わった?」
「あ!ごめんヒナちゃん、ほっぽらかしにしてた!」
「うふふ、ちょっと寂しかったわよ?」
そう言って彼女はくすくすと笑った。いたずらっぽい雰囲気がまた可愛らしいね。
「それじゃ、これからどうします?移動しちゃいます?」
「あ、ちょっと待って!実はもう一つ、大事な話があって……」
「あら、まだあるの」
「こ、今度はなんですかっ!?」
緊張を抑え、言う。
「あたし実はどんな顔してたか覚えてねンだわ」
「……そ、そうなんですか……」
「そうなンだわ」フンス
─────────
自分の顔を確認したいなら、どこへ行くべきか?勿論、鏡がある所がベストだ。というわけで、皆で化粧室まで移動してきた。ここは蛍光灯がいくつかついているので、あたしの(たぶん)プリチーなフェイスを思う存分観察できるのだ。
……おや、イエイヌちゃんが鏡を覗き込んで尻尾をブンブン振っている。
「見てくださいともえさん!私達の他にもフレンズがいましたよ!」
おっとイエイヌ選手、鏡像認知失敗です。
「……これはね、あたし達のことを写してるんだよ、ほら」
「え……え!?すごーい!ともえさんが2人います!どうしてどうして!?」
プロペラを付けたら飛んでいきそうなくらい尻尾が乱舞してる。可愛らしいなあ。
少し脱線したが、改めて自分の顔と写真を見比べてみる。……結論から言うと、確かによく似ている。驚くほどそっくりだ。けど、この子とあたしが同一人物かはもう一歩確証が持てない。似てる部分もあれば、違いもあるからだ。
まず、髪の毛。写真の子は少しボサボサ気味の緑がかった黒髪、あたしのはサラッサラでより明るいグリーン。この子の目は同じくグリーンの入った黒だけど、あたしのは更に右目は赤、左目には緑の光が見える。
……なんか随分人間離れした見た目じゃないか、あたしは?よく見たら爪も緑色だし。マニキュアじゃない、組織の色だ。何があったらこんなことになるんだろう?
手がかりを見つけたと思ったのに、謎が増えてしまった。
「やっぱりこの写真について何も思い出せない?イエイヌちゃん」
「はい……。ともえさんはどうですか?」
「あたしもサッパリだなぁ……」
アニメみたいにこういう重要そうな手がかりでキュピーンと記憶を取り戻せれば楽だったんだけど。
まいったなあ、ここで手詰まりか……?
「ねえ、さっきあなた達が話してたとき、もうひとつ『かみ』を見つけたのだけど。これは役に立つかしら?」
「なにっ!」
「本当ですかヒナコウモリさん!」
ヒナちゃんからパンフレットのようなものを差し出された。なになに……
「ジャパリパーク・トータルケアセンター?」
表紙の建物、これは……ここと同じものに見える。中身も読んでみよう。
……ほうほう。ふむふむ。なるほどなるほど。
「何か分かりました?」
「なんとなく、ね。やっぱりここは病院だったんだ」
「びょういん……?」
「さっきの保健センターのでっかいバージョンだよ」
ざっくり内容を整理すると、
・ジャパリパーク最大の医療施設。人間とフレンズのどちらにも対応できたらしい
・サンドスター技術による最先端の医療を受けることができたらしい
・それについての研究施設としての側面も持っていたっぽい
・特に小児科に力を入れていたようだ
と、こんな感じ。あたしの想像は当たっていたようだ。
……それを踏まえると、ますます「あの部屋」の異質さが際立ってくる。あまりにも物々しく、寒々しい、あの部屋。しかし、
……そこまで思い回ったところで、頭を振って思考をかき消した。きっと考えすぎだ。もしそうなら、今ここにあたしが立っているはずもない。そう思うことにした。
それで、恐らくあたしは何かしらの理由でここに入院していたんだろう。写真の子も検診衣らしきものを着ているし。当時を知る人がいればそのことについて聞けるかも知れないが……望み薄。そもそもヒトがいないんだし。
そう思いつつパンフレットのページを捲って、あたしは気になるものを見つけた。どうやらここではフレンズがアニマルセラピー的なアレに携わっていたらしい。ジャパリパークらしいといえばらしいね。それで、このページで紹介されているのは……
「……アムールトラ、か」
「アムールトラ……もしかして、フレンズかしら?」
「そ、アムールトラのフレンズ。どうも昔ここで働いてたみたいだね」
「その人に会えば、もしかしたらともえさんのことを聞けるんじゃないでしょうか?」
「う〜ん、どうだろ……だいぶ昔のことみたいだし、今どこに居ることやら……」
しかし今は彼女しか手がかりが無い。何とかして見つけ出したいけど……
「それなら、ハカセに聞いてみるのがいいんじゃない?」
「あっ、そうですね!それが一番いいかも知れません!」
ハカセ……何処かで聞いた名前だ。
「とても賢いフレンズさんなんです。私のおうちから少し歩いたところにある『まち』に時々来て、色んなお話をしてくれるんですよ」
「その子なら、アムールトラちゃんが今どこにいるか知っているかもってワケ?」
「はい!色んなちほーを巡っているらしいので、もしかしたらアムールトラさんを見たことがあるかも知れないですよ!」
なるほど……ともかくこれで明確に道ができた。
「よし!他にやれる事もないし、ハカセに会いに行ってみよう!」
「了解ですっ!」
「うふふ、頑張ってね」
よーし、待っとれよハカセとやら!……お土産はジャパリまんで良いだろうか。
─────────
「……っは、はぁ、はぁ、はぁ」
走る。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
走る。
「こひゅ、けほ、っは」
ひたすら、走る。
「ぜぇ、はぁっ、っくそ」
何故って?
「GWOAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!」
「あああああああ!!!誰か助けてくれええええええええ!!!」
この有様だからさ。
どうしてこうなったのか、話は少し遡る───