「――――で?エス、なんでお前はここに来た?」
リクは、エスに問いかける。
エスペランサは――――リクに、一つの『設定』を語ることにした。
他種族の『流れ弾』によって、住処を失った少女。
それが、『エス』という人間の設定だった。
集落に入るためには、人間のふりをしなければならない――――それは飽きるほど説明したが。
だが、ただ人間を装うだけでも集落には入れない。
なぜなら、まず集落の外から人間が訪れること自体が不自然だからだ。
平和が存在しないこの世界では、旅行にでも行くかのような気軽さで他所の集落には行けない。当然、今までの住処を離れた理由が必要になる。
しかし、この世界において集落から出るというのは並大抵のことではありえない。飢餓、内乱、そのような事態が発生しない限り自主的に集落を出ることはないだろう。
だが、例え飢餓が起こっても集落から出るとは限らない。飢えて死にそうになったからといっても、外に食糧のアテはないのだから。
代わりに外で待っているのは、数えるのも億劫になるほど数多の危険だ――――飢えたからといって、そうそう簡単に外には出るまい。
それこそ、自分の食い扶持を他人から奪う――――内乱を起こしたほうがまだ生き残れる可能性は高い。
故に、内乱もまた集落の外に出る理由としては確実ではない。この世界では、いかなる事態に見舞われていようと集落の中に留まったほうが安全なのだ。
だから――――集落がまだ残っているのに集落を捨てる決断をした、というのはいかなる理由を与えようと不自然な印象を与える。
故に、集落を訪れる理由――――今までの住処を捨てる理由は、
他にも、『過去を詮索されると面倒』だから『記憶障害持ち』という設定を用意し。
『最も人間と接点を持てるポジションに立つ』ために『優秀な人材』という設定を用意し。
人間として振る舞い円滑に観察を行えるように多種多様な設定を用意しているが――――今はまだ、その設定は伏せておく。
いきなりまくしたてるように設定を語ったところで、それこそ不自然だ。話の流れに従って徐々に語っていかなければ、酷い違和感を与えることだろう。
特に『記憶障害』などは、
それにそもそも、『エス』は命からがら戦火から逃げてきたはずの人間だ。余裕たっぷりに自身の身の上話など出来るわけがない。
だからこそ、最低限の情報を最低限の言葉で最低限の文字数で話すのが最も自然な説明だ。そして、落ち着きのないことまで演出できれば完璧。
今から私は――――エスペランサではなく、
そのための設定を、完璧に伝えるべく――――口を開き、語りだした。
「光が、来て。気が付いたら――――家が、なかった。みんな、いなかった。なにも、なにも、なにもかもなくなってて、いなくなってて――――それで――――」
「――――っ、静かにしろ」
リクが、素早くエスの口を塞ぐ。
徐々に落ち着きを失い声を大きくして挙動不審になり始めたエスを見て、パニックになっていると素早く判断したのだ。
「――――とにかく、まずは集落の中に入るぞ。話はそれからだ」
「……うん」
リクは、
――――集落の入り口で騒がれては、声を聞きつけて野生の動物が洞窟に入ってくるかもしれない。それどころか、最悪の場合他種族に感知される。
だからこそ、まずは
リクが一定のリズムで門扉を叩く。すると先ほどエスのノックは無視した門番が、すぐさま門を開け始めた。
――――なるほど、どうやらノックするときのリズムがあらかじめ決められているらしい。そのリズムを知っているか否かで、集落の中に住む人間とそれ以外を区別しているシステムか。
一人で納得するエスをよそに、リクは門番と二言三言会話を交わし――――そして、集落の中へと入っていった。
――――人間のスケールで見る集落は、存外に広かった。
洞窟の中にあるとは思えない、建造物の数々。他種族ならいざ知らず、人間がこのような集落を築くのは相当の労力を要するはずだ。
それだけではない。霊骸に冒されていない場所を利用して農耕と牧畜を行い、食糧を生産できる環境が整っている。
人間が生きる上での最低限を満たせる、そんな集落だった。
リクはエスを連れて、集落の中を進む。
目的地がどこであるかはわからないが――――十中八九、歓迎はされないだろう。エスは道行く人の視線を浴びながら、そんな事を考えていた。
――――リクは、集落の外でエスを見たとき、真っ先に『警戒』を露わにした。
理由は不明だが――――第一発見者であるリクが不信を抱いているのだ、集落の長への報告も必然的に悪い印象が先行する。
まさか正体がバレているなどということはないだろうが、それでも印象が悪いことに変わりはなくそれによって得することは何もない。
エスの待遇を決める長が、エスに悪印象を持っていれば――――最悪、集落を追い出されることさえ考えられるのだ。
それだけはなんとしても避けなければならない。長へ報告が行われる前に、なんとしてもリクの警戒を解かねば――――
「リクゥゥゥッ!!」
思案するエスの眼前を、風が通り抜けた。
人の群れをかき分けて姿を現した少女が、エスのすぐ横にいたリクに思い切り握り拳を叩き込んで――――そのまま引きずり倒したのだ。
――――は?
エスは突然の事態に唖然とする。
だが、エスが状況を整理する間もなく、少女は地に伏したリクを片手で持ち上げ怒鳴った。
「アンタ
――――集落の、長?
この年若い、少年が?
エスは、耳を疑った。
「まだ集落は開発途中だろ……大人は集落の中を整備するだけで手一杯だ。だったら手が空いてる子供が調査に行くしかない。けど、子供の中で調査のノウハウがわかってるのは俺だけだ」
「そんな話を聞いてるわけじゃないわよ!!集落はもうアンタ抜きでは機能しないんだから、自分の命にもっと重みを感じなさいよ!!」
リクの弁解と、少女の怒声が交互に聞こえてくる。しかし、エスにそれを情報として処理する余裕はなかった。
――――リクが、集落の長。だとするならば、エスの処遇を決めるのはリクということになる。
もしそうなれば、希望の源泉を探るというエスの目的は達成困難になる。それだけは何としても避けなければならない。
――――エスは、意を決したように口を開いた。
「え、えっと……そろそろ、許してあげても、いいんじゃ、ないか、な……」
――――エスは人に好かれるために、庇護欲を掻き立てるような性格と容姿を『設定』している。その設定を公開するように喋り、かつリクを庇うことで評価を改めてもらう作戦だ。
さすがにこれだけで印象が180度変わることはないだろうが、より印象を良くするためのとっかかりになれば――――
「なぁにあなた可愛いぃっ♡」
――――エスの作戦は予想外の相手に効果が抜群だったらしく、エスは少女に思い切り抱き着かれた。
「リク~、こんな可愛い子どこで探し当てたのよ~♪」
「コロン、なんで俺が探した前提で話を進めてるんだ。そいつは集落の入り口にいただけ――――」
「なんでもいいわよ♪一番重要なのはこの子が可愛いってこと!それさえわかってれば何の問題もないわッ!」
――――コロンと呼ばれたこの少女……果たして正気なのだろうか。エスは、顔にこそ出さないもののかなりドン引きしていた。
リクの警戒はいささか過剰だったが、それでもコロンの対応よりはマシだ。
エスが他種族である可能性までは考えなくていいとしても、土地の問題や食糧問題など考慮しなければならないことは山のようにあるはずだ。それら全てに対する思考を破棄して対応するなど――――全く信じがたい話である。
いや、エスにとってそれは非常に都合の良い話でもあるため、あえて歯止めはかけないが。
「とにかく、この子には家がないのよね?だったらリク、アンタの部屋を貸しなさいよ!」
「……いや、どうしてそうなる」
「アンタが拾った子でしょ、アンタが責任もって面倒みなさい!」
私は捨て猫か何かか?
エスは咄嗟に口にしそうになったが、何とか堪えた。
「……分かった、分かった。だからまず大声で叫ぶのをやめろ」
リクは心底不本意そうな顔をしながらも、コロンの提案を飲んだ。大方、コロンのやかましさに辟易したためだろう。
……エスは、理屈でないごり押しの強さを垣間見た気がした。
結局、住居が用意されるまでの間、エスはリクの家に世話になることになった。
要約:姉より強い弟など存在しねぇ。