ハリー・ポッターと獣牙の戦士   作:海野波香

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穴だらけの大作戦

「何者なのかしら、継承者って」

 

 

 ハーマイオニーの何気ない一言がロンに火をつけたようだった。鼻息が荒い。談話室の隅で、名探偵ロナルド・ウィーズリーの推理が披露された。

 

 

「おいおい、もう見当はついてるだろ? サラザール・スリザリンは純血が大好き。その継承者なんだから、マグル生まれが大嫌いなやつ。僕らもよく知ってるだろ、そういうやつを」

 

「まさか……マルフォイのことを言ってるの?」

 

 

 ドラコ・マルフォイ。ジュリアの認識では、幼い差別主義者で、長いものに巻かれる、お調子者の小物だ。しかし同時に、ロンが主張するとおり彼はマグル生まれを嫌悪している。肯定する理由もないが、否定する根拠もない。

 

 ジュリアの思考が回転する。ハロウィーンの夜、マルフォイが秘密の部屋を開くのは可能か。これについては考えるだけ無駄だ。ジュリア達はハロウィーンパーティーに出席していなかったからマルフォイの所在を確認できていないし、秘密の部屋の開き方も知らない。

 

 では、ハリーを追い詰めるような噂を流すことについては。これは微妙だ。彼のスリザリン的性質が存分に発揮されたのなら、ハリーを貶めるためにそのような計略を謀ることもあるだろう。しかし、どちらかと言えばドラコ・マルフォイという少年は目立ちたがりのでしゃばりだ。現状、彼よりもハリーが目立っていることに満足するとは思えない。

 

 もうひとつ考えたいのが、しもべ妖精だ。マルフォイ家ほどの名士ともなれば、屋敷しもべ妖精を何匹抱えていようとおかしくはない。マルフォイが親に黙ってそのどれかをハリーへの嫌がらせに使っているとしたら……。

 

 沈思黙考の末、ジュリアは結論を保留することにした。情報があまりに不足している。

 

 

「んー、わかんねえな。なしとは言えねえけど、ありとも言えねえとこだ」

 

「継承者って言うくらいなんだから、代々受け継がれてきたのかも」

 

「トラピストビールじゃねえんだぞ、ハリー」

 

「とら、なんだって?」

 

 

 気にするな、とジュリアは手を振った。少し顔が熱い。ジョークが通じないというのは意外と恥ずかしく、また自信を失うのだと、ホグワーツに来てから身にしみて学んだ。

 

 グレンジャー家の居候になってからずっと酒を飲んでいない。ジュリアはハーマイオニーと酒を飲み交わす日を楽しみにしている。酔ったハーマイオニーはきっと、いや、絶対に可愛い。

 

 それはそうと、継承者の継承問題である。もしハリーが言うとおり代々受け継がれてきたのなら、なぜこのタイミングで、という謎が残る。あり得る解のなかで最も可能性が高そうなのは、ハリー・ポッターだ。ヴォルデモート卿が存命――存命と言っていいのかはわからないおぼろげな状態らしいが――である以上、その配下であったと考えられるマルフォイ家がハリーを狙うのは不自然なことではない。

 

 

「何世紀も秘密の部屋の鍵を預かっていたのかもしれない。ありえそうだろ? 秘密の部屋ができたのって、えっと、何年前だっけジュリア」

 

「だいたい千年前」

 

「じゃあ、千年もの間、継承者を継承し続けてきたのかしら。そう、そうね……なしではないと思う」

 

 

 ジュリアも同意見だった。

 

 

 ――間違っている。

 

 

「ん?」

 

「どうしたの、ジュリア」

 

「んー……いや、なんでもねえ」

 

 

 ジュリアは小さくかぶりを振った。自分の声が聞こえたなどと、言えるはずもない。これ以上謎の声はごめんだ。ジュリアはひとまずこれを空耳として片付けた。

 

 それより、問題はどうやって継承者疑惑を究明するかだ。

 

 

「証拠を掴んで、マルフォイを突き出そう。クリスマスには平和なホグワーツさ」

 

「あたしらが入学してからホグワーツが平和だったことあったか?」

 

「まあ、それはないけど……それより、どうする?」

 

「方法はあると思うけど……」

 

 

 ハーマイオニーは暖炉の前で本を読んでいるパーシーをちらりと盗み見てから、一段と声を潜めて話を続けた。

 

 

「とっても難しくて、とっても危険。それに加えて、校則をたくさん破ることになるわ。50くらい」

 

「それじゃ、ドラコ・マルフォイ様がホグワーツの城主になる前にその気になったら教えてくれよ」

 

「マグル生まれの死体で王座ができる前じゃねえと困る」

 

「今話すわよ、今。私たちがスリザリンの談話室に入り込んで、マルフォイに正体を気づかれずに、質問をするの。スリザリンの継承者とか、秘密の部屋とかについてね」

 

 

 ロンが大仰に肩をすくめた。気持ちはわからないでもない。何もかも、何もかもが無謀だ。談話室の合言葉も知らない、正体に気づかれずにマルフォイと話す方法も知らない、質問して答えを引き出す術も知らない。

 

 

「不可能だよ」

 

「私、学んだの。魔法は意外と不可能を可能にしてくれるものよ」

 

「じゃ、なにか手があるんだな?」

 

「ええ。ポリジュース薬」

 

 

 納得の声がひとつ、困惑の声がふたつ。言うまでもなく納得しているのがジュリア、困惑しているのが男子だ。

 

 ハーマイオニーの言いたいことは理解したが、ジュリアにはあまりいい手とは思えなかった。

 

 

「あー、ポリジュース薬ね」

 

「それ、なに?」

 

「先々週の魔法薬学でスネイプ先生が話してた――」

 

 

 ロンが顔をしかめた。冤罪が晴れた程度ではかのセブルス・スネイプ御大への不快感は払拭されないらしい。ジュリアも別段それを変えようとは思っていない。確かにスネイプはジュリアによくしてくれているし、ジュリアも彼のことを慕ってはいるが、その関係は依怙贔屓をする教師とされる生徒のそれと言えなくもない。そう解釈されるだけの振る舞いをしている男なのだ。

 

 その点、ハリーやロンは――彼らにとっては幸運なことに――スネイプの”寵愛”を受けていないから、安心してスネイプを嫌うことができる。ハリーなど、昨年度は命を救われたというのに、すっかり恩を忘れた様子だ。

 

 

「魔法薬学で僕らがスネイプの話を聞いてると思う? もっとましなことをやってるよ」

 

「お前らの名誉のために何やってるかは黙っててやるけど、魔法薬学のほうがいくぶん”まし”だぞ、あれは」

 

「なにやってるのよあなたたち」

 

 

 ハリーとロンは顔を見合わせると、二人して曖昧に肩をすくめた。この二人はクラップとゴイルのどちらが先に調合で失敗するかを賭けているのだが、あまりにくだらないのでジュリアは放置することにしている。

 

 

「それより、ポリジュース薬だろ。簡単に言えば誰かに変身する飲み薬だ。スリザリンの誰かに変身しようってんだな?」

 

「そう。私たち4人で、スリザリンの誰か4人に変身するの。マルフォイはきっと自慢したくて仕方がないから、私たちになんでも話してくれるわ」

 

「それって、戻らなかったらどうなるんだ? 僕いやだぞ、一生スリザリンの誰かのままなんて」

 

「そんな長続きする薬じゃねえよ。なるほど、ポリジュース薬か……」

 

 

 成功するかどうかはともかく、ポリジュース薬を調合してみたいという興味がジュリアの中で首をもたげていた。時間がかかることを除けば、さほど難しい薬ではない。それだけに、ジュリアの悪戯心に無用な刺激を与える可能性を考慮したのか、ジュリアの母はジュリアに調合法を教えなかった。

 

 加えて言えば、校則だけでなく法的にも少々危ない薬だ。悪用しようと思えばいくらでも悪用できる薬であるため、特別な免許が必要になる。密造したところで刑罰の対象になるわけではないが、少なくとも法的に禁じられていて、足がつかないように調合しなくてはならないのは確かだ。

 

 あまりに不確定要素の多い、不明瞭な計画だ。しかし、ジュリアは好奇心に負けた。

 

 

「よし、やろう」

 

「そうこなくっちゃ。ジュリア、材料知ってる?」

 

「いや。『最も強力な魔法薬』に載ってるんだったか。あれ禁書だよな、前に探しててマダム・ピンスにどやされたぞ」

 

 

 あれは純粋な学術的好奇心によるものだった。頭冴え薬がどのようにして脳神経系に作用するのかを調べていて、読んでいた論文が『最も強力な魔法薬』を参照していたのだ。

 

 

「うーん、許可証にサインが必要ね……。白紙の許可証自体はもしもの時に備えて持ち歩いてるんだけど」

 

「下手にサインもらいにいくと怪しまれるし、そうじゃなくても足がつくな。どうする?」

 

「理論的な関心だって押し通せばいけないかしら」

 

「それで騙されるのはだいぶ鈍いだろ。魔法薬学学会の会報を図書館から引っ張り出して、ポリジュース薬を扱ってる研究者を見つけて、手紙を送るとか……」

 

「難しい話してるところ悪いけど――」

 

 

 ロンが声を上げた。

 

 

「鈍い先生なら、僕らよく知ってるだろ?」

 

 

 不可解そうな顔をしているのはハーマイオニーだけだった。

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