ーわかっていた、ハズだった。
目が覚めてみればいわゆる第二の人生というヤツで、どんな風に喋ってもうさんくさいと言われ。
大学にはきっと詐欺師が天職だろうという陰気な奴と、腕っぷしの強いえせ京都人の女がいて。
無精だったせいか、アロハが楽だと気づいてずっと着るようになり。
ひげも伸び、なんやかんやと思うところも出来て、彼はやっとこ覚悟を決めた。
ー仕方がない。ちょっくら全国行脚しますか。
手始めに、ちょっとばかし運の悪い高校生と、吸血姫を手助けするため。
彼は全国津々浦々、「犬も歩けば棒に当たる」理論で、修行の旅に出るのであった。
これがAとX、どちらの世界線であろうと、本来の筋書きを通すため。
ーそうしていたの、だが。
薄々は気づいていた。それでも、にわかには信じられず。目の前の幼い少女と、その半歩後ろに佇むカソック服の男を凝視する。
「なによ、セカンドオーナーが子供で不服?」
滞在許可上げないわよ、と勝気な瞳がこちらをにらみつける。傍らの男が、こちらの挙動不審な動きにさりげなく拳を握った。その動作を見て我に返る。
「ああいや、聖堂教会の人がいるとは思わなくてね」
咄嗟に言葉を投げつける。ロり凛ちゃんの説明にも上の空。
そっかー青春じゃなくて運命のほうだったかー、とコッソリとため息。
なんか色々覚悟決めてたのがあほらしく思えてくる。
ちょっと話聞きなさいよ、とキレかけている彼女に今度こそ向かい合う。
ー慌てない、慌てない。呪文噛むからね。
そんな幻聴が、聞こえた気がした。
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彼、つまり衛宮士郎にとって、今日は激動の一日だったといってもいい。
友人に弓道場の掃除を頼まれ、超常の戦闘を目の当たりにし、一回は確実に殺された。そう思ったのになぜか生きていて、帰り着いた自宅でまたも殺されかけ、少女に命を救われた。
その上、その少女は自分をマスターとか言い出すし、かと思えば自分の同級生を切り殺そうとするし。
まさしく混乱の極みだった。それでも学生服についた大きな穴は、彼がランサー、とかいうものに刺殺された証として残っている。
まごうことなき、現実であった。
そんなワケで、彼は今教会に向かっている。なんでも、聖杯戦争には監督役というものがいて、申し立てれば保護してもらえるとか。先輩魔術師の遠坂凛に先導されて、彼はそこへ向かっていた。最後尾を、黄色いレインコートをまとった少女が歩いている。
三人分の衣擦れと、鎧が起こす金属音。
黙々と歩くうちに、だんだんと目的地から逸れていることに気付く。
「なあ遠坂、教会に行くならこっちのほうが近いぞ?」
「そのことだけど」
疑問に思った士郎に対し、とびきりの笑顔を向けてくる遠坂。セイバーとそろって、僅かに身構える。
「衛宮くんに、ちょっと会ってもらいたい人がいるのよ」
こっそり入ってたのも同じだし、と続ける顔には、微かな怒りが感じられた。
寂れた建物に彼らは来ていた。
二、もしくは三階構造の建物は、どうやら学習塾だったようで、どの部屋も例外なく机と椅子が散乱している。そしてそれらに被さったホコリの層が、この建物が使われなくなってから随分とたっていることを知らせた。
端的にいって、夜に入りたい場所ではなかった。
しかし、二人からの訝し気な視線もなんのその。衛宮の前ですっかり猫を被るのをやめた彼女は、確信をもって足を進める。
「衛宮くんも一応は魔術師なんだし、専門家がいれば心強いでしょう。腕は悪いけど、知識は豊富だから」
安心して頂戴、と彼女は続ける。助けてくれるかも、と。なんのつもりかわからないが、遠坂のことを「いいヤツ」と断じる彼は、のこのこ彼女についていった。ため息をついて、セイバーも続く。
目前に少しだけ、光が漏れる教室が見える。その扉を、遠坂凛は開け放った。
建付けの悪いドア。舞い散るホコリ。
その向こうには__アロハシャツのおっさんがいた。
「おお、凛ちゃん。やっときたのか」
などと、アロハシャツのおっさんはのたまった。ホコリだらけのテーブルをビニール紐で連結していて、その上に座ってこちらを見ている。全体的に小汚い印象を受けた。
いや待て、そんなことよりも。あの遠坂を、「凛ちゃん」だと…!
「ちょっと、ちゃん付けはやめて頂戴って、この前会った時言ったわよね?」
「いやいや、やめようとは思ったんだけどねえ。僕は凛ちゃんの小さいころを知っているせいか、どうしても慣れなくてね。過去を振り返るのはオジサンの性だ。ここは、寛大な処置に期待するさ」
そう言って、にやりと笑うその姿。手慰みに火のついてないタバコを弄ぶ様子には、この問答に飽きているような気さえした。
はあ、と遠坂のため息。
「まったく、今日はお客さんもいるんだから、しっかりしてよね」
「ふうん__うん?」
こちらに、見透かすような視線が送られる。その視線が左手で止まる。令呪の宿った、左手に。
「はっはー、なるほど。こりゃまた面倒そうなのを拾ったワケだ。神父さんは喜ぶだろう。教会にはもう行ったのかい?」
「…まだよ。これから案内するところ」
「へえ…。どちらに転んでもいいようにか。優しいねえ。それともツンデレってヤツかい。お父上も立派な成長に喜んでいることだろう__全く、ご同慶の至りだよ」
「やめて。人をそんなうっすいキャラ設定にしないで」
ぽんぽん軽快に進む話題に、ついていけない。目を白黒させているうちに、注目されているのに気付いた。
「初めまして、衛宮くん。忍野です」
「は、初めまして__衛宮士郎です」
改めて見ると、ますます珍妙な恰好だと思う。サイケデリックなアロハシャツに、短パンとサンダル。先ほどまで寝転がっていたのか、所々ホコリがついている。無精ひげの生えた顔には、爽やかな笑みが広がっている。が、爽やかすぎてどことなく胡散臭い。
魔術師というより、ホームレスに見えた。というかホームレスそのものだった。少しばかり、遠坂が心配になる。
それでも遠坂が教えてくれた人だ。意を決して、話かける。
「えーっと。忍野さんは、助けてくれる人であってる、いや、あってますか」
「助ける?そりゃ無理だ」
「きみが勝手に一人で助かるだけだよ、衛宮くん」
__なんでさ。
黄色いレインコート『___それにしてもマーリンに(声が)似ている。』