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23対22。総合体育館。そこのバレーコートには、自分を含む中学生の時のチームメイトがいた。
「なんで・・・」
_なんであの試合がここで・・・?
俺はここにいる、あそこにいるのは“俺”じゃない。でも、俺はあそこにいる“俺”が次の瞬間にどうなるのか、知っていた。
「・・・だめだ、無理して打ったら!」
眼下には、チームメイトが上手く上げきれなかったボールを、無理な体勢から打とうとしている“俺”がいる。
いくら声を張り上げようとも、届かない。手を伸ばしても、まるで空中に縫い付けられたかのように足は動かず、届かない。
「そこで打ったらお前は」
無理をして、ダイレクトで“俺”が打ったボールは、相手コートに、落ちた。
しかし、“俺”も、コートに、落ちた。
相手コートにボールは落ちたが、頭を強く打った“俺”はそのまま動くことはなかった。
「は、っぁ」
斉藤伊織は飛び起きた。心臓がドクドク波打っている。
目の前に広がるのは、自分の部屋に置かれている本棚。
時間は午前5時45分。
「夢・・・?」
滝のように流れ出る汗を右腕で拭う。
あれは、中学のあの試合だ。なんで今更。
「昨日、あの体育館に行って、試合見たからかな・・・」
取り敢えず、汗が気持ち悪いからシャワー浴びよう。
そう思い、起き上がった伊織の両手は、震えていた。
***
2限目古文の時間。
口調はきついが根は真っ直ぐな国語教師の、教科書のつらつらと読み上げられている文字を目で追いながらわからないようにそっと、溜息をついた。
いつもは集中して読める文字が、今の伊織にとってはまるで脳内にただ叩き付けてくる暴力のように感じた。
そのくらい余裕がない。
_バレーがしたい。
バレーは伊織の心を楽しく、そして面白く様々な色で彩ってくれるものであった。
小学1年生の時にたまたま人数合わせで参加したバレーボールクラブで、レシーブの痛さとスパイクの難しさを知った。それからずっとバレーをしていたのだ、中学2年生までは。
バレーをすることが怖くなって、約2年。その間、1人でレシーブしたりサーブ打ったり体力作り筋トレはしていたが、チームでバレーをすることも誰かとバレーボールを触ることもなかった。
でも、今数年ぶりに誰かとバレーがしたい、という思考になっている。
きっと、試合を見たことと、夢を見てそれより前の楽しかった時間を思い出してしまったから。
これは伊織にとって大きな変化でもあった。
伊織は縁下に声を掛けて良いか考えた。古文は全く頭に入ってこないし。いや、意図せずしっかり入っているけれども。
それに、縁下なら、きっと信じられるから。
「それじゃー今日はここまでな、枕草子全部暗記しろよー」
「えー!めっちゃ長いべや!」
「せんせーだめだよー!」
「テスト出るの?」
「あーうるせぇ!テスト全部出すぞ!」
結局テスト出るんだ。
まぁ、枕草子くらいなら覚えられるか。なんて他の人が聞いたら卒倒しそうな考えを頭に思い浮かべた伊織は、縁下の元に歩いた。
「縁下」
呼びかけても返事のない縁下。何か思い詰めているような表情で、授業の最初の方に開いていた教科書の所を見つめている。
放っておいた方が良いのか、話を聞いた方が良いのかわからなかったが、昼食の時間なので取り敢えず意識をこちらに戻してもらおうと、縁下の右肩を2回、叩いた。
びくっと全身が動き、顔がこちらを向く。
何も映していなかった縁下の空虚の瞳が、伊織を捉えた。
「ごめん、一応昼休みだから声かけた。・・・俺、今日別で食べた方が良い?」
「・・・いや、一緒に食おうか」
縁下は、声かけてくれてたのに気づかなくてごめん、と言いながら立ち上がった。
***
縁下がこっち、と案内した場所は屋上へと続く扉の前だった。
屋上の鍵開いてないはずだけど、と思っていたら、その扉の前で縁下は座った。倣って横に座る。
縁下は買ってきたパンの袋を開けたまま、ぽつりと声を漏らした。
「昨日、試合負けた。・・・って知ってるか、来てたんだもんな」
「うん、見てた」
「情けないとこ、見せちゃったな」
「・・・縁下のレシーブ、ちゃんと相手のスパイク上げられてた。西谷は何度もボール上げて後ろから支えてた。田中だってスパイク全力でしてたよ」
「うん。・・・それでも、勝てなかったんだ。エースのスパイクほとんど止められて、最後はトス、呼ばなくて。学校帰ってきてからそのせいで西谷と旭さんが喧嘩した。・・・、俺何も言えなかった」
俺がもっとスパイク決められてたら。
俺がもっとレシーブちゃんとしてスガさんに返せていたら。
俺がもっと、ちゃんとしていたら。
そう言いながら、パンの入った袋を持った手を地面に置いて、項垂れる縁下を見て、伊織はなんて言って良いかわからなかった。でも、これだけは言えるということがあった。
「俺が、って思って責める気持ちはわかるよ、俺も昔思ったことあったし・・・。でもさ、バレーは6人でするものなんだ」
バレーは6人でするもの。
当然のようで、偶に忘れてしまうことがあるとても大切なこと。
「だから、起きたことの後悔じゃなくて、反省して次どうしたら二の舞にならないかって考えた方が生産的じゃないかな。・・・って当事者でもない俺がわかったようなこと言ったな、ごめん」
俯いていて見えなかった縁下の瞳が、伊織の瞳を捉える。
泣きそうになっているのを我慢しているかのような表情をしていた。
「ここ、俺らしかいないからさ、泣いてもいいよ」
縁下、負けてから泣いてないんだろう?
そう言うと、とうとう縁下の瞳からは透明のものが流れた。
「伊織、っずるい、よ!・・・そんなこと言われたら、我慢、出来ないじゃん・・・!」
「我慢なんていらないだろ、だって、親友、なんだから」
口元に微かに笑みを浮かべた伊織を見た縁下は、泣き笑いしながら掠れた声を出した。
「・・・親友なら
あと2話くらいで伊織さんのこわいこと、出せたら良いな・・・
※追記:力くんは、数少ない心許してる親友ポジションです。