※『小説家になろう』にもマルチ投稿しています。

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短編百合『ミニトマト』

 

 ――儚く幽艶な美少女というのは、彼女のような女の子を指すのだろう。

 

 夏海(なつみ)はそんなことを思いながら、ゆっくりと食事を続けている優華(ゆうか)を眺めた。

 学校では彼女と昼食をともにするのが日常で、今日もそれは変わらなかった。二人とも弁当箱を持参しているのだが、優華はいつも小さな容器の弁当を、かなりの時間をかけて食べている。先に食事を済ませた夏海が、遅々と箸を動かす優華を眺めるのは日課になっていた。

 その少食っぷりからも窺えるように、彼女は小柄で痩せた体つきだった。背も低いほうで、高校生というよりかは中学生、あるいは小学生と偽っても通じてしまいそうな見た目をしている。そして長く艶やかな黒髪と、色白で整った顔立ちは、誰が見ても美少女であると頷ける容姿をしていた。

 

「……トマト、また残してるの?」

 

 机に頬杖をつきながら、夏海はふっと笑って問いかけた。

 優華の弁当箱の隅っこには、ヘタを取ったミニトマトが二つ放置されていた。彼女の母親が毎回のように弁当に入れているのだが、優華自身はどうにも苦手らしい。トマトを食べさせたい母親と、トマトを食べたくない娘。学校の昼食では、いつもその攻防が繰り広げられていた。

 

「……だって、食感が……あんまり好きじゃないから」

 

 優華はか細い声で、顔を少し下向かせながら呟くように言った。あのぐちゅっとした感じが嫌いらしいが、わからなくもない話である。ケチャップのような加工品は好きでも、生トマトは無理という人は意外と多いらしい。

 

「――食べてあげようか」

 

 夏海がそう言うと、優華の表情が途端に明るくなった。窮地で光明を見つけ出したかのような反応である。どれだけトマトが嫌いなんだ、と夏海はおもわず苦笑をしてしまった。

 

「どうぞどうぞっ……」

 

 すす……と優華の繊手が、弁当箱をこちらへ押し出してくる。ほかのおかずは綺麗になくなっているのに、ミニトマトだけが悲しげに残されていた。おいしいのに、トマト。

 夏海は手を伸ばしたところで、迷ったように静止した。素手で掴むのは、ちょっとどうだろう。そんな悩みにすぐ気づいたのか、優華は自分の箸を差し出してきた。

 べつに潔癖症ではないので、他人の食器を使うことは気にしていなかった。優華も長い付き合いでそれをわかっているのだろう。自然な動作で、夏海は彼女の箸を受け取った。

 

 ふだん自分が使っているものよりも、ずっと小さくて可愛らしい箸で、夏海はミニトマトを一つ掴んだ。そしてゆっくりと、広げた口の中に持っていく。

 箸が、下の唇に触れた。指の力を弱めると、口内で丸い果実がころりと転がって舌に乗る。食べ物を運びおえた箸を引き戻す時――ふたたび唇と触れ合い、少しだけ湿っぽく濡れた気がした。

 上下の歯で力を加えると、トマトは簡単に崩れてドロリとした感触がもたらされる。酸味と甘味が、唾液を誘った。ゆっくりと味わって、それを嚥下する。

 

 ふと優華に目を向けると――彼女はニコニコと、夏海の顔を眺めていた。さあ、もう一つどうぞ。そんな言葉が、表情だけで伝わってきそうだった。

 

「もう一つは自分で食べなさい」

「えぇーっ!? な、なっちゃんが食べてよぉ……。好きなんでしょ、トマト?」

「好き。でも、あなたも食べなさい」

「そんなぁ……」

 

 今にも泣きそうな声色で嘆く優華。なんとも大袈裟な反応だった。野菜嫌いの子供の相手は大変なものである。

 夏海はくすりと笑いながら、残った一つのミニトマトを箸でつまんだ。そして慎重に、落とさないように宙に掲げる。その行く先は――

 

「ほら」

「…………」

 

 伏し目がちで口を閉じていた優華も、しばらくして諦めたのだろうか。おずおずと、おもむろに、その紅色の瑞々しい唇を開く。口腔の奥には控えめな舌が覗いていた。

 その赤い中へ。赤いミニトマトを持ってゆく。嫌そうな表情をする優華にかまわず、無理やり箸をねじ込んだ。かすかなうめき声をあげる彼女に、私は満足そうに笑ってみせる。少し嗜虐的な表情だったかもしれない。

 

 箸だけ引き戻すと、優華は無言で口を動かしていた。時間をかけてかみ砕いたそれを、ごくりと胃に押し流すしぐさをする。ちゃんと食べたようだ。よくできました。

 

「……顔、赤いよ?」

「うぅ……」

 

 嫌いな食べ物の後味に苦しんだからか。あるいは別の理由からか。優華の頬はほのかに熱を帯びていた。そして指摘をすると、余計に赤くなった気がする。まるで熟れた果実のように。

 

 ああ、やっぱり私はトマトが大好きだ――

 目の前の少女を見つめながら、夏海はあらためてそれを認識して、ニッコリと笑みを浮かべるのだった。

 



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