戦を終え、役目を終え、船は海は還る。
あゝ、良き航海であった、と。

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ハイスクール・フリート~老兵たちの遁走曲(フーガ)

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時代錯誤だが、気っ風のいい喋り方をする少女とその周りの子らのおかげで私は船として生まれた本懐を遂げることができた。

 

敵に背を向けた際の舵捌きのキレは素晴らしかった。おかげで私は君たちを無事港まで送り届けることができた。

 

(ふね)の目と耳を担ってくれた少女たちのおかけで、私は(つまず)くことなく征くことが出来た。

 

限りある資源の中美味なる料理を絶えず振舞ってくれた彼女たちのおかげで私の子らは最後の最後まで腰を砕かずに進み切れた。

 

艦の綻びを都度ごとに繕ってくれた君達のおかげで私は最後の瞬間まで私でいられた。

 

掛かる火の粉を振り払う技量が素晴らしい少女たちのおかげで私は諦めることなく進めた。

 

そして艦長。

君の指揮のおかげで私は戦の後に生まれた軍艦としての本懐を遂げることができた。

 

ありがとう。

私は最後の航海を君達とともに征けたことを誇りに思う。

だからーーー

 

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「往くのかにゃ、友よ」

のそりのそりと四肢を動かし、海風に髭を揺らし、五十六が鳴いた。

人の目には一本に見える美しい二本の尾を揺らし、彼は目を細めながら波間を見つめ、鼻を鳴らした。

「寂しくなるにゃあ」

『ーーあゝ友よ。すまぬな。私の航海はここで終わりのようだよ」

声ならぬ声が、五十六の耳に響いた。

あいも変わらぬ低い遠吠えのような声だった。

空は青く透き抜け、陽の光は柔らかく、風は穏やかで波も緩い。

船旅には最高の日和だった。

 

だが、晴風の身体は限界だった。

中でも右舷艦首、直教艦識別番号付近に入った疲労亀裂は強烈で、内側からの鉄板補強では流入する流水を止めきる事が出来ていなかった。

結果、艦首付近の隔壁を一枚残らず全て下ろし、あまつさえ溶接までして応急修理という有様だった。

武蔵の砲撃により艦体が完全に海面から浮き、叩きつけられただけでも竜骨にはシャレにならないダメージが入り、機関室付近の装甲板にも亀裂を含む歪みをもたらした。

その上で艦首を支点に敵前大回頭である。

これほど愉快で痛快な航海は初めてだ(・・・・・・・・・・・・・)

 

『なあ、我が友よ。此度の航海は実に実に実に楽しかった。そうは思わないか?

殊にあの娘っ子、艦長には向かぬのだろうが、リーダーにはこれほど向くこともあるまい。実に楽しかった』

ここ数年、落ちこぼれとよばれ、やる気をなくした子供達を多く見てきた。今年もそうかと思うていた。

だが、蓋を開けてみればどうだ。

落ちるところはもうないから好き勝手やってやれと言わんばかりに海を楽しむあの様よ。

「ーーそうだにゃあ。我輩も彼女らの破天荒さは実に心地よかったにゃ。

じゃから、つい、人の子らに肩入れしてしまったのニャア」

潮風に揺れる髭が、言葉を重ねるたび寂しげになってゆく。

 

ーーああ、私は帰ってきた。

 

目の前にはもう、横須賀の港がその影を見せていた。

 

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「さらばだにゃあ、晴風。お前との友誼、我輩は決して忘れないのにゃ。遠く時の環の接する処でまた会うのにゃ」

ゆっくりと地面に足をつけ、晴風を振り返り、五十六はヒゲを揺らした。

『ーーああ、さらばだ。友よ』

それまで裂帛の気合いをもって艦体を支えていた強烈な意志が緩やかに空へ解けいく様を五十六は寂しげに見送った。

もはや支えを失った航洋艦・晴風は軋む音を奏でながら艦首から静かに沈んで行く。

 

晴風のクルーはそれぞれに反応していた。

泣く者、叫ぶ者、口元を引きしぼる者。

艦長・岬明乃もまた崩れそうな表情だった。

だがーーー

 

「そんな顔をするな、岬艦長。艦の長たるならば、その最後に見せるべき所作はそうではない。胸を張れ。脇を締めろ。指を揃え、まっすぐ側頭部へ宛てるのだ。

そうだ。

海に生き、海を行き、海を守る。

船乗りならば忘れるな。

舟の終わりにふさわしきは涙ではなく毅然とした見送りである。」

私の子供たちは私が誇るに足る立派な船乗りになった。

大丈夫だ。

私は安心して次の航海に出ることができる。

 

ーーーあゝ、我が航海に一片の悔いなし。

 

おわり

 




武蔵戦から着港までのほんの僅かな間を妄想してみました。


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