と、思い込んでいる純情な少年に、良からぬ知識を吹き込もうとする無表情系変態少女の話。



※ノベルアップ様でもマルチ投稿しています。

1 / 1
「催眠術をマスターした!」

 僕は女の子が苦手だ。

 正確に言うと、苦手というより上手くコミュニケーションが取れない。

 クラスで話しかけられたら顔が赤くなるし、目線だって別のところを向いてしまう。

 そのことでクラスメイトにからかわれるのだ。ウブなケンちゃんって。

 

 悔しいけど、事実だけに言い返せない。

 僕だって、自分なりに努力したよ。近所のおばちゃ……お姉さんとお話したり、友達に貸してもらった恋愛シュミレーションゲームで練習したり、それをクラスの女子との会話で活かそうとしたり。

 でも、ダメだった。どうしても、女の子が喜びそうな言葉や流行がわからないから、会話が繋がらない。

 

 このままじゃあ、灰色の高校生活を送ってしまう。

 せっかくの高校生なんだ。恋人を作って、こう、デートをして手を繋いでいいムードになってはにかみ合ったりしたい。

 

 友達の武田君なんか、隣のクラスの桜井さんとキスまでしたみたいだし。羨ましい。でも、キスはまだちょっと早いかな。こういうのには、順序があるっておじいちゃんも言っていたから。

 

 そう、おじいちゃん。

 僕の尊敬する、偉大な人。おじいちゃんの武勇伝によると、昔はたくさんの女の子と付き合っていたらしい。取っかえ引っ変えで、モテモテで大変だったんだとか。

 今ではおばあちゃんに頭が上がらないけど、それでもおじいちゃんの言葉は勉強になる。

 

『ケン。とりあえず、女は押し倒せ!』

 

 うん、よくわからないけど僕にはまだハードルが高いかも。とりあえず、まずは女の子と話せるようになることだ。

 

「だから、これを使えば……!」

 

 リビングで座る僕の前に置かれた、一冊の本。

 黒い表紙には、「猿でもできる催眠術」と書かれていた。

 

 おじいちゃんの部屋にあったこれを、僕は読み込んだ。

 ここ一週間ぐらいずっと読み続け、ついに内容を理解するに至った。

 と思うのだけど、まだ誰にも試していないからわからない。だから、僕はこれから会う人にこの催眠術を試すことにしたのだ。

 

 玄関のチャイムが鳴る。

 待ち人が来たようだ。急ぎ足で向かい、玄関の扉を開く。

 そこには案の定、僕の幼馴染にして唯一まともに話せる女の子、長谷川 凛子が無表情で立っていた。

 

「大事な用があると言っていたけど、なに?」

「あ、うん。えっとね、詳しい話はリビングで。今日は家族の誰もいないし」

「そ。わかったわ」

 

 淡々とした声で返事をしながら、僕に付いてリビングにやってきた長谷川。

 我が物顔でいつもの椅子に座り、冷めた表情で向かいの席の僕を見つめる。

 

「それで、話って?」

「実はね、この本を見て欲しいんだけど」

「ふぅん。催眠術……それが?」

「おじいちゃんの部屋にあったんだけど、僕はこれをマスターしたんだ。で、その催眠術が本当にマスターできたかどうか、長谷川に試したいってこと。どうかな? こんなこと頼めるのは、長谷川しかいなくて……」

 

 僕の言葉に、長谷川は顎に手を添えて悩む素振りを見せていた。

 今話したことは全部嘘ではないけど、一番の目的は別にある。

 そう、僕はこの催眠術を長谷川にかけて──女の子の好みとかを聞き出したい! 

 

 女の子とはまともに話せず、友達に相談するとからかわれそうで、長谷川に頼んだら呆れられそうで。

 だけど、この催眠術を使って彼女から流行とか女の子の好みとかを聞ければ、それを活かしてクラスの子と話せるようになるかもしれない。いや、なるはず。

 

 この催眠術によると、最後に記憶を忘れるように告げておけば、相手は話した内容を忘れるらしい。

 だから、これを長谷川にかけて、流行などを聞き出して、あとはなに食わぬ顔で別れる。

 それなら安心だ。完璧ですらあると思う。僕って天才なのかも。

 

 流石に黙って催眠術をかけるのは悪いから、長谷川にはある程度説明したけど。

 ……長谷川がそういう流行とか知らない可能性もあるけど、まあその時はその時だよね。

 

 そんなことを考えていると、長谷川は無表情のまま頷く。

 

「いいわよ。今日は暇だったし」

「ありがとう! 恩に着るよ!」

「それじゃあ、早速催眠術とやらをかけてちょうだい」

「あ、うん。えーっと、ポケットに入れておいた……あったあった。おほん。では、あなたはこれを見つめてください」

 

 糸で吊るされた五円玉を持って、長谷川の前で左右に揺らす。

 一定間隔で動くそれは、段々と眠気を誘っていくだろう。

 長谷川は無表情だからよくわからないけど、目線はしっかり追っているから大丈夫なはず。

 

「……」

「これを見ているあなたは、段々と眠くなっていきます。私が数字を数えると、その眠気が強くなっていきます。一、二、三……」

 

 よしよし。なんとなく、長谷川の目が眠たそうになっている気がするぞ。

 ……なってるよね。ううん、なっているに決まっている。だって、僕は催眠術をマスターしたんだから。

 

 そのまま僕が数を数え、十を超えた頃には長谷川の目の焦点が合わなくなっていた。

 間違いない。今の長谷川は、催眠状態に入っている! 

 

「では、今のあなたは私の質問に素直に答えたくなります。嘘偽りなく、私の質問に答えてください」

「……はい」

 

 ゴクリ。知らず、唾を飲み込んでしまう。い、今なら長谷川からなんでも聞けるんだ。

 ……ま、まあ、なんでも聞けるけど、幼馴染相手に変なことは聞けないよね。恥ずかしくて長谷川と顔を合わせられなくなるし。

 とにかく、当初の目的通りに、彼女から流行とか聞き出さなきゃ──! 

 

 


 

 

 現在、長谷川 凛子の目の前で頬を赤らめている、小柄な少年。

 興奮のためか鼻息が荒くなっており、ふすふすと音が聞こえる。

 少年──ケンジは凛子に催眠術をかけ、彼女の恥部を明らかにしようとしていた。

 もっとも、彼にディープなことを尋ねる度胸があるとは思えないが。

 

 対面する凛子は、無表情のままケンジの言葉を待っていた。

 催眠状態にかかっているからか、自分から口を開くことはない。

 

 では、その内心はどのようになっているのだろうか。

 意識の鮮明さは。表層だけが催眠状態になっているのか。深層では自我が残っているのか。それ以外ではどのような精神状態なのか。

 

 果たして、凛子の心の中は──

 

(よっしゃああああああ!! ケンちゃんに頼られたああああああああぁぁぁ!!!)

 

 ──このような残念な感情が、暴れ狂っていた。

 

 実を言うと、ケンジは催眠術をマスターなんてしていなかった。というか、彼に催眠術師としての適性は皆無だった。

 本自体は本物なのだが、ケンジは催眠術師になるための下卑な欲望が足りず、あまりにも純粋すぎたのだ。

 

 主にケンジの両親と凛子によって、性方面の教育はカットされ。

 おじいちゃんがそそのかそうとしたら、全員で殴って押さえつけ。

 下ネタを話そうとするクラスメイトは、密かに凛子が釘を刺して止め。

 そんなことを繰り返した結果、ケンジは保健体育で学べる程度の性知識しか備えられなくなったのだ。

 

 具体的には、男性と女性が合体して子供が産まれることは知っているが、それはそれとしてキスをしたらコウノトリが子供を運んでくると言われたら信じるぐらいの純粋さ。

 いやそれはどうなのよ。今どきこんな子供のような高校生がいるのか。目の前にいたわ。

 

(うへへへへ涎が止まらないわ)

 

 反面、凛子は中々業の深い変態であった。

 どぎつい下ネタはばっちこい。ノーマル、百合、ボーイズラブ、どれもオールオッケー。寝取られや獣姦などちょっとしたスパイスも美味しい。無表情の仮面で隠れているが、本性はこんな感じで目を覆いたくなってしまう有様だった。無表情系ド変態女子高生とか誰得だ。

 

 ケンジから催眠術のことを聞いた時。凛子は直感的にこれはチャンスだと閃いた。

 いつもは彼の両親の目があるのでなし崩し的に手伝っていたけれど、本当はケンジに色々と良からぬ知識を教えたいのだ。というか自分色に染め上げたい。

 

 だから、凛子は催眠術にかかった振りをして、このまま自分好みの展開に持っていこうとしたのだ。クソ最低な発想である。

 

(さぁて、なにをケンちゃんに教えてあげようかしらね……まあ最初だから手加減して、おねショタぐらいにしてあげようかしら。ほぉらほらほらほら、ケンちゃん。あなたも立派な男の子なんだから、色々と知りたいことがあるんじゃないの? 例えば、私のスリーサイズとか! 好きなシチュエーションとかッ!! やってみたいプレイとかッッッ!!!)

 

 この変態。さっきまでケンジが純粋だと理解していたのに、己の欲望に忠実過ぎて全部頭から抜けていた。抜けているのは頭のネジだけで十分なのに。いや普通にネジを拾って頭に差し込みたい。差し込め。差し込んで。

 

「じゃ、じゃあ、質問しますっ」

「はい」

 

 表面上は静かだが、

 

(バッチコーーイ!! 早く! 早く、ケンちゃんの欲望をちょうだい!!)

 

 内心では下卑た笑顔でコサックダンスをしていた。随分と器用な変態だった。

 

 凛子の残念さは露知らず、ケンジは童顔を火照らせながらも、強い口調で自分の欲望を放つ。

 

「あ、あの! 女の子って、どんなことを話せば喜びますか?」

(ケンちゃん純粋過ぎない??????)

 

 天使のような幼馴染に、思わずアへ顔を披露しそうになった凛子。

 マジか、マジかよこいつ。前々から純粋だと思っていたけど、普通に女子と会話したいだけとか可愛すぎないかよおい。

 ケンジの爪の垢を煎じて凛子に飲ませれば、少しはマトモになりそう。

 

(うわーうわーどうしようかしら。てっきり催眠術とか使うから、もっと下ネタぶっ込んでくるのかと期待していたのに。そうしたら私がねっとりたっぷりと色々教えてあげたのにッ! 不覚……まさか、ケンちゃんが私の想像以上に純粋だったなんて。普通に濡れるわ。てか濡れた。換えのパンツないわ、どうしよう)

 

 誰かこの変態を止めてくれ。警察に通報して隔離した方が世のためだ。少なくとも、ケンジの情操教育のためにはなる。

 

(待てよ……そうよ! ここで私が色々とケンちゃんに性知識を教えてあげればいいのよ! そうすれば、ケンちゃんは聞きたいことを聞けてハッピー、私も満足できてハッピー。天才の発想……私って天才じゃない?)

 

 紙一重向こう側の方だよ。こんなド変態な天才がいてたまるか。いや、大抵の天才はどこかしらおかしい部分があったりするわけで。でもこいつは間違いなくバカの方だ。間違いない。

 

「あれ? おかしいな。長谷川が答えてくれない」

 

 ハッと気がつき、凛子は反射的に口にしていた。

 

「女子が好むのは、メス堕ちの話題です」

「……めすおち?」

 

 こてんと可愛らしく小首を傾げるケンジをよそに、

 

(うわああああああやっちゃったああ!!? 普通に最近私がハマってるシチュエーションを言っちゃったあああああぁぁッ!?)

 

 凛子は心の中で白目を剥いていた。

 

 メス堕ち。

 最近凛子の琴線に触れたメス堕ちは、可憐な姫騎士がオーク一味に囚われてヒギィポコォしてアへ顔ダブルピースになる作品。

 色物ばかり摂取していた凛子が初心に帰るために、王道の快楽物として見たものだった。

 

 やってしまった。やらかしてしまった。こんなはずじゃなかったのに。

 そんな深い後悔が、凛子の心を波立たせる。

 さすがにケンジにはまだ早い。彼にはまず、キスから始まるABCを学んでもらい、そこからおねショタや百合など初歩的なシチュエーションを知り、そこからメス堕ちや触手プレイの初級性癖に触れていこうと思っていた。

 

 ──なんてことはまったく考えていない。

 

(私のマイブームがバレちゃうッ!)

 

 バレて幻滅されてしまえ、この脳内ゆるゆるビッチが。

 

(くっ……今更言った言葉は取り消せないわ。ケンちゃんは私が催眠術にかかっていると思っているから、私の言葉は全部本当だと信じるはず。はっ! つまり、今のケンちゃんにはなにを言ってもいい?)

 

 そんなわけないだろうが。こんな変態女子高生が産まれる現代日本の闇は深い。

 

(メス堕ちから私好みな展開にするためにはどんなのがいいかしら)

 

 無駄に有能な頭脳を駆使して最低な展開に持っていこうとする凛子に、ケンジが話しかける。

 

「あの、めすおちってなに?」

「メス堕ちとは主に受けの男の子が攻めに開発されてヒギィアヘェになるタイプと女の子が畜生に快楽漬けにされてヒギィポコォしてアへ顔ダブルピースを決め込むタイプの二つがある王道快楽ジャンルです」

「う、受け? 攻め?」

「受け攻めは主にボーイズラブで使われる表現で基本的な受け攻めから誘い受けや鬼畜攻めなどシチュエーションも幅広い快楽ジャンルの登竜門のような単語です」

「う、うん?」

 

 目を白黒させているケンジを見て、ようやく自分がなにを口走ったのか理解した凛子。

 

(うわああああああああ!!!! 口が勝手に!? これじゃあ私が快楽ジャンルが好きな女子高生みたいに見られちゃうっ!!!)

 

 まったくもってその通りなのだ。いい加減その薄っぺらい鉄仮面を剥がしてケンジに嫌われればいいのだ。

 

(──そうだわっ!)

 

 その時、凛子の頭に電流走る。

 

「と、佐々木さんが言っていました」

「さ、佐々木さんって、同じクラスのあの子?」

「はい。クラスで一番可愛いと評判の佐々木さんです」

「へ、へー。……佐々木さんって、か、快楽ジャンルについて詳しいんだ」

 

 頬を赤らめてもにょもにょするケンジに隠れて、凛子は机の下でガッツポーズ。

 

(よっしゃァッ! 矛先逸らし成功ッ!!)

 

 ほんとこいつ人間のクズだな。他人に濡れ衣を着せていくとか、お前には道徳心というものがないのか。ないから幼馴染に良からぬ知識を吹き込もうとしているのだろう。絶望した。救いはないのかここには。

 

「さ、佐々木さんって優しそうだし。好きな話題なら僕と話してくれるかな」

(はぁん! ケンちゃん純粋過ぎて可愛いよォ! ぺろぺろしたいよぺろぺろぺろうへへへ食べちゃいたいなあおっとまた濡れてきた気合いで耐えなきゃ)

 

 汚いおっさんみたいな女子高生。略してOJK。見た目だけは美少女なのに、本当に最低最悪な思考回路を搭載していた。天は二物を与えずと言うが、こいつにはもう少し常識を与えた方が良かっただろう。というか、与えて欲しかった。切実に。

 

「え、えーっと。他の女の子達はどういうことを話せば喜ぶのかな? ほら、好きな芸能人とか」

「はや×まつの王道カプについてなら盛り上がると思います」

「な、なんて?」

「最近売れている俳優の早川巧と松田真也の二人のことです。ワイルド系の早川巧が小動物系の松田真也を攻めるシチュエーションが好まれていますね。特に話題になったドラマの『黒の巨砲』関連から早川巧がその巨砲を松田真也に撃ち放つ妄想が捗っています。そこで松田真也がヒギィアヘェしてメス堕ちしてくれたら更に良いでしょう」

「ごめん、長谷川の言っていることがなに一つわからないよ……」

 

 大丈夫。凛子の言葉は人類には早すぎる言語を使われているから。理解できる人はいるかもしれないが、知らぬが仏。どうか、ケンジは綺麗なままでいてくれ。

 

(ハァハァハァハァ……ケンちゃんは松田真也と似ているから、早川巧に対する受けを担ってもらうとかどうかしら。いいじゃない! 考えるだけで興奮してくるわッ! あるいは、ケンちゃんの誘い受けでワイルド系男子を絡め取る展開とか……ッッッッ! 滾るわ!!!!!)

 

 勝手に興奮するなメスブタ。お前の妄想はまったく、一分の隙もないほどいらない。汚い。穢らわしい。普通に脳みそごと下劣な欲望が萎えて欲しい。

 

 それからも、ケンジに質問されるたびに凛子は性知識を植え付けていく。

 ケンジ本人は性知識の認識が薄いため、真面目に聞いているのが皮肉なものだった。

 

 結果……

 

「えーっと。まとめると、女の子は、男の子同士の恋愛話が大好きで、芸能人同士の恋模様を妄想したい。他にも女の子によって好むジャンルがあるから、それを最初に聞いてみるのが初めの一歩。例えば、佐々木さんはめすおちが大好物だからそれらの話題なら会話が途切れることなく話せる……かな?」

「はい」

 

 手遅れだった。無垢な少年は、OJK(汚っさん女子高生)によって歪にされてしまった。

 さようなら、かつてのケンジ。ようこそ、無限大の可能性が広がる性癖(大人)の世界へ。

 

(っしゃあああああぁぁぁ!!!!! ケンちゃんを私色に染められたァ!!! ついでに佐々木さんごめんなさい!)

 

 佐々木さんは泣いていい。

 

「よ、よし。じゃあ、私が手を叩くと、あなたはコインを見た時からの記憶がなくなります。そのことに違和感は覚えませんし、少しだけ寝惚けた感じがするだけです」

「はい」

「では、いきます……はい!」

 

 ケンジの手を叩く音に合わせて、我を取り戻した演技をする凛子。こういうところだけは無駄に有能だった。

 

「……あら?」

「えっと、大丈夫?」

「私はたしか、あなたに催眠術をかけられることになって……」

「う、うん、そうだよ。それで、無事に催眠術をかけられたから、術を解いたって感じ」

「ふぅん。ということは、催眠術は成功したの?」

「う、うん! ちゃんとできたよっ!」

「そ。私はその時の記憶がないけど……催眠術でどんなことをした?」

「え!? そ、それは……」

 

 俯いて指をもじもじしているケンジを見て、凛子は内心で悶えまくっていた。

 

(ふぁぁぁぁあ!! 恥ずかしがるケンちゃん可愛い! ぺろぺろしたい!! 持ち帰りたい!!! 抱き枕にして一緒に眠りたいッ!!)

 

 一人で永眠していろ。

 

「と、とにかく! 長谷川のおかげで確かめられたよ。ありがとう」

「そ。じゃあ、私はもう帰っていいの?」

「あ、うん。泊まっていってもいいけど」

「着替えとか用意しなきゃいけなくなるし、いいわ。普通に家に帰る」

「そう? わかった。じゃあ、また学校で」

「さようなら」

 

 澄ました顔で家を出て、しばらく道を歩いて。

 付近に誰もいないことを確認してから、渾身のガッツポーズ再び。

 

(ミッションコンプリートッ!! ひゃっほい! やったわ! これでケンちゃんは私と同じ変態に……変態……あれ待って。これってケンちゃんの親に私が吹き込んだことがバレたら殺されないかしら??? 殺されるどころかバラバラ死体にされて東京湾に流されない!?)

 

 確実にされるだろう。気がつくのが遅すぎる。欲望に直結過ぎて、リスクのことを忘れていた愚者の末路だった。

 

(うんまあ、ケンちゃんはクラスの女子と話したいと言っていただけだし、家族相手に下ネタを振るわけないから大丈夫でしょ。大丈夫、大丈夫。……クラスの女子に私が教えたなんてこと、ケンちゃん言わないよね? 催眠術で聞き出したと思い込んでいるだけだから、私の名前はわざわざ出さないか……あっ)

 

 それ以上に大切なことを思い出し、タラリと額から冷や汗が垂れる凛子。

 

(ケンちゃんがクラスの女子に下ネタを言う。それってとてもヤバいことなんじゃないかしら)

 

 控えめに言って、バチくそヤバい。

 

(……………………うん。後日、ケンちゃんにはそれとなくちゃんとした流行とか教えてあげよっと)

 

 人、それを問題の先送りと言う。

 そして、後回しにして状況が好転することはほとんどなく、凛子がそのことを実感するのは翌日学校に行った時だった。

 

 

 ***

 

 

 次の日の放課後。

 学校で妄想に耽っていた凛子は、ケンジに言われて屋上まで来ていた。

 授業もろくに聞いていないこんな歩く変態がテストでは良い結果を残すのだから、世の不条理さにはため息をつきたくなる。

 

(んー。用事ってなにかしら。大切な話があるとか言っていたけど……はっ!? まさか、ケンちゃんは私に告白するために屋上に? だから昨日は催眠術で私から好みを聞き出そうと? そう……そうなのね、でもごめんなさい。私、男の子は女装趣味がないとストライクゾーンから外れちゃうの)

 

 勝手に告白だと勘違いされ振られるケンジは、一度凛子を殴っても良い。というより、縁を切った方が彼のためだろう。

 早くこの変態(OJK)の本性に気がつくのだ。

 

 そのまま上手く断るシチュエーションを考え始める凛子の耳に、扉が開いた音が入る。

 意識を切り替えて入り口を見ると、ケンジの他に一人の女子生徒がいた。

 

(そ、そんな……あなたは佐々木さん!?)

 

 透明感のある美少女と名高い、佐々木さん。どうしてケンジと一緒に来るのか……この時、凛子の腐った脳細胞が閃く。

 

(つまりこれは、ケンちゃんの告白じゃなくて、佐々木さんの告白なのね!? まさか、佐々木さんが百合だったなんて……私に告白したいけど恥ずかしいから、幼馴染のケンちゃんを頼ったというわけね。ふふふ、女子ならストライクゾーンよ!!! ロリから熟女まで愛してみせるわッ!!)

 

 凛子の脳裏では、スタンディングオベーションが鳴り響いていた。

 おめでとう、おめでとう、これで自分には百合色の人生が待っている。やったぜ。あの透明さを自分色に染め上げてやるんだ。げへへのへ。

 

 ただただ気持ち悪かった。

 内心でゲス顔をしている変態無表情に、ケンジは真面目な顔を向ける。

 隣で佐々木さんは、恥ずかしそうに俯いていた。

 

「いきなり呼び出して、ごめん。でも、どうしても長谷川には伝えたいことがあったんだ」

「そ。なにかしら?」

「その……あの……」

(キャー!!! もしやもしやもしかしてケンちゃんと佐々木さん二人からの告白!? 告白なのね!! さっきはストライクゾーンから外れるとか言っちゃったけど、二人同時ならバッチコーイよ!!! 両性ハーレムとか最高じゃないッ!! さあさあさあさあ。恥ずかしがらずにイッちゃいなさい! イッちゃえ!! 私はいま現在イッてるわッ!!!)

「僕と佐々木さんは、付き合うことにしたんだ!」

(喜んでー! ………………なんて?)

 

 頭が真っ白になる凛子へと、ケンジはことの経緯を説明していく。

 

「実は今日、勇気を出して佐々木さんに話しかけたんだ。長谷……じゃなかった。女の子の好きなものを知ったから。それで、話したら佐々木さんと会話が弾んで」

「そのまま付き合うことにしたんです」

「会話が、弾んで?」

「うん。佐々木さんが──」

「待って、ケンちゃん! それはわたし達だけの秘密って、決めたでしょ?」

「あ、そうだったね。ごめんごめん」

 

 朗らかに笑い合っているが、凛子は知っている。

 ケンジは普通の流行なんて知っておらず、快楽ジャンルについてしかわからないと。

 つまり、ケンジはこう言っているのだ。

 

『いやぁ。佐々木さんにメス堕ちについてや男同士のカップリングについての話題を話したら、食いついてくれて話が弾んだんだ』

 

 まさか、凛子以外にも快楽ジャンルに精通している女子高生がいたとは。いや、実際探せば見つかるのだろうが、よりにもよって大人しそうな佐々木さんだとは思わないだろう。

 

(…………うっそー)

 

 凛子の心を占めるのは、自分が変態だとバレたかもしれない恐怖。

 なんてものではまったくなく──

 

(盟友になりうる人を見逃したッッッッッ!!!)

 

 ──深い後悔だった。

 

 ディープな話題を語り合う友はかけがえのない宝であり、それは凛子自身も痛感している。だからこそ、幼馴染で信頼できるケンジに快楽ジャンルを教え、一緒に話したかったのだ。

 昔、彼と遊んで笑い合ったあの時のように。

 

 いや、まだだ。

 もはや佐々木さんもOJK(こちら側)なのは明白なのだから、正直に趣味を話せば趣味仲間として仲良くなれるのではないか。

 そうすればケンジを入れた三人で……待て。他にも、ケンジは重大な情報を言っていなかったか? 

 

「付き合う?」

「う、うん。幼馴染だし、長谷川には伝えとこうと思って」

「行こ、ケンちゃん。それじゃあ、長谷川さん。失礼しました」

 

 ケンジの手を取った佐々木さんは、唖然とする凛子を置いて屋上の扉に戻っていく。

 その時、二人の会話が風に乗って流れてくる。

 

「それで、僕に色々教えてくれるんだっけ」

「うん。最近見た『メス堕ち逆レ〇プ〜野獣と化した姫騎士〜』って作品が面白くて、それをケンちゃんに見せたいなーって」

「へー。言葉の意味がよくわからないけど凄そう」

「うん。とっても凄いよ……色々と」

「楽しみだなあ。あ、じゃあね長谷川! また明日!」

 

 屋上から消えたケンジに続いて、扉を潜る佐々木さん。

 そのまま扉を閉めるのだが、意味深に凛子に目配せをしていた。

 気づいた凛子と目を合わせると、口角を上げながら口パク。

 

『──残念ね』

「っ!?」

 

 読唇術があるわけでもないので、正確な言葉を理解できたわけではない。

 だけれど、佐々木さんの加虐心に満ちた顔を見れば、意味を感じ取ってしまう。

 

 体から力が抜け、崩れ落ちた凛子。項垂れながら、この荒れ狂う感情に翻弄されていた。

 

(うそ……うそ……佐々木さんは私の趣味を見抜いた上で、ケンちゃんをかっさらったの? そんな……なに……この胸の痛みは……まさか、これが寝取られなの? 私は本当はケンちゃんが好きで、でもそれをぽっと出の女に盗られて、ケンちゃんが佐々木さんに染められていくのを知って……だから辛いの?)

 

 正直、凛子の内心を知った第三者がいたらこう思うだろう──ざまあみろ! 

 こんな純情な少年に良からぬ知識を吹き込もうとする変態など、百害あって一利なし。自業自得。因果応報。

 ただ、佐々木さんも救いようのない変態なので、ケンジに平穏は訪れないだろう。悲しいことに。

 なお、余談だが佐々木さんが一番好きなプレイ内容は、スカトロ物であった。

 

(そんな……寝取られってこんな気持ちだったのね)

 

 ケンジは誰のものでもないのだから、取られたわけではないのだが。

 ともかく、これに懲りたら大人しく──

 

(こんな気持ち……興奮するじゃないッッッッ!!!)

 

 ──エクスタシー! 

 

(ハァハァ……やば、めっちゃイッちゃった。ふふふ、これはいい。いいことを学んだわ。これからケンちゃん関連のあれこれがあるたびに、この最高に気持ちいい感覚を味わえるのよね。良いじゃない!! 寝取られサイコー! キモチー!)

 

 ……。

 

(そうと決まったら、こうしちゃいられないわ。今からケンちゃんを追いかけて、寝取られシチュエーションに持っていかなきゃ。待っていなさい、二人とも。興奮を覚えた私は……強いわよ?)

 

 …………誰か、この変態を止めてくれ!

 

「うん?」

 

 そんな声が、どこかで木霊した気がするのだった。

 

 

 

 

 



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。